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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者の眠れぬ夜

 その日の夜、ロイは中々寝付けないでいた。

 いつナルキッソスが現れるかわからないのに、おちおちと眠れるはずがなかった。

 イリスは何もする必要はないと言っていたが、ロイは大人しく従うつもりは毛頭なかった。


 真面目に仕事に励んでいるイリスが堕落した貴族のように扱われ、ナルキッソスの標的とされているのが許せないというのもあったが、これ以上、ナルキッソスに罪を重ねて欲しくないというのもあった。

 罪は、重ねるだけ償うのが大変になる。

 出来るなら全ての人を救いたいと願うロイとしては、一刻も早くナルキッソスを捕まえ、出来るだけ穏便に事態を解決したいと思っていた。

 しかし、ナルキッソスはいつ現れるかわからない。

 毎晩寝ずの番をしてナルキッソスを待つ。というのは、流石のロイでも無理だった。


「…………ああ、クソッ!」


 ベッドに入ってから結構な時間が経つのに、とりとめない思考を巡らせている所為でちっとも眠れない。


「はぁ……」


 苛立ちを少しでも紛らわそうと思ったロイは、水でも飲もうと思ってベッドから這い出た。


 館全体は既に寝静まっている時間で、風も凪いでいる今宵は静寂が辺りを支配していた。

 ロイは、自身の脳名地図と月明かりを頼りに、炊事場を目指して廊下を進んでいた。

 すると、


「ん?」


 廊下を曲がった先の向こう、大きな扉の前で何かが動いたような気がした。

 ロイは咄嗟に気配を殺すと、息を潜めて廊下の先を窓越しに凝視する。

 暫く様子を伺ったが、何かが潜んでいるような気配は感じられなかった。


(……勘違いか?)


 もしかしたら気のせいだったかもしれない。そう思って身を起こそうとすると、


「……ロイ?」

「――っ!?」


 突然、後ろから声をかけられた。

 思わず出かかった声を、口を押さえる事でどうにか堪えたロイが後ろを振り返ると、心配そうにこちらを伺うプリムローズが立っていた。


「何だ、プリムか……」


 仲間の登場にほっと胸を撫で下ろしつつも、万が一に備え、声を潜めて辺りに注意を払いながらプリムローズに話しかける。


「どうしたんだ。そんな格好で……」


 見上げるプリムローズの格好は、いつも来ている質素なデザインの寝巻き姿、ではなく要所を隠しただけの薄い下着同然の姿だった。


「え? あっ、これは……」


 裸に近い姿をまじまじと見つめられ、プリムローズの顔がみるみる朱に染まっていく。


「その……エーデルが完全に眠りに落ちたから、チャンスだと思って……」

「チャンス? 何がだ?」

「何って既成事実をつく……って違う! 決してロイをよば……むぐぅ!?」


 狼狽したプリムローズが大声を出しそうになったので、ロイは反射的にプリムローズの口を押さえて壁へと押しやる。


「ほひぅ!? ふ、ふぐぅ!」


 壁に押さえつけられ、息が掛かるくらいの距離にロイの顔があるのを認識したプリムローズは、更に動揺し、ロイの手から逃れようと暴れ出す。

 ロイは暴れるプリムローズを必死に押さえながら、声を殺して耳元で囁く。


「プリム、静かにするんだ。気付かれるだろ」

「は、はへひ?」


 何かを気にする様に視線を彷徨わせるロイを見て、プリムローズは辺りを見渡す。

 しかし、見える範囲に誰かがいる様子はなかった。

 ならば、何故、ロイはこんなにも誰かの目を気にするのだろうか。


(まさか、ロイも?)


 自分の事を待っていてくれた? だとすれば、気付かれると困るという台詞は、エーデルやイリスといったこの屋敷に住んでいる人を指しているのではないだろうか?


(と、ととと、ということは、あ、ああたしも遂に……)


 ロイの言葉を都合のいいように解釈したプリムローズは、体中の力を抜くと、勇気を振り絞ってロイへと話しかける。


「は、初めてだから優しくしてね」


 そう言ったプリムローズは、目を閉じて顎を少しだけ上げる。


 後は、ロイに全てを委ねよう。

 そう思うプリムローズだが、


「…………」


 いつまで待っても、何の反応も返ってこなかった。

 不思議に思ったプリムローズが、おそるおそる目を開けると、


「あれ?」


 目の前にいたはずのロイが、いつの間にか廊下の窓に張り付いて、窓の向こうを凝視していた。


「ロ、ロイ……何をしているんだ?」

「静かに、今、ナルキッソスが侵入しているかもしれないんだ」

「へっ? ナルキッソスだって?」


 ナルキッソスの名前を聞いて、プリムローズが正気を取り戻す。


「確定じゃないけどな。だが、用心するに越したことはない。だろ?」

「そう……だな」


 ロイの言葉に、プリムローズは顎を引いて首肯する。

 プリムローズが落ち着きを取り戻したのを確認したロイは、手招きしてプリムローズを呼ぶと、二人で窓際に身を潜めて影が動いた扉を注視した。


「…………」


 そのまま数分、二人で息を殺して扉を見守っていると、扉に変化が訪れる。

 風も吹いてないのに、音もなく扉が開いたのだ。


「まさか本当に!?」

「まだだ。まだ、姿を確認していない」


 今にも飛び出して行きそうなプリムローズを、ロイは手で制しながら前を見張る。

 扉は開いたままだが、中から誰かが出てくる様子はない。

 しかし、変化は着実に起こっていく。

 扉が閉まったと思ったら、今度は窓が開く。


「なんで、どうして?」


 自体が把握できず、混乱するプリムローズだったが、


「チッ……」


 何かを察したロイが、目の前の窓を開け放つと、縁へ足をかけて外へ飛び出す。

 地上三階という高さを物ともせず着地したロイは、近くに落ちていた棒を拾うと、棒を逆手に持って背中に隠すように構える。

 腰を限界まで捻った姿勢から、気合の掛け声と共に溜めた力を一気に解放する。


「烈風斬!」


 ――シュヴァルベ式刀剣術、遠当て一式・烈風斬。

 凄まじい剣速で空気を切り裂くことで真空刃を生み出し、遠く離れた相手を切り裂く上級剣技で、錬度が上がれば、より遠くの敵を攻撃することが出来る中~遠距離用の剣技だ。


 ロイが放った烈風斬は、旋風となって通りにある物を撒き散らしながら、勝手に開いた窓の調度真下に向かって一直線に進む。

 このままでは技は壁にぶつかって霧散してしまうと思われたが、


「ぐおおおおっ!」


 何もない空間に、突然くぐもった悲鳴を上げながら現れる人影があった。

 だが、見つけたと思った人影は、足と、右腕の肘から先だけを残してまた消えてしまう。

 しかし、それだけ見えていれば充分だった。


「見つけたぞ! ナルキッソス」


 ロイは、自分の考えが間違っていなかったと確信すると、技を放った所為でボロボロに朽ちてしまった枝を捨てて人影に向かって駆けた。

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