第二十五話 使徒、弁護人となりて策士と面会す
テファンの酒場についたジェイクは早速、店内の客に話しかけていた。
こういう時のジェイクは人当りが良い。
そして、相槌をタイミングも良く心得ている。
話題はサトスガンへの悪口や愚痴が多く、それに伴い今回の教会の査定にも不平不満が噴出している。
その不平不満を訴える者の中には、教会に仕えている小間使いまでも居たぐらいである。
ヒューデン候の領内にも当然、教会はある。
だが、サトスガンの影響からか、あまり芳しくはない。
そのため、教会への寄進などはあまりなく、教会の神父自ら畑を耕す始末である。
ジェイクはそんな状況を内心、苦々しく思っていたが表面には出さなかった。
ジェイクが「訴人の弁護を請け負う」と巧みに宣伝していると、一人の初老の男が近づいてきた。
男はヒューデン候の領内の村長であるという。
「君が『王都からやって来た』という弁護人ってやつかね?」
「ええ。まだ新人なもので、料金は格安でお受けいたします」
「そうかい。なら、引き受けて頂きたいものだな」
「しかし、ヒューデン候領内の村長が何だって訴訟を?」
「実はヒューデン候に納める税金を強奪されてしまったんだ」
「ええっ!? 誰にです?」
「サトスガンの手下の小役人にさ」
「何故、荘園の役人が? 領地違いでしょう?」
「面倒なことに飛び地があってね。飛び地の所は荘園の領内なんだよ」
「成程。そういうことですか。しかし何故、飛び地が?」
「俺の先祖は昔、小領主だったんだ。今じゃ落ちぶれてしまったがね」
「そんな事はないでしょう? 今でも立派な村長殿じゃないですか」
「いやいや。そんな大したもんじゃないよ。事実、税を強奪されちまった訳だしな」
ジェイクは税を強奪された理由を、村長から聞き出すことにした。
それはジェイクにとって呆気にとられる理由であった。
既に村長は、飛び地の分の税を納めたのだが「それでは足りない」と荘園の役人が言ってきたのだ。
以前から飛び地の分以上の納税を、荘園の役人は取り立てようとしていたが、その度に毎回断っていた。
荘園の役人は、時には衛兵を連れて強奪しようとしたが、その度に村の若い衆と共に追い出してきた。
しかし、今回は違っていた。
事もあろうか、村長や村の衆の子供を誘拐し「身代金代わりに寄こせ」と言ってきたのだ。
期日まで納めないと「一日引き延ばす度に、一人ずつ殺す」と脅されたので、やむなく支払ってしまった。
それ故「今年分の税が支払えない」というのだ。
「教会が事もあろうに『子供を人質にする』とは何事か!?」
ジェイクは大いに憤慨した。
王都周辺の荘園では考えられないことであった。
しかし、これがサトスガンの荘園や荘園付近の実情である。
「成程。これじゃあ、教会への不満が一方的に溜まる訳だ」
ジェイクは村長の弁護人になることを快く引き受けた。
サトスガンの悪事を探求出来ると同時に、ウェスとも近づける良い機会だからである。
ただ、問題はサトスガンの悪事を調べ上げたとして、素直にラージム枢機卿に報告して良いものか分らない。
そこでジェイクはある案を思い浮かんだ。
悪事を全て「ミドモグに押し付けよう」という案である。
これならばラージム枢機卿が満足するだけでなく、ウェスにも近づけそうだからだ。
翌日、ジェイクは村長と共に、ウェスがいる出張所へと赴いた。
役人への取り次ぎを終えると、早速ウェスが評定の場へとやってきた。
ジェイクは自分とさして年齢が違わないウェスを見ると、妙な好奇心を憶えた。
ウェスは、特にコネらしいコネもなく「直に抜擢された」という人物と評判だからだ。
「一体、どれほどの才覚があるのだろう?」とジェイクは思ったのである。
代官となったウェスは訴状を見ると、少しため息をついた。
そして徐に口を開いた。
「用件は分った。しかし、これだけでは駄目だ。君の村が税を誤魔化している可能性もある」
村長は耳を疑い、こう反論した。
「うちの村は一度もそんな事をしたことはありません! それでは不足ですか!?」
「『今まで一度もないから』といって『今回も』とは限らないであろう?」
「それはそうですが……」
