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第八話 猛禽に連れられし魔術師、徘徊する死人を退治す

 村を北西に進むと森があり、そこから鎧を来た死人が次から次へと出てくる。


 「森の先に問題の場所がある」と青年は言うので、一同は向かうことにした。  死人の動きは遅く、新兵でも何とかなりそうなものだが、魔法を帯びた武具でないと倒すのに一苦労するらしく、スタミナ切れして倒れた者もいるという。

 最初から魔法を帯びている武具を持っていたのはブレイズだけだったが、アンヘルの存在が大きい上に、バズやクランクも以前に山賊で馴らした豪の者達なので、容易く森を踏破出来た。


 季節は既に秋となっており、枯葉を踏むたびにガサガサという音がする。

 鳥のさえずりは、何処からかともなく聞こえ、木の枝を見ると、リスが冬眠に備えて、木の実を巣に貯めこんでいた。

 死人がウロついていなければ全く平和な森の原野風景である。


「鹿も多いようだし、良い森だな。このまま死人どもを放置しても俺にとっちゃあ、良い稼ぎ所なんだけどよ」

 クランクが笑いながらそう言うと、ブレイズは

「稼ぐつもりでしたらヒューデン侯に取り入ったら如何ですか? 私も口添えぐらいは出来るでしょう」

 と言うので、クランクは少し嫌な顔をして

「冗談言うなよ。バズのお役所勤めを見ていたから狩人になったんだぜ」

 と言う。

 バズとクランクは幼馴染で山賊になる以前、よくバズの愚痴を酒の肴に聞いていた。


 バズはブレイズに不思議に思っていたことがあったので

「お前さんは、あの侯爵さんに売り込む為にアンヘルを利用したと思っていたんだが、どうも違うようだな。どういう訳なんだ?」

 と、ブレイズに問い質してみた。

 するとブレイズは

「ハハハ。確かに私は一介の浪人者ですが、安売りだけはしたくないのです。簡単に売ってしまっては勿体ないでしょう」

 と、笑いながら言い放った。

 あまりにも爽やかにそんな事を言うものだから、バズとクランクは苦笑するしかない。


 森を歩き続けていると、うっすらと建物が見えてきた。

 以前は砦だったらしいのだが、放置されて数百年は経っているらしく、石造りといえど朽ちている部分も多い。

 辺りには死人が随分といるので、原因がここにあるのに間違いはないようだ。


 随分と歩いた上に日も落ちてきて、辺りは薄暗くなってきた。

 このまま夜通しで強行することも出来るだろうが、あまりにも危険である。

 するとアンヘルが

「右手に高台となりそうな丘があるようです。今日は、そこで休むことにしましょう。明日の明け方でも遅くはないでしょう」

 と、言うのでブレイズも

「それは良い案です。高台であればここよりも地形を良く見ることも出来ますし、何よりも疲労した上で強行するのは賢いとは言えない」

 と同意した。

 他の二人も別段急ぐことはないので頷いた。


 高台の丘に来ると付近の木々にクランクが鳴子を仕掛けた。

 死人もあるが冬眠間近の熊にも備えないといけない。

 下手に火をおこすと死人に気づかれる可能性もあるからだ。

 クランクは更に木の枝を集めて矢を作ることにした。

 例え粗悪でも簡易的な矢ぐらいは容易く作れるのは、狩人にとって造作もないことだ。


 四人はまず腹ごしらえをすることにした。

 胡椒と塩だらけの保存肉やドライフルーツ、味気のないビスケットなどを頬張るとアンヘルはすぐに横になった。

 不満そうにクランクは

「見張りの当番を決めなくちゃいけねぇんだけどよ。アンヘルはどうするつもりなんだ?」

 と言ったので、アンヘルは

「こればかりは我儘させてもらいます。魔術には精神を疲労しますので、良く寝ないといざという時に失敗することがあるんですよ」

 と、背を向けながら言った。

 魔術の知識がない者がそう言われると、例えそれが嘘だとしても文句は言えない。


 しかし、他の三人はまだ目が冴えているので、最初に眠くなった者を途中で起こして、見張りにすることで合意した。

 クランクは矢を作りながら

