第七話 猛禽、魔術師を求めて舞い降りる
ブレイズは、隊商の護衛をしながら小銭を稼ぎ、各地を流浪していた。
時折、北面でゴブリンの侵攻のことを聞くが、興味は持てなかった。
一兵卒からのし上がるにしても、途中で流れ矢にでも当たる可能性を考えるとあまり賢い選択と思えないからである。
だからといって隊商の護衛で日々を費やしても、ただ時間が過ぎていくだけだ。
「このままじゃ埒もあかない・・・流石にどうにかしないとな」
ブレイズは焦っていた。
幾ら才覚があっても己を認めてもらうにはそれなりのコネも必要だし、上り詰めるにしてもある程度の賄賂が必要だ。
隊商の護衛は基本的に日雇い労働者みたいなもんで、その日暮らしの向上心がない連中には丁度いいかも知れない。
ブレイズは野心の塊のような男でそれは致し方のないことである。
だからといって今更、頭を下げてエイドの息子夫婦に頼るのだけは御免だった。
それだけは死んでも出来ない。
己の誇りも許さないし、それ以上にエイドへの忠誠心がそれを妨げていた。
そんな折である。
不意に立ち寄った酒場に隊商の護衛仲間と入ったのだが、隣の席から妙な噂が聞こえてきた。
「なんでも、最近、妙な魔術師とやらが、ベルトルン伯爵がいる屋敷に出入りしているっていうじゃねぇか」
「その魔術師、凄い奴だって噂だな。子分にバズとクランクという、すげぇ連中を従えているってんだろ?」
「女みてぇなツラしているって言うが、役所の難題も簡単に片づけてしまうらしい。あの洞窟に巣食っていた化け物も退治したっていう話だ」
ブレイズはその魔術師に興味を持った。
「これは使えるかも知れない。一攫千金を餌に釣ってみる価値がありそうだ。問題は餌が何処にあるかだな・・・」
そう思って、酒場に出入りしている少し年増の娼婦に話しかけた。
そういう噂はそんな娼婦達がたまに耳にしているので、声をかける価値はある。
「ちょっと、いいかな? 幾らだい?」
「あら、こりゃまた可愛らしいハンサム君なこと。アンタだったら特別に安くしてもいいわよ。好みだしね」
「そりゃあ有難い。だが、まずは酒でもどうかね? 話はそれからでも遅くないじゃないか」
娼婦は若い伊達男に酒を奢ってもらい、上機嫌になった。
洗練されたブレイズは、このような女を虜にすることは以前いた街でよく学んでいた。
「君に聞きたいんだが・・・そのなんだ。君が面白い話を聞いたことあるんじゃないかと思ってね」
「面白い話って何さ?」
「良い儲け口というやつだよ。勿論、危険は承知の上での話だけどね」
「ああ、あの化け物を退治した魔術師みたいな感じなのかい? あの魔術師、噂しか聞いたことしかないわよ。聞いた事があるのは、伯爵にド偉いワインを売って一儲けしたとか言うやつだけさ」
「ま、そんな感じなやつかな。俺も一稼ぎしたいと丁度思っていたところなんだ」
「随分ご熱心なことね。けど、アンタみたいな可愛くて、若い子が死ぬなんてあたしは見たくないねぇ」
「そう言わないで頼むよ。お袋が親父のこさえた借金で苦しんでいるんだ。少しでも親孝行したいからさ」
勿論、大嘘なのだが、こういう話のほうが酒を飲ませている上では丁度よいのだ。
その方が相手の同情も誘えるし、話も早くすむ。
「そういうことだったのかい。わかったよ。アンタの見た目も気にいったし、教えるよ」
ほだされた年増の娼婦はそう言うと、耳打ちするようにブレイズに静かに話しだした。
ベルトルン伯爵の隣にあるヒューデン侯爵の領内において先頃、死人が生者を襲うという怪事件が起こっている。
既に村が二つほど滅ぼされており、村の周辺は封鎖されているとのことだった。 だが、封鎖したといっても完全ではなく時折、死人が流れ出てきて、旅商人などが襲われる被害が相次いでいるという。
