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第二十一話 魔術師、異民族と出会う

 一方のアンヘルはというと、ブレイズ、バズ、クランクらと共に地吹雪の中を彷徨さまよっていた。

 視界は最悪で、気温も吐いた息が凍るほどである。

 その中を宛もなく歩くのは、自殺行為といって良い。


「おい。アンヘルよ。このままじゃ凍死しちまうぜ。何処かでやり過ごすしかねぇぞ」


 クランクはアンヘルにそう言うと、アンヘルは静かに頷いた。

 アンヘルは少し何かを考えた後に、ボソボソと独り言をつぶやいた。

 魔法を使用したのである。

 本来ならば腕を広げ、大きく印を結ぶなどの動作を行う。

 ところが、この時は呟くようにしただけだ。

 それは何故かと言えば、風が強すぎて一連の動作を行うことが不可能であったからだ。

 それで仕方なく、言葉だけで魔法を使用したのである。

 

 言葉だけで行う術式は、効果が弱い上に使用する魔法も限られる。

 そこでアンヘルは現状で最適な手段を講じた。

 生命探知の術を使用したのである。

 すると遠方から人間よりも大きい反応が見て取れた。

 その反応は頑なにじっとしており、その場所から動こうとはしていない。


「恐らく冬眠中の熊が近くにいます。少し危険ですが、襲ってその洞窟でやり過ごしましょう」


 アンヘルは後ろの三人にそう言うと、手招きしながらスタスタと歩き出した。

 三人は呆れた顔で見合わせるが、言う通りにするしかない。

 

 暫く歩いていくと、アンヘルが言った通り洞窟を発見した。

 入口はやや雪で埋もれ始めていたので、注意していなければ見落としていたであろう。

 冬眠中の熊は凶暴なので、出来るだけ相手をしないに越したことはない。

 だが、このままでは凍死するしかないので、意を決し皆で入ることにした。


 松明に火を灯し、中へ入っていくと奥の方から物音がする。

 静かに耳を澄ますと、どうやらいびきのようであった。


「まだ寝ているらしいな。寝込みを襲えれば一番良いけどよ」


 バズは手斧を握りしめながら、そう呟く。

 すると、クランクは逸るバズを制する。


「バズよ。まずは俺とブレイズが矢を射る。お前さんはその後だ」

「大丈夫だって。クランクよ。オーガーもヒグマも大して変わりはしねぇさ」

「バカな事を言うな。ここでお前さんに大怪我されたら、荷物持ちが減るんだよ」


 当人達は静かに話しているつもりだが、ブレイズは気が気でない。

 僅かな物音でさえ気づかれる場合があるのだ。


 だが、バズとクランクは一向に気にしてしない。

 彼らは以前にも冬眠中の熊と出くわしており、逆に屠っていたのである。

 

「二人ともいい加減にしてください。大体、相手が熊が決まった訳ではありません」


 ブレイズは言い争いをしている二人にそうたしなめる。

 そんな二人は不意にワリッジのことを思い出し、不機嫌そうに頷いた。


「まずは私とクランク殿で斉射します。バズ殿はその後に続いてください」


 結局、クランクの最初の案が押し通されたので、バズは増々不機嫌となった。

 そんなバズをアンヘルは「まぁまぁ」と宥める。

 アンヘルも同じような気持ちになる事が多いので、バズの気持ちが手に取るように分かるのである。


 何時しかアンヘルは感情の機微を量れるようになっていた。

 それには街や城での出来事が深く関係していた。

 そして何より、ブレイズに言われたある言葉が深く関係していた。

 それは「人は弱いから宗教に頼る」という言葉であった。


 アンヘルは古代文明の研究の傍ら、人間に関しても自分なりに研究していた。

 自身が人間である筈にも関わらず、人間観察が面白いのである。

 アンヘル自身も「滑稽だ」と思いつつ、古代文明研究の気分転換がてら行うのだ。

 

「バズの場合はこんな時、煽てて少しの酒でも飲ませてやれば、落ち着く可能性は十割だな」


 アンヘルは心中でそう呟いた。

 そしてバズをおだてて少しの酒を与えると、スッカリ機嫌を直した。

 バズは単純な上に、直に嫌な事を忘れるので対応が楽なのである。


 クランクに至っては、意外とどんな時も冷静で、煽てても効果がない事が多い。

 だが、気にいった話題とかは延々と同じような事を繰り返す。

 冷静に考えれば、それが如何に不毛なことか分かる筈なのに、である。

 そういう意味では、アンヘルはクランクの方が気にいっていた。

 少しばかり複雑な性格の方が研究材料としては面白いからである。

 

 問題はブレイズである。

 アンヘルはブレイズに関しては「今までで一番、複雑な者」と勝手に評していた。

 ブレイズもまた、似たような印象をアンヘルに持っている。

 そして、それは二人に何とも表現し難い感情を芽生えさせていたのである。

 

