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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と伯爵夫人

「はぁ……」


 玉座の間を後にしたロイは、背にした扉が閉まると同時に盛大に溜め息をついた。


「ど、どうした。我が王に何か言われたのか?」


 疲れ切った様子のロイを見て、扉の外で待機していた女性陣が心配そうに駆け寄って来る。


「いや、そんな事はないよ。ただ、ね……」


 ロイは苦笑すると、中での出来事を二人に話した。


「す、すまない。我が王は普段はそんなお方ではないのだが……」


 王の強引な態度に対し、プリムローズが頭を下げて謝罪する。


「知ってるよ。お陰で話を断るのに相当苦労させられたよ」

「あっ、断ったんだ」

「そりゃそうだろ……って、何だか嬉しそうだな」

「そ、そんな事無いぞ。そそ、それよりこれからどうするんだ?」

「え? ああ、それなら俺たちの世話をしてくれる人が来るからそれまで待機だ」


 無理矢理話を逸らそうとするプリムローズに対し、ロイは怪訝な表情を浮かべながらも、今後の予定について答える。


「そ、そうか。ちなみにどなたが世話をしてくださるんだ」

「ああ、それなら……」

「ごめんなさ~い、お待たせ~」


 プリムローズの質問にロイが答えるより早く、話しかけてくる人物がいた。


「あっ……」

「なっ!?」

「むっ……」


 現れた人物を見て、ロイは笑顔を浮かべ、プリムローズは驚愕の表情をし、エーデルは顔をしかめるという三者三様の反応を見せる。


「ほっほっ、素直な反応が若々しくてよいですな」


 エーデルとプリムローズの反応を見て、二人と同じように扉の前で待機していたカーネルが自慢の髭を撫でながら破顔する。


「それにしても、イリス嬢が勇者様のお世話をなさるのですか?」

「はい、小父様~。勇者様のお世話なんて大役を仰せつかって、本当に光栄ですわ~」


 カーネルに向かって微笑むその人物は、にこやかな笑顔を浮かべた美しい妙齢の婦人だった。

 優しそうな大きな鳶色の瞳に、ふんわりとしたウェーブのかかった腰まで伸びたアッシュブロンド。着ている服も胸元が大きく開いている以外はゆったりとしたデザインの、全体的におっとりした印象を受ける女性は、ドレスの裾を摘むと優雅に一礼する。


「はじめまして~、イリス・ブルローネと申します。この街に駐留している間、皆さんのお世話をさせていただく事となりました。よろしくね~」

「イリス嬢は夫であり、先代のブルローネ卿が亡くなったので家督を継いだ侯爵家のお方です。伯爵としての経験は浅いですが、その見事な手腕は、早くも宮中で話題なっている大変優秀なお方です」

「フフフ、私なんて、まだまだですよ~」

「いえいえ、これはわたくしをはじめ、皆が思っていることです。イリス嬢はたいへんよくやっていますよ」

「も~う、小父様ったら、褒めても何も出ないですよ~」


 カーネルからの手放しの賞賛に、イリスは照れたようにカーネルの肩を小突く。


 まるで、親子の様にじゃれ合うカーネルとイリスを見て、ロイがふと疑問に思ったことを質問する。


「……もしかして、お二人は昔からの知り合いだったりするのですか?」


 貴族としてはフランク過ぎる二人の様子に、只ならぬ何かを感じたのだ。

 しかし、イリスとカーネルの二人は揃ってかぶりを振る。


「いいえ~、小父様は、何も知らずに家督を継いで困っている私を見かねて、色々と助けてくださった優しい小父様なの。決して昔からの知り合いってわけじゃないわ~」

「困っているご婦人がいたら助けるのは、紳士の嗜みですから。それが美人となれば、男としては尚更ですよ」

「な、なるほど……」


 カーネルの言い分はよくわからないが、二人が信頼し合っているのだけはよくわかった。


「それで、皆様はこれからどうなさるのですか?」


 一通りの自己紹介を終えると、カーネルが髭を撫でながら質問する。


「もうそろそろ日も暮れますが、早速ナルキッソスの調査に赴くのですか?」

「い~え、今日は観光をします」


 カーネルの質問に、頭の上で大きなバッテンを作ったイリスが良く通る声で話す。


「ロイ君ってば、この国を一度救ってくれたのに、この国のこと何にも知らないのよね~。だ・か・ら、私がこの国の魅力を沢山教えてあげようと思ってます」

「そうですか。それは素晴らしい提案だと思います」


 カーネルは嬉しそうに双眸を細めると、何度も頷く。

 しかし、すぐに悲しそうに目を伏せると、浮かない表情の理由を話す。


「皆さんのような美人揃いと一緒に街を周れるのであれば、是非ともご一緒させていただきたいのですが……これから生憎と、仕事が入っているのですよ」


 余程悔しいのか、そう言うカーネルの目には光るものがあった。

 カーネルは流れて来た涙を胸のスカーフで上品に拭うと、ロイの手を取る。


「どうです、勇者様。よろしかったら、わたくしと仕事を変わっていただけないでしょうか? 何、この街の平和を守るという勇者様にぴったりの仕事でございます」

「はい、俺は構いませんよ」


 平和を守る、と聞いてロイはあっさりと頷く。


「本当ですか!? 流石は正義の為の頼まれごとは断らないと噂の実直勇者ですね。何、安心して下さい。皆様の事はわたくしが責任を持ってエスコートしますので……」

「も~う、小父様ったら何を言っているんですか。ロイ君も、頼まれごとを断らない真面目さは偉いけど、私との約束の方が先だったんだから、忘れないでよね?」


 勝手に話をまとめようとするロイとカーネルを、イリスがぷりぷりと怒りながら諌める。


「申し訳ないです。わたくしとしたことが……」

「そうでした。平和を守るといわれて、つい……」


 腰に手を当てて怒りを露わにしているイリスに、カーネルとロイが揃って謝罪した。


「……というわけで、イリスさんが街を案内してくれると言うから、その行為に甘えようと思っている」


 どうにかイリスに許してもらったロイは、固まったように動かないでいたエーデルとプリムローズに今後の予定を告げる。


「長旅で疲れもあるだろうから、今日一日はのんびりしてもいいと思っているがどうだろう?」

「私は、ロイが決めた事なら反対なんてしないよ」

「も、モチロン、あたしも賛成だ」


 ロイからの提案に、女性陣二人はあっさりと了承する。


「よ~し、それじゃあ、今日は皆を思いっきり楽しませてあげるから覚悟しといてね」


 全員の了承を得たイリスは、歌うように予定を告げると、嬉しそうにクルクルと回り、自分の目元で横向きのピースサインをして華麗にウインクを決めて見せた。


(うわぁ……)


 年齢は不詳だが、おそらく自分よりかなり年上と思われるイリスの無邪気過ぎる行動に、エーデルは引き攣った笑みを浮かべる。

 隣に立つプリムローズもそれは同じようで、表情には出さないものの、何かを堪えるように小刻みに震えていた。


 そんな女性二人とは対照的に、ロイは全く気にした素振りも見せず、イリスが差し出した手をにこやかに握り返す。


「ええ、どうか宜しくお願いします」

「はい~、こちらこそよろしくね~ロイ君」


 ロイの手を取ったイリスは、そのまま流れるようなロイと手を繋ぐと、まるでピクニックにでも出かけるかのように意気揚々と歩きはじめた。

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