ヒューデン侯爵は北面のゴブリン討伐隊の援軍を国王に約束しており、すぐにでも増援部隊を送りたい。
しかし、この事件の影響で増援を見送っている状態だというのである。
ヒューデン侯爵は国王のいとこにあたるのだが、仲は良好とは言えず「諸侯列席の行事においてもあまり会話をすることはなかった」と言われている。
その為、今回の増援派遣でもあまりに遅れると、侯爵の立場としても少し危うくなってくる。
「ヒューデン侯爵に借りを作り、且つ、顔を憶えてもらうには絶好の機会だ。これはものにしたい」
ブレイズはそう思いながら、今度は他愛もない娼婦の愚痴に付き合った。
このような女を抱くのは別に造作もないことだ。
だが後々、スネに傷をつけるほど価値はないので酔い潰してしまうのが良い。
上手く娼婦を酔い潰してしまうと、彼女の胸の谷間に一晩分の金を入れて酒場を後にした。
一方、アンヘルはというと、先頃のワインで儲けた金で買った古代史の文献を買い漁り、茶を飲みながら新たに発見された古代文字の一つであるオスタ語の解読に励んでいた。
オスタ語はバググ語に似ているが若干、文法が複雑で、バググ語以上に難解な言語であった。
その為、オスタ語で書かれた他の書物も必要なのだが、それらも大変貴重なものであり、アンヘルは困り果てていた。
オスタ語の資料には、例の作物についての記述は若干あったので「是非とも解読せねばならない」という焦りもある。
「ああ、また金の工面か。しかし、役場にも今のところ頼むようなことはないと言われるし、どうすれば良いのだろう・・・」
幸い、まだ二本ほどワインはあるが高価過ぎる代物なので、全部は引き取ってもらえなかった。
途方に暮れていると玄関のほうで扉を叩く音がした。
バズやクランク、警ら隊の連中なら遠慮なくズカズカ入り込んでくるので、それ以外ということになる。
玄関まで出て、扉を開けると見たこともない精悍な青年が笑みを湛えながら立っていた。
「何の御用ですか?」
アンヘルは訝しげにそう言うと男は
「魔術師殿がここにいると聞いたので訪ねてきた次第です。実は、相談事がございまして・・・」
男はそう言うと、さらに続けざまに
「私の名はブレイズと言います。先頃、隣の領内でおこった死人が人を襲う事件をご存じですか?」
「死人が人を襲う・・・?」
アンヘルは首をかしげた。
死霊操作術の一種にそのようなものはあるが、ほとんどが失われたもので、さらには禁忌の術として「魔術師の中でも使える者はまずいない」とされている。
「こんな所で立ち話でもなんですし、まずはお入りください」
アンヘルはブレイズと名乗った若者を家の中に入れた。
ブレイズは好青年ではあるが、その瞳の中には何か秘めたものを咄嗟に感じていた。
「で、私にどうしろというので?」
アンヘルはお茶を出しながらブレイズに問うてみた。
するとブレイズはこう切り出してきた。
「原因を追究し、死人を食い止めなければなりません。ですが、私は魔術の知識について皆無ですのでお力添えをと思い、ここに参った次第です」
「成程、そういう訳ですか。しかし、私も残念ながら、死霊操作の術の知識はあまりないのです。申し訳ありませんが・・・」
アンヘルが断ろうとするがブレイズは諦めきれない。
「この辺には貴方しか魔術師はいません。王都に寄ろうにも日数がかかり過ぎます。その間に犠牲者がどれくらい出るか分りません」
ブレイズの執拗な説得にアンヘルも困ったが、多額の報奨金も出るというので心が動く。
それに「禁忌の魔術の為に犠牲者が出る」というのも少し気が引ける。
「わかりました。私で良ければご助力致しましょう」
