実直勇者の満ち足りた時間
「少し、お話ししてもよろしいですか?」
「いいよ。その為にこんなところまで来たんだろ?」
「はい、ありがとうございます」
ロイは快諾してくれたアルベロにお礼を言うと、質問をぶつけてみる。
「アルベロさんは、ナルキッソスについて何か知っていますか?」
「おいおい、いきなり直球だな」
「……もしかして、マズかったですか?」
「いや、そんなことないよ。リリィからある程度は聞いているからな」
ロイの直球の質問に、アルベロは呆れたように苦笑しながら質問に答える。
「……といっても、俺が知ってることなんて何もないよ。自分の生活と、あいつ等の面倒をみるだけで精一杯だから、自分とは関係ない事柄については、とんと興味がないんだ」
そう言ってアルベロが見つめる先には、リリィをはじめとする五人の仲間たちがいた。
五人のうち二人は、アルベロと同程度の年齢だが、リリィを含む残りの三人は、まだ、あどけなさが残る少年少女だった。
「あいつ等は、同じ村の出身でな……魔物に襲われて家族を殺され、村を失ってやむを得ず冒険者になった奴等ばっかりだ。俺にはあいつ等を幸せにするという夢があるから、ナルキッソスなんて訳の分からないものに付き合ってる暇はないんだ」
「そう……でしたか」
「悪いな。役に立てなくて」
「いえ、気にしないでください」
頭を下げて謝罪の言葉を述べるアルベロに、ロイは気にしていないとかぶりを振る。
「あれ?」
そういえば、とロイはあることに気付く。
「アルベロさんと仲間の方は、皆、同じ村の出身なのですよね?」
「ああ、そうだが」
「だったら、リリィの兄、クロクス……さんは一緒ではないのですか?」
見たところ、この近辺にはクロクスの姿は見当たらなかった。
「あいつはな……」
ロイからの質問に、アルベロは口にするべきかどうか暫し逡巡していたが、暫くしてから意を決したように話し始める。
「……あいつは、昔は真面目でひたむきな奴だったんだがな。最近は、リリィの為だとかいって、ちっとも姿を見せなくなっちまった」
「ここにはいないのですか?」
「ああ、何だか強くなる方法が見つかったとか言っていたが、それを手に入れてどうするつもりだろうな……」
そこでアルベロは大きく嘆息する。
「もう、魔物なんていないのにな……」
そう言うアルベロの顔には、何か大きなものを失ってしまったような哀愁があった。
「…………」
遠くを見つめ続けるアルベロに、ロイはかける言葉が思いつかなかった。
ただ、ここでアルベロに人生を台無しにしてすまなかったと謝るのは、違うような気がした。
魔物の長である竜王の討伐が間違っていたとは思わない。
竜王討伐を否定することは、自分を勇者として生んでくれた両親や、勇者になれるように教育してくれた人たち、志半ばで倒れ、ロイに全てを託していった仲間たちの恩を裏切るようなものだからだ。
そして何より、
「……眩しい」
天を仰ぎ見たロイは、飛び込んで来た光に思わず目を細める。
魔物がはびこっていた時には、立ち込める瘴気の所為で見られなかった太陽の光が見えるようになったのは、何よりも大きな違いだ。
陽の光は、人に生きる力を与えてくれる。
今は先が不透明で様々な不安があるかもしれないが、あの空の様に、いつか曇りは晴れ、明るい未来があるとロイは信じていた。
「よしっ!」
ロイは両頬を叩いて気合いを入れると、勢いよく立ち上がる。
「アルベロさん、俺に仕事を手伝わせてくれませんか?」
「は?」
「この景色を見て、アルベロさんの願いを聞いて、少しでも力になりたいと思ったんです。力仕事でしたら得意ですから、ぜひとも手伝わせて下さい」
「そりゃ、手伝ってくれるのはありがたいけど……」
言葉を濁すアルベロの反応を見て、言いたい事を察したロイは笑顔を浮かべる。
「大丈夫です。これは俺がお願いして手伝わせてもらうのですから、給金は一切いりません。今は無性に体を動かしたい気分なんです。ただ、せっかく体を動かすなら、皆さんの力になれれば、と思っただけです」
だから仕事を下さい。とロイは頭を下げてアルベロにお願いする。
突然の提案に、アルベロは暫く呆然としていたが、
「わかった。それじゃあ、お願い出来るかな?」
「はい、任せて下さい!」
ロイは力強く頷くと、白い歯を見せて満面の笑みを浮かべた。
それからロイは、アルベロから説明を受けて一緒に畑を耕した。
救世の勇者と一緒に仕事をすることに、リリィたちは面食らったようになっていたが、彼等は快くロイを受け入れてくれた。
アルベロの説明がよかったのか、その日のロイはいつものような失敗もすることなく、むしろそのポテンシャルを大いに発揮して八面六臂の活躍を見せる。
そんなロイの姿に、アルベロたちは舌を巻き、自分たちも負けまいと精を出していた。
その後もロイは、空が茜色に染まるまで汗水流して一生懸命働いた。
給金は出なくとも、誰かから必要とされて働くという喜びに、ロイは久しぶりに満ち足りた気分になった。