「酷なようだが、これも私の務めだ。情状酌量の余地もあるから少し猶予はやろう。その期限までに納税せよ」
「それではウチの村が干上がってしまいます!」
このウェスの応対にジェイクは我慢出来なくなった。
あまりにも理不尽と思えたからである。
「少々お待ちを! 代官殿!」
「君は誰かね?」
「訴人の付添いをしているジェイクと申す者です」
「成程、弁護人という訳か。で、如何した?」
「まずは期限についてです。この場合、法的には非常事態なので三か月の猶予がありますね?」
「しかし、それは基本的に飢饉などに限っての場合だが?」
「いえ、それは違います。過去に山賊に強奪された場合にも、適用されたことがあります」
「ああ。その事例は五年前、王国の直轄地領内でのやつだな。しかし、あの件は役人の不備もあったからだ」
「今回もある意味、役人の不備です」
「ハハハ。確かに役人の不備には違いないが、我らの不備ではないぞ」
「いえ。荘園の役人に対し、口出せない貴方がたの不備です!」
「ふぅむ、面白いことを言う……分った。では、三か月の猶予をやろう」
ウェスもまた、ジェイクという弁護士を名乗る若者に興味を持った。
「そして、もう一つあります」
「ほう? どのようなことかね? ジェイク弁護人」
「どうすれば免税の許可が出るか、教えて頂きたい」
「どうしたも何も、その強奪した荘園の役人を差し出してくれば話は別だ」
「しかし、荘園の役人を差し出すというのは……」
「その通り。ヒューデン候にとって越権行為となる。故に私では無理だ」
「つまり『荘園の役所に訴えろ』と?」
「今の所、それしかないかもな。まぁ、その荘園の役人とやらが、このヒューデン候の領内にいれば話は別だ」
「つまり荘園の役人を引き渡せば……」
「おっと。そこまでにしておけ。私の口からは、それ以上は申せぬ」
ウェスは少しニヤリと笑って、その場を後にした。
村長の方は気が気でない。
どうやって荘園の役人を引き渡せば良いか、分らないからである。
「ちょいとジェイクさん! アンタ正気かね!?」
「正気です。確かにこの訴状だけでは、法律的にちと難しいのは事実ですし」
「だからといって、荘園の役人をひっ捕らえてくるというのは……」
「いやいや。荘園の役人は、荘園内でしか権威はありません」
「そりゃあ、そうだが……」
「私に任せて下さい。荘園には友人もいるので、良い心当たりがあります」
村長は半信半疑であったが、今は藁にでもしがみつきたい状況である。
それ故、ジェイクの言葉を信じるしかなかった。
ジェイクは護衛の者達と荘園へと向かった。
司祭としての身分は隠した上である。
そのため、全員がまた行商人に姿を変えていた。
一方、ウェスはというとケプラーを呼び出していた。
ケプラーはその後、ヴィクトルらを伴い、舞い戻っていた。
「良いか。ケプラーよ。逐一、あのジェイクとかいう奴から目を離すなよ」
「へぇ。ですが、ただの弁護人でしょう?」
「そうとは限らん。大体、わざわざ王都から弁護を商売しに来るなんぞ、酔狂か何らかの目的があるかのどっちかだ」
「で『後者と見た』って訳ですかい?」
「その通り。ラージム枢機卿の密偵かもしれん」
「ええっ? けど、なんでラージム枢機卿の……」
「ラージム枢機卿もミドモグの動向を気にしているんであろうよ。サトスガン以上に厄介だと思ってもおかしくはない」
「しかし、それなら罷免させれば済む話じゃありませんか?」
「ところが、そう単純な話じゃない。罷免された後、ドフォルズ枢機卿にでも寝返ったりしたら、どうなると思う?」
「成程。それでは荘園がサトスガンから離れてしまう……と」
「そういうことだ。ミドモグには、もう少し頑張ってもらわんとな」
「ヒューデン候の意に反すると思いますが……」
「この際、ヒューデン候の意思は無視して構わん。デリックが死んでいれば、思い通りに荘園の領地を割譲できたものを……」
ケプラーはウェスの本意が分らなくなっていた。
そもそも、ヒューデン候に仕える気になったのは「ヒューデン候が名君と思ったから」ではないのか?
義侠候とまで仇名されるヒューデン候の人柄なのではないのか?
