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第二十七話 魔術師、渦中の村へと誘われる

 一方の手紙を出したコルムであったが、今では平和となった村でワヴェングと共に呑気に草笛を鳴らしながら家畜たちと歩き回る毎日だ。

 ただ、平和になった今でもフェデルらが駐屯している現状は変わってはいない。

 というのも、王都での裁判で未だにこの村周辺における案件が係争中だからである。

 

 その裁判は更に面倒な事になっていた。

 ラージム枢機卿と不仲になり、別の派閥を構築しているドフォルズの一派が介入しているからである。

 ドフォルズ派閥の連中は、別にベルトルン伯爵と仲がとりわけ良いとは言えないが、ラージム枢機卿の足を引っ張るために介入している。

 サトスガンがこの荘園から任を解かれた後、自分らの派閥からその任が回ってくる事を可能性もあるからだ。

 

 この荘園は交通の要衝でもあるので、ラージム枢機卿は何としてでもサトスガンの解任だけは避けたい。

 そこであの手この手で裁判を引き延ばしながら、事態の収拾を探っていた。

 当然ながらサトスガンにはデリックに対し「手出し無用」という命令を出していたのは言うまでもない。

 

 だが、山賊が勝手に襲ってデリックを殺した場合、その責任はサトスガンに追求されにくい。

 以上のことがあり、半分は伯爵領内に戻ったもののフェデルらは依然として駐屯している。

 また、一時山賊となっていた帰参兵の中に元は大工や左官、農夫もいたので村の復興に尽力していた。

 

 そして、駐屯している理由のもう一つに、この村を襲ったゲルシダが未だに教会の軍隊長の地位を解任されていないからだ。

 解任されない理由は一つに賄賂もあったが、この騒動に乗じて他でも蜂起した村や町があったからである。

 重税に苦しめられている所はここだけ例外という訳ではない。

 

 ある時、蜂起した村の一つから他の村と連携したいからデリックに「その音頭をとって欲しい」という使いが来た。

 だが、村長であるガドウィンはその使いをデリックには通さず、そのまま追い返していた。

 使いを勝手に追い返したガドウィンにデリックは怒り、詰め寄るとガドウィンはこう切り返した。

 

「確かに私がやったことは勝手かもしれません」

「そうであろう。この村以外にも重税で苦しんでいる村があるのは周知の事実だ」

「ですがねぇ。坊ちゃん。坊ちゃんのご家族はどうするんです?」

「コルム君がいるし、問題はない」

「コルムのお嬢ちゃんに娘さんたちをずっと世話させる気ですかい? そいつぁ無理でしょう」

「そ、それはそうだが……」

「それにね。あいつらは神輿が欲しいだけですよ。いざという時に責任を全部、擦り付ける神輿をね」

 

 ガドウィンは優しく諭すようにデリックに言う。

 デリックは人が良く責任感も強いので、それを利用しようとする者も多い。

 それは長所とも言えるが、同時に命に関わる短所でもあるのだ。

 デリックはガドウィンの主張を認め、歯噛みしながら自宅へと戻った。

 人望や血統が幾らあろうと強大な権力の前には無意味であることを改めて噛み締めながら……。

 だが、後にこれが思わぬ引き金を引いてしまうとは、この時点において誰も想像していなかった。

 

 さて、コルムはというと、そんな事は露知らずといったもので、以前フェデルたちが篭っていた砦跡に時折訪ねている。

 そして、近くの洞窟にある謎の古代文字とにらめっこして、ワヴェングを困らせている。

 その時のコルムの切り出しがワヴェングにとって頭が痛いものだからである。

 

「だから、どうして読めないのよ!? 文字も読めるって言ったじゃない!」

「しつけぇなぁ! 読めねぇもんは読めねぇんだよ!」

「だから、何で読めないのよ!」

「俺の知らない言葉も多いんだよ! 大体、十万年以上も続いて紆余曲折のあった文明だぞ!」

 

 洞窟の先にある謎の扉の前にして一人と一羽は口論するしかない。

 その洞窟には他にも通路があったので、仕方なく進むと今度はある物を発見した。

 それはフェデルらが隠した教会の徴税輸送用の馬車であった。

 

 コルムは何か金目のものがないかと馬車を調べたが、金目のものはない。

 それらは後々、フェデルが利用するためのものである。

 コルムは燃やしてしまおうと思ったが、洞窟内で燃やせば煙が蔓延するし、わざわざ外に出すのも面倒なのでそのまま放置することにした。

 

 奥には行けないので諦め一度は引き返そうとしたが、周辺を散策してみると栗や山ブドウの木々が生い茂っていた。

 デリックの娘達への良い土産になると思い、それらを集めてコルムは帰路についた。

 村では果樹園が燃やされていたので、果物は思わぬ貴重な品であった。

 

