実直勇者と泣いた女戦士
「「「ごちそうさまでした」」」
ロイの母親が作った料理に舌鼓を打った三人は、満ち足りた表情で感謝の言葉を口にした。
「はい、お粗末様でした」
母親は笑顔で三人の挨拶に応えると、手早く食器を片付けて食後のお茶を用意していく。
「すみませんお母様。何から何まで」
「いいのよ。ウチにお客様が来るなんて久しぶりだから、遠慮なくくつろいでね」
至れり尽くせりの対応に恐縮して何度も頭を下げるプリムローズに、母親は無邪気に微笑むと、プリムローズの耳に口を近づけて小声で囁く。
「それに、未来のお嫁さんかもしれない人に、少しでも良い印象を持ってもらいたいからね?」
「なっ、なななっ!?」
突然の告白に顔を真っ赤にさせるプリムローズに、母親はウインクをして悪戯っぽく笑うと、大量の食器を持って優雅にキッチンへと消えていった。
「母さん、何だって?」
「ひぇあっ!? な、ななな、なんでもないぞ。アハハハ……」
「えっ、でも……」
「なんでもない。なんでもないったらなんでもないんだ!」
「そ、そうか……」
この件についてこれ以上は何を聞いても無駄だと判断したロイは「ならば」と前置きして、
「それじゃあ、プリム」
「は、はえっ!? な、何?」
「そろそろ本題に入ってもいいかな?」
机の上で指を組み、その上に顎を乗せて話し始める。
「俺を尋ねてきたって事は、何か問題でもあったんじゃないか?」
ロイからの質問に、プリムローズは笑顔のまま固まる。
「な、ななな、何を突然言い出すんだ。そ、それって一体どういう意味だい?」
「どうもこうも、そのままの意味だよ。さっき自分で言ってただろ? 仕事で来たってね。だから、その仕事の関係で俺を訪ねてきたんじゃないのか?」
「そ、それは……」
ロイに真摯な表情で見詰められ、プリムローズは気まずげに視線を逸らす。
その顔は、明らかにロイに何か伝えたい事がある。ハッキリとそう告げていた。
何か言いたくない事情があるのかもしれない。ロイはそう察しながらも優しく、粘り強くプリムローズに語り続ける。
「余計なお世話かもしれないが、話してくれないか? ひょっとしたら、口にする事で楽になるかもしれないじゃないか」
「…………」
「俺では……信用できないか?」
「ロイの事は心から信じてる。それだけは信じて欲しい。だけど、だけど…………」
プリムローズはそれだけ呟くと、ぽろぽろと大粒の涙を流しながら泣き始めてしまう。
「あ、あわわ……ご、ゴメンよ」
泣き出してしまったプリムローズに、ロイは慌てて彼女を慰める。
「あ~あ、辛気くさいから、もうそういうのやめ。や~め」
ロイが精一杯の謝罪の言葉や、励ましの言葉をかけ続けていると、場の空気を壊すようなのんびりとした声が室内に響く。
ロイが声のした方に顔を向けると、エーデルが三白眼で睨んでいた。
「もう、ロイがあんまりしつこいからプリムが泣いちゃったじゃない」
「お、俺の所為なのか!?」
突然水を向けられ、ロイは目に見えて狼狽する。
「そうよ。でも、今のはプリムも悪いんだけどね」
オロオロと視線を彷徨わせているロイを尻目に、エーデルは席を立ってプリムローズの脇に立つと、
「せいや~!」
プリムローズの頭頂部目掛けて、おもいっきりチョップを振り下ろした。
「あぐっ!」
両手で目を覆っていたプリムローズは、エーデルの後ろからの攻撃に気付けるはずも無く、チョップをまともに受けるとテーブルに勢いよく顔から突っ込んだ。
「プリムも、いつまでもメソメソしてるんじゃないの」
「い、いきなり何をするんだ!」
どうやらテーブルの角に額をぶつけたようで、さっきとは違う意味で涙目になったプリムローズが鬼の形相でエーデルを睨む。
しかし、エーデルはそれには全く動じず、小さく嘆息して告げる。
「もう、やめよう。本当の事をロイに喋ろうよ」
「…………エーデル」
その一言だけで全てを察したプリムローズは、大きく息を吐くと、全身の力が抜けたかのようにずるずると椅子に体を預けた。
エーデルは呆けたように座るプリムローズの肩を軽く叩くと、事の成り行きを見守っていたロイに向き直る。
「ごめんね。私たち、ロイに黙っていた事があるんだ」
「私たち、という事は……俺だけに知らされていなかったという事か?」
その質問にエーデルはゆっくりと頷くと、竜王討伐の後に、ロイ以外の仲間内だけで話し合って決めた約束事を口にし始めた。