そこでケプラーはウェスの本意を知るべく、質問することにした。
「ちと、訊ねたいことがあるんですがね。ウェスの旦那」
「なんだね? 急に」
「ヒューデン候は名君ですよね?」
「何だそれは? 増々、妙なことを言うじゃないか」
「いや、さっきの『ヒューデン候の意思云々』が、つい引っかかっちまって」
「ハハハ。そのことか。確かに、私は忠臣とは言えないだろうな」
「実際の所、旦那の目的って何です?」
「ヒューデン候は確かに名君であろうよ。だが『辺境の一領主なら問題ない』ということだ」
「はぁ? ちぃと意味が分りませんが……」
「私の目的は別にある。あくまでヒューデン候の傍にいるのは一時的なものさ」
「しかし、何でまたそんな?」
「この国はもう終わりだ。根幹から腐っている。だから、根幹から処置をせねばなるまい」
「へぇ……。でも、それはヒューデン候ではない……と?」
「その通り。義侠心があるのは良いが、それでは大局を見ることは出来ない」
「では、何方なら良いのです?」
「……輪脚公だ」
「ええっ!? り、輪脚公!?」
「その通り。輪脚公であれば地位も充分だし、いざという時には、非情になれるであろうからな」
ケプラーは驚きを隠せなかった。
あまりに予想がかけ離れた人物をウェスが推したからである。
輪脚公は名をグレーデンと言い、輪脚公は仇名である。
領地は半島の北西側にあり、広大で、さらに肥沃な農地が多い。
そして、領内の北側には四千メートルを超える山々からなる山脈があり、北方からの侵略はまず不可能である。
北の山脈の麓では良質の鉄鉱石が産出され、それが領内の経済に多大な恩恵を与えている。
輪脚公という仇名についてだが、それは彼の体の由来からきたものだ。
生まれつき両脚が不自由で、車いすが欠かせないことから、その仇名がついたのだ。
そして、評判はというと、巷では芳しくはないのである。
輪脚公は父親である前公爵と正妻との長男として生まれた。
だが、父親が気にいっていた側室には既に二人の男子がおり、実質的には三男に当る。
本来なら公爵の地位は正妻である彼に譲られるのだが、両脚が不自由なため、一度は隠棲を余儀なくされた。
その後、長男がゴブリンらとの戦いで亡くなり、次男も戦場で急な病で亡くなったため、公爵となったのである。
当初から公爵の跡取りの筈が、紆余曲折をえてグレーデンが地位を確立したのは既に四十を過ぎた頃であった。
しかも、公爵となったのはまだ二年前の話である。
グレーデンは国王のいとこにあたり、年齢は左程も変わらない。
だが、国王とも折り合いが悪く、さらには教会とも仲が悪い。
それにはこのような逸話がある。
グレーデンが幼少の頃、自身の両脚が不自由なので、そのことを教会に相談した。
教会は「神の奇跡の術」を持つ者達を、グレーデンに何度も引き合わせたのだが、改善されなかった。
そこである司教は諭すように、幼少のグレーデンにこのようなことを言った。
「これは神の試練である。故に、我々に対し『治してはならぬ』という神のお導きなのである。精進し、神に祈りを尽くせば、必ずや来世で健康な体に生まれ変わることが出来るであろう」
そこで、グレーデンはその司教にこう聞かれた。
「では何故、私がその試練を与えられたのか、その説明をして欲しい」
司教はその問いにこう答えた。
「全ては神の意思です。我々が分かる筈もありません」
するとグレーデンは怒り、司教にこう罵倒した。
「分る筈もないのに、何故『神の意思』だと分ったのだ!? 私が子供だから、そのような子供騙しで通じる、とでも思ったのか!?」
グレーデンはそれ以来、教会への寄付は一切断っている。
当初は個人的な寄付だけであったが、公爵となってからは領内の寄付までも一切、行っていない。
更には教会に通じる旧臣も悉く左遷、もしくは引退させてしまった。
それだけではない。旧臣の中には死に追いやられた者も、少なからずいたのである。
グレーデンが統治して間もない頃、一部の有力な家臣らが反乱を起こす計画を企てたことがあった。
グレーデンが急進的な方法で、領内の改革を推し進めたからである。
既得権益を大幅に縮小される恐れがあったので、代々続く旧臣たちはグレーデンの甥にあたる者を担ぎだし、グレーデンを追放しようとしたのだ。
ところがこの件は未然に露呈し、頓挫してしまったのである。
グレーデンは容赦せず、反乱を計画した家臣だけでなく、その家族郎党まで女子供、一切構わずに皆殺しにしてしまった。
家臣の中には教会の縁者もいたのだが、例外ではなかった。
教会は猛抗議をしたが、グレーデンはその抗議をせせら笑ったという。
譜代の旧臣をほぼ更迭、若しくは死に追いやった後は、新規に家来を取り立てた。
その新規の家来達であるが、主に不遇の時期に知り合った若者たちが多い。
その中にはフェゴロフの私塾の塾生も多く、教会や中央政府に対し不信感を持つ者も数多くいる。