「お前さん、浪人者って言うが誰かに仕えるつもりとかあるのかい?」

 と、ブレイズに興味本位で聞いてみた。すると

「良禽は木を選ぶ、と古来より申します。ヒューデン候やベルトルン伯がそうではない、とは言いませんが、私にも選ぶ権利ぐらいはあるでしょう」

 と、これまた涼しい顔で言い放つ。


 バズは、その答えに

「お前さんが良い領主と思えるってのは、どんな奴だい?」

 と、言うのでブレイズは少し考えてから

「良い噂ほどアテにならないものはありません。「美味そうな肉と思って食べてみたら、中に蛆が湧いていた」とかゾッとするものでしょう」

 と、これまた笑みを浮かべながら言う。バズは

「そいつぁ、確かに違ぇねぇや」

 と、笑うしかない。

 ブレイズは続けざまに

「いなければ隣国まで旅するのも手ですからね。流浪する者にとっては、それぐらいの自由はあります」


 バズやクランクは隣国であるケラウェス王国の出自だし、あまり愛国心というものはないので、ブレイズの言うことには理に適うと思った。

 バズやクランクは当初、ブレイズというこの若者に警戒していたが、話すにつれて次第にその感情を氷解させていった。

 ブレイズも長年、しがらみの中で生き馬の目を抜くような世界を見てきたので、あまりにも単純なこの二人に次第に心を開いていった。

 実父に似ているような感覚もあったのだろう。

 

 ブレイズの実父は素朴で、裏表とは無関係の男であった。

 エイドがこの実父を下男として登用したのはそんな人柄もあってのことだった。 計算高いとはお世辞にも言えないが、いざという時は骨身を削ってでも尽くそうという気概もあった。

 話しているとこの二人はアンヘルのことを非常に好いており、弟のように可愛がっているのが実感してきたので、ブレイズにもアンヘルを利用しようとしている事に少し葛藤が芽生えてくる。

 まだ、知り合って半年しかないというのに「妙な事だ」と二人は笑った。


 ブレイズはアンヘルについて二人から質問すると、バズはまず

「妙な本ばかりを買い漁ったり、調べるのが好きなおかしな野郎さ。古代文明やら何やらとかな」

 と言い、クランクは

「あいつが酒を飲んだ時にふと話したことがあるんだが「飢饉に負けない作物を作りたい」とかぬかしていたよ。自慢げに「私の功績は抒情詩に出てくる英雄ではなく、その脇にあるパンでいい」とかな。古代文明とパンの関係とやらが良く分らないから、それ以上は分らないとしか言えねぇな」

 と、矢を作りながら話した。


 そして、こうも付け加えた。

「確かにあの時に飢饉がなければ今頃、俺たちもここにいるかどうか分らなかったからな。そう考えると少し手伝ってやりたくもなるんだよ。「魔術師だから」かも知れないが不思議な野郎さ」

 と、呟いた。


 それと同時に、今度はクランクがブレイズに質問してきた。

「お前さんは教会について何か知っているかい?」

 唐突なクランクの質問にブレイズは面喰ったようで

「何故、私が? 教会については私も良く分りません。私とは全く関係のない話ですし」

 と、言って誤魔化した。

 全く関係ないと言えば嘘になる。

 エイドが功績あるのにも関わらず、質素な隠居生活をしていたのには教会も若干関与していたからだ。


 ブレイズも教会については、当然ながらあまり良くは思っていない。

 権力をかさにきて、好き放題している司教の縁者や外戚なども多い。

 国王はというと内政には無関心のようで、家庭教師から宰相にまで上り詰めた男を重用しているにしか過ぎない。

 その宰相である男は名をシャグヴァンと言うのだが、最近は教会一派との政局争いを展開しているようである。


 シャグヴァンは教会の荘園からも徴税したいようなのだが当然、教会側としては受け入れがたいことである。

 シャグヴァンは賄賂など一切、拒否する高潔な男としても有名だが、自分があまりにも無欲過ぎる上に高慢でもあるので、教会だけでなく他の大臣達からも疎まれているフシがある。                                           