アンヘルは渋々ながら、引き受けることにした。
早速、バズとクランクに相談するべく使いの者をたて、家に呼び寄せる。
バズとクランクは最近1本しかないワインを売って遊び呆けていたが、流石に金に尽きてきたところだったので丁度良かった。
バズとクランクは、ブレイズを見ると
「なんだ? この若造は」
と、思わず声に出してしまった。
だが腰につけている宝剣は余りにも見事なものだったので直に黙った。
「早速だが隣のヒューデン侯爵領に向かい、死人を退治することになった。君たち二人も暇そうだし手助けしてくれないか?」
アンヘルがそう言うと、二人は顔を見合わせた。
「何だって死人が? ちゃんと死ぬんだろうな?」
クランクがそう言うと、バズも
「ぺしゃんこにしても動いていたら俺っちにもどうにもならないぜ。勝てる見込みはあるのか?」
と、クランクに同調するように言った。
アンヘルは涼しい顔で
「その点は大丈夫。通常の武具なら死人には効果は薄いが私が付与させるさ」
と言い、更に付け足すように
「ブレイズ殿の宝剣はどうやら魔剣のようだ。ブレイズ殿に我らは助力する形なので問題はない。それに・・・」
アンヘルは、少し言葉を濁らせてから、徐に言葉を続ける。
「それに私も直接攻撃の魔術を会得した。少し値は張ったがね。これで恐れることはないだろう」
それを聞くとバズとクランクは「それならば」と頷いた。
かくして四名はヒューデン侯爵領へと旅立った。
急ぎであったのでベルトルン伯爵に馬を借りた上にである。
ベルトルン伯爵に事の次第を言うと、馬を貸してくれたばかりか紹介状も書いてくれたので、簡単にヒューデン侯爵に会えることになったのは四名にとって、いやブレイズにとって有難いことであった。
ブレイズはチェインメイルにサーコートをつけ、如何にも勇壮な若武者、という出で立ちである。
ヒューデン侯爵は武人であり、伊達者との評判の人物で、平時でもそういった恰好を非常に好むと思われたからだ。
バズは愛用の大斧を小脇に抱え、部分的にプレートを巻いたような簡素な防具であった。
だがそれでも元山賊ながら、豪の者と呼ばれるだけある風貌だ。
バズはブレイズというこの若者に妙なライバル心を持っていた。
姿形や得物など、全て異なってはいる。
しかし何となくだが、人を見下しているような気がしてならない。
アンヘルとは違い「全てを自分の予定通りにしよう」とする魂胆が見え隠れして仕方ない。
牢役人時代にそういう輩が上司でおり、上に媚びへつらい、因縁つけて貧乏人に罪状を押し付けては微々たる金を賄賂として取り立てる男がいた。
どうもそれと同じような臭いが漂ってくる気がするのである。
ブレイズはそのような下卑た事はしないのだが、自分の思い通りに事を動かそうとする所は同じである。
一方、クランクはというと、特にブレイズには気にならなかった。
クランクはマイペース主義者であったし、元々、一匹狼の狩人でもあるので、しがらみなどはお構いなしなのである。
「足手まといにならなければいいじゃないか」
そう小声でバズに、ブレイズのことを言い聞かせていた。
それに大勢が相手となれば盾となる人間は多い方がやりやすい。
若造が自分達を利用するのと同様に、自分らも利用すれば良いのである。
ヒューデン侯爵が居城とするバンクロス城は、平山城と呼ばれるもので、二つの川を天然の堀として難攻不落を誇る城である。
城下町は整備されていて統治も行き届いている。
近くには鉄鉱石を産出する鉱山もあるので、辺境の割には人手も多い。
「早速、出向いて終わらせましょう。貴方方もその方が都合良い筈でしょうし」
まだ昼前ということもあって気兼ねなくブレイズは言ったのだが、バズは少し気に食わなかった。
