実直勇者と王の謁見
フィナンシェ城の玉座の間は、他国からの使者を迎える際、王としての威厳を知らしめる為、又、この国がいかに優れているかを現す為に贅の限りを尽くされた豪奢な造りをしていた。
「勇者ロイよ。よくぞ参った」
フィナンシェ王はロイが玉座の間に現れると開口一番、お決まりの台詞を口にした。
室内へと足を踏み入れたロイは、顔が写るくらいに磨かれた大理石の床に敷かれた真っ赤な絨毯の上を中ほどまで進むと、肩膝をついて頭を垂れる。
「王様、お久しぶりです。この度は……」
「よいよい。そなたは全人類を救ったのは然ることながら、過去には魔物の罠により窮地に陥ったこの国を救ってくれた真の勇者なのだ。たかが一国の主である儂程度にそこまでかしこまる必要はない」
六十過ぎと思われるフィナンシェ王は、真っ赤なマントを翻して玉座から立ち上がりロイの眼前までやって来ると、自慢の長い髭をさすりながら頭を垂れるロイを立たせる。
「今回は我が国の危機によく立ち上がってくれた。世界を救ったそなたの力、すまぬが今一度この国を救うために貸してくれるか?」
「はい、お任せ下さい! この力、この国の為に存分に振るう所存です」
「そうかそうか。そなたの力、期待しているぞ」
ロイが力強く頷くと、フィナンシェ王は顔の皺を更に深くして破顔する。
「それでは、早速ですが事件について詳しい話を聞かせてもらえますか?」
「ああ、それなら大臣たちに任せてあるから彼等から聞いてくれ」
「え? 王様はこの件についてご存知ないのですか?」
ロイからの質問に、フィナンシェ王は気まずげに視線を逸らす。
「す、すまない。儂は他国との協議が忙しくてな。国内の案件に殆ど手が回らないのじゃよ」
申し訳なさそうな顔をするフィナンシェ王に、ロイは問題ないとかぶりを振る。
「そうでしたか、わかりました。ナルキッソスの件は全て俺に任せてください」
「すまぬな。何かあれば遠慮なく儂に言ってくれ」
「はい、必ずや良い報告を届けられるよう、全力を尽くします」
「うむ、そなたの心意気にこの国を代表して感謝するぞ」
力強く頷くロイに、フィナンシェ王は双眸を細め、ロイの手を取ると何度も頭を下げる。
「お、王様!? お止め下さい。お、おお、お願いですから!」
一国の王から頭を下げられるという事態に、普段は冷静なロイが珍しく慌てる。
「…………」
ロイからの懇願に、フィナンシェ王は動きをピタリと止めると、上目遣いでちらりとロイを見やり、ぼそぼそと口を開く。
「……だったら、ウチの姫と結婚してくれる?」
「お断りします」
フィナンシェ王からの懇願を、ロイは即座に断る。
「…………」
「…………」
そのまま二人は暫く無言で視線を交わすが、
「やだ! やだぁ! 姫と結婚してくれなきゃやだあああぁ!!」
「ちょっ、まっ……本当に止めて下さい! 皆、見てますって!」
床にひっくり返って駄々をこね始めるフィナンシェ王を宥める為に、ロイは誰かに助けを求めようと視線を彷徨わせるが、こういう状況に慣れているのか、はたまた気持ちはフィナンシェ王と同じなのか、誰もがこの状況を見て見ぬ振りをしていた。




