実直勇者の生まれて初めての遊び
イリスの言葉に従い全員が舞台を見やると、今まさにリザードナイトとキマイラの勝負が決しようとしていた。
一般的な魔物の強さで言えば、リザードナイトとキマイラでは子供と大人以上の実力の差がある。はっきり言ってリザードナイトがキマイラに勝つ確立は万に一つしかなく、正面の巨大な看板に掲げられたオッズも、圧倒的にキマイラが優勢となっていた。
現に舞台の中央では、既に慢心創意のリザードナイトが膝をつき、手にした剣を杖代わりにしてどうにか立っているだけの状況になっていた。
自分の勝ちは揺るがないと思っているキマイラは、悠然とした足取りでリザードナイトの正面に立ち、ライオンの口を大きく開けて止めの火炎ブレスを吐き出した。
しかし、満身創痍と思われたリザードナイトは、尻尾を地面に叩きつけて上空へと飛び上がり、ブレス攻撃を回避する。
火炎攻撃を吐き出しているキマイラには、上空に飛び上がったリザードナイトは見えていない。
その隙を突き、リザードナイトはキマイラの胴から生えている山羊の頭を剣で刺し貫く。
「ガオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
完全に虚を疲れた攻撃に、キマイラが苦しげに咆哮を上げる。
リザードナイトは苦しげにのた打ち回るキマイラの背後に回ると、統制の取れていない蛇の尻尾を切り落とし、四本の足の腱を切って動きを完全に封じる。最後に、悠然とキマイラの胴の上に立つと、手にした剣をライオンの首元へと深々と突き刺して止めを刺した。
倒されたキマイラは、全身を黒く染めながら地面に沈んでいくように全身が溶けていく。やがて完全に液体になったかと思うと、後には一抱えもあるような巨大な金塊だけが残った。
勝ったリザードナイトは、金塊を掴んで掲げると、
「キシャアアアッ!!」
勝利の雄叫びを上げた。
すると、まさかのジャイアントキリングを演じてくれたリザードナイトを湛える声が割れんばかりに会場内を埋め尽くした。
暫くの間、歓声に応えるように金塊を掲げていたリザードナイトは、手にした金塊を大事そうに脇に抱え、悠然とした足取りで闘技場から去って行った。
「ね~っ? 言った通り、何の問題もなかったでしょう?」
してやったり、といった表情で微笑みかけてくるイリスに、ロイは呆然と頷く。
「ええ、まさか人間に見向きもしない魔物がいるなんて……それどころか、人間の歓声に応えてまるで自分がヒーローであると認識しているようでした」
「まるで、じゃなくてヒーローそのものだと思っているわよ~。ここで長い間仕事しているけど、あの子たちが人を襲おうとしたことは一度も無いわ。それどころか、過って舞台に落ちちゃった子供を助けたこともあったのよ~」
「……信じられない」
倒すべき敵として認識していた魔物の意外な一面に、ロイは戸惑いを隠せなかった。
そんなロイを見て、イリスは慈母に満ちた微笑を浮かべて、まるで自分の子供の自慢話を聞かせるように嬉しそうに話しかける。
「あの子たちは特別だから、ロイ君が心配するような事は何も無いわよ~。だから、安心して今日のイベントを楽しんでね~?」
「……そうですね」
魔物の様子を見る限り、人間に牙を剥くような感じは見受けられなかった。
これ以上の余計な詮索を野暮だと判断したロイは、イリスの提案に従い、今の状況を楽しもうと判断した。
「フフ~ン、ロイ君。ようやく心から笑ってくれたね~?」
「え?」
驚いて顔を向けたロイの鼻を、イリスが悪戯っぽく押し返しながら笑う。
「ここまで案内してきた場所、驚いてくれてたけど、心から笑ってなかったでしょう?」
「……そうでしたか?」
「そうよ~。お姉さんは全てわかっていたんだからね~。そんなんじゃロイ君、いつか心が疲れちゃってバテちゃうわよ?」
イリスはロイの両頬を掴むと、無理矢理口角を上げて笑わせる。
「こうやって、笑うだけで人は元気になれるの。明日から、いっぱいお仕事しなくちゃいけないんだから、その為にも今日はいっぱい笑って、明日の為に備えてね~?」
「ひゃい、わはひひゃひた」
「フフッ、何を言ってるのか、全然わからないわよ~」
両頬を摘まれたまま笑うロイを見て、イリスは幼子のように破顔した。
それからロイたちは、イリスに誘われて実際にどの魔物が勝つかを予想して予想券を購入してみたり、闘技場近くで経営しているカジノに出向いて各種遊戯で遊んでみたりと、夜遅くまで様々な経験をさせてもらった。
遊びに遊んだ一同はイリスの屋敷へと移動し、各人へ用意された部屋へ案内された時点でその日は解散となった。
あてがわれた部屋で軽くシャワーを浴び、翌日に備えて早々にベッドへと潜り込んだロイは、先程までの夢のような時間を思い返していた。
数々の初めての経験にロイは百面相を繰り返し、その度にイリスに笑われ、からかわれた。
だが、不思議と嫌な気持ちはなかった。
それがイリスの人柄なのか、イリスの言葉に全く嫌味が感じられないからなのかはわからなかったが、ロイにとって生まれて初めての遊ぶという経験を教えてくれたイリスに、ロイは心から感謝していた。
最近は思うように物事が進まないことが多く、ベッドに入っても眠るのに一苦労することも少なくなかったのに、今日は気持ちよく眠れそうだからだ。
(明日からは、切り替えていかない……とな)
だが、せめて今だけはこの楽しい気持ちに心を委ねよう……そう思いながら、ロイはまどろみの中へと沈んでいった。