「ヒューデンという侯爵さんが、どんな奴も知らないのにいきなりか?」
そうバズは、食ってかかって言った。
だがブレイズは
「こうしている間にも死人が旅人を襲っているかもしれません。それにヒューデン侯爵殿の人柄は良く知られております。問題はないでしょう」
涼しい顔でバズにそう意見した。
アンヘルはヒューデンの事は兎も角、旅人が襲われるという事態を打開した方が先決と思っていたので頷いた。
バズはまたも言いくるめられたような気がしたが、渋々アンヘルに同調することにして矛を収めた。
バンクロス城に四人が問題なく通されると早速、ヒューデン侯爵が謁見を許可した。
ベルトルン伯爵の紹介状が役に立ったのである。
ヒューデン侯爵とベルトルン伯爵の仲は良好で、性格は全く異なるものの「お互いがあまり現国王に好かれていない」という共通項があるからだ。
他の周囲の領地はほとんどが教会の荘園となっており、ヒューデン侯爵はそれらの治安を、ベルトルン伯爵は行政を、といった形で委任されている。
教会の荘園は本来、教会の私兵が治安や行政を行うのであるが、あまり出費をしたくない教会は国王を通して二人に命じさせていた。
その事がヒューデン候にとって屈辱でならなかった。
「なんで俺が教会の番兵みたいなマネをしなければならんのだ!」
気の知れた家臣には常にそう愚痴をこぼしていた。
戦場で活躍した武人としてはそういう想いが強く出てしまう。
しかも、荘園を治めている教会の地方官の司教が勝手に関所にある通行税を値上げしたので、領民の不満をベルトルン伯爵と共に中央に訴えたが、けんもほろろで簡単に断られてしまった。
齢を五十過ぎたヒューデン候には息子がおらず、娘が三人いて、嫁いだ先から娘が生んだ孫を養子としたのだが、十歳にも満たないので未だにヒューデン候が統治をしている。
その事で、中央の官僚や大臣は養子を正式に領主にし、ヒューデン候を隠居させ、自身らの言うことを良く聞く者を養子の家臣にさせようと画策しているのだが、ヒューデン候は頑なに拒んでいた。
「ベルトルン伯爵の紹介か。しかし、魔術師がこんな辺境にもいるとは思わなかった。死人どもをどうにか出来そうか?」
アンヘルはそれに答えようとしたが、ブレイズがそれを遮る形で
「ここにいるアンヘル殿は、幾多の難問に簡単に解決してきた実績がございます。必ずや、満足出来る結果になる、と存じます」
隣にいる若武者がいきなりそう答えたので、少しヒューデン候はムッとしたが腰につけた宝剣に見覚えがあったので、そっちに気をとられた。
「その剣には、見覚えがある。貴君のその宝剣は、どうやって手に入れたものかね?」
ヒューデン候のその問いにブレイズは
「これは我が恩師であるエイド様の忘れ形見です。私とって命よりも大事なもの故、肌身離さず着けている次第」
「エイド殿の? 君は、エイド殿の何かね?」
「申しおくれました。私はエイド様の元下男でしたが才を認められ、一書生として取り立てられた者でブレイズと申します」
ヒューデン候はエイドに見込まれたという言葉に疑ったが、エイドが簡単にその宝剣を手放す訳はなかったので、信じざるを得なかった。
それに本当にエイドが認めた人物ということであるなら、才覚は疑う余地もない。
「今回の騒ぎが片付いたら貴君を家臣に取り立てたいものだが、どうであろう?」
ヒューデン候のその申し入れに対し、ブレイズは
「如何せん、まだまだ未熟な者故、各地を流浪し、見分を広めている途中でございます。失礼とは存じますが何卒、その儀はご容赦ください」
と、そう言って断った。
無理強いをする訳にもいかないので、ヒューデン候は残念ながら諦めることにした。
