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第二十八話 魔術師、じゃじゃ馬と再会する


 さて、渦中にあるデリックの村ではあるが、至って平和そうである。

 だが、その平和そうな雰囲気もバズがブチ壊してしまったので、少し緊張状態となってしまっていた。

 意外と子供好きなバズではあるが、怒鳴り声が怖いので当然、子供たちは寄ってくる気配もない。

 

 フェデルはその空気を察したので、得体の知れない四人を仮の住居へと案内した。

 そこでフェデルをはじめとする元山賊である守備隊の現状を話すつもりだからである。

 狭苦しい小屋ではあるが、雨露させしのげれば充分と考えるフェデルにとっては、それだけで有難いものなのだ。

 

「守備隊の隊長さんの割にはあまり合ってねぇようだがねぇ」

 

 クランクは小屋に入るなり、そうぼやいた。

 

「クランクよ。相変わらず、てめぇの口は悪いな」

「だって、そうじゃねぇか。おやっさん。村の連中も有難がって、もう少しマシな家を寄越せばいいのによ」

「そう言うな。俺が『これで構わない』って言ったんだし」

「相変わらず人が良すぎるぜ。フェデルのおやっさんはよ」

「そんな事はどうでもいい。で、そこのあんちゃんとお嬢ちゃんは本当に何者なんだ?」

 

 フェデルはブレイズとアンヘルをまじまじと見ながらそう言った。

 男だと紹介されたのにも関わらず、アンヘルは未だに「お嬢ちゃん」である。

 

「我が名はブレイズ、そして隣の者がアンヘルと申します」

 

 ブレイズが一応、うやうやしく礼をした。

 バズやクランクも「どうにか利用しよう」としているブレイズなので、二人が尊敬している人物に尊大な態度はとりたくないからである。

 フェデルはというと「このような若者が何故、一緒にいるのだろう?」といぶかしがった。

 それ故、フェデルはブレイズに質問を投げかけてきたのだ。

 

「君は何故、一緒にいるのかね?」

「はい。実の所、武者修行の最中というだけです。何分、まだ若く世間のことに疎いものですから」

「本当にそれだけかね? 手を見れば分かるが、剣も相当な手練れと思えるが……」

「何故、そんな事が分かるのです?」

「その剣は鞘だけでも見事なものだ。だが、隠していないところを見ると腕に自信がある証拠であろう」

「あっ!?」

「それに手も随分とタコが出来ている。一介の書生には似つかわしくないようなものだ」

「流石はご慧眼けいがん。恐れ入りました」

「この爺もそれなりに無駄に齢はとっておらん。実はヒューデン候の誘いを足蹴あしげにした若者の噂を耳にしている」

「足蹴にしたつもりはありませんが……」

「まぁ、そう言うな。世間の噂なんてものは、大方尾ひれがつくものよ」

「それ程、大した事ではないのです。私は戦史に関して研究をしておりまして、行く先々で過去の戦術を学んでいる次第」

「ふぅむ…確かに地形も分らずに机上の空論で戦さを論じる程、馬鹿なことはねぇからな」

 

 フェデルは白く短いあご髭をさすりながら、今度はアンヘルの顔を見た。

 アンヘルの噂はというと、ブレイズ以上に眉唾ものである。

 中には「ドラゴンが化けて美女になっている」とかいう噂まである始末だ。

 

アンヘルが魔術師とすると、その渦中の人物である筈だが、何せまだ少女のような顔立ちなので判断に困る。

 しかも、門前での応対をみると「魔術師っていうのは変わった連中が多い」という話も素直に頷けるのだ。

 黙ったままでも仕方ないので、フェデルはまずこの村へ来た経緯を聞くことにした。

 

「アンヘルさんって言ったかい? お前さん。何でこんな物騒で辺鄙へんぴな村へ来たのかね?」

「呼ばれたからですよ。コルムという女性から手紙を貰いまして」

「何? コルム?」

「はい。何でも『ゲドルズ将軍の生まれ変わり』という評判の女性らしいのですが……」

「しかし、何でまたコルムの嬢ちゃんが君らにわざわざ手紙なんぞ……」

「それは以前、山賊が陣取っていた砦付近に洞窟があり、そこに遺跡があるとのこと。その調査に参りました」

「ふぅむ……そういうことか」

 

