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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と憲兵隊長

「さあ、どうぞ。そちらのソファに腰をおかけ下さい」


 憲兵隊の事務所奥にある執務室へとロイを招き入れたカーネルは、応接セットの奥側のソファへと腰掛け、手前にロイに座るように勧めた。


 憲兵隊の事務所は、外の外観からは想像も出来ないような立派な造りをしていた。

 隅々が見渡せるほど部屋の中は灯りで満たされ、床には真っ赤な絨毯、設えた机や椅子も貴族の家でしか見かけないような重厚な造りの立派な物だった。壁だけは流石に石が剥き出しになっているが、絵画や観葉植物が飾られ、無骨な雰囲気を見事に消していた。


「驚きましたか?」

「ええ、まさか、地下にこれだけの施設があるなんて思いもしませんでした」


 ロイが称賛の言葉を告げながら勧められたソファに腰掛けると、どこまでも沈んでしまいそうな柔らかさにまた驚いた。

 目を丸くするロイの反応を見て、カーネルが嬉しそうに双眸を細める。


「ホッホッホッ、そうでしょう。昔、この部屋は、それはそれは酷い有様でした」

「それは……やはり騎士がいたからですか?」

「そうです。残念ながら魔物が跋扈していた頃、国にとって憲兵は殆ど無用の長物でした。騎士は名誉を受けるのが仕事。憲兵は恨みを買うのが仕事とまで言われておりました」


 しかし、主に事件を起こすのが魔物から人となり、事件の多様化が進み、憲兵の仕事が徐々に増えた。その為、現役を引退していたカーネルが憲兵隊の特別顧問として就任して組織の改変を任されたという。


「そういうわけで、わたくしの独断と偏見でこの部屋を含め、色々と変えさせて戴きました。その一つが……」


 カーネルが部屋の入り口を見ると同時に扉がノックされ、先程ロイを襲ってきた女性が手にお茶を持って現れ、手際よく二人分のお茶を淹れていく。


「あ、どうも……」


 お茶を淹れたもらったロイがお礼の言葉を口にすると、女性は顔を真っ赤にさせて黙って頷くと、急ぎ足で退室してしまった。


「フフッ、あの娘は勇者様のファンのようです。恥らう姿が堪らないと思いませんか? 憲兵に女性はいなかったのですが、今年からうつく……実力のある女性を何人か登用したのです」

「はあ……」


 優雅にお茶を飲みながらカーネルが嬉しそうに語るが、ロイの経験上、あれは羨望の眼差しというよりも、恐怖に怯えた眼差しにしか見えなかった。

 彼女と、もう一人の男性には悪い事をしてしまった。後でどうにか二人に謝罪しようとロイが思っていると、カップをソーサーに戻したカーネルがロイへ話しかける。


「さて、そろそろ本題に入りましょう。勇者様、今日はどのようなご用件で?」

「あ、はい……」


 ロイは気を取り直すと、ここに来た用件を話す。


「実は、今日はカーネルさんに教えて欲しいことがありまして……」

「怪盗ナルキッソスについて、ですかな?」

「ご存知でしたか?」

「というより、それ以外に勇者様がここを訪れる理由がないでしょうからな」


 カーネルは自慢のカイゼル髭を撫でながら、口の端を吊り上げて笑う。


「ところで勇者様はナルキッソスについて何処までご存知なのですか?」

「何処まで、とは?」

「そうですね。ナルキッソスの真の正体とかですかね?」

「真の正体? 奪った金品を分け与える義賊ってことですか?」

「ほう……そこまで知っていましたか」


 僅か一日でそこまで辿り着いたロイの情報収集能力にカーネルは舌を巻く。


「ちなみに、その話は勇者様以外では誰がご存知なのですか?」


 感心しながらも、カーネルは神妙な顔つきで、声を潜めてロイに尋ねる。


「いえ、知ってるのは俺一人です。エーデルやプリムローズには勿論、お世話になっているイリスさんにも話していません」


 これはロイの独断で決めた事だった。


 リリィから聞いた話は衝撃的だったが、その話が真実だという保証もなく、ナルキッソスを捕まえる事には変わりない。だから仲間に余計な情報を入れて、いざと言う時に決断が鈍らないように、という配慮から黙っている事を決めたのだった。

 仲間に話さなかった理由をロイが告げると、カーネルは感心したように頷く。


「それはいい判断です。わたくし共としても、ナルキッソスの正確な正体を掴み切れていないのです。余計な情報は時に正常な判断を鈍らせますので、そういったものはないに越したことはないでしょう」

「そうですね。ただ、ナルキッソスが何者だとしても、俺は奴を捕まえるつもりでいます」

「ほう……そうですか。それはありがとうございます」


 ロイの言葉に、カーネルは恭しく頭を下げた。


「では、勇者様のお力になれるよう、我々も応えるとしましょう」


 カーネルはそう言うと「何でも聞いてください」と柔和な表情で告げた。

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