ブレイズは国王とヒューデン候の仲がこじれていることを良く知っていて、ヒューデン候に顔を売ったとしても最初から家臣になるつもりはなかった。 ヒューデン候の家臣には古参の武辺者も多いし、万が一、反乱の疑いがかけられた時に自身に嫌でも火の粉が降りかかる。
ここは顔を売り「名声を高めるだけに留めておいたほうが無難」と思っていた。
ヒューデン候は早速歓待の用意をしようと言ったが、ブレイズは「その儀は死人の事件が解決してからでも遅くはない」と言った。
その事は結果的にヒューデン候を喜ばせる形となり、バズやクランクにも良質な武具や防具を用意させることにもなった。
四人は支度を終えると早速、現地へと向かった。
バズは思わぬ武具を貰ったので、上機嫌であった。
愛用していた大斧よりも業物であるその大斧は装飾も施されており、元山賊の親分が偉くなった気がするには充分であったからだ。
「お前さんのおかげでこんな有難ぇものまで、頂戴しちまったぜ。見ていろ。これで死人どもを俺っちがボッコボコにしてやるからよ」
バズは、ブレイズのことをすっかり見直した。現金なものである。
ブレイズは笑いながら
「貴方のほうが死人討伐の隊長のように見えますから、貴方が陣頭をとってください。私は副官として補佐しましょう」
と言うので、更にバズは上機嫌になった。
ブレイズは心中では
「元山賊の親玉とやらは煽ててやればこうも簡単に気を許すのか。でも、アンヘルはまだ疑っているらしいから、コイツをダシに使っていけばこれから仕事がしやすい」
と、内心ほくそ笑んでいた。
途中、見回りの警ら隊に出会ったので、アンヘルは死人について聞いてみた。
するとほとんどが白骨化しているのだが、見たことがない鎧を着けていると言う。
その形状や模様などを聞いていても、アンヘルには思い当たるフシがなかったが、何故かブレイズに思い当たるフシがあった。
「聞いてみると、どうやら古代文明時のものではなく、前王国時代のものらしい」
ブレイズがアンヘルにそう言うと、アンヘルは
「道理で私が分らない筈だ。前王国時代に関しては専門外だからね。けど、君は何故、そんな事も知っているんだい?」
「近代戦史については良く学んだからね。当然の事さ」
と、自慢げにブレイズは語った。
アンヘルは興味を持ち、現地に着く前の雑談として、ブレイズに前王国時代などについて聞いてみることにした。
前王国とは、トルバティス王国という名で二つに王国が分裂する以前に存在していた王国である。
治世は三百年に渡った。
晩年は飢饉やゴブリン族らの侵攻などもあったのだが、一番の原因は後継者問題であった。
建国者はトルバン一世といい、トルバティスとは「トルバンの」といった意味合いがある。
トルバン一世は「神の奇跡の術」というものも使えた人物だけでなく、武人としても常人を凌駕していて、瞬く間に無数にあった小国を滅ぼした一代で築いた英雄として知られる。
古代文明時代は前王国建国よりも三千年ほど前にまで遡るので、全くの別物である。
ちなみに、トルバン一世に貢献した者には神の奇跡の術を使えた者が多くおり、その時に教会が作られて今日に至る。
合計すると教会は五百年もの間、脈々と受け継がれているのだ。
当初は神の奇跡が使える者以外、高位にはならなかったのだが、百年程経ったときに当時の大司教が自分の縁者も高位の司教にしたいが為に、法律を改正させて術が使えぬ者でも高位の者になることが認められた。
トルバティス王国時代にも当然、幾度も内乱などによる危機はあった。
だが、幸いにもそれらは鎮圧され、三百年という長い統治が続いた。
その背景には「教会という存在も大きく貢献していた」と教会側は布教活動の折りに触れては喧伝している。
