実直勇者とやってきた観光名所
ロイたちはイリスが用意してくれた馬車に乗り、フィナンシェで一番の観光名所だという場所へと移動した。
「ここが、ブルローネ家が代々管理しているフィナンシェ一番の観光名所、闘技場で~す」
観光案内人が持つような小さな赤い旗を持ったイリスがよく通る声で建物の説明をする。
フィナンシェで一番の観光名所であるという闘技場は、近くに立って見上げると首が疲れてしまうほどに高く、横幅もフィナンシェ城ですらすっぽりと入ってしまうのではないかと思われる程の広さを持つ、石で造られた超巨大な円筒状の建物だった。
イリスがフィナンシェで一番の観光名所というだけあって、日が落ちて、ロイの故郷であるトルテ村では夕食を食べて寝るくらいしかやる事が無い時間になっても、ここでは至る所に人が溢れ、そこかしこで焚かれた松明によって十分に視界が充分利いた。
辺りには食事や酒を振る舞う屋台や簡単なゲームを行える遊技場やカジノ、果ては中で行われている決闘の予想を当てるという予想屋まであった。
ここにはあらゆる娯楽が凝縮されている。そう言っても過言ではない施設の充実具合に、こういう場を訪れるのが初めてのロイは、開いた口が塞がらないでいた。
驚きの表情で固まっているロイを見て、イリスが嬉しそうに破顔する。
「そういう反応をしてくれると~、ここに連れて来た甲斐があったわ」
「イ、イリスさん。ここでは何が行われているのですか? 見たところ何か賭け事が行われているようですが……」
「フフン、それは見てのお楽しみよ~」
イリスは悪戯を思いついた子供のような笑顔を見せると、旗を振ってロイたちを中へと導く。
正面玄関は人の出入りが激しく、中に入るのは時間がかかるというイリスの計らいで、一向は関係者入り口の方へと回る。
いかにも裏口という狭い入り口から入った一同は、長い通用口を通って建物の上へ上へと歩く。
時間をかけて一番上の階層まで登り、更に一番奥にあるという関係者の中でも特別な人間しか入れないという特別貴賓室へと足を踏み入れる。
「へぇ~」
目の前に飛び込んできたものを見て、ロイは思わず感嘆の声を上げた。
円筒状の建物は全ての席から中央の舞台が見渡せるよう階段状になっており、それらの席、全てが人で埋まっていた。
一体この闘技場内に何人の人間が収納されているのだろう。何百? いや、何千だろうか? 余りの人の多さに圧倒されるしかないロイだったが、中央の舞台で戦っている者を見て、更に驚きに目を見開く。
「あ、あれは……まさか、魔物!?」
舞台で鎬を削っているのは、竜王ドラーゲンが死んでいなくなったはずの魔物だった。
一体は一見すると鎧兜で武装した巨大なトカゲ。しかし、その見た目とは裏腹に、高度な知能を持ち、戦略を用いて冒険者を苦しめるリザードナイト。
もう一体は、ライオンの頭と山羊の胴体、そして毒蛇の尻尾を持つ獣。口からの炎を吐き、尻尾の毒霧で冒険者を弱らせ、果ては山羊が唱える魔法によって相手に絶望的な死を与える、中級の冒険者でも集団でなければ中々討伐できない魔物なかでもかなりの強敵であるキマイラ。
二体の魔物は、自分たちを取り囲む人間には目もくれず、目の前に立つ相手だけを見据えて激しいバトルを繰り広げていた。
「何で……魔物はこの世からいなくなったんじゃなかったのか?」
ロイが普段なら絶対にあり得ない光景に釘付けになっていると、イリスが隣にやって来てこの状況を説明してくれる。
「驚いた? あの子たちは竜王の支配下にない魔物だから、竜王がいなくなった今でもあのように生きていられるのよね~」
「支配下にないって……どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。あの子たちは、この闘技場で生まれ、育った魔物なのよ」
「――っ、だからってあれは魔物ですよ? 魔物は倒すべき敵のはずです!」
イリスはあっけらかんと言ってのけるが、ロイにはイリスの言葉が到底信じられなかった。
竜王の支配下にあろうがなかろうが魔物は魔物だ。今まで戦った魔物がどういった思考回路で動いているのかは到底理解出来なかったし、打ち解けられそうな様子は微塵もなかった。
数多の魔物と戦ってきた経験から、あそこにいる魔物は、いつか必ず人を襲うと推察したロイは、にこやかに二体の魔物を見つめているイリスへ警告する。
「どういう方法であいつらを誕生させ、戦わせているかはわかりませんが、魔物は大変危険なんです。何か大事が起きる前に即刻中止にすべきです」
「フフ、ロイ君って噂の通り、本当に真面目なのね~」
必死の形相で中止を訴えるロイを見て、イリスは口元を隠しながら上品に笑う。
「大丈夫、あの子たちは間違っても人を襲う事なんてないわ」
「……その根拠はあるのですか?」
「根拠? 勿論、あるわよ~。でも、その前に一度、落ち着きましょうか」
そう言ってイリスは、部屋の中央に設えたテーブルの上にあった小さなベルを鳴らした。