 デリックの娘達のために持ち帰った土産であったが、それが思わぬことになった。

 その山ブドウは主に貴族たちに愛飲される希少かつ高価なワインの原料であったのだ。

 村人達は歓喜したが、同時に不安にかられた。

 それを知ったサトスガンが、また兵を送り込んでくるかもしれないからである。

 

 一方、デリックという神輿を担ぎ損ねた村長達はというと、今度は石工の棟梁のヴィロンという人物に白羽の矢を立てた。

 このヴィロンという男、元は村の名主の倅であったが博徒となり、若い頃に阿漕あこぎな高利貸しを殺したことがある人物であった。

変な正義感と若気の至りを持ち合わせていたからである。

 そこで次の名主の座を弟夫婦に押し付け、諸国を放浪し、無頼の輩と交流しながら石工職人となり、その後は石工の棟梁の娘を妻にしていた。

 その石工の棟梁も博打好きで気風の良い性格だったので、両者ともウマがあったのであろう。

 

 村長達はヴィロンに事の顛末を話し「音頭をとって欲しい」と嘆願すると、ヴィロンは快く引き受けた。

 ヴィロンもまたサトスガンらに腹を据えかねていたのもあったが、何より目立つことが好きな性格であったからである。

 さらに困ったことに酒好きというだけでなく、酔うと暴れるという悪癖もある。

 事実、深酒をした際にめかけを勢いで殺しているのだ。

 元々、妾といっても奴隷だったので、特にお咎めはなかった。

 ヴィロン本人はその事を反省し禁酒を誓ったが、それには三日ももたなかった。

 

 ヴィロンは村長達の要望に応えるべく、昔の仲間達につなぎをとった。

 その中には裏社会の顔役となっている者や、義賊を騙ってあちこちで盗みを働く者たちもいた。

 そしてあろうことか、刑務所から出され、デリックの村を襲った元受刑者も何食わぬ顔してやって来たのである。

 当然、ヴィロンの思惑とは裏腹に略奪を企てる者も少なくはないのである。

 

「思った以上に多く来ちまったなぁ。どうしたもんか」

 

 ヴィロンは自身の私財を投げ打ったものの、それでも武器が足りない。

 そこで「どうしようか」と迷っていた所に、ある男が耳寄りな情報を持ってきたのである。

 

「ヴィロンの旦那。俺にちょいと良い考えがあるんですがね」

「良い考えだと? どんな考えだ」

「先手必勝ってやつですよ。教会の荘園にある金庫を襲うんです」

「いきなりか? しかし、金庫には衛兵も多くいる筈であろう?」

「それがそうでもないんですよ。連中がデリックの村を襲った際に随分と兵が死んだもんでね」

「それだけか? しかし、それだけでは………」

「いやいや。その後、色々一揆がおきているんで、その対策に駆り出されている始末って訳でさぁ」

「もし、それが本当だとすれば良い報せだな」

 

 その「ある男」とはダクシズという、元はバズやクランクと同僚の山賊であった。

 バズやクランクとは違い、情け容赦なく友を平気で裏切るような男である。

 だが、悪知恵に長け、剣の腕にも自信があるので、今日まで生きてきた。

 

 ダクシズはヴィロンの蜂起を「良い機会」ととらえ、合流した。

 そして、以前から目星のつけていた荘園の税を貯めこんでいた金庫を教えたのである。

 

 ヴィロンはそのことを支援者の村長達に伝えると、ほとんどの者は唖然とし、口をつぐんだ。

 昨今の教会のやり方には不満はあるものの、皆、信仰心はあるのである。

 

「異論がないなら賛成ということだな」

 

 ヴィロンはニヤリと笑い、出て行こうとすると村長の一人が呼び止めた。

 

「お待ちください。確かに貴方様にお任せすると言いましたが、そこまでしろ、とは申していません」

 

 ヴィロンはムッとし、その村長を睨み付けた。

 そして、こう言い放った。

 

「あいつらは神の名を騙ってやりたい放題だから『なんとかしろ』と言ったのはお前らじゃないのか!?」

「確かに……そのことは否定しません」

「そうだろう? だのに何故、止める!?」

「そこまですると後々、災いとなると思うのからです」

「馬鹿なっ! 教会の連中なんぞ、金の亡者しかいねぇよ! 神なんぞいたら、とっくにあいつらに雷でも落としているさ!」

「いや、それでもです。大体、その話も元はといえば、胡散臭い賊の戯言にすぎない筈!」

「やかましい!!」

 

 そう叫んだ刹那せつな、持っていた短刀を抜いて、ヴィロンはその者を殺してしまった。

 

「いいか! これはもう決定事項ってやつだ! これで後戻りはできねぇぞ! 文句あるか!?」

 

