実直勇者と怪盗たち
陽が完全に落ちたスラム街は、街灯の一つもなく、まともに燃料すら購入出来ない人間が圧倒的に多いので、既に人も街も完全に寝静まっていた。
ロイが依然訪れたスラム街にある酒場、その二階部分は宿屋として営業していた。
「はぁ……はぁ……どうにか逃げ切ったぞ」
その宿屋の一部屋に、一人の男が行きも絶え絶えといった様子で部屋の中に戻ってきた。
全身黒ずくめの男は、ふらふらとした足取りで燭台に火を灯すと、水差しの中身を浴びるように飲み干して、倒れこむようにしてベッドに飛び込む。
男が手にしていた袋の中には、イリスの館から盗み出した銀で出来た聖母の像と、大小様々な宝石、そして、薬が入っていると思われる小瓶があった。
「これさえあれば、俺たちは……」
男は自分の成果を胸に大事そうに抱くと、安堵の溜め息をついた。
「……さん」
すると、部屋の扉が控えめにノックされた。
ノックの音に反応し、男は素早く身を起こすと扉を凝視する
「誰だ!?」
「グラースさん、僕です。クロクスです」
その声を聞いて男、グラースは肩の力を抜くと、扉の向こうに声をかける。
「おう、開いてるから勝手に入ってこいよ」
グラースがそう言うと「失礼します」の声と共に、黒のマントを頭から被った男、リリィ・リスペットの兄であるクロクス・リスペットが現れた。
「グラースさん、お疲れ様でした」
「おう、今日は助かったぞ」
グラースが笑顔で拳を突き出すと、クロクスも拳を突き出して合わせ、互いを労う。
「はぁ……やれやれ、参ったぜ」
すると、盛大な溜め息と共に新たな人影が二つ、部屋の中に入ってきた。
その内の一人は額から血を流し、意識を失っているようだった。
「お、おい、大丈夫なのか?」
「ええ。気を失ってるだけです。ただ、スリングショットから放たれた石を投げ返すという、常人離れした技を持つ奴相手にこの程度で済んだのだから、むしろ幸運でした」
そう言って男は、壊れたスリングショットを取り出す。
彼が無事だったのは、投げ返された石がこれに当たったお陰で直撃を免れたようだった。
仕事は成功したが、満身創痍になってしまった。グラースは苛立ちを紛らわすかのように爪を噛みながら唸る。
「むぅ……しかし、俺を追いかけてきた奴等は誰なんだ? 冒険者である俺たちに引けを取らない……いや、確実に俺たちより強かった」
「あれは……」
グラースの質問に、クロクスが答えようとすると、
「お邪魔させてもらうよ」
部屋の中に、グラースの仲間ではない声が響いた。
その声に、全員が身を硬くして声の方、ドアではなく窓へと目を向ける。
そこには二階であるにも関らず、窓から颯爽と部屋へと足を踏み入れる侵入者、ロイの姿があった。
ロイは部屋の中にいる四人の男たちを睥睨しながら口を開く。
「お前等が怪盗ナルキッソスだな」
「な、何でお前がここに? お前は……」
「閃光魔法、ブリッツによって俺を見失ったはずだって?」
ロイの言葉に、男たち全員が息を飲む気配がした。
自分たちの作戦が尽く看破されていたことに驚きを隠せないようだった。
そんな男たちの疑問に、ロイは得意気に口を開く。
「簡単な話さ。俺は同じ様な方法で、ブリッツを発動させる奴がいることを知っていたんだ。だから魔法が発動した瞬間、姿を消してあんた等の油断を誘わせてもらった」
後は、逃げ切ったと思ったグラースの跡をつけたというわけだった。
「僕の魔法を利用したのか……」
己の失態に気付いたクロクスが冷や汗を垂らしながら呟く声に、ロイの視線が重なる。
「あの時は世話になったな」
「クッ、実直勇者が……」
悔しげに歯噛みするクロクスを見て、ロイは口の端を上げる。
「おりゃあああああっ!」
余裕を見せるロイの姿を、隙と見たグラースがロイに襲い掛かる。
「おっと」
しかし、ロイは窓の縁を蹴ってあっさりとグラースの突進を回避すると、天井を蹴って部屋の入り口へと回り込み、入り口を塞ぐように立つ。
「やれやれ、いきなり襲い掛かってくるとは随分だな」
ロイは諦観した面持ちでグラースに質問する。
「少しはこっちの話を聞こうって意思はないのか?」
「そんなの、あるわけないだろ。クロクス!」
「はいっ!」
グラースの鋭い掛け声に、クロクスが懐から指揮棒ぐらいの小さな杖を取り出す。
「地獄より沸き出でる煉獄の炎よ……」
クロクスが魔法の詠唱を始めると同時に、意識のある男二人がロイへと襲い掛かる。
どうやら二人が時間を稼ぎ、その間にクロクスが魔法を唱えるようだ。
「……やれやれ」
一度大人しくなってもらった方がよさそうだ。そう判断したロイは行動を開始する。
「おらぁっ!」
グラースの大降りの攻撃をしゃがんで回避したロイは、続く男のナイフによる攻撃を紙一重で回避し、相手の手首を強く打ち付けてナイフを奪う。男二人の攻撃をあっさりと回避した次は、未だに魔法の詠唱中のクロクスへと肉薄すると、手にしたナイフを高速の速さで振るう。
「シッ!」
ナイフによる攻撃は、クロクスの持つ魔法の杖、その上部にある金の装飾を綺麗に吹き飛ばした。
「しまっ……」
魔法の力を増幅させる杖を破壊され、更には集中を乱されてせっかく詠唱した魔法もあっさりと霧散してしまう。
「まだ、抵抗するか?」
ナイフを首元へ当てられたクロクスは、観念したように杖を捨てて両手を上げた。