 他の大臣は血筋だけでその地位にいる者が多く、シャグヴァンはそれにも我慢ならないらしい。

 シャグヴァンはエイドとは仲が良かったので、度々お互いに文を交していたこともブレイズは知っていた。


「無能者どもがいなくなれば少しは民にとってもマシなことになるのは違いないが・・・」

 エイドもシャグヴァンに同調していて生前、ブレイズにそう話していた。

 だが、同時にエイドはシャグヴァンのそんな性格を危惧していた。

 それ故、自身の配下の者で信用出来る忠義者を全てシャグヴァンの部下にして、自身は隠居してしまったのだ。


 エイドは本来なら息子夫婦のところに忠臣たちを入れようと思っていたのだが、「嫁に追随して来た者との軋轢を考えた」というのもある。

 しかし、何時毒殺されるかもしれないシャグヴァンのほうが気になっていたのも確かであった。

 忠義者の一人には神の奇跡の術を使える者もいて、今ではシャグヴァンの影のように働き「真面目にクソがつくほどの男だ」とエイドはブレイズに笑いながら言っていた。

 ブレイズも、そのクソがつくほどの真面目な神の奇跡の術を持つ男と会ってみたいと思うほどであった。


「俺にもそんな家臣が欲しいものだ」

 ブレイズは、シャグヴァンの話を聞く度にそう思った。

 だが、無能な忠義者は有能な不忠者よりも始末に負えないのも知っているし、そのような者は非常に珍しいことも知っている。


「アンヘルはどうであろう?」

 ブレイズは勝手にアンヘルを家臣として考えた。

 有能ではあるだろうし、魔術師でもある。私心に至っては全くない。

 だが二人からアンヘルのことを聞く度に、余りにも浮世離れしていて少し勝手が違うようである。


「残りの二人は?」

 バズとクランクを見ると、局地戦などの戦いでは有能であるに違いない。

 元山賊で馴らしているし、個人の戦いぶりも悪くはない。

 だが、二人とも誰かに仕えるというのは性に合わないのが話だけでなく、その様子からも窺い知れるのだ。


「となると、この三人と暫く付き合ってみるぐらいが丁度良いかも知れん。いや、付き合わせてやろう。俺が「金の成る木だ」と思わせれば造作もないだろう」

 ブレイズがそう思っていると、バズが眠そうに大あくびをしたので、まずは自分とバズが最初に寝ることにして、最初の見張りはクランクに任せることにした。


 幸い夜襲もなく過ごせたので、四人はまず砦であったであろう建物を見下ろした。

 内部も所々、穴が開いていたので見られるのだが、数は予想以上に多い。

「こいつぁ・・・ちと難儀だな」

 クランクはそう言って舌打ちをした。

 相手に飛び道具がないことぐらいしか利点はない。


「少し面倒ですが削っていきましょう。私も幸いクロスボウを持っていますので、飛び道具で狙い撃ちすれば良いのです」

 ブレイズはそう言うとバックパックからクロスボウを取り出した。

 ブレイズも射撃の腕はあるのだが、クランクには遠く及ばない。

 それ故、安定したクロスボウを好む。


「俺は暇しているだけかい?」

 バズは少し不満そうに言ったのだが、ブレイズは

「こんな事もあろうかと、このような物を預かってきました」

 と、バックパックから紐状のものを取り出した。スリングである。

 バズの腕力であるならば、それなりの威力はあるだろう。


「用意がいいじゃねぇか。あまり得意とは言えないが、ないよりはマシだな」

 バズはそう言うと、むんずとスリングの紐を掴んだ。

 幸い石はそこら中に転がっているので、弾切れする心配はなさそうだ。

 スリングの紐は中々頑丈に出来ており、簡単には引き裂かれる心配もなさそうである。


 現代ではスリングは俗に言うパチンコと呼ばれるものを指すが、このスリングは投石器によるものである。

 まずは紐の両端を持ち、巻きつかせた石を勢いよく回してから、相手に目がけて投げるような代物だ。


