第二十四話 枢機卿、使徒を遣わす
ミドモグはサトスガンにつき従い、所領である荘園へと帰ってきた。
しかし、今でもケプラーやヴィクトルのことが気がかりで仕方がない。
あの時の悔しさが目を閉じる度にフツフツと湧き上がってくる。
そして、さらなる出費の額を見る度、その苛立ちは更に加速させる。
「また強請りが来てもおかしくはない。何としても手立てを講じなければ……」
荘園領内の仕事をこなす度、その想いは強くなっていた。
そんな折である。
部下から不意にある噂を耳にした。
それはベルトルン伯爵領内にいる魔術師とやらが「忽然と姿を消した」というものであった。
「おかしいな。こいつはちと、偶然にしちゃあ出来過ぎているぞ」
実は偶然かと言えばそうではない。
ケプラーはアンヘルが領内から姿を消したというので、アンヘルを引き合いに出したのである。
アンヘルが姿を見せないうちに、ミドモグから金を集ろうという見込みもあった。
「どうもあの手紙は怪しい。やはり偽造か? しかし、見破るにはどうすれば……」
爪を噛みながら考えているうちに、ミドモグはある恐ろしいことを思いついた。
アンヘルが原理主義派と「繋がっていることにしてしまえば良い」というものである。
元々、魔術師は本来なら、王都にいなければならない規定である。
魔術師は自称も多く、一々把握するには面倒なので、地方の魔術師に関しては特に問題を起こさない限りにおいて見逃されていた。
しかも噂によればベルトルン伯だけでなく、ヒューデン候とも面識があるという。
「これだ! これならばサトスガンや枢機卿にも顔向けができる! そしてケプラーをドサクサ紛れに殺しても問題はない!」
ミドモグは腹心の者に言いつけて、まずは偽の訴状を書かせた。
アンヘルが原理派と繋がっている、という偽の密通のためである。
この腹心の者はこれまでもミドモグを助け、偽書を作成している者であった。
そして、それにはこう書かれてあった。
「アンヘルという名の魔術師は原理派と語らい、ベルトルン伯及びヒューデン候を原理派と繋げていようとしている。一連の惣村での騒ぎであるが、これにも関与している疑いがある。即刻、召し出して追求しなければ、更なる騒ぎとなるは必定である」
「これで良い。これを中央の教会に持って行き、ラージム枢機卿から教皇に渡ればベルトルン伯やヒューデン候もタダじゃあすまないぞ」
ミドモグは高笑いした後で、これをサトスガンに恭しく見せた。
すると当然ながらサトスガンは激高したのである。
「ミドモグ! よくやった! あの二人にこれで一矢報いることが出来るぞ!」
「はっ! 司教様への仕打ちはあまりにも非道なものです。これをラージム枢機卿がご覧くだされば、枢機卿のご機嫌も晴れるかと思います」
「確かにそうだな。よし! 早速、伯父上に書状を認めると致そう」
「教会を蔑ろにしている不逞な輩は決して諸侯といえども、許されないことでございます」
「その通り! 全知全能の神に代わって仕置きしなければならぬ!」
「この上は一刻も早く、司教様は名誉を挽回し下さいませ」
「うむ。必ずやそうしてくれよう!」
ただ、そのままではラージム枢機卿が受け取らない可能性もあった。
そこでサトスガンは急使をまずは彼の母親であり、ラージム枢機卿の妹の屋敷へと送ったのである。
サトスガンの要請を受けた急使は屋敷に辿りつくと、サトスガンの母親である女主人にその書状を見せた。
驚いた女は急ぎ手紙を持ってラージム枢機卿の屋敷へと向かったのである。
サトスガンの母親は子煩悩である上に、酷い癇癪持ちの女である。
二年程前に夫が病気で急死してからは、その癇癪に更なる拍車がかかっていた。
女はサトスガン以外にも子供がいたが、サトスガン以外は幼少の時に皆、病気で急死していた。
唯一、残ったのがサトスガンである。
その為、サトスガンのことになると形振り構わず行動するのだ。
兄であるラージム枢機卿は、実はそれが嫌でサトスガンを王都から離れた荘園に任官させた経緯がある。
王都の中央教会で、しかも教皇の御膝元で失態させたとなると、次期大司教の座どころではない。
それ故、離れた荘園で大人しくしていて欲しかったのだ。
妹が屋敷に来たということで、兄のラージム枢機卿は途端に不機嫌になった。
感情論で一方的に捲し立てる癇癪持ちにホトホト愛想がついていたのである。
そして、よりによって出来損ないの息子を庇うので、それに拍車がかかっている。
「また、あいつか……。あの癇癪女。今度は何しに来たのやら……」
ラージム枢機卿はトイレにいた。八畳もある書斎を兼ねた立派なトイレである。
