実直勇者と開拓者
「う~ん、美味しい」
溢れ出る肉汁を零さないように音を立てて啜りながら、ロイは幸せそうに双眸を細めた。
リリィが用意してくれた昼ご飯は、巨大なハンバーグが二枚も挟まれた、人の顔とほぼ同じ大きさのハンバーガーと、山盛りのフライドオニオンだった。
ハンバーガーを飲み込んだロイは、フライドオニオンを一つ摘まみ、細かく刻んだピクルスが入った特製のオーロラソースにつけて口へと運ぶ。
ピクルスの酸味と、オーロラソースの甘みが揚げられたタマネギと見事なハーモニーを描き、口の中に幸せが広がる。
「くぅ~~~っ」
「……あんた、本当に美味そうにメシを食うんだな」
余りの美味しさに、頬が緩みっぱなしになっているロイを見て、感心したように声をかけてくる者がいた。
鍛え抜かれた体躯に短く斬り込んだ赤髪、体を包むのは黒のシンプルなデザインのチュニックという二十代半ばと思われる青年は、リリィが働いているパーティーのリーダーで、アルベロと名乗った。
「隣、いいかい?」
「あっ、はい。どうぞ」
「悪いな」
アルベロはロイに了承をもらうと、隣へと腰を下ろし、自身の今日の昼食であるエビサンドを頬張る。
「それにしても、俺たちの仕事を見たいだなんて、あんた相当変わってるな」
「ハハ……まあ、ちょっと興味があったもんで……」
曖昧に返事を返したロイは、顔を上げて目の前に広がる光景を見やる。
そこには、リリィとその仲間たちが耕したという広大な面積の畑があった。
向こうが霞んでしまうほど耕された土地を見て、ロイは思わず感嘆の溜め息を漏らす。
「それにしても凄いですね。俺の生まれた村程度だったら、この中にすっぽり入ってしまいそうだ。これだけの量を耕すのは、さぞ大変だったでしょうね?」
「ハハッ、ありがとう。だけど、これだけじゃ作物を育てられないんだ」
「そうなのですか?」
「生憎と、この近くには水がないからな。毎回、水を他所から汲んで来るわけにもいかないから、水路を引いてこなければならないんだ。それに……」
そこまで言ったところで、アルベロがシニカルな笑みを浮かべる。
「作物を育てようにも、畑に蒔く種がないんだ」
「えっ、でも国からの依頼で畑を耕しているんですよね?」
ロイが目を丸くして質問すると、アルベロは呆れたように肩を竦める。
「そうだ。でも、俺たち冒険者の数が思ったより多かったのだろう。耕した面積に対して、国が用意してくれた種じゃ全然足りなかったし、如何せん俺たちには作物を育てるノウハウがない。どうにか教えを乞いながらやってみたが、去年の出来はハッキリ言って最悪だったよ」
大半の作物を枯らしてしまったので、当然ながら種の回収も出来ない。結果として、更に種が足りなくなったというわけだった。
「まあ、でも何もせずに手をこまねいているわけにもいかないからな。土地だけでも用意しておけばいざという時にすぐに作物を育てられるし、新しい村や町を造る時にも、役に立つだろうからな」
だから、育てる作物がなくても、いつか来る誰かの為に開墾作業は進めるんだ。とアルベロは笑顔で言ってのける。
「…………」
報われるかどうかわからない仕事を一生懸命やり続けるというアルベロに、ロイはある種の感動を覚えていた。
アルベロの生き様は、自分の理想とした生活のありかたと非常に酷似していたからだ。
もし、ロイが希望すればここで働かせてもらえるのだろうか。
そんな誘惑に心を動かされそうになるが、ロイがその言葉を口にすることはなかった。
ここで働けばロイの心は満たされるかもしれないが、それではあらゆる誘いを断ってまで成し遂げたかった両親の支えになる、という夢を果たすことが出来ない。
ロイの夢を叶えるには、ここでは駄目なのだ。
(だからせめて、帰るまでに気持ちの整理だけはつけとかないとな)
勇者を辞めて普通の人になる。
改めて今後の目標を確認したロイは、残りのハンバーガーとフライドオニオンを一気に詰め込むと、まだのんびりと食事をしているアルベロに話しかけた。