 フェデルもその洞窟のことは知っている。

 何故なら、フェデル自身が教会の荷車をそこへ隠すように手配したからだ。

 後々、荷馬車を使おうと思っていたのだが、これで目論みが外れたとなると少し歯がゆい。

 問題は自分達のことを「コルムがどこまで勘付いているか」ということである。

 だが、勘付いているのであれば魔術師ではなく、まずはデリックやガドウィンに相談するであろう。

 そう思い、その事は不問にすることにした。

 

「そのコルムの嬢ちゃんのことだがね。夕方頃には放牧から戻ってくるであろうよ」

「どのような女性なのですか? コルムという方は」

「どのような……ううむ。改めて聞かれると返答に困るな……」

 

 アンヘルの問いにフェデルの表情が曇る。

 顔立ちは男のアンヘルの方がよっぽど美人であろうし、別に教養がある訳でもない。

 確かに怒ると手がつけようのない暴れん坊であるが、バズと一緒くたにするのも少し気が引ける。

 戦いぶり以外、何処にでもいそうな平凡な田舎娘としか言い様がないのだ。

 

「そうだなぁ……。変わった鳥を飼っているよ。九官鳥とかいう人の言葉をしゃべる鳥だ」

「そのことであれば、ベルトルン伯爵から聞き及んでおります。何でも悪口雑言が過ぎるとか」

「そうだ。そいつの方がどうしても印象強いから、コルムの嬢ちゃんを何と言えば良いかわからねぇんだ」

 

 フェデルは苦笑しながら、そう言って誤魔化した。

 事実、あまりコルムとは話したことはないし、自分から話しかけるような事柄もなかったからである。

 それにコルムと親しくするのはフェデル自身、気が引けるということもあった。

 ゲルシダ達が山賊討伐の名目で襲来してこなければ、自身がコルムと戦う羽目になっていたからである。

 

「あ、そうそう。アンヘルさんよ。ここだけの話、俺らが元山賊ってことは村の連中に黙っておいて欲しいんだが」

「何故です?」

「そりゃあ、元山賊だって知れたら、村から何か物が無くなった時に『俺らが盗った』とか思われるからだ」

「そういうものですか? 私はバズやクランクを帯同していますが、そのような事を一度も思ったことありません」

「本当に魔術師ってのは世間知らずだな」

 

 フェデルが思わず笑うと、クランクが割って入ってきた。

 

「金貨一枚くすねて変な魔法でもかけられたんじゃあ割に合わないですわ。当然でしょう」

「そいつぁ違いねぇ。ハハハハ」

 

 フェデルは大笑いしながら「何故、バズとクランクはこの魔術師と一緒にいるのだろう?」と考えた。

 おそらくこの魔術師が金の成る木なのであろうが、それ以外にも何かありそうな気がしたのだ。

 大体、この二人はそこまで金にがめついという程ではない。

 日銭さえ稼げればそれで満足する性分だし、気にいらなければあっさりとやめてしまうのである。

 下手すれば、気にいらない奴を殺して蓄電だってしかねない奴らでもあるのだ。

それ以上にブレイズという「ヒューデン候の誘いを断った若武者」までいるのである。

何らかの理由がなければ、この三人を帯同させることは不可能な筈と思い、今度はフェデルがアンヘルに質問をしてきた。


「で、アンヘルさんとやら、お前さんは何でまた、方々(ほうぼう)をうろついているんだい?」

「いや『何で』と言われましても……」

「隠すようなことかい? もしそうなら、そいつぁ解せねぇなぁ……」

「どうしてです?」

「ブレイズのあんちゃんもそうだが、バズとクランクがいる理由がわからねぇ」

「そんな事を言われましても……」

 

 アンヘルは返答に困った。確かに言われてみると皆目見当がつかない。

 自分なりに納得がいく答えを導き出そうとするが、どうにも浮かんでこないのである。

 当初は金に釣られて道中を供にしていた筈だが、最近では特にそういうこともない。

 