 村長達は青ざめて、事の重大さに気づいたが後の祭りである。

 ヴィロンはダクシズをはじめとする無頼の輩を引き連れ、荘園の税を貯めこんだ一番近い金庫へと向かった。

 

 金庫には当然、衛兵達が屯していたが、数で押し切り、容赦なく皆殺しにした。

 ヴィロンはそこまでするつもりはなかったが、ダクシズは面が割れているので、後々通報されると面倒だからである。

 流石にヴィロンの顔が少し曇ったが、ダクシズはヴィロンをおだて、奪ってきた衛兵達の極上の酒を与えたので、ヴィロンはすっかり上機嫌になり、それ以上のことは言わなかった。

 

「ヴィロンって奴もチョロイもんだ。このまま彼奴を利用して根こそぎ周辺の村を襲ってもらおう」

 

 それからというもの、荘園だけでなく周辺のいさかいがあった村を次々と襲い始めた。

 それらの村は元々、水源や境などでヴィロンを支持する村と因縁がある村である。

 中にはサトスガンに賄賂を贈り、自分達の都合が良いように裁判をさせた村もあった。

 だが、それと普通に暮らしているほとんどの村民とは関係がない。

 さらに運の悪いことに村民の若い者は既に徴兵され、村におらず略奪されるしかなかった。

 

 悪評と同時に無頼の輩の評判も上がり、ヴィロンの勢力には次々と加わる者も続々と増えだした。

 各地を転戦していた荘園側の討伐兵もその中にいる始末である。

 理由は明確で、荘園の給料が悪いからであった。

 

 そして、ヴィロンのいる村々にとって幸いしたのは、荘園の実入りが少ない場所であったからである。

 他にも蜂起した村々があり、中でもサトスガンが躍起になっている場所は鉱山がある地域であった。

 そこでは工夫達が天然の要害にこもり、荘園の兵達を蹴散らしていた。

 鉱山の一つには荘園の隠し金山もあり、サトスガンにとって死活問題になりかねない場所でもあった。

 

 一方、荘園全体でそんな事になっているとは露ほども知らないアンヘルらはデリックの村へ歩みを進めはじめた。

 早朝にバズとクランクを叩き起こし、ダリアの店で弁当を貰い、気分はピクニックに近い。

 何よりアンヘルは新手の遺跡を探索できるとあって、意気揚々である。

 バズやクランクも久しぶりにフェデルに会えるとあって、気分が良い。

 ただ一人、ブレイズだけが妙な胸騒ぎを覚えているぐらいであった。

 

 それは事前にブレイズだけは荘園に関しての情報を既に得ていたからである。

 自身は既に野心に燃えているが、今のままでは身を立てようにも心許ない。

 だからといって、ヒューデン候やベルトルン伯の配下で地道に立身出世というのも性に合わない。

 

「考えていても致し方ない。巻き込まれたら、その時はその時だ」

 

 そう思い、呑気な変人魔術師を見るぐらいしか出来ないのである。

 少し腹立たしいが、その事にはおくびも出さず、終始笑顔でバズやクランクの他愛ない話を聞くだけであった。

 

 途中には宿場もあるが、どれも木賃宿で人一人もいない。

 それもその筈で、旅商人もベルトルン伯爵領からサトスガンの荘園へは鬼門だからである。

 途中、誰も街道には誰も出くわさないので、流石にバズもクランクも不安になったが、アンヘルは兎も角、ブレイズには馬鹿にされたくないので押し黙っていることにした。

 

 さて、彼らが三日ほど歩いていくと平和そうな村には程遠い物見櫓が見えてきた。

 平和になった筈のデリックの村だが、何時また荘園の兵が押し寄せてくるかは分らない。

 更に近づくと補修や補強したての外壁などもあり、その前には馬防柵まである始末である。

 

「おーい! 誰か来たぞ!」

 

 アンヘルら一行を見て、物見櫓にいるフェデルの守備兵がそう叫んだ。

 その声を聞き、一人の男が物見櫓まで登って望遠鏡でアンヘル達を見た。

 男は部隊長で、かつてバズやクランクと共に山賊として働いていた男の一人である。

 

「ありゃあ、バズとクランクじゃねぇか。今頃、何しに来やがった?」

 

 部隊長は急ぎ物見櫓から降りると、一目散にフェデルがいる家に向かった。

 その時、フェデルはというと暇つぶしがてら櫛の飾り付けをしていたところであった。

 