 普通、紐は動物の毛などを使用するのだが、このスリングの紐はイダモス産の草であるオポパという頑丈な蔓を使用していた。

 オポパとは現地の言葉で「ちぎれない物」を意味するもので、そのオポパの蔓をこれまたイダモス産のココペクという植物からとれた油でなめした代物である。


 どちらも希少なもので中々手に入りにくいという代物だ。

 それ故、高価であることが量産には不向きとされ、あまり一般的には出回らない。

 最近では「バリスタ」と呼ばれる攻城用の巨大なクロスボウにも使用されるようになり、それらは既に対ゴブリン用の兵器として、隣国のケラウェス王国にも輸出されている。


 高台から降りて近づくと、アンヘルは「その前に罠をはろう」と言いだした。

 簡易的な罠で雑草を縛り、相手を転倒させるものである。

 四人は一時間ほど作業に没頭し、これで万全と思われたので早速、死人への的当てを開始した。


 一番の射程距離を誇るのがスリングだったので、最初にバズが力任せに石を投げた。

 だが、簡単には当たらないもので

「ちっ・・・本当に良いものなのか? これ」

 と、投石器のせいにした。

 するとクランクは

「それに当たるなよ。当たるなら連中に当ててやれ」

 と、笑いながら言う。

 死人は気づいたので、動きは遅いながらも向かってきた。


 クランクの腕前は正確で素早く、面白いように死人は倒れていく。

 ブレイズも負けじとクロスボウで撃つのだが、速射に勝れた弓にはやはり及ばない。

 そんな中、一番不満なのはバズである。


「くそっ! また外れやがった! 死人なら死人らしく動くんじゃねぇ!!」

 バズはイラだったが、そんな事を言っても仕方がない。

 人数が多いため、じりじりと死人が詰め寄ってくると面倒とばかり

「おう! アンヘルよ! この得物に魔法をかけてくれ! 近づいてきたらこれでブッ潰すから!」

 と、見事な大斧を持ち出して、アンヘルに要求した。

 アンヘルが苦笑して言う通りにしてやると、罠にかかった死人の頭を片っ端から潰していく。


 決して引かない死人達であったが、徐々に数を減らしていき、最後の一体となるまでに一時間もかからなかった。

「うおぅ!!」

 バズの雄叫びと共に最後の一体が潰されると、辺りは静寂に包まれた。

 だが、本番はこれからである。

 原因を追究せねば、また死人がやって来るかも知れない。

 四人は警戒しながら砦跡に入って行った。


 高台からある程度、内部の様子を窺い知れてはいたが、全てを見た訳ではない。

 中は瓦礫が散乱していて当時の面影はなく、蔦が外壁だけでなく内壁にも伸びていた。

 動く死人は既にいなかったが、中には一体だけ不思議な死体があった。


「こいつだけは、まだ死んでから浅いな。それにどう見ても動いていたのとは違う」

 クランクはそう言うと、その死体の持ち物を漁りだした。

 少し腐敗し出してはいるが、死後一週間ほどぐらいのようだ。


「恰好もその辺にいる街の連中とあまり変わらないな。どうも盗掘目的なんじゃねぇのか?」

 バズはそう言ってから内壁の蔦に唾を吐いた。


「私の憶測にしか過ぎませんが以前、貴方方は「古代文明時代に製造された幻のワイン」というものを持ち帰りましたよね?」

 ブレイズがそう言うと、三人はブレイズの顔に注目する。

 さらにブレイズが言うには

「ここいらでもその噂が随分と流れたようです。恐らく二匹目のドジョウを狙って、ここへ盗掘しに来たのでしょう」


「それじゃあ、何かい? 「俺っち達が原因」とでも言いたいのかい?」

 バズは不機嫌そうに、ブレイズに言い寄った。

「いや当然、貴方方に責任なんてものはありません。あくまで私の憶測を述べただけですし、もし私の憶測が当たっていたとしても、連中の自業自得でしょう。世の中にそんな美味い話がゴロゴロと転がっている訳がない」

