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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と公爵の裏切り

 力強く扉を開けて足を踏み入れた謁見の間は、どういうわけか全てのカーテンが閉めきられて薄暗かった。


 燭台に明かりは灯されていたので全くの暗闇というわけではなかったが、とてもじゃないが人を迎え入れる様子ではなかった。


「……行こうぜ。ここまで来たら引き返すわけにはいかねぇ」


 グラースの言葉に従い、全員がおそるおそる部屋の中へと足を踏み入れる。


 辺りを窺いながら進み、部屋の中央まで進むと、


「なっ!?」


 突然入り口の扉が乱暴に閉まった。

 予期せぬ事態に、一同が互いを守るように背中を合わせて身構えていると、


「ウプププ、まさか本当にノコノコ現れるとは思わなかったもん」


 部屋の中に不気味な声が響き渡った。

 同時に部屋中のカーテンが一斉に開けられ、中の様子が露わとなった。


「チッ、結局こうなるのかよ」


 周囲の状況を見て、グラースが吐き捨てるように言う。


 ロイたちは屈強な騎士によって囲まれていた。

 既に全員が獲物を抜き、誰かが命令を下せば今すぐにでも襲いかかれる戦闘態勢に入っていた。

 言うまでもなく、この状況はナルキッソスを捕らえる為の罠だった。


「何故だ! フィナンシェ王は、俺に協力してくれるのではなかったのか!?」


 フィナンシェ王の裏切りとも言える行為に、ロイが堪らず声を荒げる。

 しかし、その声に応えたのはフィナンシェ王のものではなかった。


「愚きゃ者めっ! 何故、我が王が下賎なゴミ共の話を聞かなければならないのだ! 我が王は、お前たちが来る前にとっととお出かけしてもらったみゃ!」


 下衆な笑い声と共に現れたのは、肥え過ぎて太っているというよりは、肉を着ているという言葉が似合いそうな醜悪な体つきの男だった。


「うげっ、よりにもよって……」


 男の顔を見たエーデルがうんざりしたように肩を落とす。


「エーデル、あの男を知っているのか?」

「知ってるも何も、あの男が私が訪ねた先で最悪だったフロッシュ公爵よ。見るからにクソみたいな面をしてるでしょ?」


 その時の悪夢を思い出したのか、鳥肌を立てたエーデルが堪らずロイの背中に張り付く。

 体をよじっても背中から動かないエーデルを煩わしく思いながらも、ロイは鼻息荒く息巻いているフロッシュ公爵へと声をかける。


「公爵、俺はあんたに用があるわけじゃない。王を出してもらおうか」

「カーッ、勇者だか何だか知らないが、貴族様に対する態度がなっていない庶民だみゃ。やはり我が王には国外に出てもらって正解だったみゃ」

「国外だと? フィナンシェ王はこの国にはいないのか?」

「だから、さっきからそう言ってるだみゃ。お前たちが今日呼ばれたのは、公爵様直々にナルキッソスに天罰を与えてやる為だみゃ」

「……天罰だと? それがフィナンシェ王の総意なのか?」

「何を言ってるんだみゃ。ゴミを始末するのに、何で我が王にいちいち伺いを立てないといけないんだみゃ!」


 突き出た腹を擦りながら笑うフロッシュ公爵は、右手を高々と掲げると、謁見の間に揃った騎士たちへと命令を下す。


「それ、騎士共よ、国に仇なす下賎なゴミを始末するんだみゃ!」


 フロッシュ公爵が腕を振り下ろすと同時に、騎士たちが一斉に動き出す。


「クッ、全員武器を取れ!」


 この危機に、グラースは迷わず仲間たちに戦闘の指示を出すが、


「ちょっと待った!」


 ロイが手を伸ばして武器を構えようとするグラースを抑える。

 物凄い力で武器を抑えられたグラースは驚きに目を見開く。


「なっ!? やっぱりお前もあいつの味方をするのかよ!」

「違う! ここは俺に任せて君たちは逃げるんだ!」

「逃げろだって!? 何の為にだよ!」

「聞いただろう。今の事態は、全てあのフロッシュ公爵の差し金で、王は何も知らないんだ。なら、まだやり直すチャンスはある。けど、ここで暴れて騎士に無用な犠牲を出せば、最後の希望まで潰えてしまうんだ!」

「…………なら、お前はどうするんだよ」

「決まっている!」


 ロイは背中から木剣を抜いて斜に構える。


「セイッ!」


 気合の掛け声と上げ、ロイは目の前の大理石に剣戟を走らせた。

 すると、甲高い音を響かせながら大理石に一本の太い線が引かれる。


「ここより先に進もうとする者は、容赦なく叩き伏せる! それでも尚、世界を救った勇者に挑む気概のある者はいるか!」


 ロイが声高に宣言すると、今にも斬りかかろうとしていた騎士たちの動きが止まる。

 ただの木剣で大理石を易々と切り裂いて見せたのだ。ロイの尋常じゃない剣技を見せ付けられて、そうそう蛮勇を振るえる者はいないようだった。


 騎士たちの動きが止まったのを確認したロイは、グラースへと笑いかける。


「ここは俺が抑えておくから、君たちは早く脱出するんだ」

「……わかっていたが、お前、本当に無茶苦茶だな」


 グラースは呆れたように笑うと、力強く頷く。


「死ぬなよ?」

「フッ、誰にものを言っているんだ。それと、エーデル?」

「……何? まさか、私に彼等の護衛をしろ、とか言うつもり?」


 既にロイが何を言うか察していたのか、エーデルが先回りして質問する。

 理解ある幼馴染の言葉に、ロイは笑顔で首肯する。


「ああ、そのまさかだ。宜しく頼むぞ」

「はぁ……やっぱりなのね。まあ、ちょっと今の状況にムカついてたから、護衛ついでに少し暴れてくるわ」

「……くれぐれも殺すなよ?」

「フフッ、大丈夫よ。一生治らない心の傷を負わせる程度にしておくわ」


 笑顔でとんでもない事を言ってのけたエーデルは愛用の杖を取り出すと、詠唱を始める。


「世界を蓋いし優しき風よ。烈風の刃となって我が敵を討て……フィロ・ヴィント!」


 エーデルが魔法を発動させると、杖の金細工部分から一迅の風が薙ぎ、謁見の間の扉を二つに割ってみせた。


「ほら、あなたたち、とっとと付いてきなさい!」


 エーデルは唖然としているナルキッソスの面々に声をかけると、悠然と歩き出した。

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