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第五話 魔術師、二人を伴い魔物を退治する

 ブレイズが旅立ち、コルムは洞窟で遊んでいた頃、アンヘルは酒場で知り合った一人の旅商人との会話が気になっていた。

会話の内容だが商人には古物商というものがあるらしく、古代の資料なども取り扱っているというのである。

ただ、全て希少価値が高いため、自ずと価格も高くなる。


 その為、金を稼がないといけないのだがアンヘルは渋々翻訳業に時間を費やしていた。

アンヘルは古代言語学をほぼ網羅しており、古代文字の翻訳にはうってつけだったのである。

問題なのはそれらが全てアンヘルにとってつらないものであった。

その内容とは物語や抒情詩、寓話などで文学をあまり解さないアンヘルにとっては苦痛でしかない。


「これで得たとしても微々たるものだ。どうすればもっと早く稼げるのだろう・・・」

 一か月もすると、そういう想いが日増しに強くなってくる。

いつぞやのパルシュ村の一件のような稼ぎがあれば、このような作業に没頭しないですむ。


「酒場でも行って聞いてみるか。駄目で元々だ」

 あまりにもくさくさしているので気分直しの意味合いを込めて、夕暮れ時に酒場へと向かった。

酒場には偶然にもバズとクランクがいた。


「よう。今を時めく翻訳作家様じゃねぇか。まどろっこしい恋愛話でも聞かせてくれるのかい?」

 クランクはそう言ってアンヘルを挨拶がてら茶化した。

「本の内容なんて一々憶えてなんていないよ。冗談じゃない」

 バズはそれを聞くと

「いっそ転職して吟遊詩人にでもなれるんじゃねぇか? 女にはモテるし言う事ねぇじゃねぇか」

 実際、既に年増の貴婦人達がアンヘルに翻訳を頼む時に、意味深な目線をアンヘルは感じていた。

だが、アンヘルはそれがどういう事か分らないので、全て無視している。


 まず彼には恋愛というものが全く理解出来ていないだけでなく「男女間は生殖行動においてのみだ」と最初から割り切っている。

 その為「生殖行動を望んでいなければやる意味がない」というのが彼の思考である。

 当然、こんな感覚では若いツバメのような事をして金をせびるなど考えつく筈がない。


 ましてや吟遊詩人なんぞは土台無理な話だ。

 彼はまず楽器に触ったことすらない。

 彼の音楽とは、鳥のさえずりと虫の声、川のせせらぎ等である。

 わざわざ自然が耳を楽しませてくれるのだから必要はない。


 「どうすれば手っ取り早く金を稼げるだろう?」

 アンヘルがバズとクランクに相談していると、酒場の女将であるダリアが近づいて来た。

 ダリアは一枚の手配書を出してこう述べた。

「稼ぎたいならこれがあるけど、アンタには出来るかい? 魔法があれば大丈夫だと思うけどね」

 手配書を見ると、どうやら穴倉にいる怪物退治というものであった。しかし、アンヘルは首をひねった。


「何故警ら隊の連中がやらないのです? 普段からあんなに威張っているんだから、これぐらいは仕事してもらわないと」

 そのアンヘルの質問にダリアだけでなく、周りにいた酒場の客たちは大笑いした。


「奇遇だね。私も同じ事をあの連中に言ってやったのさ。けど、連中が言うには剣や弓矢じゃ効かないっていうんだよ」

 そうダリアが言うと、クランクが茶々を入れた。

「お前さんなら、ドデカイ爆発とかの魔法で木端微塵に出来るんじゃねぇか? かなりの高額だし、これ以上の儲け口はねぇな」

