実直勇者と少女の兄と
「リリィ、今日は貴重な情報を教えてくれて本当にありがとう」
ロイは満面の笑みを浮かべて改めてリリィにお礼を言う。
「そう? ボクなんかが、勇者であるロイの役に立てたのかな?」
「勿論だよ。お陰で俺は……」
「リリィ! 何をやっている!」
ロイが感謝の意を伝えようとすると、突然、何者かが割って入って来た。
声に驚いて顔を向けると、ロイと同い年ぐらいの青年が眦を上げてこちらを睨んでいた。
「ちっとも戻ってこないと思ったら、こんなところで何やってんだ!」
青年はロイたちの目の前までやって来ると、リリィの手を掴んで無理矢理立たせる。
「痛っ!?」
「おい、いきなり何をするんだ!」
いきなり現れて、横暴な振舞いをする青年にロイが堪らず声をかける。
「待って、ロイ。この人はボクの兄さんなの!」
今にも青年に殴りかかっていきそうなロイをリリィが待ったをかける。
「兄……だって?」
「そう。クロクス・リスペット。正真正銘ボクの兄で、スラムで逃げるのを手伝ってくれたんだよ。ほら、屋根から飛び降りた時、急に目の前が真っ白になったの、覚えてるでしょ?」
リリィ曰く、ロイたちが屋根から飛び降りた瞬間、クロクスが目眩ましの閃光魔法、ブリッツを唱えて追撃者たちの目を無効化してくれたのだった。そのお陰で、追撃者は完全にロイたちを見失い、安全にここまで逃げてこられたという。
「そうか、あの時の光は魔法だったのか……」
リリィからの必死の説得に、ロイは振り上げていた拳を降ろすと、替わりにクロクスに向けて手を差し伸べる。
「勘違いしてすまなかった。あの時は助けてくれてありがとう」
「……フン、貴様と馴れ合うつもりはない」
クロクスはロイの手を払いのけると、ロイに背中を向け、リリィの手を引いてこの場を立ち去ろうとする。
「ほら、リリィ。こんな所で油売ってないで午後の仕事に戻るぞ」
「もう、兄さん。何でそんなに素っ気ないのよ。何が気に入らないの?」
「何が気に入らないかだって?」
困惑した様子のリリィに、クロクスは苛立ちを露わにしてロイを指差す。
「決まっているだろ。お前がこんな奴なんかと一緒にいたからだ!」
「こんな奴って、彼はあの実直勇者のロイよ。知っているでしょ? 世界を救った……」
「だからどうした!!」
クロクスの怒鳴り声に、周りの人たちが何事かとこちらを見やる。
だが、そんなことはお構いなしにクロクスは大声で捲くし立てる。
「そう言うお前こそわかってるのか? こいつは、僕たちの生活が苦しくなった元凶を作った奴だぞ? 何でそんな奴と馴れ合わなければならないんだよ!」
「に、兄さんこそ何を言ってるのよ!」
怒りで顔を真っ赤にしているクロクスに、リリィがすぐさま反論する。
「竜王討伐は全ての冒険者の目標だったじゃない。その結果、魔物がいなくなって冒険者の仕事がなくなったからって、ロイを恨むのは筋違いだわ!」
「なっ!? う、うるさい! そんな事は言われなくてもわかってるんだよ!」
「わかってないわ! だったら何で兄さんは冒険者になったのよ。まさか、お金の為とか言うんじゃないでしょうね?」
「――っ!?」
「その反応……やっぱりお金が目当てなのね!? そんなの兄さんがいっつも悪口言ってる貴族の人と何にも変らないじゃない!」
「ち、違っ!? 僕は……」
「何が違うのよ! もし何か正当な理由があるなら、ちゃんと話してよ! ハッキリ言うけど、今の兄さん、凄く格好悪いよ!」
「うっ……ク、クソッ、勝手にしろ!」
正論で反論され、ぐうの音も出ないクロクスは捨て台詞を吐くと、逃げるように歩きはじめる。
そのまま一度も振り返らずに、クロクスは広場から立ち去ってしまった。
クロクスが立ち去るのを確認したリリィは、ロイに向かって頭を下げる。
「ごめん! 兄さんが酷い事を……」
「いや、いいんだ。俺は気にしてないよ」
ロイはかぶりを振ると、微笑を浮かべる。
「彼は、いい兄さんだな」
「ええ!? 何よそれ!?」
ロイの言いたい事がわからず、リリィが素っ頓狂な声を上げた。
目を白黒させているリリィに、ロイがクロクスの想いを代弁する。
「竜王討伐は冒険者全ての願い。リリィの考えは冒険者としては素晴らしいけど、恐らく彼には竜王討伐よりも大切な願いがあったんだよ」
「大切な願い?」
「ああ、それは君との……リリィとの幸せだよ」
「えっ!?」
ロイの言葉に、リリィは息を飲む。
「彼はリリィと幸せな生活が送れるなら竜王討伐はどうでもよかったんだろう。だからこそ、その夢を壊した俺が許せなかったんだよ。スラム街では俺を見捨てても良かったのに、リリィがいたから、リリィを守る為に自身の力を惜しみなく使ってくれたんだろう」
確信があるわけではないが、クロクスの様子を見る限り、自分の推理は間違いないだろうとロイは思った。
「ボ、ボク……」
一方のリリィは、クロクスに酷い事を言ってしまったと、顔を真っ青にして震えていた。
ロイは震えているリリィに近付くと、彼女の頭に手を乗せて優しく撫でる。
「ロイ?」
「早く彼を追いかけるんだ。謝りたいんだろう?」
「…………うん」
「だったら急ぐといい。今ならすぐに追いつけるはずだ」
リリィは小さく頷くと、ロイの手から離れて駆け出す。
その途中、リリィは何かを思い出したかのように振り返ると、
「ロイ、ありがとう。この埋め合わせは必ずするからね!」
大きく手を振りながらクロクスが立ち去った方へと駆けていった。
ロイは暫くの間、リリィに向かって手を振り続けていたが、
「……さて、俺も自分のやるべきことに戻るかな」
買い食いのゴミをまとめると、再びナルキッソスの情報を集める為、フィナンシェの街中へと歩き始めた。