 そしてブレイズである。彼もまた金目当てという訳ではない。

 大体、武者修行で一緒にいるということだが、それだけならアンヘルと一緒にいるよりも、他に良い方法がありそうなものである。

 戦史研究という部分において「一緒にいる利点がある」とだけ聞いてはいる。

「しかし、本当にそれだけであろうか?」とアンヘル自身、偶に疑念に思う事も少なからずあるのだ。

 

 アンヘルが眉間に皺を寄せて悩んでいると、突然ふって湧いたように大声で笑い声が木霊した。

 見るとバズとクランクが大声でゲラゲラ笑っているではないか。

 

「何がおかしいんです?」

 

 アンヘルがそう二人に聞くと、まずはバズが切り出した。

 

「だって、そうじゃねぇか! やたら小難しいことをベラベラしゃべるお前さんが、こんな事で糞が詰まったような顔をしていやがる」

 

 続け様にクランクもまた

 

「全くだ! まるで便秘で毎日、便所で悪戦苦闘しているヒステリー女みてぇだぜ!」

 

 全く酷い言い様である。

 そして、それに対し答えが導き出せないというもどかしさも相まって、アンヘルの顔が熟れた林檎のように赤く染まっていく。

 何といっても「感情むき出しの女」と一緒くたにされたのが、非常に不愉快だからである。

 

 その情景を見て、フェデルはふとある事を思い出した。

 山賊をやっていた際にバズとクランクには弟分といえる者がいたのである。

 その者は純朴で、見た目はお世辞にも二枚目とは言えないが何処となく愛嬌があった。

 そして、よく同じようにその弟分をからかっていたのである。

 その弟分は既にこの世にはなく、戦いの最中に戦死していた。

 

「成程、そういうことかい」

 

 フェデルはそう呟いた。

 フェデルもその光景をよく見ていたので、少し懐かしい気分になった。

 

 アンヘルの頬が餅のようにどんどん膨らむが、バズとクランクの嘲笑は止むことがない。

 何故なら、幾ら嘲笑しようが、こういう時は全く魔法をアンヘルは使わないからである。

 こういう時に魔法を使うことをアンヘルは嫌っていたし、精神が乱された状態で魔法を使うことは危険だと認識しているからである。

 

 そして、フェデルがバズとクランクを止めようとした矢先、不意に玄関の扉が開いた。

 そこには今のアンヘルよりは薄いが、赤い頬をした少女が息を切らしながら立っていた。

 少女は鬼気迫るような表情を浮かべ、額には珠のような季節外れの大粒の汗が光っている。

 

「どうしました? そんな『さかりのついた犬』のような息をして」

 

 あろう事か、アンヘルの口からいきなりとんでもない言葉が出た。

 玄関にいる女性がコルムだと思ったからである。

アンヘルにとって、これは全く悪気がない。

 バズやクランクは息を切らして入ってくる者がやって来ると、誰彼構わず同じことを言うのである。

 アンヘルは何時の間にか同じことを言うようになっていただけなのだ。

 そしてその瞬間、少女の顔がアンヘルよりも赤くなった。

 

「誰がさかりのついた犬だ! この野郎!!!」

 

 この小屋だけでなく、辺りに怒号が響き渡った。

 討伐隊を震え上がらせた、あの怒号である。

 

「待望の魔術師が来訪した」と聞いて全速力で牧場から走って来たらいきなり「さかりのついた犬」と言われたのだ。

 それで思わずコルムは、つい神の奇跡の術の一つである獅子の咆哮をあげてしまったのである。

 

 コルムの放った怒号は、先ほどから馬鹿笑いしていたバズとクランクも黙らせるには充分であった。

 バズやクランクもそうだが「さかりのついた犬」といきなり失礼極まりない発言をした汚いローブ姿の女や、身なりの整った目元が涼しい好青年、そしてフェデルも呆気にとられている。

 

「あ……ご、ごめんなさい!!」

 

 暫く静寂が続いたが、今度は顔が真っ赤になったままコルムは深々と頭を下げた。

 失礼な事を言った汚いローブ姿の女はキョトンとしたままである。

 いきなりとんでもない怒号を浴びせられた後、今度は平謝りである。

 

「本当に女という生き物は訳が分からぬ……」

 

