実直勇者と女戦士の決闘
騎士たちの攻勢が始まってから数分も経たないうちに、立っている騎士より、意識を失っている騎士の方が多くなっていた。
このままでは騎士たちの全滅は時間の問題、そう思われたが、
「ロイ、もう止めるんだ!」
これまで壁に控えていた人物による叫び声が、場の流れを一時的に止めた。
「これ以上、狼藉を働くというならば、あたしが相手だ!」
そう言って現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ騎士姿のプリムローズだった。
「いいぜ。一度、プリムとは本気でやってみたかったんだ」
ロイは斬りかかって来た騎士の攻撃を木剣の腹で受け流し、返す刀で相手の首筋を討って意識を奪うと、プリムローズに切っ先を向ける。
「なっ、本気なのか!?」
「勿論、本気だ。遠慮はいらないから全力でかかってきな」
ロイは木剣を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべてプリムローズに手招きする。
「ロイ、お前って奴は……」
プリムローズは腰に吊るした刺突に特化した剣、エストックを抜くとロイへ向けて構える。
「そんなにあたしと戦いたいのなら、望みどおり戦ってやるよ!」
涙目のプリムローズが雄叫びを上げながら地を蹴り、ロイとの距離を一気に詰める。
「このっ、わからずやあああああああああああぁっ!!」
錯乱状態に見えなくもないプリムローズだったが、彼女もいくつもの修羅場を乗り越えてきた歴戦の猛者だ。どのような精神状態でも、理想的な動きは体に染み付いているようで、素早く、的確に、ロイの急所目掛けて突きを繰り出した。
「……ふっ!」
素早い刺突攻撃による三連撃を、ロイは木剣の腹を使って器用に全て受け流し、隙を見て、目にも留まらぬ速さの剣戟をプリムローズに見舞う。
エストックのような細身の剣では、ロイの攻撃を一撃でも受けようものなら、折れてしまうのは自明の理なので、プリムローズはロイの剣を受けることなく、身を捻って一歩前へ出て回避する。
凄まじい県の風圧で髪の毛が数本抜けるが、受けた被害はそれだけだった。
そのままロイの後ろに回ったプリムローズは、武器を振り切った姿勢のロイの背中目掛けて刺突攻撃を仕掛ける。
しかし、ロイはまるで後ろに目でも付いているかのように、背後からの空気の流れを読んで、プリムローズの刺突攻撃に合わせるように木剣を振るった。
次の瞬間、ロイとプリムローズの互いの剣が交差し、甲高い音と主に火花を散らす。
弾かれた勢いを利用して一度距離を取った両者は、着地と同時に再び前へ出る。
「やるな!」
「――っ! ロイこそ!」
それからもロイとプリムローズは、まるで輪舞曲を舞うように、決して鍔迫り合いのような力押しはせず、互いの攻撃を紙一重で回避し、時には弾いて火花を散らしながら華麗に舞う。
そんな二人の攻防を、回りの人間は息をするのも忘れで呆然と見守り続けた。
「…………はぁ」
その中の一人、目の前の攻防に目を奪われていたクロクスは、自分とは時限の違う戦いの凄まじさを改めて実感し、深く息を吐いた。
(これが、世界を救ったレベルの戦いなのか)
妖しげな薬を飲んだお陰でこの街を守る騎士にならどうにか肉薄できるようになったが、目の前で繰り広げられている戦いには、どう考えても自分は役に立ちそうになかった。
それは他の騎士も同じようで、プリムローズに加勢するどころか、呆然と立ち尽くすクロクスにすら目もくれず、目の前の戦いに注目していた。
ここにいる全員が見守るロイとプリムローズの戦いは、最初は実力が拮抗していると思われたが、徐々に互いに実力の差が出始めた。
「よっ、ほっ、とぅ!」
ロイはプリムローズが繰り出した攻撃を華麗な足捌きで、いとも簡単に回避し続ける。
「どうした? いつものキレがないんじゃないのか?」
「……煩い」
「おおっと」
ロイはプリムローズが唸りながら繰り出した突きを紙一重で回避すると、一気に距離を詰めて彼女のエストックを握っている手を掴んで動きを封じる。
「なっ!? は、放せ!」
唇が触れそうな距離でロイと睨みあう事になり、プリムローズは顔を真っ赤にしながらロイから逃れようと必死に暴れる。
「嫌だね」
だが、ロイはその手を放さず、真摯な眼差しでプリムローズに話しかける。
「プリム、聡明な君ならもう気付いているんだろう? 今回の件、どう考えても騎士団には義がないということを」
