実直勇者の失態
日付が変わろうという時間にも関らず、イリスの屋敷では多くの人が出入りしていた。
ナルキッソスがフィナンシェに現れてから、初めてナルキッソス本人を目撃したという一大事件を聞きつけた憲兵たちが大所帯で現れ、現場検証と近辺の捜索を行っていたからだ。
「ふぁ~、眠いわね~」
「……全くですね。現場検証なんか明日でもいいでしょうに」
夜遅くに叩き起こされ、眠そうに目を擦り続けるイリスにエーデルが同意する。
「何を言っているんだ。ロイは今もナルキッソスを追いかけているかもしれないんだぞ! そんな腑抜けた態度でロイに悪いと思わないのか?」
捜査に非協力的なエーデルを、プリムローズが窘める様に注意する。
怒り顔で詰め寄ってくるプリムローズを見て、エーデルがうんざりしたように嘆息する。
「はぁ……そういう台詞は、少しは役に立ってから言って欲しいわね。ナルキッソスを追いかけたけど、相手の魔法にやられておめおめと帰ってきた癖に。それに……」
エーデルは、薄汚れた上着一枚のみというプリムローズの全身を指差して鼻で笑う。
「百歩譲って相手が一枚上手だったとしても、あんたの格好は何? 殆ど裸じゃない。いつから鮮血の戦乙女様は、痴女の露出魔になったのかしら?」
「う、煩い。こ、これは、こここれはな……うわあああああん!」
エーデルに抜け駆けしてロイに夜這いをかけようとしていた。などと言えるはずもなく、プリムローズはエーデルの疑惑の視線に耐えかねて館の中へと駆けて行ってしまった。
「フン、どうせロイに夜這いをかけようとかしてたんでしょ」
しかし、そんなプリムローズの浅はかな考えは、エーデルにはお見通しだった。
「あれ? 二人して何してるんだ?」
プリムローズの姿が館の中に消えると同時に、クロクスとの会談を終えたロイが戻ってきた。
「あっ、ロイ……」
「ロイ君!」
エーデルが飛び出すより先に、イリスが飛び出して帰ってきたロイへと駆け寄り、ロイの胸へと飛び込む。
「んなっ!?」
イリスの予想外の行動に、完全に出遅れたエーデルが口をあんぐりと開けて固まる。
だが、そんな事はお構い無しに、イリスはロイに密着した状態で猫なで声で語りかける。
「も~う、ナルキッソスは放って置いていいって言ったのに、怪我までしてるじゃな~い」
イリスはロイの腫れた頬に手を当てると、自分が痛めたかのように泣きそうな顔になる。
そんな心優しき年上の女性の姿に、ロイは気丈に笑ってみせる。
「大丈夫ですよ。こんなのは怪我のうちにも入りませんから。それに、その甲斐あってそれなりの収穫がありました」
「収穫……まさか、ナルキッソスを捕まえたの?」
「いえ……ですが、ナルキッソスとある約束を取り付けました。ですからイリスさん。すみませんがフィナンシェ王と面会したいので段取りを整えてもらえますか?」
「え? どうして?」
「皆が笑顔で暮らせるようにする為です。ですから、どうかお願いします」
ロイはイリスから体を離すと、腰を折り曲げて「お願いします」と繰り返した。
イリスはロイの真摯な態度を見て、鷹揚に頷く。
「……わかったわ。でも、王様の予定もあるから何時になるかわからないわよ?」
「はい。充分です。どうかよろしくお願いします」
ここから事件は一気に動き、最終的には皆が笑って過ごせるようになるはずだ。ロイは自分の思い描く明るい未来を手繰り寄せることが出来た様な気がした。
「ところで、ロイ君。ナルキッソスに会ったなら、盗られた物は取り返してくれたの~?」
「……………………あっ」
イリスの言葉に、ロイはピタリと動きを止めた。
完全に失念していた。その言葉は語らずとも、ロイの態度が如実に現していた。