 そう言われたアンヘルは、急に難しい表情を浮かべた。


 そして、つぶやくように

「・・・私は俗に言う攻撃系と呼ばれる、物質放射型の術式はあまり存じてないのです」

 すると、今度はバズが妙な表情で

「なんでぇ? その物質なんちゃらとか言うのは?」

 と質問してきたので、アンヘルは懇切、丁寧に一時間ほど演説をしたのだが、睡眠誘導の魔法をかけた訳ではないのに、二人は船をこぎだした。

 質問をしておいて酷い対応であるが、魔法を知らない者にとっては丁度良い睡眠薬でしかない。


 仕方ないので演説はやめて二人を起こすと、アンヘルは二人に手伝って欲しいと持ちかけた。

 二人は剣も弓矢も効かない相手に、どう戦って良いか検討もつかないので断ろうとすると、アンヘルは一時的にだが剣や弓矢で傷つける方法があるという。


 二人は悩んだが報酬は120ヴェロスとかなりの高額なので、渋々引き受けることにした。

 アンヘルは一言

「問題はお二人がどれほどの腕前か存じないので、お二人の技量次第ということになるんですが・・・」

 と正直に言った。

 

 するとまずはバズが

「おうおうおう! 俺っち様は自慢じゃねぇが、オーガーだってブッ倒したことある豪傑様だぞ! 見くびるんじゃねぇや!」

 と吠え、続いてクランクも

「俺だって飛んでいるカラスを一発で仕留めるぐらいの腕前があらぁな! 弓が効くんなら、怖ぇもんなんかねぇ!」

 と息巻いた。

 結果的にアンヘルに乗せられた形となり翌日、魔物と呼ばれる何かを退治することになった。


 アンヘルは念のため、女将のダリアに警ら隊から魔物の容姿などを聞いていないか、と訊ねると以下の事を告げられた。

 魔物は腕が四本あり、身長は高く三メートルほどで、異様な猿のようであるが目は四つあり、犬歯は鋭く、口から上下に四本飛び出している。

 全体的に黒い毛で覆われており、顔は黄緑色で、手には鋭い爪が三本あると言う。

 魔物はつがいらしく二体おり、子供と思われるのも三体ほどいるらしい。


 既に周辺の集落や街道では被害も出ており、人的被害は討伐に向かった警ら隊の一人が死亡しているだけだが、家畜や畑などは甚大な被害が出ているという。


「何だって今更そんな化け物が出てきたんだ?」

 クランクはそう呟くとダリアは

「あたしだって知らないよ。ただ、あの洞窟の近くじゃアンタみたいな狩人が随分、鹿とか狩っているからねぇ。餌でもなくなったんじゃないのかね?」

「俺のせいじゃねぇよ。あの一帯は俺の持ち場じゃねぇ。あそこは、よそ者には入らせてくれねぇからな」

 そう言ったクランクはダリアの答えに反論した。


 ただ、魔物の容貌を聞いた二人は、少し躊躇しだしたがアンヘルに行くと言った手前、今更やめるとは言えない。

 ただ、アンヘルは容貌を聞くと、すぐに分ったようで自信ありげに

「それでしたら、恐らくワリッジと呼ばれるものでしょう。確かに腕力は桁はずれていますが、頭は悪いので罠を仕掛けてやれば造作もない」

 と言ったので、二人はどうすれば良いかアンヘルに問い質した。


 ワリッジは嗅覚が鋭く、洞窟や迷宮などに巣食う魔法生物の一種で、その昔、類人猿のようなものを、掛け合わせたものだといわれる。

 そのような物を現代では作りだせないが、古代文献には時折、記されていた。


 罠の方法についてだが、ワリッジは腐肉が好物で夜行性の為、昼間に出かけて落とし穴を掘り、穴を隠した上で、そこに腐肉の臭いがついた毛布などを敷き、さらに腐肉を置いておけば罠にかかるとアンヘルは言う。