ラージムは幼少から胃腸が悪く、一番落ち着けるのはトイレであった。
そこで書斎兼用のトイレで屋敷に造り、政務を専らそこで行っていた。
そして、暫く待たせるつもりでトイレに篭っていると、俄かに廊下が騒がしい。
「兄上! 兄上は何処です! 火急の件ですよ! 早く出て来なさい!」
癇癪女のガラスを引っ掻いたような叫び声が外から響き渡ってきた。
家来たちも必死になって女を引き留めようとするが、当然女は言う事をきかない。
それどころか、更に叫び声は大きくなるばかりである。
「あのバカ女! 何を考えているんだ!?」
思わずラージムも声を荒げた。
家来の手前、恥ずかしい気持ちもあったからである。
「ええい! 何を年甲斐もなく騒いでおる!」
ラージムは身支度し、トイレの扉を勢いよく開けた。
そこには数人の家来と妹がやりあっている場面の最中であった。
「兄上! 兄上がさっさと用を足さないから悪いのですよ!」
妹はラージムが幼少の頃から胃腸が悪い事を知っている。
にも関わらず、そんな事はお構いなしと詰ってくる始末である。
どちらかと言えば、彼としてはサトスガンよりも、この母親であり妹である女のほうが頭痛の種であった。
ラージムは顎で妹に客間に来るように指示した。
そして、家来には誰一人、客間には入らないよう注意した。
客間は防音がしっかりなされており、外へ耳障りな女の声を防ぐには丁度良いのだ。
「さっきからバカみたいに騒ぎおって! お前がこんな醜態を曝すから、あいつはあんなバカになるのだぞ!」
あいつとは当然、サトスガンのことを意味する。
ラージムにとってサトスガン親子は肉親ではあるが、邪魔なので本来なら始末したいところである。
だが、それは出来ない事情がある。
人間味のある肉親への愛情ではない。
もっと別の理由から始末したり、幽閉出来ない事情があるのだ。
その事情とは彼と彼女の複雑な兄妹関係にある。
妹は異母妹であり、妹の母親のほうが家格は上であった。
彼の母親はラージムを産んでから間もなく死去しており、家格は下級貴族の出自であった。
一方の妹の母親の家格はというと、初代教皇のマグリスの末裔であり、過去に教皇や大司教を排出した家柄であった。
この妹の母親の実家の後押しがあり、下級貴族にしか過ぎないラージムの家は、これにより繁栄することが出来たのである。
それ故、この妹は我儘放題であったにも関わらず、大目に見られていたのである。
何故、マグリスの末裔である名門の家の娘を嫁にもらうことが出来たのか。
それは妹の母親が庶子であったからである。
身分が低い平民の娘との間に出来た娘なので、同格かやや下の家格の家柄に嫁がせるのは不向きであった。
そこでラージムの父親が貰い手となったという経緯がある。
枢機卿になれたのは、偏に彼自身の努力や才能もあったからである。
更に彼は元々、「神の奇跡の術」を持っていたことも幸いした。
彼が若かりし頃に、当時の国王の病を治したのがキッカケであったのだ。
だが、国王に謁見するには家格が不十分であったので、彼女の母親の実家を頼るしかなかった。
しかも厄介なことに、彼女の母親の実家はドフォルズ枢機卿の遠縁にあたる。
ウェンゼンら原理派追放にドフォルズ枢機卿の協力が得られたのは、そういう事もあったからだ。
だが、その後が良くなかった。
ウェンゼンら原理派の所領となっていた荘園を、ラージムとその一派がほぼ独占してしまったのである。
これにドフォルズ枢機卿をはじめとする一派が怒り、今では根深い政争の具になってしまっていた。
妹が何ふり構わず兄であるラージムに、好き勝手が出来る理由はそれである。
しかも、後先考えずにやることが多いので、ラージムとしても気が気ではない。
遠縁であるドフォルズ枢機卿とその一派に丸め込まれたら、と思うと冷静ではいられないのである。
「いい加減に落着け! 俺の前では兎も角、家来にまで醜態を曝すんじゃない!」
「兄上! 兄上は自分の甥が可愛くはないのですか!?」
「たわけ! バカ息子が可愛いのはバカ親だけ、と相場は決まっておるわ!」
「サトスガンはバカではありません! 現に首席で神学校を卒業しているではありませんか!」
「馬鹿者! あれは校長に賄賂を渡したからだ! どれだけ請求されたか、お前が知る筈もないだろうがな!」
「まぁ!? では、これを読んでみてください! それでサトスガンがバカではないと証明できます!」
ラージムは妹から手紙を渡され、それを一読した。
するとラージムの片方の眉が、ピクッと少し動いたのである。
これはラージムの癖で、考えあぐねる時に出る特有の癖であった。
