実直勇者と手強いお姉さん
「私の家がナルキッソスに狙われているの~?」
その日の晩、ロイからの報告を聞いたイリスがいつもの間延びした調子で驚きの声を上げた。
場所はイリスの屋敷、三階にあるサロン。
この部屋は、イリスの趣味の部屋とも称される部屋で、壁一面に数多の魔物の絵がかけられていた。これらの絵は、過去に闘技場で行われた大会のチャンピオンになった魔物だという。
今まで敵として認識していなかった魔物の肖像画に囲まれ、何だか落ち着かないロイだったが、今はそれどころではないと神妙に話を切り出す。
「はい、カーネルさんが言うには、近日中にイリスさんの家がナルキッソスに狙われるのではないかということです。」
「そうなの? う~ん、ウチに盗られて困る物なんてあったかしら?」
ナルキッソスに狙われていると聞かされても全く動じる様子のないイリスに、ロイはどう答えていいものか思案していた。
世間では余り知られていないようだが、ナルキッソスは、悪徳貴族から金品を奪い、スラムの貧しい人に分け与える義賊だ。
つまり、狙われるのは悪、ということになる。
確かに、次にナルキッソスに狙われそうな貴族は、イリスではないかという噂があったのは事実だ。だが、それはナルキッソスが義賊であるということを知らないから生まれた勝手な推測に過ぎない……そう思っていた。
しかし、情報を専門に扱う部署で仕事をしているカーネルによると、イリスはナルキッソスに狙われているという。
これが意味するものは、つまり……、
「どうしたの。顔色が悪いわよ?」
「え? うわっ!?」
気がつけば、イリスの大きな瞳がロイの目を覗き込んでいた。
「うあっ!? って酷いな~。私、そんなに怖い顔してた?」
「いやっ、その……すみません」
頬を膨らませ、子供のように拗ねるイリスからロイは気まずげに視線を逸らそうとする。
しかし、イリスはロイの顔を両手でがっちり掴むと、自分と目を合わさせる。
「な~に、その態度は! そういう態度をとられるとお姉さん、凄く傷付くんだけどな~。ロイ君は一体何を隠しているのかな~?」
「何も隠してませんって!」
「い~や、絶対何か隠しているわね。こうなったら、話してくれるまで、絶対に放してあげないんだから」
「だから、何でもありません」
しつこく食い下がるイリスの手を払いのけ、ロイは席を立って退出しようとすると、
「ロイ君、私を思って隠しているんなら舐めないでもらいたいわね」
「えっ?」
突然、人が変わったかのように声音を変えるイリスに、ロイは息を飲む。顔を上げると、心の奥底まで見透かされてしまいそうな鳶色の瞳と目が合った。
「私はこう見えてブルローネ侯爵家を任されている人間よ。ロイ君より人生経験は豊富だし、それなりに修羅場をくぐってきたわ。だから、どんな秘密を打ち明けられたとしても、私は絶対に動じはしないわ。それとも……」
そう言うとイリスは口の端を吊り上げ、嘲笑するように鼻で笑う。
「ロイ君は私に秘密を打ち明けるのがそんなに怖いの?」
「そんなわけ……」
反射的に返事をしてしまった事をロイが後悔するが、既に遅かった。
顔を上げると、にんまりと満面の笑みを浮かべたイリスと目が合った。
「そんなわけないのなら、当然、話してくれるわよね~?」
最後だけいつもの調子に戻ったイリスを前に、ロイは完全にしてやられたと天を仰ぐ。
「はぁ……わかりました」
イリスに根負けしたロイは、仕方なくナルキッソスについて打ち明ける事にした。