「フェデルの親分! 妙な客人がやって来やがったぜ!」

「馬鹿っ! 『親分はやめろ』と何度、言えば分かるんだ!?」

「あっ! こいつはすまねぇ。堪忍してくだせぇ」

「お前はまだ山賊気分が抜けてねぇからなぁ。村の連中の前では絶対にやっちゃあいけねぇぞ」

「へぇ。合点でさ」

「で、何だ? 妙な客人っていうのは?」

「それがバズとクランクなんですよ」

「何だと? そいつぁ本当か?」

「ええ。しかも、妙にキザったらしい若い奴とボロを着込んだ若い別嬪ベッピンを連れていましてね」

「何でぇ? そりゃあ?」

「さぁねぇ。奴隷商人にでも鞍替えしたんじゃねぇんですかねぇ?」

「あいつらにそんな才覚なんぞあるもんかい。まぁ、いい。連中に会ってみることにするか」

 

 フェデルはバズやクランクに会うのは久しぶりなので、少し気持ちがたかぶっていた。

 村の民は自分達に良くしてくれるが、少し距離を置かれているのである。

 元々、自分達が襲っていた村だからという負い目が、そういう気持ちにさせているのかも知れない。

 

 一方のアンヘルら一行はというと、外門の前で待ちぼうけをくっていた。

 その理由は全てバズによるものであった。

 2メートル近くもある大鉞おおまさかりを担いだ筋骨隆々の強面であれば当然である。

 守備兵の中には見知った元山賊も多いが、大声で山賊時代の話なんぞされたら堪らない。

 よって見知った者達は全員、兜を被り、知らぬふりをしている。

 

「おい! フェデルのおやっさんはいるんだろ!? 早く開けねぇかい!」

 

 バズは大声で何度も叫ぶが、全員無視を決め込んでいるので、門の中からは当然、返答はない。

 他はというとクランクは頭を掻くだけで、ブレイズは舌うちしながら顎を擦るだけだ。

 その中で「ボロをまとった若い別嬪」ことアンヘルはというと、呑気に笑顔で水筒のお茶を飲むだけである。

 

 久しぶりの来訪者とあって、村でちょっとした騒ぎになっていた。

 門の外で怒鳴っているのがオーガーに似た大鉞を持つ大男ということもあろう。

 バズを知らない村の民には怯える者もいたが、こちらには何と言ってもゲドルズ将軍がいる。

 尤も、当人の前では絶対、禁句ではあるのだが……。

 

 バズが怒鳴り散らしてから、しばらくして門が開くとフェデルが面倒くさそうに出てきた。

 バズは相変わらず短気な上、猪突猛進のきらいがあるので、少し扱いにくいのだ。

 その反面、妙なところは素直なので、どことなく憎めないところもあり、山賊時代は一番、気にいっていた。

 戦力としても申し分ない働きをしていた事実もある。

 

「おう! やっぱりフェデルのおやっさんだ! 宮仕えだけは真っ平御免ってぇ言ってたのに、どういう吹き回しでぇ!?」

「こらバズ! 大声で怒鳴り散らすな! 村の皆さんが仰天するわ! 子供に至っては泣いちまうじゃねぇか!」

「わりぃわりぃ。けどよ。おやっさん、何でこんな所でガラにもねぇ守備隊なんぞやってんだい?」

「ちぃと野暮用があってな。で、クランクはいいとして、そこのあんちゃんとお嬢ちゃんは何者だ?」

「へ? お嬢ちゃん?」

「とぼけるなよ。ボロを着た物乞いみてぇなそこのお嬢ちゃんだ」

「ああ!?」

 

 バズは思わず吹き出し、クランクもつられて大笑いしだした。

 ブレイズも苦笑いするが、お嬢ちゃんとやらはそれを気にも留めず、読書に夢中になっている。

 

「何だ? いきなりバカ笑いしやがって」

「いやね。おやっさん。こいつぁ男ですぜ。確かに小奇麗な顔をしていますがね」

「おい! 確かに俺はもうジジイだが、そこまで耄碌もうろくしちゃあいねぇぞ」

「嘘じゃねぇんですよ。しかも魔法を使うんですぜ」

「何? こんな年端もいかねぇ小娘が魔法使いだぁ?」

「そうなんですよ。大したもんでしょ?」

「お前らのことだ。子供だましの手品を見せられて、そんな気になっているんじゃねぇのか?」

「俺っちもそこまで馬鹿じゃねぇですよ」

「なら、魔法とやらを見せてもらおうじゃねぇか」

 

 フェデルがそう言うと、アンヘルはため息をついた。

 そして、フェデルを見上げてこう言った。

 

「生憎、魔法は見世物じゃありません。必要になった際にお見せ致しましょう」

 

 そう言われたフェデルはカラカラと笑ってこう言った。

 

「勿体ぶりやがって。まぁ、いいや。お前さん達ぐらいなら問題はねぇだろ。だが、くれぐれも村の皆さんに迷惑かけるんじゃねぇぞ」

 

 アンヘルら四人はフェデルに連れられて、村の中へと入っていった。

 


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