 アンヘルはそう小さく呟くもコルムの耳には幸い入らなかった。

 他の者は耳鳴りでそれどころじゃない。

 

「あ、あの。貴方がアンヘルさんですよね?」

 

 コルムは唐突に汚いローブ姿の者に質問した。

 彼女はその者がアンヘルだと確信したのである。

 容姿は綺麗な女性のようだが「あまりにも常識外れだからね」とエイリンから聞いていたからだ。

 

「如何にもそうですが……先ほどのは一体?」

「ああ! ごめんなさい! 忘れて下さい!」

 

 今度は今起きた出来事を「忘れろ」という。

増々アンヘルには意味が分らない。

 だが、考えたところで相手は女だから深く考えないことにした。

 いくら考えたところで、情緒不安定な女という生物に対し、答えがないのは既に存じているからである。

 

「君がコルムさんですね? それで私を呼んだ理由ですが……」

「はい。古代文明の時代の洞窟遺跡があるんです。そこにご案内しようと思いまして……」

「いやぁ、有難い。古代文明の時代の遺跡なんてものはゴロゴロ転がっているものじゃないですしね」

「よ…喜んで頂けて何よりです………ん?」

「どうしました?」

 

 何故だか分らないが、コルムは何処かで見覚えのある顔と思い、アンヘルの顔をまじまじと見つめた。

 アンヘルだけじゃない。目つきの悪い痩せた中年男や頭が薄い大男にも見覚えがある。

 

「何処だったっけ? 何処かで見たような顔なんだよな……」

 

 コルムが悩んでいると不意にブレイズがコルムに話しかけた。

 またアンヘルが「さかりのついた犬」と言いだしかねないからである。

 そこで誤魔化す為に、自己紹介がてらコルムを探ることにしたのだ。

 

「これは失敬。私はブレイズと申します。ここにいる二人は大柄の者はバズ、そしてこちらの者はクランクです」

「え? ああ?」

「我らが同行して来たのに疑問があったのでしょう?」

「え? ええ。そ、そうです」

「私は武者修行のかたわら。そして、この二人はフェデル殿と共に各地を転戦していた傭兵を生業としている者達です」

 

 その後もブレイズは流暢にコルムに様々な事を話した。

 半分は本当のこと、そして半分は嘘である。

 それはバズやクランクが元山賊ということを隠蔽するためでもあった。

 そして、聴き入るコルムを余所よそにバズとクランクはブレイズを見ている。

 

「よくもまぁ、あんな出任せまで ズケズケと並べられるものだ」

 

 と、半分は呆れ、半分は感心していた。

 だが、自分達が元山賊であることがバレたらフェデルの立場もないので、ここは一つ感謝してブレイズに感謝した。

 

「私としたことが随分と長話をしてしまいました。もうすぐ夕暮れ時ですから、ここは明朝向かうということでいかがでしょう?」

 

 ブレイズはそう言ってアンヘルを促した。

 アンヘルとしては直にでも行きたいが、道案内のコルムがいなければ行くことも出来ない。

 

「それでしたら宿を任して下さい。村長のガドウィンさんに話してみます」

 

 コルムは笑顔でそう言うと、そそくさと小屋から出て行った。

 

「やれやれ。これで問題ないと思いますが……」

 

 ブレイズは少し溜息をついてからフェデルに話しかけた。

 バズやクランクよりもフェデルに恩を売った形の方が、後々やりやすいと思ったからである。

 

「いやはや。お見事ですな。君には剣の他にも特技があるようだ」

 

 フェデルは笑いながらブレイズの顔を眺めた。

 しかし、瞳の奥からは笑っていなかった。

 増々「こいつはタダ者じゃない。気をつけねばならん」と思ったからである。

 

 暫くしてコルムが戻ってくると、フェデル以外の四人はガドウィンの屋敷へと案内された。

 質素ではあるが、村長の屋敷とだけあって広さは申し分ない。

 当初、ガドウィンは「魔術師を泊める」と聞いて躊躇したが、コルムの願いを断る訳にはいかなかった。

 そこでガドウィンは「村をあげて宴を開きたい」と言って、歓迎するふりをし、アンヘルらを見定めることにした。

 