 さて、三十メートルばかり進むと巨大なヒグマが鼾をかいて寝ていた。

 クランクとブレイズは、ゆっくり矢をつがえて狙いをすます。

 そして、矢を放ったのだが、事もあろうにブレイズの矢はあらぬ方向へ飛んだ。

 クロスボウの弦に雪がこびり付いていたのが原因である。

 クランクの矢もヒグマの頭に命中したが、致命傷には至らなかった。

 

 当然ヒグマは起き、怒って飛びかかってきた。

 バズは二丁の手斧を握りしめ、ヒグマと対峙する。

 その際、アンヘルは魔法をバズにかけた。

 少しでも怪我をしないように、魔法の鎧の術を与えたのである。

 

「ちっ! こいつは今まで会った中で一番の大物だ! 簡単にはいかねぇぞ!」

 

 魔法の鎧の術を与えられたバズであったが、猛り狂うヒグマの強さはオーガーを軽く凌駕していた。

 両方の前足を巧みに使うヒグマは、バズの腕や頭、腹を執拗に攻撃してくる。

 バズも両手に持った手斧であらがうが、中々致命傷には至らない。

 

 ブレイズやクランクはどうにかして助太刀したいが、バズが邪魔で中々思うように前に出られない。

 そんな中アンヘルはというと、澄ました顔して見守っているのである。

 クランクはそんなアンヘルには既に慣れているが、ブレイズは苛立ちを募らせていた。

 

「呑気に事を見守るだけか!? 君という奴は!」

 

 ブレイズはアンヘルにそう怒鳴った。

 それにアンヘルは怪訝けげんそうな表情を浮かべただけである。

 何で怒鳴られたのか理解出来ないようであった。

 

 だが、怒鳴られたアンヘルは直に前を向き、ヒグマとバズのやり取りを見ることにした。

 そして、ヒグマがバズの顔を目がけて振りかぶった時である。

 アンヘルは突如、手をかざしたのである。

 まばゆい光をヒグマの目に当てると、ヒグマは顔を反らした。


「おお! ありがてぇ! くらえ!」

 

 バズはそう叫ぶと、ヒグマの首へ目がけて手斧を振り払った。

 その一撃が致命傷となり、ヒグマは断末魔をあげてピクリともしなくなった。

 そして、バズは愉快そうに高笑いをしたのである。

 

 それから、その洞窟に住み着いて二週間が経過した。

 熊の肉だけでなく、その熊が起きた時に食べようとしたであろう鮭もあったので、食糧は問題なかった。

 だが、二週間も洞窟の中に居れば当然、暇で仕方ない。

 

 アンヘルとブレイズはずっとチェスを興じていた。

 アンヘルはルールが分らなかったが、ブレイズが教えると直に上達した。

 そして、その腕は恩師エイドに勝るとも劣らない腕前になっていた。

 

 クランクは暇つぶしで熊の毛皮をなめしていた。

 それが終わると木材で簡単なそりを作っていた。

 外は大雪なので運搬に便利だからである。

 クランクは元々、家具職人の子だったのでノウハウがあるのだ。

 

 バズはというと、同じく木材で鳥の木彫りの彫像を彫っていた。

 アンヘルはチェスをしながら、その出来栄えに驚いた。

 見事な腕前であったからである。


「バズ。君がどうしてそんな事が出来るのかね?」


 素っ頓狂なアンヘルの表情に思わず笑いながらバズは答えた。


「以前、俺っちが牢役人していたのは言っただろ?」

「ああ。以前、聞いたことがある。牢役人というのは、そういうのも仕事の内なのかい?」

「違うよ。暇だったから、こうやって時間を潰したんだ」

「そんなに牢役人とやら暇なのか?」

「俺っちがいた町じゃあな。始めは、せいぜい酒場で酔って喧嘩した奴をブチ込むぐらいしかなかったからな」

「成程。それで自然と腕前があがった訳だ。見事な雲雀ひばりだよ」

「有難うよ。けどよ。偶にはいいが、やはり体を思いっ切り使う方が性に合うぜ」

「どうして?」

「その方が酒や飯が美味いからに決まっているだろうが!」


 バズはそう言って今度は豪快に大声で笑った。

 そして、以前いた町のことを思い出していた。


 バズが山賊になった理由であるが、上司を殺したのが原因であった。

 その上司はある商人の若い娘に横恋慕し、その商人に濡れ衣を着せて捕縛しようとしたのである。

 商人を脅して、その若い娘を自分のものにしようとしたのである。

 その時、バズをその商人の元に向かわせようとしたのだ。


 バズとその商人の親子は旧知であり、バズは上司にやめるように嘆願した。

 すると上司はバズを殴りつけ、バズの顔に唾を吐いた。

 その刹那せつな、バズは怒り狂って何度も上司を殴った。

 気づいた時には既に上司の顔は血まみれで、眼球が飛び出てしまっていたのである。


「こいつぁいけねぇ! どうにか誤魔化さねぇと!」


 しかし、既に時は遅し。

 同僚達が騒ぎ出していたのである。

 