 ブレイズは苦笑しながら言った。

「生存者を探してみますか。恐らくあの死人どもに皆、殺されているでしょうけど」

 アンヘルはそう言うと、辺りを警戒しながらクランクに内部の探索を続行するように言った。

 

 クランクは家具職人の家で生まれたのだが、父親と仲たがいをして不良となり、街で空き巣などをしていたことがある。

 ある日、捕まってバズが務めている牢獄へと入ったこともあった。

 今でも時折、酒場でバズがその事を言うと、クランクは笑ってよく誤魔化していた。

 そういう経験もあるので、家内探しはそれなりに慣れていた。


「おい! 隠し階段があるようだぜ! 上手く隠したようだが、この俺にかかったら簡単なもんだ」

 クランクは自慢げにそう言って、他の三人を呼んだ。

 階段の隠し扉の部分は木で出来ており、他の石床と材質が異なる。

 踏み鳴らしながら調べていたら音が違っていたので、もしやと思い調べた結果すぐに分ったのだ。

 隠し扉は他の床と同じ塗装をしていたが、場所さえ判明すれば素人でも容易に見つけられる。


「まだ、隠れているかも知れません。油断はしないように。各々方」

 ブレイズはそう言って松明に火を灯し、階段を降りていく。

 罠は先に盗掘している連中が外しているだろうし「死人たちがここから出てきたのであれば既に問題ない」とふんだからである。


 アンヘルも魔法で光源を作ると、ブレイズに続くように入った。

 以降はクランク、バズと続く形で一列に入って行く。

 バズは最後尾なのが少し不満だが一番体が大きいし、大斧は場所をとるので、入って行くには少し手間取る。


 隠し通路の内部は砂埃臭い上に、天井からもパラパラと砂埃が舞い落ちてくる。

「生き埋めにならねぇよな? あの死人連中みたいになるのは御免だぜ」

 クランクはそう言うと、バズも

「いっそ、この通路ごと埋めちまえば問題は片付くんじゃねぇのか?」

 と、同調する。

 ブレイズはそれに

「またワインがあるかも知れませんよ。それに、あれほどの死人が外へ出て来れたのなら、容易く崩れるような心配はないでしょう」

 と言ったので、バズとクランクはまたもや渋々付いて行くことにした。


 ブレイズには、まずワインはないと思っていたが、どうしてもこの砦のことが気になっていて仕方がなかった。

 それはブレイズも時代は違えども、歴史について興味があるからである。


「何かトルバティス王国時代の遺物が眠っているかも知れない。それが銘のある短剣ならば、喜ばしいことはない」

 ブレイズがトルバティス時代の短剣を欲していた。

 何故かと言えばエイドがその時代の短剣を好んで収集していたからである。

 短剣があれば持ち帰り「エイドの棺の中に入れて報告したい」と思っていた。


 百メートルほど進んだであろうか。大きな空間に出た。

 光源が限られた場所にしか照らせないので見渡すことは出来ないが、大きな広間のようである。

 円柱が規則正しく配列されているので天井も問題はなさそうだ。


 辺りの様子を窺っていると、向こう正面から二体の人影がこちらにやってくる。 四人は当然、武具を構えた。