「……こいつはおかしいな。確かに辻褄があうが、どうにも解せぬ」
まず「ベルトルン伯かヒューデン侯の罠かも知れない」と考えた。
だが、ベルトルンは専ら絵を描くことに終始し、こういう謀略は不得手というよりも関心がない。
そして、ヒューデン候であるが、彼は義侠心の塊のような男であり、彼もまたこのようなやり口は不得手である。
どちらも調略音痴というよりも、しようとはしない両者である。
ラージムからしたら「ボンボンの甘えん坊」である。
よってこの両名は直に除名した。
次に考えたのはドフォルズ枢機卿の関与である。
事実、この荘園でサトスガンが左遷された場合は、ドフォルズ派閥の司教が赴任することが予定されていた。
だが、これにも疑問がある。
何故なら、これが事実ならばこれを裁判の時に持ち出して、さらにサトスガンの不行き届きということを押せた筈である。
よってドフォルズ枢機卿の関与も除外せねばならない。
となると、最後はミドモグであった。
サトスガンはこのような事を行うのは、少しも遠慮はしない。
しないが、子供だまし程度の調略も出来ないタダの太った役立たずである。
よってミドモグが怪しいという考えにラージムは至った。
「ミドモグがサトスガンに吹き込んだか……となると、何か裏があるな……よし」
ラージムにある考えが浮かんだ。
口煩い癇癪女には「必ず手配する」といってその場を収めて帰らせた。
そして、ミドモグの案と思えるこの手紙をネタにする前に、ある人物を手配するように指示をした。
ある人物は数時間後、呼び出しに応じてラージムの屋敷に訪れた。
その人物とはまだ若いが「神の奇跡の術」を持つ青年であった。
名をジェイクという口ひげを生やした人物である。
ジェイクを呼び出した理由は、ミドモグのお目付け役としてである。
さらにジェイクは洞察力にも優れ、原理派を忌み嫌っているので好都合の人物であった。
「君を呼び出したのは他でもない。ジェイク君。昨今の君の働きは中々のものだ」
「お褒めに与り、恐悦至極にございます」
「さて、君の赴任先だが、サトスガンの御守という訳ではないが……」
「となると、件の荘園ですか?」
「うむ。そういうことだ。これをまず読んでくれ」
ジェイクは目を通すと、あからさまに嫌な顔をした。
原理派という言葉が出るだけで嫌気がさすのである。
「つまり、このアンヘルとか申す魔術師を見つけ、教会の名の元に白状させるのですね?」
「うむ。それもある」
「……も、ですか?」
「そうだ。サトスガンの補佐役のミドモグ司祭は知っているな?」
「知っているも何も、あまり評判の芳しくない人物ですね」
「ほう? どうして、そう思う?」
「枢機卿はご存じないのですか? あの者の所業を」
「どのような所業だ?」
「あいつは妾を三人も囲っているだけでなく、司教殿の賄賂も着服しているとの噂です」
「そのような司祭は別に珍しくない。それだけではないだろう?」
「はい。あくまで噂ですが、ミドモグは山賊を雇って徴税輸送隊を襲い、税金までも着服したというのです」
「それは本当か!?」
「あくまで噂です。ですが『火の無い所に煙は立たぬ』と申します」
「それが本当なら俺の任命責任にもなるな……」
「はい。何でしたら、私がミドモグを始末しましょうか?」
「いや、まずは泳がせよう。ミドモグの死は、後で何かしらの役に立つようにしなければな」
「御尤も。このアンヘルとか申す魔術師が、原理派と組んで云々、とか如何でしょう?」
「それだけでは、ちと面白くないな。何処かに飛び火すれば別だが……」
ラージムはドフォルズに、この問題を飛び火させようと考えていた。
ヒューデン候はドフォルズと「特に仲が良い」という訳ではないが、何かと連絡をとりあっている。
敵の敵は味方、という非常に単純な理由からだ。
「ドフォルズが原理派にまで接触していたとなれば、奴の政治生命も終わりかねないな」
ラージムはそこまで考えていた。
上手くいけば、ついでにヒューデンやベルトルンを始めとする辺境の諸侯らも、一網打尽に出来るのである。
そして、もし途中で計画が失敗したとしても、ミドモグを殺すことで死人に口なしとなる。
「ジェイクよ。まずはサトスガンの荘園へ赴け。君を今日から司祭に任命する」
「それは本当ですか!?」
「ああ、本当だ。異例の抜擢ではあるが、君も『神の奇跡の術』を持つ者だしな。問題はあるまい」
「有難うございます! 必ずや魔術師とミドモグの尻尾を掴んで参ります!」
「うむ。だが、先走ったことだけはするなよ。まずは報告だけをよこせ」