当然ながら、教会や国王の仲は非常に芳しくない。
そして、教会への寄付がないからといって、領民の税も特に軽い訳ではない。
それ故、外部の評判は良くないのである。
グレーデンは別に贅沢をしている訳ではない。
寧ろ質素そのものである。
毎朝、食べるのはオートミールだけで、例え高貴な客人でも平然とオートミールを振る舞う。
家臣の中には「馬鹿にされるから、やめて欲しい」という意見も当然ながらある。
しかし、それにはグレーデンは笑いながらこう答えるのだ。
「本来なら教会こそが、質素の見本になるべきだ。だのに、教会がやらんから、私がやる羽目になったんだよ」
税の使い道であるが、主にインフラ整備に使用している。
家来たちだけでなく、領民らの意見も尊重し、領内を整備しているのである。
最近では灌漑農地の普及にも取り組み、新たな田園が次々に造られている。
また、領民の教育にも熱心で、私塾などには助成金を出しているのだ。
そして、最近では軍備の強化にも積極的になっている。
父親の代では平穏な土地なので、特に軍備増強には金を使っていなかった。
ところが、グレーデンは翻したように、軍隊を拡張しているのである。
当然、これにも教会は反応し、激しく非難をしている。
それだけでなく、国王からも謀反の疑いをかけられている有様だ。
だが、北の国境のゴブリンらの侵攻が止まず、据え置かれているのが現状である。
政府として査問会を開こうにも、グレーデンは体の不調を理由にして、まず出て来ようとはしない。
その上、嘘か本当か分らぬが「北の山脈に怪物がいる恐れあり」と称している。
それ故「軍備強化を急いでいる」と報告しているだけである。
ウェスは別にそのような事だけを見て、グレーデンを推している訳ではない。
ウェスは幼少の頃、グレーデンと出会っているのである。
そこで感銘を受けたことが、今でも忘れられないのである。
グレーデンはまだ公爵になる前に、湯治でウェスの村の付近に五年ほど滞在していた。
公爵の長男ではあったが、父親や兄達から疎まれていたので、質素な暮らしぶりであった。
二人の使用人はいたものの、車いすを使用するにしても、なるべく使用人の手を煩わさないようにしていた。
公共の温泉にグレーデンが入る時は、自ら這って浸かりに来ていた。
ある時、その這って入る様子を、風体の悪い男達がからかった。
「生まれは幾ら高貴でも、地べたに這いずりまわるのなら、物乞いと変わらないじゃねぇか」
男達はそう囃し立て、グレーデンを蔑んだのである。
ところが、グレーデンは愛想笑いをして、そんな事は何処吹く風であった。
そして湯船に入ると同時に、男達にこう言ったのである。
「私は確かに這うことしか出来ない。しかし、君らと違って上を見ることは出来る」
「馬鹿なことを言うぜ。上を見たからどうなるってんだ?」
「しかし、君らの視野は下を見ることしか出来ない。上を見ることが出来るにも関わらずだ。つまり『それでしか、自分を慰めることしか出来ない』ということさ」
「ハハハ。負け惜しみしていらぁ。この蛇もどきのぼっちゃんはよ」
子供のウェスはその様子を見て、グレーデンが何を言いたいか分った。
そして湯船の中でグレーデンに近づき、こう訊ねた。
「貴方は『上を見ることしか出来ない方』という訳ではないんですよね?」
「私は嫌でも、地べたを見るのに慣れるしかないからね。だが、それでも構わんさ」
「どうして、そう思うんです?」
「今は名誉を重んじるために、貴族たちはこぞって戦いに馳せ参じている。私も五体満足なら、嫌でも戦場に居たであろうよ」
「名誉を重んじることは『あまり宜しくない』と貴方は言いたいのですか?」
「そうではない。ただ、体裁だけを気にする貴族ほど馬鹿な奴はいない。いや、これは人間、全てに言えることだがね」
ウェスはグレーデンに興味を持ち、暇を見つけてはグレーデンの話し相手となった。
グレーデンもそんなウェスを可愛がり、様々な知識をウェスに教えたのである。
ある時、ウェスが「将来、グレーデンの家来になりたい」と言ってきた時には、笑ってこう返答した。
「これは、もしもの話だがね。私が領主になった暁には、君の手を煩わせることはないだろうな。それよりも、馬鹿な連中に煩わせられている人々を助けてやってくれ」
ウェスは笑いながら頷き、将来は政務官になることを夢見た。
こうしてウェスは法律や政治の勉強を始めたのである。
グレーデンが去った後も独学で勉強し、役人以上の知識を身につけていったのだ。
ケプラーはそんなウェスの生い立ちを知らないので、増々不審がっていた。
だが、今はウェスに従い、ミドモグと連携しなければならない。
それにミドモグはケプラーにとって、最大の金づるでもある。
「今は変に考えることはやめよう。それよりも、あいつから金を巻き上げる方が有意義だ」
ケプラーはそう考え、荘園へと向かった。




