実直勇者と対決
実力差を見せつけたことで男たちは大人しくなるだろう……そう思うロイだったが、
「まだだ!」
血走った目をしたグラースが、腰のポーチから取り出した小さな小瓶を掲げてロイを睨んでいた。
「クソッ、本物の勇者がいるなんて聞いてないぞ。これだから今回の仕事は嫌だったんだ!」
「諦めろ。何をしたところでお前たちに勝ち目はないぞ」
「……それはどうかな?」
グラースは獰猛な笑みを浮かべると、土気色をした見るからに危険そうな液体を一気に飲み干し、口元を乱暴に拭う。
「い、一体何を飲んだ?」
これといった変化は見られないが、異様な雰囲気に、ロイは注意深くグラースを観察する。
「フッ、これは能力を一時的に引き上げる魔法の薬だよ。効果の程は……」
そう言うと、グラースは小瓶をロイに向かって投げると同時に、地面を強く蹴って勢いよく飛び出す。
「よっと」
不意打ちではあったが、ロイは投げられた小瓶を紙一重で回避する。
しかし、
「なっ!?」
次の瞬間、一瞬にしてグラースに間合いを詰められたことに、ロイは驚きに目を見開く。
「くらってみて、確かめてみなあああああああああああっ!!」
烈風の叫び声と共に、グラースの右腕が唸りを上げてロイの頬を捉える。
「がっ……」
完全に虚を衝かれ、防御すらまともに出来なかったロイは、その膂力によって背にしていた壁を突き破り、更には隣の部屋の壁を突き破るほどの勢いで吹き飛ばされた。
「へっ、どうだ!」
荒い息を吐きながら、グラースが右腕を突き上げる。
「す、凄い……」
常人離れした威力を目の当たりにして、クロクスが息を飲む。
壁の向こうを見やると、突然の事態に呆然と壊れた壁を見つめる隣の宿泊客と、ロイが吹き飛ばされて出来たと思われる瓦礫の山が見えた。
流石の勇者も、あのような一撃を受けてはひとたまりもないのでは? そう思われたが、
「痛ぅぅ……全く、驚いたよ」
瓦礫を跳ね除け、ロイが何事もなかったかのように起き上がった。
「なっ!? 馬鹿な……」
余裕の表情でこちらを見据えるロイを見て、グラースは愕然となる。
殴られた頬が腫れ上がり、更には吹っ飛ばされた衝撃で、体中にいくつもの打撲痕や切り傷を作っていたが、ロイはまるで何事もなかったかのように首の骨を鳴らし、体をほぐしながら特に異常がない事を確かめる。
「それじゃあ、今度はこっちの番だな」
ロイはそう宣言すると、瓦礫の中から手ごろなサイズの木材を手に取り、腰を落として木材を後ろに引き、腰だめに構える。
「まっ……」
待ってくれ。そうグラースが言おうとするが、その時には既に木材を振り抜こうとするロイが目の前に迫っていた。
「いくぞ、飛燕・石破衝っ!」
――シュヴァルベ式刀剣術、刺突二式・飛燕・石破衝。
主に固い鱗や、岩のような皮膚を持った魔物の僅かな弱点を攻撃する為の技で、威力よりも素早さ、命中に重きを置いている為、シュヴァルベ式刀剣術の中では比較的威力は低い。しかし、技の発動は全ての技の中でもトップクラスで、近距離での見てからの回避は不可能に近い。
故に、いくら魔法の薬で強化していようとも、グラースに石破衝を回避する術はなかった。
床を踏み抜く勢いで踏み込まれたロイの石破衝が、グラースの胴を轟音と共に打ち貫く。
それは正に、突くというより打ち貫くという表現が正しかった。
ロイが木材を振り抜くと、グラースの体が低空飛行で飛び、ロイが吹き飛ばされた反対側の壁を突き破る。しかも、それだけでは威力が減衰する様子はなく、そのまま次の壁を突き破り、更には宿の外までグラースの体を吹き飛ばした。
先程のグラースを遥かに上回る威力を目の当たりにし、口をあんぐりと開けているクロクスたちへ、ロイが技の衝撃で半ば朽ち果てた木材を突き出して話しかける。
「まだ、やるつもりかい?」
その言葉に、首を縦に振る者は誰もいなかった。




