実直勇者と街の闇と
「それでは、お言葉に甘えて……」
そう前置きして、ロイはカーネルにこれまでに湧いた疑問をぶつけてみた。
義賊であるナルキッソスが、何故人を攫うのか?
金品を盗むナルキッソスと、人を攫うナルキッソスは同一人物による犯行なのだろうか?
そして、この国の人たちは、周りの人がいなくなっても何故平気でいられるのか?
「ふむ……興味深い質問内容ですな」
ロイからの質問を聞いたカーネルは、感心したように何度も頷く。
「最初の質問の答えは、わたくしはナルキッソスでないのでわからない。としかお答え出来ません。二つ目は、現場に残された水仙のカードが同一だったからです。このカードの詳細な絵柄は、世間には公表していません。ですので、同じ物を用意出来るのは真犯人だけとなるのです」
「なるほど……」
ロイは頷いてみるものも、これらの解答は既に仕入れていた情報とさほど差異はない。
それに、この二つの疑問が既に解けているのならば、ロイがこの国に呼ばれるまでもなく事件は解決していただろう。
「そして、最後の質問ですが……これは我が国の民が、人が消える事に慣れてしまっているのが原因なのです」
「人が消えるのに、慣れる?」
カーネルの言葉に、ロイは眉根を寄せる。
人が消えるのに慣れる。そんな事が本当にあるのだろうか?
見ず知らずの他人ならば気にも留めないのだろうが、気の置けない知り合いが、愛する家族がある日突然消えてしまっても、そう簡単に諦められるものだろうか?
「信じられない話かもしれませんが、我が国では人が消えるのは日常茶飯事だったのです」
驚き固まっているロイに、カーネルは悲しそうに目を伏せて、その理由を話し始めた。
それは、長年フィナンシェ王国が抱えている問題でもあった。
フィナンシェ王国は、何万人もの人々が暮らす大都市だ。それ故、普通の街では考えられないような多くの問題があるという。
その代表的なものが、貧富の差だ。
富を得た者は貧しき者を疎み、貧しき者は富を得た者を妬む。
二つの階級は決して馴れ合おうとはしない為、必然的に生活の場を違えるようになる。
富を持つ者は、より強い金と権力を求めて絶対君主である王の近くへ、そうでない者は自由を求めて街の外側へと集まっていく。更に、その器にすら収まる事が出来ない者が、全てから逃れるようにスラムを形成する。
基本的にこれらの階級は互いに干渉することなく、独自のコミュニティの中で暮らしていた。
「しかし、どの世界にも例外が現れるように、普段は一切関らないそれぞれの階級が、交わる時があるのです」
それは互いの利害が一致した時。
だが、その殆どは褒められたものではなかった。
「大体は貴族が金に困っている平民を集め、非合法な事をやらせるのです。貴族は自分の手を汚すことなく目的を達成し、金に困っている平民は金を得る。ただ、後者は証拠隠滅の為に別の者に消される事もしばしばあり、その度にこちらの捜査が難航するので厄介な話です」
また、他にもフィナンシェ王国には、非合法に金を稼ぐ手段がいくつもあるという。
当然ながら命のリスクが高い仕事ほど報酬は高くなるが、一度でもその身を裏の世界へと費やした者は、まず表の世界には戻れないという。
たった一度の仕事で、普通に働く何年分の報酬が手に入るのだ。
それだけの大金を手に入れた者が、再び実りの小さい仕事に従事出来るだろうか?
言うまでもなく、答えは否だろう。
それに、仕事の多くは違法薬物の運搬や、貴金属の窃盗、金持ちからの強盗から、果ては殺人から人身売買の斡旋まで、人の道から外れたものが殆だ。まともな人間でなくとも、自分が一般人とは違う存在になってしまったと認識するには充分だ。
そういう者は、近隣の者に自分は旅に出る等の言い訳をして、何処か遠い地へ逃げるように立ち去るという。
そういう人間が後を断たないことから、街の人間は誰かが突然姿を消したり、町から出て行くという話を聞いたりしても、不幸にも事件に巻き込まれたか、何かをやらかして行方をくらました、ぐらいの認識しか持たなくなっていったという。
「これは魔物討伐、竜王討伐を大々的に謳い、騎士の名誉の為と外へばかり目を向け、国内の事件を疎かにし、憲兵の存在を蔑ろにしていた我が国の過失でした」
しかし、国内の事情に手が回らないほど街の外の情勢は不安定で、魔物の討伐に力を注がなければならなかったのも事実であった。
「しかし、勇者様によって竜王が倒され、魔物による心配も無くなったお蔭で、国内の情勢を見直すことが出来ました」
そうして憲兵を増強した結果、これらの事件は大幅に軽減出来たという。
「そ、そんな世界が……」
普通に暮らしているだけでは垣間見ることのない裏の世界の事情に、ロイは戦慄を覚える。
「王様から依頼を受けといてなんですが、そのような複雑な事件に俺なんかで役に立つのでしょうか?」
魔物相手では、倒す、倒されるだけの関係だった。そこには複雑な利害関係や遺恨等は一切存在せず、単純な命のやり取りだけだった。
この事件は、既にロイがどうにか出来る範囲を逸脱してしまっているように感じた。
「いえいえ、そんなことありませんよ」
カーネルはかぶりを振ると、穏やかな微笑を浮かべる。
「勇者様もかつて、狡猾な魔物が起こした複雑な事件を解決した事があったじゃないですか」
「……そんなことありましたっけ?」
カーネルがロイの活躍を指摘してくれるが、ロイには何の事なのかピンと来ない。
「はい、覚えておいでではないですか?」
カーネルは微笑を浮かべると、ロイのかつての武勇伝を語り始める。




