実直勇者とスラム街のチンピラ共
酒場を出たロイは、足早にスラム街を進む。
決して後ろを振り返らず、前へ前へと歩を進み、狭い路地を右へ左へとランダムに曲がる。
「…………やはりか」
何度か角を曲がった所で、何かに気付いたロイが歩き続けながら小さく呟く。
酒場を出てからずっと、何者かがロイの跡をつけているようだった。
何者かはわからないが、後ろから感じる気配は決して友好的とは思えない。
ここで追跡者を締め上げるのは簡単だが、今後の事を考え、厄介事は避けるべきだと判断したロイは、角を曲がると同時に一気に駆け出した。
「――っ!?」
突然走り始めたロイに気付いた追跡者が後ろで何か叫んでいたが、当然ながら無視した。
そこからロイは、何も考えずに一心不乱に駆ける。
適当に移動していたので、自分が今、何処にいるのかはわからない。とりあえず追っ手を撒く事を最優先に考えて移動した。
結果として、その考えは間違いだった。
追跡者に気を配りながら前へ前へと進んでいたロイは、
「なっ!? しまっ……」
角を曲がった先で現れた巨大な壁を見て、驚愕に目を見開く。
引き返そうと後ろを振り向くと同時に、追跡者がロイの前に立つ。
「へへっ、この場所に誘われているとも気付かず必死に走り回って、ご苦労なこった」
「クッ……」
ロイは嵌められた事を知らされ、悔しげに歯噛みする。
追跡者は、まるで木の棒のようにひょろりとした長い手足が特徴の猫背の男だった。
「ナルキッソスについて嗅ぎまわっている男がいるって聞いたが、まさかこんなガキとはな」
下卑た笑みを浮かべた猫背の男は、手にしたナイフを起用に弄びながらロイを牽制する。
どうやらロイが救世の勇者とは気付いていないようだった。
「おい、クソガキ。誰に頼まれたか知らねえが、世の中には知らないほうが幸せなことがあるっていう事を知るべきだったな」
そう言うと猫背の男は、首に下げていた笛を咥え、思いっきり息を吹き込む。
「――っ!!」
辺り一面に、耳を劈くような甲高い笛の音が鳴り響く。
すると、その音に反応して猫背の男の周りにぞろぞろと男たちが集まってくる。
どの男も、手に何かしらの得物を持っており、一目で真っ当な人間でないことが伺えた。
気がつくと、ロイは十人以上の男たちに囲まれていた。
「こいつか? 死にたがりの馬鹿って奴は」
「何だよ。ただのガキじゃねえか」
「だが、そんな事は関係ない。邪魔する者は死、あるのみだ」
それぞれが思い思いの武器を手に、ロイを威嚇し、睨みつけてくる。
「ふぅ……やれやれ」
一見すると、絶体絶命の状況に見えるが、これだけの人数に囲まれてもロイは全く動揺していなかった。
ロイの目から見れば、男たちは精一杯虚勢を張る幼児程度にしか見えなかった。
武装こそしてはいるが、構え方も全く堂に入っておらず、隙だらけで簡単に無力化出来そうだった。
しかし、ここで連中を無力化したところで男たちは面子を守る為に更に躍起になるだろう。
下手をすれば他の関係ない人たちにまで被害が及ぶ可能性がある。
その可能性をなくすには、男たちを徹底的に叩きのめし、二度と歯向かわないようにしてしまうのが一番だ。
ロイは、勇者としての力は魔物にだけ向けて使う。決して人に向けては使わない……というような聖人君子の性格はしていない。相手が魔物だろうが人だろうが、立ち塞がる者には一切の容赦はしない、戦うかと問われれば即座に「はい」と返し、戦い始めたら「逃げる」という選択肢は一切取らないタイプだった。
「……例え死んでも、恨んでくれるなよ」
ロイはそうとだけ告げると、一歩進み出て背中に吊るした木剣へと手を伸した。




