実直勇者と襲われた女性の本音
ロイとカーネルは、その後もゼルトザーム公爵の家族の為に静かに黙祷を捧げた。
「……失礼します」
すると、部屋の入り口が控えめにノックされ、お茶を運んできた女性が再び現れた。
「おや、どうしました?」
「実は……」
女性はカーネルの下へと行くと、何やら耳打ちを始める。
「……そうですか。わかりました」
女性からの報告を聞いたカーネルは大きく頷くと、席を立ってロイへと向き直る。
「すみません。火急の用事が出来てしまいました。大変申し訳ありませんが、今日はこれで」
「はい、大丈夫です。今日は……」
「いえ、お礼は結構です。それと、少しお耳を拝借……」
そう言うと、カーネルはロイの耳元に口を寄せて何事か囁く。
「イリスさんの家がナルキッソスに狙われている!?」
ロイが思わず大声で尋ねると、カーネルが神妙な顔で頷く。
「あくまで推察ですが、可能性は高いと思われます」
「……わかりました。貴重な情報、ありがとうございます」
「いえいえ、イリス嬢はわたくしにとって孫も同然なのです。勇者様、どうか彼女の力になって下さい」
「わかってます。任せてください」
ロイが力強く頷くのを見て、カーネルは破顔する。
「ありがとうございます。そうそう、せっかくですからお茶を飲んでいって下さい。わたくしのとっておきでございますので」
カーネルは立ち上がろうとするロイを手で制すると、にこやかに部屋から退出する。
その途中、
「きゃっ!?」
女性が可愛らしい悲鳴を上げて、飛び上がるようにしてカーネルから距離を取った。
何かと思ったロイが目を向けると、カーネルが女性に「失礼」と言って、手を振りながら出て行くのが見えた。
残った女性は顔を赤くして顔を伏せるだけで、カーネルが何をしたかはわからなかった。
おそらくカーネルが部屋を出て行くとき、女性とぶつかったのであろう。
ロイは勝手にそう結論付けると、カップに手を伸ばし、残っているお茶を堪能する。
香りが強いのに味はまろやかで、咽にスーッと流れいく。カーネルがわざわざロイに勧めるだけあって、お茶はとても美味しかった。
ロイがお茶のフローラルな香りを楽しんでいると、ふと視線を感じた。
顔を上げると、顔を赤くした女性がこちらを見ていた。
「あっ……」
ロイと目が合った女性が小さく悲鳴を上げる。
その声を聞いて、ロイは身を硬くした。
狭い室内に女性と二人きり。しかも、つい数分前に危うく命を奪いかけた相手だ。ロイが下手に動けば、それだけで女性は恐怖で失神してしまいそうだった。
とりあえず、さっきの事を謝ってしまおう。
許してもらえるかわからないが、それでも誠心誠意込めて謝罪をすれば女性の不安を少しでも取り除けるかもしれない。
そう思い、ロイがカップをテーブルの上に置くと、
「あ、あの……勇者様!」
ロイが謝罪の言葉を口にするより早く、女性が声をかけてきた。
女性の思ったより大きな声に、ロイは思わずたじろぐ。
「は、はい?」
「私、ネルケっていいます。勇者様のファンなんです! 握手してもらえませんか?」
「え? あ、はい……」
ロイが遠慮がちに手を差し出すと、女性、ネルケは手を伸ばして強引に手を取る。
ネルケはロイの手を両手でしっかりと包み込むと、腕が引き千切れるのでは? と思うくらい力強く上下に揺さぶりながら、興奮した面持ちで捲くし立てる。
「憧れの勇者様に襲われて、本気の殺気を全身に浴びる事が出来て思わず昇天しかけました。あんな貴重な体験が出来て私、本当に幸せです!」
「そう……なんだ」
うっとりとした表情のネルケを見て、ロイは苦笑しか出来なかった。
そういえば、カーネルが彼女はロイのファンだと言っていたのを思い出した。
しかし、例え相手が敬愛してやまない人物だとしても、命を取られそうになって幸せだなんて思えるのだろうか?
やはり、女心というのはわからないなと思いながら、ロイは中々手を放してくれないネルケからどうやって解放してもらおうかを思案していた。
「ふぅ……やれやれ」
どうにかネルケから解放してもらい、憲兵の詰所を後にしたロイは、一つ大きく伸びをしてから今後の予定を考える。
とりあえず、昨日回れなかった地域へ情報収集の為に赴くべきだろう。
しかし、
「……腹減ったな」
太陽の位置を確認すると、もうそろそろ一番高いところまで達しようというところだった。
どうりでお腹が空くわけだ。情報収集も大切だが、腹を満たすのも大事だと考えたロイは、昼食を摂る為に、昨日行った露店が沢山出ていた広場へ向かう事にした。




