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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と真実を知った少女

 顔を上げたグラースは、変らず手を差し伸べた姿勢のままでいるロイを見据えて、口を開こうとしたその時、


「兄さん、さっき大きな音がしたけど大丈夫なの?」


 酒場の入り口の扉が乱暴に開き、何者かが酒場に入ってきた。


「リリィ?」


 酒場に入ってきた人物にいち早く気付いたロイが驚きの声を上げる。


「ロイ!? 何でここに……」


 そこまで言ったところで、リリィは中の様子を見て顔をしかめる。

 殴られたように顔を腫らし、体中擦り傷だらけのロイと、その対面に座る包帯を巻かれた男。男は確かクロクスとよく連れ立っていた男のはずだ。その後ろに控えるのは、兄のクロクスと、名前も知らない男たち。そして、近くのテーブルにはいかにも高価そうな宝石類と銀で出来た聖母像――。

 これだけ証拠が揃えば、どんな阿呆でもこの状況の意味する事に気付く。


「まさか、兄さんがナルキッソスだったの!?」

「ちがっ……」


 咄嗟に否定しようとするクロクスだったが、その言葉は最後まで紡がれない。

 それはつまり、自分がナルキッソスであると認めたようなものだった。


 黙り込むクロクスを見て、リリィの目にみるみる涙が溜まっていく。


「兄さんの馬鹿!!」

「待つんだリリィ!」


 ロイの制止の言葉を無視して、リリィは酒場を飛び出して行ってしまった。


「おい、何をしているんだリリィを追いかけるんだ!」


 ロイは顔を真っ青にしているクロクスに向かって叫ぶ。


「で、でも……」

「でもじゃない! あんな状態の彼女を放っておいて平気なのか?」

「平気なわけないだろ……けど」


 クロクスは吐き捨てるように言うと、顔を伏せ、黙り込む。

 それ以上は、ロイが何を言ってもクロクスは動こうとしない。

 どうやら、これ以上は何を言っても無駄なようだった。


 ロイはクロクスの説得を早々に諦めると、酒場の出口へと向かう。


「いいか? 俺が戻ってくるまでにどうするか、決めておいてくれ!」

「へ? あ、ああ……わかった」


 グラースが頷くのを確認したロイは、リリィを追いかける為、夜のスラム街へと飛び出していった。


 夜の街をリリィは全力で駆けていた。

 視界は涙でぼやけ、自分が今、何処にいるかですら定かではない。

 目的も何もない。ただ、自分の体力の限界まで、それこそ命が燃え尽きるまでリリィは走り続けるつもりだった。


 魔物によって、住んでいた村ごと両親を失ったリリィたち兄妹は、自分の信じる正義の為、自由の為に生き残った同郷の仲間たちと冒険者になった。

 しかし、残念ながらリリィたち兄妹には、冒険者としての才能はなかったようで、どれだけ命を張っても生活は楽にはならなかった。

 それでも、リリィはそんな生活に不満を持ったことはなかった。

 誰かの笑顔を守るという自分の信じる道を、兄と一緒に歩いている実感があったからだ。

 だが、信じていた兄は、街の平和を脅かす存在だった。

 自分たちが一番忌み嫌っていた、人の幸せを奪う最低な行為を兄は行っていたのだ。

 信じていた兄に裏切られたリリィは、全てがどうでもよくなっていた。


「あ……」


 気が付くと、目線の先に明るく賑やかな場所が見えた。

 いつの間にかスラム街を抜け、闘技場の辺りまで来ていたようだ。

 リリィは走るのを止め、光に誘われる虫のように、ふらふらと闘技場へと足を向ける。


「リリィ!」

「――っ!?」


 自分の名前を呼ばれたリリィは、心臓を鷲掴みされたかのように硬直する。

 恐る恐る顔を向けると、そこには息を切らして心配そうにこちらを見るロイの姿があった。


「待ってくれリリィ、話を……」

「来ないで!」


 ロイの話が終わる前に、リリィは再び駆け始める。


「クッ、ったく……」


 だが、今度はロイも簡単に逃がすつもりはなかった。

 リリィの動きから逃げる方向を先読みしたロイは、路地へと入り、壁を蹴って建物の屋根へと上がる。身を低くし、足音をなるべく立てないように屋根の上を駆け、リリィが現れると思われる場所へと先回りした。


 暫く待機していると、予想通り、顔を伏せて走るリリィの姿が見えた。

 ロイは、そのまま息を殺してリリィが現れるのを待つ。

 やがて足音が聞こえ、リリィがロイの目の前を通り過ぎようとした瞬間、


「捕まえた!」


 脇から飛び出して、後ろからリリィに飛びついた。


「キャッ!? いや、放して!」


 後ろから羽交い絞めにされ、リリィは混乱したように暴れる。

 しかし、ロイはしっかりとリリィに組み付いて放そうとしなかった。


「リリィ、大人しくするんだ!」

「ロ、ロイ……ちょっと待って。胸、ボクの胸を掴んでるって!」


 リリィをしっかりと抱えるようにしているロイの手が、リリィの豊かではないが、形のいい胸を鷲掴みにしていた。

 しかし、そんなことで動じるロイではなかった。


「だからどうした。いい加減、おとなしくしろ!」

「え、ええっ!?」


 ロイは力を緩めるどころか、更に力を入れてリリィをしっかりとホールドする。


「ちょ、いや……そんなに強く……揉まないでよ……あん」

「だったら、もう逃げないと誓うか?」

「誓う! 誓うから早くその手をどけてよ~!」


 リリィが涙目で懇願すると、ロイはようやくその手を放した。


 ようやくロイの手から逃れたリリィは、羞恥の表情で頬を赤く染め、自分の胸を抱くように身を縮める。


「はぁ……はぁ……」


 ようやく息を整え、落ち着きを取り戻したリリィは、不埒な行為を物ともしない女の敵の顔を叩こうと右手を振り上げるが、


「…………」


 ロイの顔を見て、その手を止めた。


「よかった……リリィが自棄を起こすんじゃないかと思って心配したんだからな」


 リリィの胸を散々弄んだはずの男は、心からリリィの無事を喜んでいる様子で涙ぐんでいた。

 そういえば、とリリィは噂で聞いた話を思い出す。

 実直勇者は、ハニートラップをはじめとする女性からのアプローチを一切受け付けない、と。

 どうやらその噂は疑いようのない真実のようだった。


「はぁ……」


 何処までも真摯な表情のロイを見たリリィは、何だか胸を触られていた事を気にしていた自分が馬鹿らしくなり、深い溜め息をついた。

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