 「そんな事ならお安い御用」とクランクは酒場を出て、すぐさま知り合いの肉屋に出向き、腐っている肉がないかを聞きに行った。


 それなりに夜も更けてきたのにも関わらず、いきなり叩き起こされた肉屋の主人は、一体何事かとクランクに訊ねると「腐肉をよこせ」という。

「おい、いきなり何だってそんなものが必要なんだ。とうとうノミやシラミだけでなく蠅までペットにするってのか?」

 いきなり皮肉を言われたクランクは涼しい顔で

「いや、何。ちょいと必要なんだよ。明日の早朝までに仕入れておかねぇといけねぇからよ。それはそうとあるのか?」

「あるにはあるがよ。そこのゴミでも勝手に漁ってくれ。豚の頭とかで良ければな」

 肉屋の主人が吐き捨てるように言うと、クランクは早速ゴミを漁った後、寝床へと戻って行った。


 クランクはそのまま帰ると言い残して酒場を後にしたので、アンヘルとバズだけが残っていていた。

 バズはアンヘルに

「そういや、この辺には、古代からの未発掘の遺跡とやらがまだあるらしいんだがよ。お前さんなら、何か金目のものを見つけることが出来るんじゃねぇのか?」

 と酒も入っているのか、頻りに言ってくる。

 