「御意にございます。では、今宵はこれにて。明日、早朝に発ちます」
ジェイクは意気揚々とラージムの屋敷を出た。
思いがけない地位が、不意に舞い込んできたからである。
翌早朝、ジェイクは荘園へと旅立った。
お供には数人、教会に配属されていた手練れの私兵を従えていた。
この者らは、ラージムからジェイクを守るように命ぜられた護衛の兵達である。
ジェイクが原理派を嫌う理由には当然、訳がある。
それはジェイクの出自が関係している。
元々、ジェイクは旅芸人の息子であった。
だが、物心ついた時に彼はある才能を自身で見出した。
ある夜の日のことである。
焚き火をしていたのだが、ジェイクが炎に手を近づけて手をくねらすと、炎はまるで踊ったように渦を巻き始めた。
調子に乗ったジェイクは、両親とその旅芸人の仲間達が驚くのが愉快で、さらに炎を踊らせた。
これが「神の奇跡の術」を認識した初めての出来事である。
ジェイクの両親は、この彼の才能を出し物の一つにしようと考えた。
当時から「神の奇跡の術」でなく、魔術、手品、占い等は他の人々から見たら一緒くたである。
珍しいものを出し物にしているのは旅芸人だけなく、如何わしい商売をしている者も多かった。
教会はそれらのものを表向きは禁じていたが、免罪符を設けることで、税収の代わりとしていた。
ある時、原理派の一人がジェイクの技を見て「これは『神の奇跡の術』である」と確信し、ジェイクとその両親に声をかけてきた。
ジェイクを原理派に取り込もうとしたのである。
当然、ジェイクの両親は頑なに断った。
ジェイクは商売のタネであるし、何より教会に目をつけられたくなかったからだ。
しかし、その原理派の者はしつこく食い下がった。
これがジェイクとその両親にとって不幸の始まりであった。
ウェンゼンに異端審問がかけられ、重罪となり、原理派は追われることになった。
その原理派の者は姿を消したが、ジェイクが教会に囚われの身となってしまったのである。
ジェイクが囚われとなった直後、両親を含む旅芸人一座も糾弾された。
原理派と繋がっているという疑いがかけられ、一座は解散。
ジェイクの両親は路頭に迷い、さらには流行り病にかかってしまって命を落とした。
ジェイクはその後、洗礼を受け、聖職者の道を囚われの身であるにも関わらず歩んだ。
ちなみにジェイク以外にも「神の奇跡の術」を持つ者は、大部分が教会派の聖職者になっている。
これはラージム枢機卿が発端となり「神の奇跡の術」を持つ者を自身らの影響下に置くためであった。
ジェイクはその後、両親が流行り病で亡くなったのを知り、原因が原理派のあの者にあると考えた。
そして、その者だけでなく、原理派全体を恨むようになった。
原理派がいなければ、今でも両親は生きていた筈だからである。
ジェイクは道すがら、まず荘園を通り過ぎ、ヒューデン候の領内に行くことを護衛に話した。
すると護衛の隊長から当然の反応があった。
「何故です? まずは荘園で探るのがスジというものでしょう?」
「いや、荘園内であれば、既にミドモグ司祭が証拠を握りつぶしているであろう」
「しかし、わざわざヒューデン候の領内とは……」
「勿論、正体は隠していくさ。旅商人のふりでもすれば良い」
「でも、何故ヒューデン候の領内なのです?」
「噂ではウェスという者が宿場町のテファンにいる。その者は『荘園方臨時代官補』という良く分からない役職についている」
「その者に接触するのですか?」
「ああ、そのつもりだ。随分とミドモグについて調べているらしいからな」
「何故、ジェイク殿はそのような事までご存じで?」
「私は最近まで巡礼者だったんだよ」
「成程、それでですか……」
「ああ。少し前に一度、テファンに立ち寄ったこともある。その時はサトスガンへの訴人だらけだったがね」
「しかし、簡単にベラベラ話しますかね?」
「話さないだろうな。有益な情報は隠し持ってこそ、価値があるものだからな」
「では、何で……?」
「今でもサトスガンやミドモグへの訴人はいるだろう。そいつらの愚痴を聞きに行ってやるんだ」
「ほう?」
「そこで酒でも飲ませて色々と聞き出す。まぁ、愚痴だから尾びれはついているだろうがな」
「で、その愚痴を精査する訳ですか?」
「いや、そうじゃない」
「どういうことで?」
「そいつらの弁護人になって、訴人の付添いとしてウェスに会ってやるのさ」
「成程。そういう訳ですか」
「まずはウェスという者が、どのような者なのか知らなくてはな」
ラージム枢機卿の屋敷から十日以上かけ、ジェイクの一行は宿場町テファンに着いた。
そして、まずは酒場へと繰り出して行った。