 そこには村一番の豪の者であるエラプトやフェデルもいた。

 更にデリックとコルムも当然、呼ばれたのである。

 デリックは「魔術師が来る」と聞いて「何か発明のきっかけになる話が聞けるかもしれない」と期待に胸を膨らませていた。

 

 宴が始まるとやはり皆の注目は俄然、アンヘルに集まった。

 村で初めて魔術師がやって来た訳であるから当然である。

 そして、余興で魔術を披露すると思われていた。

 

 だが、一向にアンヘルが「お礼に魔術を披露しましょう」なんてことは言わない。

 アンヘルには「魔術は見世物じゃない」という信念もある。

 大体、宴の席を設けられたこと自体、面倒でしかない。

「明け方に出発したい」という思惑もあり、酒は一切飲まず、ただ興味のない話題につき合うだけである。

 すると一人の村の若者が不意にアンヘルの前に出てきた。

 

「本当に貴方は魔術師なんですかい? 『騙りだから披露出来ない』って素直に言ったらどうなんですかね?」

 

 若者は酒に酔い、気が大きくなったらしく不躾にこう言い放った。

 しかし、アンヘルは動じずに出された料理を食べるだけである。

 

「おい! 聞いているのか!? アンタもどうせ騙りなんだろ!」

 

 若者の友人らが若者を抑えようとするが、若者はアンヘルの態度が気にいらない。

 そして、宴の主催であるガドウィンはムスッとしながらも、その状況を見ているだけである。

 ガドウィンもアンヘルが魔術師だということに甚だ疑問があるからだ。

 

「見世物が見たいのなら、街にでも行って見てくれば良いでしょう。何で私がそのようなことを?」

 

 仕方ないのでアンヘルはぶっきらぼうに若者に言い返した。

 ただでさえ面倒なのに、酔っ払いに絡まれるなんぞ真っ平である。

 

「ふざんけんじゃねぇ! タダ飯を喰らうしか取り柄がねぇだけだろ!?」

 

 若者の語気は荒く、酔いも手伝って手がつけられない状態である。

 アンヘルも面倒と思ったらしく、不本意ながら呪文を囁くように唱えた。

 そして、溜息混じりで若者にこう述べた。

 

「ならば試しに私を殴ってごらんなさい。尤も当たる筈もありませんが……」

 

 若者は「面白ぇ!」と叫んだ後、アンヘルに近寄ろうとするが、転倒してしまった。

 近寄ろうにも立っては転び、転んでは立つの繰り返しである。

 周りは「酔いが回ったのであろう」と思ったが、若者は違った。

 左程酔っていないにも関わらず立てないのである。

 

「どうしました? まぁ、貴方は一生そのまま立てないことになりましたがね。残りの人生はこれを教訓に生きていきなさい」

 

 無慈悲にアンヘルは言い放つと、静かにまた料理に手を伸ばした。

 返ってその動作が若者に恐怖心を煽る形となった。

 

「た……助けて! お願いです! 謝ります!」

「貴方が『どうしても見たい』というから見せたんですよ? 貴方が立てるようになったら証明出来ないでしょう?」

「そう言わず助けて下さい! もう十分、分りましたから……」

「全く我儘で騒々しい人だ。今度は喋れないようにすれば宜しいか?」

 

 そうアンヘルが言い放つと若者は号泣してしまった。

 一目もはばからずワンワンと泣き出してしまったので、アンヘルは面倒くさそうに呪文を唱えた。

 そして、徐に若者に諭すように述べた。

 

「これでいいでしょう。一応、立てるようになりました。また懲りずに魔術を見たくなったら何時でもいらっしゃい」

 

 そう言われたので若者は顔をくしゃくしゃになりながら立とうとすると、今度は転ぶことはなかった。

 これ以降、この若者だけでなく村のほとんどの者は「魔術を見せろ」と言わなくなったのである。

 

 後日、ブレイズがアンヘルにその魔術のことを聞くと、アンヘルは笑いながら

 

「あれは酔いの効果を増幅させただけですよ。その後は全部ただの脅しです。人というものは未知なものであればあるほど、勝手に思い込むものですので」

 


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