戦史についてはトルバティス王国時代から現在に至るものだけなので、ブレイズも当然、エイドから学ぶことになった。
エイドは独自の注釈も入れながらブレイズに教授し、その教えは全て、ブレイズの中に脈々と血となって受け継いでいる。
アンヘルはトルバティス王国時代における魔術師のことが知りたくてブレイズに質問した。
ブレイズは
「その点については不明瞭な事が多いようです。何分、史書があまり残されていない」
そうブレイズは言って苦笑した。
ブレイズのあまり興味のない話でもあるのだが事実、史書は少ないのである。
暫く進むと三体ほど白骨化した鎧武者に出くわした。
槍や鎧は錆びており、ほぼ使い物にならない状態であったが、それが不気味さに拍車をかける。
まずは牽制にと、クランクがひょうと矢を放つがあまり効いた様子はなかった。
「こいつぁいけねぇ。普通の矢じゃ効き目は薄いみたいだぜ」
クランクがそう言うと同時に、ブレイズは一番前にいる死者に対し宝剣を振るった。
一撃で屠るという訳にはいかなかったが、戦鎚を持っていた右腕をそぎ落としたので、更に大振りで横撫で斬りすると胸骨が砕け散り、動かなくなった。
「おう! アンヘルよ! あいつだけに手柄をとられちゃあ俺っちの名が廃る! はえぇ所、俺っちの得物にも魔法かけてくれ!」
そうバズが言うので、アンヘルは苦笑しながら簡易的な術式を使い、バズの大斧に魔法をかけた。
バズは水を得た魚の如く暴れ、残りの二体を潰してご機嫌となった。
「この前の化け物よりも簡単だな! 動きは遅ぇし取るに足らねぇ!」
と、バズが言うので、アンヘルは意地悪そうに
「魔法なしでやれば、やりがいが出ると思いますよ」
と言うので、それにはバズも笑いながら
「それは勘弁してくれ。第一、それじゃあブレイズさんが全部面倒しょっちまうじゃねぇか」
と、ブレイズを餌にして誤魔化した。
そんなやり取りをしながら出てくる死人を蹴散らしていくと、滅びた村の一つに辿りついた。
それと同時に
「おおい! 助けてくれ!! そこの人!」
と、大声で誰かが叫んだ。
見ると屋根や二階などに人がまばらにではあるが、取り残されていた。
幸い死人は上に行けないらしく、そこで雨露で凌いでいる生き残りの村人たちであった。
周りにはまだ死人たちがいたので、全て屠り、村人たちを助けた。
「ああ、助かった。このまま飢え死するか、と思っていたところだよ」
と村人たちは重ね重ね感謝した。
アンヘルは
「ところで、あの死人は何故、ここに来たか、ご存知ですか?」
と聞くと、村人の青年の一人が
「ああ、多分だけど、あの場所からだと思う。近くまでしか行ったことがないから分らないが、来た方向もそうだし、間違いはない筈だ」
と言うので、詳しく話を聞くことにした。
「原因は分らないままだけど」と断った上で、青年はその場所についての伝承を語りはじめた。
伝承によると以前、ここは古戦場であり、敵味方ともに葬られた場所がそこだと言う。
葬られた時期は分らないが前王国時代なのは間違いないらしい。
アンヘルはブレイズを見たが、ブレイズは静かに首を振った。
如何にブレイズが戦史を学んでいたとしても、知られていないものも多いし、地方の局地戦となると規模にもよるがでっちあげもある。
伝承には反乱を起こした当時の領主が討ち死し、死傷者の規模は数千単位に及ぶという。
だがその当時、この地でそのような兵の数を互いに動員出来たかどうかは疑わしい。
「後世に尾びれがついただけの可能性が高い」
とブレイズは言う。
「伝承については後々、調べることにして、まずは原因を追究し、終わらせば問題はないであろう」
ブレイズがそう言うと他の三人も尤もなことなので同意し、その場に行くことになった。