 それにはアンヘルも仕方なく

「そんな事を言っても、内部の構造についてはわからないからね。魔法仕掛けの罠もあるだろうし、命がけな事は確かだよ」

 そう言って、何とかバズの一攫千金の夢に付き合うのに断っていた。

 ただ、アンヘルもその中に例の作物に関する文献があるかも知れないので、内心では気にはなっていた。


 その後、二人は明日、早朝に件の洞窟へと向かう為、酒場を後にする。

 アンヘルは帰路の途中、夜空を見上げながら、明日以降の事を考えながら歩いていた。

「確かに、このままでは埒があかないか・・・バズの言う事も尤もな事だが、何か良い案はないものだろうか?」


 夜空を見ていると、いつもアンヘルはある星を見る。

 クワ座と呼ばれる星座で、一番輝く星であるフェルドンだ。

 自分が小作人の倅であると老魔術師に聞いた際に、気になりだしてからというもの、夜に考える時は常にこの青白く光る星を見る。

 何故クワ座かといえば、農機具で重要な道具であるからなのだが、不思議とその星を見ていると、考えがまとまりそうな気がするのである。


 フェルドンを見上げていると、不意にある文献を思い出した。

 レストバルという人物が書いたとされる天文学の書である。

 アンヘルは占星術にはあまり興味はないので、天文に関する古代文献には、あまり詳しくはないが、それでも知識は人並み以上にある。


「確か、あの彗星はボネスの筈だ。ということは・・・」

 アンヘルはボネスに関しての記憶を甦らせていた。

 凶兆の彗星と呼ばれるその星は度々、大飢饉となる前に姿を現す。

 それが何時ごろ大飢饉となるかまでは分らないのだが、星の光具合から見て、三年前後という所であろうか。


「こうしてはいられない。早く見つけなければ大変な事になる」

 アンヘルは決心を固めた。魔術を戦いなどに使うのは、不本意ではあるが時間は待ってはくれないし、時間を止める魔術などは存在しないのである。


 翌朝、アンヘルは洞窟に向かう途中、バズとクランクに「今後は未発掘の遺跡を巡りたいので同行して欲しい」と頼んだ。

 すると二人とも「喜んで行く」というので、一先ず胸を撫で下ろした。

 しかし、まずはワリッジを倒すのが先決である。


 ワリッジがいると思われる洞窟に着くと、入口付近に急いで大きな穴を掘りだした。

 アンヘルはある魔術をバズとクランクが持つスコップにかけると、スコップは驚くほど軽くなったので、作業が思いの他、順調に進んだ。


「こんな便利な魔術があるなら、港の日雇い人足に丁度いいんじゃねぇのか?」

 バズがそう笑いながら言うとアンヘルは

「そうはいきません。この術は一日ぐらいもちますが、そう何度も使うのには、精神的な疲労も溜るのです」

 そう笑って答えた。


 運よく、大岩などを掘り起こすこともなかったので、夕暮れ前には落とし穴をこしらえることが出来た。

 穴の高さは三メートル以上あるので、簡単には出られない。

 バズやクランクが、幾ら百戦錬磨の元山賊といっても、ワリッジは非常に凶暴だし、アンヘルには傷を治すような術もない。


 三人は茂みに隠れ、日が完全に落ちるのを待つ。

 バズは得物である大斧を持ち、クランクは弓を小脇に抱えた。バズは大斧以外にも、背中に投擲用の手斧を三本ばかりさしている。


 三人が待ち続けていると、二体の奇妙な魔物が、洞窟から唸り声をあげながらゆっくりと出てきた。

 アンヘルの予想通り、ワリッジであった。

 流石にバズとクランクは、その異様な姿に固唾を飲んだ。

 バズは投擲用の手斧を握りしめ、クランクは弓を構えた。


 ワリッジは臭いに反応し、二体とも穴の方へ向かうと、一体が大きな音と共に穴へ落ちた。

 残念ながら、もう一体は寸での所で躱された。


「まずはあいつを狙え! 穴に落ちたのは、後で料理してやる!」

 クランクはそう叫ぶと、得意の速射を披露した。

 同時にバズは、剛腕から繰り出す勢いで手斧を投げる。

 二つの飛んで行く武器へ、アンヘルは簡易的な術式で魔法をかけた。

 矢と手斧は不意をつかれたワリッジに当ったが、ワリッジは手傷を負ったものの、怯む様子は無く、それどころか逆上してこちらへと向かってくる。


 「この化け物め! かかってきやがれ!」

 バズは大斧で立ち向かう。バズは二メートルを超えるような大男ではあるが、ワリッジに比べると小柄に見える。

 だが、大斧はその分、リーチを補ってくれる。

 