「そ、そんな事ない! 正義は騎士団にある。」
「ならば何故、話し合いに来たナルキッソスに剣を向けるような真似をした」
「それは、命令だから……」
「命令だと? 王ではない、公爵の暴走とも取れる命令でも人を殺せと命令されれば、喜んで人を殺すことが正義だとでも言うのか!」
「うっ、煩い! 煩い! 煩い!」
プリムローズはロイの視線から逃れるようにいやいやとかぶりを振り、腕をめちゃくちゃに振り回してロイの束縛から逃れる。
束縛から逃れたプリムローズは、流れてきた涙を拭いながらエストックを構える。
「ロイ、お願いだ。もうあたしを惑わせないでくれ。何も言わず、大人しく縛についてくれ」
「……悪いがそれは出来ない。知っているだろう? 俺は過ちがあれば見過ごす事なんて出来ない性質なんだ」
ロイは木剣を正眼に構えなおすと、よく通る声でこの場にいる者に語りかける。
「民を守る為の騎士が話し合いに来た人間に刃を向ける。そんな騎士道から外れた蛮行にも近い行いを、フィナンシェ王がどう思うか考えた事があるのか? この中に、自分の行いに少しでも後ろめたさがあるという者がいるならば、大人しく剣を引け!」
ロイが声高々に語りかけると、騎士たちの間に明らかに動揺が広がる。
「だ、黙りゃ! 今、この国で一番偉いのはボクチンなんだみゃ! そこの庶民の言葉に惑わされるにゃ。とっとと全員でかかっていい加減に黙らせるんだみゃ!」
フロッシュ公爵が地団太を踏みながら、ロイを始末するように命令する。
「…………」
だが、その命令に動く者はいなかった。
武器を捨てるような真似はしないものの、どうしたらいいのか判断し兼ねているようだった。
そんな騎士たちに、フロッシュ公爵は唾を撒き散らしながら喚き散らす。
「お、お前たち、一体誰がお前たちに給料を払ってやってると思うんだみゃ。ボクチンの命令を聞かないなら……どうなるかわかっているのきゃ?」
その言葉に、騎士たちは顔を真っ青にして互いの顔を見合わせる。
騎士がフロッシュ公爵の言葉に従うのは、彼に給金を握られているからのようだった。
そんな騎士たちの現状を知ってしまい、ロイは悲しげにプリムローズを見やる。
「プリム、これが君の目指した騎士の姿なのか?」
「――っ!?」
「泣いている人を一人でも多く助ける為に騎士を目指したのではなかったのか?」
「黙れ! そんな事はあたしが一番よくわかってる!」
プリムローズはロイの言葉を遮ると、堰を切ったように叫ぶ。
「あたしだってこの状況が間違っているのは充分理解している。だけど、現実は甘くないんだよ! 生きる為にはお金が必要なんだ。家族があたしの稼ぎを当てにしているんだ。民を守る為に騎士になったけど、あたしはそれ以上に家族を守らなきゃいけないんだ!」
プリムローズは滂沱の涙を流しながら叫び続ける。
「ロイ……あたしはあんたほど純粋になれなかった。理想を夢見て騎士を目指したのに、結局、現実に負けて金持ちの言いなりに成り下がってしまった。こんなダメなあたしを笑いたければ笑うがいいさ!」
「…………笑わないさ」
ロイは木剣を構えたまま、プリムローズに優しく語りかける。
「プリムは家族の為に戦うって決めたんだろ。充分立派な理由じゃないか。そんなに自分を卑下する必要はないさ。俺としてはむしろプリムの本音が聞けて安心したよ」
「ロイ……」
安堵の笑みを浮かべるプリムローズに、ロイは笑顔でとんでもないことを告げる。
「だって、これで遠慮なくプリムを叩きのめせるだろ?」
「んなっ!? そこは折れたり、譲歩してくれたりするんじゃないのか?」
予想外の解答に、プリムローズは泣くのも忘れて目を丸くする。
驚くプリムローズを見て、ロイは口の端を上げてニヤリと笑うと、木剣を構えなおす。
「そんなわけないだろ。お互い譲れないものの為に戦っているんだ。なら、どうするかなんて語るまでもない。俺たちはいつもそうやって解決してきた。そうだろ?」
「……全力でぶつかって、白黒ハッキリさせる」
プリムローズの言葉に、ロイは微笑を浮かべて首肯する。
いくら議論を尽くしたところで、お互いに道が交わる事はないのだ。ならばいっその事、殴り合いで解決してしまったほうが手っ取り早い。
負けた者は、勝った者に従う。
至極単純だが、乱暴な解決法を示されたプリムローズは苦笑しながらも、乱暴に涙を拭ってエストックを構えなおす。
「わかった。負けても言い訳なんかするなよ」
「それは、お互い様だ」
武器を構えたまま、ロイとプリムローズは頷き合った。




