実直勇者とレンジャーの少女
少女の後に続いて移動したロイは、無事にスラム街から脱出し、平民街にある広場へと連れて来られた。
広場の中央にある噴水の縁へと腰掛けた少女は、安堵の溜め息をつく。
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫でしょ」
「すまない。本当に助かった」
ロイは佇まいを直すと、頭を下げて改めて少女へお礼を言った。
すると、少女は気にしてないと軽く手を振りながら小さく笑う。
「いいよ、いいよ。実際、ボクが助けたのはあなたじゃないからね」
「え?」
その言葉に、ロイは驚いて顔を上げて少女を見据える。
「だってそうでしょ? どう考えたって、あのゴロツキたちがあなたに勝てる見込みなんてないじゃない。弱いくせにプライドばっか高いから、本当にめんどくさいのよね」
少女に「あなたもそう思うでしょ?」と問われ、ロイは苦笑するしかなかった。
どうやら少女は、ロイの実力を認識した上で逃走に協力してくれたようだった。
少女の優しさに感心していると、ロイの目の前に手が差し出される。
「今更言うのもなんだけど、ボクはリリィ・リスペット。これでも元冒険者なんだから」
そう言うと少女、リリィは真夏に咲く向日葵のように満面の笑みを浮かべた。
改めてリリィの姿を見てみると、へそを出した短い緑の上着に、同色の太ももが見える短いパンツ。腰には使い込まれたダガーと、合計四つものポーチを吊るし、その全てが何らかしらの道具が詰まっているようだった。見た目は頼りなさそうだが、全てがしっかりとした丈夫な素材で作られ、動き易さを重視したちゃんとした冒険者向けの装備、とりわけアイテムを駆使してパーティーメンバーをサポートするレンジャー用の装備のようだった。
「な、何? そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど……」
「あ……すまない。俺はロイ・オネットだ。よろしく頼む」
ロイはまじまじと観察していた事を素直に謝罪し、リリィの手を握った。
「うそっ……あなた、あの実直勇者なの!?」
すると、ロイの正体に気付いたリリィが驚きに目を見開く。
「え? 何で世界を救った勇者が、あんな所で街のゴロツキなんかに絡まれていたの?」
「それは……」
リリィに問われ、ロイは一瞬彼女に自分の目的を告げていいものかどうか悩む。
スラム街の酒場で眼帯の男から言われた「ナルキッソスについて話すときは、相手をよく吟味した方がいい」という言葉を思い出したからだ。
「どうしたの? もしかしてボク、聞いちゃいけないこと聞いちゃった?」
中々口を開かないロイに、リリィが心配そうに顔を覗き込んでくる。
その心配そうな声を聞いて、ロイは自分を恥じた。
彼女は……リリィは自分の身を省みず、何の縁もゆかりもないロイを助けてくれたのだ。ここで沈黙を貫くのは、受けた恩を仇で返すような人として最低の行為のように思われた。
ロイは顔を上げると、申し訳なそうに顔を伏せるリリィに努めて明るい声で話しかける。
「いや、そんな事はない。黙っていて悪かった」
そう言うと、ロイはこれまでの経緯をリリィに話し始めた。




