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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と憲兵隊

 翌日、ロイはフィナンシェ城の中にある憲兵隊の事務所を目指して歩いていた。


「あの先か……」


 城内の廊下を歩き、角を曲がれば憲兵隊の事務所が見えるという所でロイは足を止める。首を巡らせ、辺りを見渡して自分のいる場所を確認する。

 ロイがいる場所は、城の地下だった。

 地下は灯りこそ焚かれているが薄暗く、そこかしこによくわからない黒染みがあるカビ臭い場所だった。ジメジメと湿気が多い所為で服が肌に張り付く感じが不快感を募らせ、一刻も早く新鮮な空気がある外へ出たい気持ちになる。


 こんなところに本当に憲兵隊の事務所があるのだろうか?


 ロイは入り口の兵士から事務所の場所を聞いたとき、我が耳を疑った。

 憲兵といえば騎士と並んで街を守る存在のはずだ。いくらその存在が騎士の陰に隠れるような立場だとしても、この扱いはいくらなんでもあんまりではないだろうか。

 プリムローズが騎士と憲兵は仲が悪いと言っていたが、これだけ待遇の差があれば二つの組織が反目し合うのも納得出来た。

 それに、これだけ不衛生な環境が揃っていると、エーデルたち女性陣がここに来たがらないのも頷けた。


「だからって、俺一人ならいいのかよ……」


 ロイは不満を一人ごちながら廊下の角を曲がる。


 すると、


「覚悟!」


 角を曲がった途端、突然何者かに襲い掛かられた。


「――のわっ!?」


 首目掛けて振るわれた不意打ちに対し、ロイは上体を反らすことでどうにか回避に成功する。しかし、息つく暇なく襲撃者のすぐ後ろに潜んでいた二人目がロイの足を払うべく、地面スレスレを手にした棒で薙ぎ払って来た。


「チィッ!」


 この攻撃も、ロイは後方に大きく跳ぶ事で回避すると、着地と同時に背中に吊るした木剣を抜き放って前へ出る。

 二人の襲撃者は、顔を覆面で隠しているので性別は判断できなかったが、そんなことで手心を加えるロイではなかった。


「誰だか知らないが……」


 目にも留まらぬ速度で駆けたロイは、手前にいた襲撃者の胴を横薙ぎで払う。

 ナイフを振り切った姿勢のままでいた襲撃者はまともにロイの攻撃を受け、側面の壁まで吹き飛び、轟音を立てて壁にめり込んだ。


「死んでも悪く思うなよ!」


 吹き飛ばした一人目になど目もくれず、ロイは二人目の襲撃者へ肉薄する。


「くらえっ、燕砕牙(えんさいが)!」


 一人目の襲撃者の惨状を見て、恐怖で固まっている二人目に、ロイは技名を叫びながら上段からの振り下ろし攻撃を仕掛ける。


 ――シュヴァルベ式刀剣術、流型一式・燕砕牙。

 突進の勢いを斬撃に乗せて、中段の横払い攻撃から上段の振り下ろし攻撃へと移行する、一撃必殺が心情のシュヴァルベ式刀剣術では珍しい二連撃の剣技だ。


 例え防御をしても、その防御すらも打ち貫くような攻撃に襲撃者の顔が恐怖で歪む。

 風を切り裂き、唸りを上げた木剣が襲撃者の額を割ろうとする直前で、


「そこまで!!」


 石造りの地下によく通るバリトンボイスが響いた。


「――っ!?」


 その声に従い、ロイは全身に力をみなぎらせて腕に制動をかける。

 幸いにも、木剣は襲撃者の額、数センチのところで止まり、石畳を血で汚すことはなかった。


「…………」


 どうやら襲撃者たちの戦意はなくなったようだが、それでもロイは油断無く武器を構えたまま周囲に気を配る。


「いやはや流石は勇者様。お見事ですな」


 すると、先程のバリトンボイスの声の主が、拍手しながら現れた。

 声の感じから既に誰か目星をつけていたロイは、その人物を見てようやく警戒を解く。


「いきなり何をするんですか。俺に何か恨みでもあるんですか?」


 木剣を背中にしまいながら、ロイが黒の燕尾服を着た老紳士に尋ねる。


「いえいえ、こんな機会めったにないので、勇者様の実力をみせてもらおうかと思っただけです。まあ、不意打ちになってしまったことは謝罪させていただきます」


 カイゼル髭を撫でながら現れたカーネルは、深々と腰を折り曲げて謝罪の言葉を口にした。


「それで、俺の実力はカーネルさんのお眼鏡に敵うものでしたか?」


 ロイが不機嫌そうに尋ねると、カーネルは顔を上げて仰々しく頷く。


「それはもう、最近はどういうわけか、ただのチンピラだと思っていた連中が急に力をつけ出しまして……思うように検挙出来くて困っていたのです」


 だからこそ、少しでも実戦経験を積もうと、訪れたロイに襲い掛かったというわけだった。


「まあ、流石に勇者様と比べたら連中の強さは可愛いものでした。今日の経験を糧にして、明日からは、連中に後れを取らないようにしたいものです」

「はあ……」


 よくわからないが、ロイの力がカーネルたちの役に立ったというなら喜ぶべきなのだろう。


 ロイが複雑な表情を浮かべていると、カーネルは「失礼」と断りを入れてロイを襲った襲撃者たちの下へと足を運ぶ。

 まずは、呆然と立ち尽くす襲撃者に近付くと、何か一声かけて覆面を取ってやる。


「ふ、ふええええん、怖かったよおおおおおおおおおぉぉっ!」


 覆面を取られた襲撃者はその場にへたり込み、人目も憚らず大声で泣き始めてしまった。

 随分と可愛らしい声に驚いたロイが目を向けると、その襲撃者は何と美しい女性だった。

 カーネルは泣き続ける女性をその場に置き、壁にめり込んでしまった襲撃者の下へ歩いていく。こちらも覆面を取り、中から出てきた精悍な顔つきの青年の目を覗き込み、意識が無いのを確認してかぶりを振る。

 こちらの男性は、至急手当てが必要と判断したようで、大声で救護を呼んで青年を壁の中から引きずり出した。

 どうやら万が一に備えて色々と準備をしていたようで、ナース服に身を包んだ女性が次々と現れ、あっという間に男性を取り囲み、応急処置と回復魔法を施していく。


 それぞれの経過を確認したカーネルは、ロイの前でやって来て笑顔で話しかける。


「やれやれ、授業料は大分高くついてしまったようですな」

「はあ、なんかすみません」

「いえいえ、謝らないで下さい。それよりここに来たということは、わたくしに用があるのでしょう? ここで立ち話も何ですから話は中で伺いましょう」


 そう告げると、カーネルは廊下の奥にある重厚そうな扉へとロイを招き入れた。

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