「盗人どもめ! 性懲りもなくまだいたか! 成敗してくれる!」

 そう言ったのは、一体の鎧を着けた武者であった。

 トルバティス王国時代の鎧を身に纏っていたが、今まで出会った死人達とは違い、上質の物のようだ。

 それに完全に白骨化しているという訳ではなく、ミイラ化しているような風貌である。

 もう一体がそれと同時に右手から光を出すと、その光源は矢となって飛んできた。

 そして、それはバズの脇腹に命中した。


「うぐっ!」

 バズは少し悶絶したが配給された鎧は頑丈であったので、致命傷にはならない。 だが、その痛みはバズの怒らせるには充分であった。


「この死にぞこないめ! 俺っちが完全に冥途に送ってやるから感謝しやがれ!」

 そう言うと、大斧で斬り込んで行った。

 迎え撃ったのは言葉を発した鎧武者であった。

 鎧武者は槍でバズの大斧で応戦する。

 ブレイズも無言で、バズの後に続く。

 これには光の矢を放った軽装の死人が湾曲した刀で迎え撃つ。


 双方とも手練れらしく中々勝負はつかない。

 数十合打ち合いをしてもケリがつかないのだ。

 そうなってくると不利なのは生者のほうである。

 死者にはスタミナ切れというものが存在しないからだ。


 乱戦になってしまったので、クランクは弓を構えるものの狙いを絞れずにいた。

 集中を切らさずに弓をつがえているのも実際はかなり疲れる。


「バズの野郎。いきなり飛び出しやがって」

 クランクはそう愚痴を言うものの、始まったからにはどうしようもない。

 少しずつ摺り足で移動しながら射る機会を待つしかない。

 すると不意に軽装の死人がブレイズと間合いをとった瞬間、また右手から光源を作り出した。


「今だ!!」

 そう言うとクランクは死人の右手に向かって矢を放った。

 それと同時にアンヘルは矢に魔法を飛ばした。

 矢は放たれた直後に銀色となり、それが軽装の死人の右手を貫くと、光源が爆発して軽装の死人の右手を跡形もなく塵と化してしまった。


「ぐぎゃっ!」

 軽装の死人から悲鳴のようなものが聞こえた。

 怯んだ隙に今度はブレイズが間合いを一気に詰め、肩口から見事に一太刀を浴びせる。

 すると軽装の死人は跡形もなく崩れ去った。


 鎧武者の死人はその様子に驚いたようで、アンヘルに向かって叫んだ。

「貴様、魔術師か! 何故裏切る! この恩知らずめ! 貴様だけは許せん!!」

 アンヘルには全く身に覚えがない。

 トルバティス王国時代に自分が生きている訳もないからだ。

 理由を聞きたくても激高している動く死人に聞ける筈もない。


 ブレイズは鎧武者の背後へと回り込み、バズの援護をすることにした。

「こいつは俺っちの獲物だ!」

 バズはブレイズにそう叫ぶが、光の矢が当たった所は痛むしスタミナも既に限界に近い。

 鎧武者は挟まれたことで遮二無二、槍を交互に出すがどうしても隙は生じる。


「もらったぜ!」

 隙を見たクランクはそう言うと、鎧武者の右足に矢を放った。

 右足の甲の部分を矢は貫き、鎧武者の動きを封じ込めるとバズは咄嗟に

「こなくそ! 死にやがれ!!!」

