実直勇者と夢を諦めた冒険者
ロイたちは話し合いをする為、一階の酒場へと場所を移した。
以前ロイがここを訪れた際、店主がこれ以上は話せないと言っていた理由が今ならわかる。 二階の宿屋をナルキッソスのアジトにされていたのだ。店主が余計な事を言おうものなら、彼がどうなるかなんて言うまでもないだろう。
だが、店主の悲劇は、ナルキッソスに宿屋をアジトとして使われただけじゃなかった。
ロイが酒場の店主に事情を説明すると、店主は強面の顔を歪め、今にも泣きそうな顔で二階へと駆け上がっていった。
それから程なくして、店主の断末魔のような絶叫が聞こえた。
だが、それについては、とりあえず今は置いておくことにする。
「クソッ、俺たちを捕まえるならさっさとしろ」
仲間によって回収され、体に巻きつけた包帯が痛々しいグラースが吐き捨てるように言う。
他の仲間も既に逃げる気力すらないのか、顔を伏せ、この世の終わりのような顔をしていた。
そんな絶望に打ちひしがれた男たちに、ロイが嘆息して口を開く。
「何か勘違いしているみたいだが、俺はあんた等を捕まえるつもりではあったが、憲兵に引き渡すつもりはないぞ」
「…………は?」
ロイの言葉に、我が耳を疑うような顔になるグラース。
クロクスたちもロイの言葉の真意が掴めず、互いに顔を見合わせて眉を顰める。
「じゃ、じゃあ、お前は何で俺たちを追いかけてきたんだよ」
「その前に、いくつか聞きたい事があるんだ」
「……何だ?」
「君たちが貴族から物を盗む理由は理解出来る。だが、何故人を攫ったりしているんだ? 攫った人は、何処に連れて行かれるんだ?」
「ケッ、何だよそんな事か……」
グラースは地面に唾を吐き捨てると、三白眼でロイを睨む。
「言っておくが、俺たちはそんな卑劣な真似はしない。確かにそういう行為に手を染めている輩はいるが、それと俺たちは一切、関係ない」
「じゃあ、二つの現場で同じカードが見つかったことは?」
「それこそ知らん。俺たちは盗みを働いた現場に、カードを置いて来いと言われたから、置いているに過ぎない」
「それじゃあ……」
「誰からカードを置いてこいと言われたか、という質問には絶対に答えられないからな。その人はこの国の現状を憂い、少しでもこの国を良くしようとして俺たちに協力を申し出てくれた……らしいが、実際は文章のやり取りだけで、一度も会った事はない」
そう締めくくると、グラースは顔を背けて黙り込んでしまった。
どうやら本当に誰から協力を受けていたかは知らないらしい。
「わかった。君たちが人攫いに関与してないことがわかっただけで充分だ」
「……信用するのか?」
ロイがあっさりと引き下がった事に、グラースは信じられないものを見るような顔になる。
「当然だ。君の目を見ていれば、嘘をついていないのはすぐにわかる」
ロイは自信に満ちた顔で頷くと、ここに来た本当の理由について切り出す。
「話を戻すが、俺がここに来たのは、ナルキッソスである君たちに、この国の現状をフィナンシェ王に話してもらいたいと思ったからだよ」
ロイの言葉に、グラースは眉根を寄せる。
「王にだ? それこそ何の意味があるんだよ」
王がいながらこの国は、これほどの貧富の差が生まれたのだ。今更、王に現状を話したところで一体何の意味がある。
グラースの諦観した様子の言葉を、ロイはかぶりを振って否定する。
「いや、そんなことはない。王様に事情を説明出来れば、きっと現状を変えてくれるさ。何故なら、王様はこの国の事を本当に何も知らないみたいだからな」
「知らないって……じゃあ、王は何をやっているんだよ」
「確か、他国との協議が忙しいとか言ってたけど……詳しくは俺も知らないんだ」
「何だよそれ……そんな適当な話を俺たちに信用しろって言うのか? 第一、俺たちが話をするということは、王の元へ出向くということだろう? それこそ、自分からあいつ等に捕まりに行くようなものじゃないか」
話にならない。そう言ってグラースは手で追い払うような仕草をする。
だが、ロイは諦めずにグラースに食い下がる。
「じゃあ、どうするんだ? こんな事を続けていてもいつかは捕まって処刑されるのがオチだぞ? そうなっても君たちの家族は誰も悲しまないと、仲間に迷惑はかけないと言えるのか?」
「それは……」
「ここが正念場だ。今なら俺が君たちを王様に引き合わせてやる。心配しなくても、王様からは何かあれば協力してもらえるように取り付けてある。それに……」
ロイは自分の胸を強く叩いて、歯を見せて笑う。
「何があっても俺が君たちを守ってみせる。世界を救った勇者が、この国を変える為に君たちの後ろ盾になってやると言ってるんだ。今、動かなければ、こんなチャンスは二度とないぞ」
だから勇気を持って立ち上がってくれ。ロイは快活な笑みを浮かべてグラースへ手を伸ばした。
「…………」
差し出された手を見て、グラースは呆然となる。
ロイの言っていることはただの偽善に過ぎない。王にこの国の現状を進言したところで、自分たちの生活が改善されるとは思えないし、長い間この国を覆い続けてきた闇が振り払われるはずがない。それに、ロイの言葉を信じて城へ足を運んだとしても、王に会う前に騎士たちに取り囲まれ、その場で処刑されてしまうのが関の山だろう。
こいつは気持ちのいい言葉を吐くだけの偽善者だ。
そう断じてしまうのは簡単だが、自信に満ちたロイの顔を見ていると、不思議とこの男の甘言が、実行不可能ではないように思えてきてしまう。
これこそが、勇者の証だとでもいうのだろうか?
(いや……違う)
グラースはすぐに己の考えを否定する。
目の前の男は単純に信じているのだ。己を、他人の可能性を純粋に、真っ直ぐに。
自分も昔はこの男のように何処までも真っ直ぐに、夢へ向かって邁進していた。
だが、いつの間にか当初の夢を諦め、人を裏切る事を覚え、果ては義賊紛いの盗賊へと身を落とした。
こんなにも人が信じられなくなったのは、いつからだろうか?
しかし、この男ならば……その真っ直ぐな心で世界を救って見せたこの男ならば、もう一度だけ信じてみてもいいかもしれない。
「……実直勇者、か」
グラースは痛む腹を押さえながら自嘲的に笑った。