 しかし、相手は四本の腕を巧みに操り、バズの攻撃をかわした。

 更には逆上しているので、力任せに猛攻を仕掛けてくる。

 アンヘルは頃合いを見計らい、魔術を行使すると、不意にワリッジの動きが鈍重になった。

 バズは動きが遅くなったところを、空かさず大斧で低く水平に振ると、ワリッジの脚が体から離れた。

 そこにクランクは矢継ぎ早に、何度も速射し、さらに動きを封じると、バズの雄叫びと共に大斧がワリッジの頭を真っ二つにした。


 穴に落ちたワリッジは簡単に仕留めることが出来たのだが、バズは不満そうにアンヘルに

「もうちょい早く魔法使ってくれれば、もっと楽に殺せたのによ」

 と言うのでアンヘルは

「疲労増幅の術は相手がスタミナをある程度、消耗しないとあまり効果はないのです」

 と言った。


 あの頭が痛くなる上に、眠くなる魔術のような説法を聞くのは嫌なので、バズはそれ以上は言わない。

 ただ、アンヘルもこの機会に「不本意ではあるが直接攻撃出来る魔術を会得しなければならない」と痛感していた。


「この二体が、つがいであるとするならば子供がいる筈ですから、洞窟の内部に行きましょう。そうでないと解決したとは言えません」

 アンヘルがそう言うと、二人はあまり良い顔をしなかった。

 また被害が出ればその時は、別の者が退治すれば良いからである。

 「わざわざ危険を冒してまでやる必要はない」と言うのでアンヘルは更に一言加えた。

「洞窟の内部はひょっとしたら、遺跡につながっている可能性もあります。ワリッジはそういう遺跡にも、よく巣食っているからです」

 と言ったので、それならばと二人は納得した。


 アンヘルは簡単な術式で魔法を唱えると、淡い光の球が出来た。

 その球体は先導するかのように、前へ移動する。

 クランクは弓が使えない可能性が高いので、念のために持ってきた鉈を得物にした。

 洞窟は広いと言えど、安易に飛び道具を使用するのは、誤射の可能性もあるからだ。


 暫く歩くとアンヘルが言った通り、五体の子供のワリッジがいた。

 子供と言えど人間の大人ぐらいの背丈はあり、少し梃子摺ったが屠ることが出来た。

「感謝してもらいてぇな。このままにしていたら、被害なんて今よりも数倍あったろうぜ」

 クランクがそう言うとバズは

「報奨金の上乗せしてくれりゃあ有難いが連中はどうせ「頼んでもいない」とかぬかすからな。タダ働きも良い所だ」

 と不満そうに呟く。アンヘルもそれには素直に頷いた。

 

 更に奥へ進んで行くと、次第に今度は人が手を加えたような壁になって来た。

 アンヘルは壁にうっすらと書かれた文字を発見し、良く見てみるとペネク文字と呼ばれる古代文字の一つだった。

 ペネク文字が使用されていたと推測されるのは約二万年前後と言われており、古代文明時代からしたら比較的新しいほうである。

 