 と叫び、真上から大斧を振りかぶって、鎧武者に振り下ろした。

 グシャッという音と共に鎧武者は真っ二つとなり、軽装の死人と同じように塵となった。


「どうにか終わったようですな」

 ブレイズは兜を脱いで、噴き出る玉のような汗を拭き取る。

 その汗の量は激戦を物語っていた。


「この死人が原因でしょうか?」

 アンヘルは軽装の死人が使った術を不思議に思いながらそう言った。

 魔術とは違い、言葉を発さなかったからである。


「如何なされました?」

 ブレイズは、アンヘルの訝しげる表情が気になった。

「いや、この亡者が使った術がどうも魔術とは違うようなのです。神の奇跡の術とやらでしょうか?」

 アンヘルは思ったことをブレイズに述べた。

 ブレイズも神の奇跡の術は、一度も見たことがないので答えようがない。


「見事な戦いぶりだ。マグリスの手の者には惜しいぐらいだ」

 ふと何処からか声がしたので、そちらを振り返るとトルバティス王国時代の鎧に身を包んだ長い白髭をたくわえた老人が立っていた。

 老人は青白く淡い光を伴っており、半透明のようである。


 ブレイズはマグリスという名前を知っていた。

 何故なら、初代教皇として著名な人物だからである。


「私はブレイズと申す。マグリスという名に聞き覚えはあるが、かの者の手下ではない。そも貴殿は何者ぞ?」

 ブレイズは少し古めかしい言葉使いで老人の名を聞いた。

 老人は

「道理でそのような鎧は初めて見た。わしはガルデンと申す」

 ガルデンと言われたので、ブレイズは驚きを隠せなかった。

 ガルデンは初代国王の名将で、神の奇跡の術を使い、教会設立の立役者として知られる人物でもある。

 しかし、そのガルデンが何故、マグリスに狙われなければならないのかが不思議でならない。


「貴殿は教会設立に尽力した筈。何故、初代教皇のマグリスに狙われるのだ?」

 ブレイズは質問せざるを得なかった。

 するとガルデンは不思議そうにブレイズに

「教会? 何のことだね? そんなものは露ほども知らぬ」

 ブレイズはガルデンが嘘を言っているとも思えないので、増々妙な気持ちになった。

 それ故ブレイズは、現状を詳しくガルデンに言った。

「成程・・・あれからそんなに経っているのか。既にトルバティス王国がないとは薄々、気づいていたがな・・・」

 ガルデンは神妙な面持ちでブレイズの話を聴き入った後にそう言った。

 そして、自身にまつわることを静かに語りだした。


 ガルデンとマグリスは、史書には親友とあるのだが実際は犬猿の仲であった。  マグリスは権力欲が強く、美貌で知られる自身の妹をトルバン一世の妃にして権勢を振るった。

 マグリス自身も神の奇跡の術を使えたのだが「戦場には出ずに金勘定ばかりしていた」とガルデンは言う。


 次第に賄賂などでトルバン一世の周辺も自分の派閥にしていくと、ガルデンだけは邪魔だったので、この辺の領土を統治するようにトルバン一世に上奏した。


 その後一年も経たずに、当時でも辺境であったこの地へ軍隊を差し向けられた。 この砦で最後の攻防戦が繰り広げられ、ガルデンは覚悟を決めて、この居間で息子二人と共に自決した。