 古代文明の歴史は古代史の史書しか判明出来ないというのもあるが、それ以上に神話なども入り混じっているので、あらゆる意味で特定が難しい。

 現代のような機器がある訳ではないし、死者を呼び起こして聞くような降霊術も、存在するかどうか不明である。


  時折、アンデッドと呼ばれる存在は稀にいるが、そのほとんどは知能がなく、人としての頭脳はまず機能していないことが多い。

 また前述したように史書と呼ばれているものにも、明らかに矛盾に満ちたものが存在する以上、どの史書に辻褄を合わせるかでも難航するのである。


 古代文明の歴史は十万年以上と言われ、滅びた原因や年号については、はっきりしていない。

 ただ、教会の言い分では「神の怒りによって傲慢な古代人の文明が滅びた」とされているだけである。


「十万年という年月に渡って存在していたのに、神という存在がいきなり理由が解らぬまま怒ったというだけで、簡単に滅びたとでも言うのか?」

 アンヘルは常にそんな疑問を持っている。


 それは老魔術師の影響もあるだろうが、それだけではない。

 故に老魔術師の後釜として古代史研究にも没頭したい気持ちは、老魔術師への感謝もあるが、その矛盾点を明らかにしたいという探究心の表れでもある。


 現代でも、つい最近の歴史において、国家による事情などが入り混じると複雑になる。

 それと同じように教会という存在は、古代史研究を追求しようとする者にとって、厄介な存在となっている。


 ペネク文字は多少風化していたが思いの外、読める部分が多かったので、解読出来ることが出来た。

 記述によると、どうやらここは地下倉庫であったようだ。

 アンヘルは少し残念なような気がしたが、それでも手がかりがあると思い、二人を先導して進むことにした。

 途中、罠がある可能性もあるが、ワリッジの糞が所々にあるので、罠の心配は薄そうである。

 問題は、まだワリッジのような魔物が、巣食っているかどうかであった。


 さらに進んで、洞窟から鍾乳石が消え、完全に人の手が加えられたような構造になると三人は不思議な感覚に陥った。

 アンヘルはペネク文字の存在を知っているので余計である。

 二万年前の地下遺跡が、整然とその当時の面影を保っているのだ。

 やや風化した場所はあるが、これも古代文明の魔法の力による名残かもしれない。


 ほとんどの木の扉は朽ち果てていた。

 部屋の内部は恐らく以前は家具や樽、木箱といった物が散在していた。

 しかし、ある一つの木の扉は出来た当初と同じように、静かに来訪者を待っていた。


「ここには、重要なものがあると見受けられます。早速開けてみましょう」

 アンヘルがそう言うと、クランクは念のために罠を調べた。

 クランクは盗賊をしていたこともあり、罠や鍵の知識も豊富だ。

 だが、クランクは罠がないのがわかったものの、鍵穴がないのに扉は開かないので、不審がるだけである。


「おい。魔術師さんよ。こりゃあ、俺には無理だ。どうも普通の鍵じゃないらしい」

 そうクランクがぼやくので、アンヘルは簡単な術式で開錠の魔法を木の扉にかける。すると木の扉は静かに開いた。


 中にはワインセラーとなっており、ほとんどは瓶が壊れて空だったものの、13本が無事であった。

 試しに飲んでみるとバズは言い出し、無理やりワインを開けると信じられないような美味であった。

 その様子にクランクも「俺にもよこせ」とバズから取り上げラッパ飲みすると、クランクも幸福感で一杯になる。

 冷静なアンヘルは「残りが12本だから一人4本ずつで分けましょう」と言ったので、二人もそれに従った。


 続いてアンヘルは

「あまり飲まないほうがいいですよ。後で絶対に後悔しますから」

 と言うと、バズは

「てやんでぇ! こんな美味い酒を、誰が他人に分けてなんかやるもんか!」

 と言い、クランクもまた

「たりめぇだ! こんな美味い酒なんぞ、独り占め出来れば本望だ!」

 と言うので、アンヘルは苦笑して頷いた。


 アンヘルはラベルにギヌス産とあったのに気づいていた。

 古代文学の抒情詩に、ギヌス産のワインが書かれていた。

 記憶によると「幻の銘酒」と書かれていたので、もしやと思い、とっておくことを選んだ。

 この事がどうでるかは、後に判明することである。


 三人はさらに探索を続けると、不意に何処からか物音がした。

 慎重に歩みを進めて行くと、光の球に気づいたのか突然、若い女のような叫び声が辺りを木霊した。

 普通に考えれば、こんな所に人間の女がいるのは不自然である。

 急いで駆け付けてみると、全裸の女のようなものが丁度、水たまりの中へと入っていこうとしていたので、クランクは急ぎ矢をつがえて放った。

 矢はかすったものの、手傷を負わせたようであったが、女と思えるそれは水の奥底へと消えていったようである。


「見た所、魔物のようには見えませんでしたが・・・」

 アンヘルはそう呟くとクランクは

「どう見ても化け物が女に化けて、たらしこんで食うに決まっているじゃねぇか」

 と言う。

 それにバズは

「しかし、妙だな。それなら、あんな小便くせぇ小娘じゃなくて、すげぇ美女が相場ってもんじゃねぇか?」

 クランクは、そのバズの一言に笑って

「それじゃあ、あまりにも怪しいじゃねぇか。油断させるなら無垢な小娘を装うほうが、らしいってもんじゃねぇのかね?」

 と、そう言い返した。しかし、クランク自身も少し半信半疑であった。


 残りの場所を探索してみると、とても高価なものはないし、水たまりに思えた場所は意外に深そうで、潜ることは無理に思えた。

 三人は「これなら普通の女であるわけがない」と思い、クランクは出任せから言った自分の一言に自信を持った。


 アンヘルは水中で呼吸する術は知らないので、三人は引き返し、まずは役所へと向かった。

 いつもの横柄な警ら隊長が出迎えるたが、アンヘルのことは既に知っていたし、バズがワリッジの二つの首を袋から取り出したので、その場で税金を引いた90ヴェロスを支払った。

 三人は満足し、その時は満足そうに帰路についた。


 後日、三人は酒場でその時のことをネタに酒を交えて歓談した。

 アンヘルは二人がワインをどうしたのか気になっていたので聞いてみると、二人は一本だけは残してあとは全部、一人で飲んでしまったという。


 アンヘルはそれを聞くと笑って

「そうですか。実はあれは古代の銘酒でしてね。ベルトルン伯爵に持って行ったら大層喜んでくれて一本、100ヴェロスで引き取ってもらえましたよ」

 と言った。

 二人は地団太踏んで悔しがったが後の祭りであった。


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