 ちなみに息子二人とは、先ほど戦った死人であるとのことだった。


 教会設立についてであるが、史書では教会設立の五年後にガルバンが病死したとある。

 しかし、ガルデンがこの地で教会設立前に没しているとなると話は大分変ってくる。

 ガルデンは庶民の人気も高く、教会設立のメンバーとして名を連ねておきたかったのであろう。

 文字通り、死人に口なしである。


「確かに奴なら、わしの替え玉を使ってやりそうなことよ」

 ガルデンはそう言って笑った。

 だが、ガルデンの名は教会では現在でも神聖化され、教典にも多岐にわたって載っている。

 その全てが教会にとって都合が良いものがほとんどだ。


「そんなことよりも、もう、ここは荒らさねぇからよ。息子達に出てこないように言ってくれねぇかね?」

 バズは唐突に、そして無礼に言い放った。

 バズは教典なんか読んだことないし、トルバティス王国時代に関しての興味はない。


「それは問題ないであろう。息子達の神の奇跡の術は既に失われたからな」

 ガルデンは苦笑しながら、バズの無礼な問いに答えた。

「じゃあ、あの世とやらで宜しく言っておいてくれ」

 バズは、またもや無礼にそう言う。

 するとガルデンは、急に難しそうな顔になった。


「あの世とやらは、良くわからんもんでな。会えるかどうか・・・」

「冗談きついぜ。教会じゃあ英雄は皆、あの世で神さんと宜しくやっているって言うのによ」

「いや、本当にわからんのだ。正式に言えば、憶えていないというのが正しいかも知れん。寝ていて起きたら、夢なんぞ憶えていないのと同じだよ」

「おいおい。それじゃあ、何かい? 神さんと会ったことないのか?」

「会ったこともないし、声を聞いたことすらない」


 アンヘルを除いた三人は愕然とした。

 神の奇跡を持つ偉大な者が、さも当たり前のように神の声を聞いたことがないと言うのだ。


「しかし、初代教皇のマグリスは神の啓示を受けて教会を作ったと・・・」

 ブレイズがそう言うと

「嘘だろうな。あいつの技量はたかが知れていたし、そんな嘘をつくぐらいは造作もないことだろう。何せ、あいつは生来の詐欺師だ」

 ガルデンは、そう言って笑い飛ばした。

 この世に関係ない者なら笑えるかも知れないが、関係する者にとっては一大事である。

 特にこの事が世に広まったら教会の立場が危うくなる。


「それよりも、私が裏切り者とはどういうことなのでしょう? 気になって仕方がありません」

 困惑する三人を余所に、アンヘルがそうガルデンに問うた。

 アンヘルの浮世離れぶりはここでも好調なようだ。

「お前さんが魔術師だからだろう。元来、マグリスと魔術師達は因縁の間柄の筈だからな」

 そう言ってガルデンは魔術師たちの興りをアンヘルに説明しだした。


 マグリスは魔術師が嫌いであった。

 と言うのも、神の奇跡の術は先天的性なものに対し、魔術は後天性だからである。

 神の奇跡の術は時折、後天的に目覚める者もいるが、そのほとんどが生まれてから直に使えるものだ。


 一方の魔術は努力と才能次第ではあるが、誰にでも使える可能性がある。

 変なエリート意識を持つ神の奇跡の術を持つ者にとって、これは許しがたいことであった。

 だが、ガルデンとトルバン一世は違っていた。

 魔術師の一派を保護し、国に役立てようと思ったからである。

 そこでガルデンは、独自の組織を作ろうと魔術師の一派と語らい、トルバン一世に上奏した。

 それらの人々は「星霜の杖」と呼ばれ、古代文明時代の文書を調べ、様々な魔術を発見し、時には改良を加え、建国に大いに役立った。


 それ故に、魔術師がマグリス一派と結託することはまずなかった。

 トルバン一世は遺言で教会に潰されないように独立機関として、星霜の杖を認めることを記し、あの世へと旅立った。

 それ以来、五百年の年月に渡り、教会と星霜の杖の仲は良好と言えない状態が今でも続いている。

 アンヘルはグザヴィスが何故、愉快そうに教会の邪魔の手助けの仕方を教えたのかも理解出来たので満足であった。


「それではいいかな? わしもそろそろ眠い。荒らしても、もう起きることはないと思うが、あまり手荒にせんでくれ」

 ガルデンはそう言うと、ブレイズの他の問いかけを無視して消えてしまった。


「どちらにせよ、この事は他言無用だ。教会から暗殺者を仕向けられたくないのであればね」

 ブレイズは他の三人にそう言うと、三人も小さく頷いた。

 こんな事を今の段階で喧伝しても無駄であるし、命を狙われる可能性は確かにあるからだ。

 だが、アンヘルは少し奇妙な事を考えていた。


「何故、人は神とやらをそんなに信じたいんですかね?」

 三人はアンヘルのその質問に改まって面喰った。

 ブレイズはその答えとして

「答えは弱いものだからです。来世ではもっとマシになるだろう。現世でも信じていれば、明日はもっとマシになるだろう。そんな所でしょう」

 漠然とした答えを出してもらったアンヘルだが、やはり今一つ釈然としない様子である。


 四人は砦跡から出て、ヒューデン侯爵が待つバンクロス城にて死人殲滅の報告をした。

 侯爵は喜んで四人に免税つきの100ヴェロスを報奨金として渡した。


 こうしてブレイズも加わった初めての冒険は幕を閉じた。


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