「ええい! こうなったら、こうするまでだ!」


 バズは捕えていた山賊たちを皆、牢獄から出すと一緒に逃亡した。

 その中にはケプラーやダクシズの姿もあった。

 こうしてバズは山賊の仲間入りになったのである。

 

 丁度クランクが橇を作り終えた頃に、二週間以上も続いた地吹雪が止んだ。

 四人は洞穴から抜け出ると一路、西へと向かった。

 雪は想像以上に深く、歩くのには適していないが贅沢は言っていられない。

 また地吹雪がやってくるか分らないのである。

 

 それから一週間ほど歩き続け、ようやくオボサ族がいる集落の近くまで来た。

 雪上の道なき道を歩いていると、四人は不意に誰かに声をかけられた。


「止まれ! その先に行くのなら容赦はせんぞ!」


 何時の間にか四人は者達に囲まれていた。

 いや、者達に待ち伏せられていた、というのが正しいのかもしれない。

 一人を除き、他の者達は木の上で弓を構えていたからである。


「君たちはオボサ族か!?」


 ブレイズが声をかけてきた者に問いかけた。

 声の主は声質から言って男であろう。

 ただ、全身だけでなく顔も隠しているので判別がつきにくい。


「そうだ。我らに何の用があって来た!?」

 

 ブレイズは一枚の割符を取り出し、こう叫んだ。

 

「私はフェゴロフ殿から割符を預かったブレイズという者だ! 至急、シュリンケル殿にお目通りを願いたい!」

「では、その割符を投げよ!」

 

 ブレイズは言われるがまま、その者の指示に従った。

 その者は割符を持って、何処かへ行ってしまった。


「おい。大丈夫かね?」

 

 そう呟いたクランクは、何時でも弓で攻撃出来る用意をしようとした。

 だが、その行為をブレイズはなだめ、暫く待つように促した。

 

 そして、一時間ほど待たされると、再びその者は現れた。

 傍らには、背が曲がったおきなを連れている。

 

 翁は四人の前に立つと、いきなり何か得体の知れない言葉を発した。

 するとアンヘルは咄嗟とっさに返した。

 その不思議なやり取りは、数分ほど続いた。

 

 暫くして、翁は大声で笑った。齢に似合わず、甲高い声であった。

 そして、翁はそばにいる者に何やら言葉を交わした。

 すると、今までやり取りを見張っていたその者は「ついて来い」と言わんばかりに手招きをした。

 

「おい。アンヘルよ。さっきのは一体、何だったんだ?」

 

 バズはアンヘルに訊ねた。

 するとアンヘルはニコッと笑って、こう言った。


「古代文明時代の幾つかの言葉で会話しただけですよ」

「どういう会話だよ?」

「まずは挨拶。その後はちょっとした世間話です」

「世間話?」

「ええ、例えば『神は存在するか?』といったね」

「……それを世間話って言うのか?」

「世間話でしょう? 女達の時間潰しの会話ぐらい、意味のないことですから」

 

 その言葉を聞いてバズだけでなく、クランクやブレイズも思わず吹いてしまった。

 女達の井戸端会議と神学者の論争を、同列に扱っていたからである。

 

 翁は姿恰好からして、かなりの高齢のようである。

 だが、降り積もった雪の山道を、難なくヒョコヒョコと歩いていく。

 その速さはとても翁とは思えないので、アンヘル以外の三人は「これも魔法か?」と思ったぐらいである。

 

 暫くして一時間ほど歩くと、集落に出た。

 連れられた四人は、そこで驚くべき光景を見た。

 オボサ族の姿恰好が、人か異種族か見分けがつかなかったのである。

 

 男は皆、頭頂部まで剃りあげ、髪は後ろに三つ編みにして束ねている。

 女は頭頂部まで剃りあげはいないが、同じく三つ編みにしている。

 俗言う辮髪べんぱつなのであるが、このような習慣は本来、この地にはないものである。

 

 それよりも驚くべきは顔の造りである。

 色や黄褐色で目は細く、唇は薄い。

 そして全体的に角張ったような形である。

 

 翁は驚くそんな四人を見て、こう言った。

 

「何をそんなに驚いておる? 彼らも人間じゃぞ?」

 

 ブレイズはそう言われたので、慌てて取りつくろう。

 

「いや初めて、かような異民族と接触したものですから」

「お前さんたちの中にも、同じ血は入っておるのにか?」

「……どういうことです?」

「彼らは遠い昔に、無理やり連れて来られた純血腫。儂やお前さん達は雑種だよ」

「……意味が分りません」

「なぁに、分っても意味はない。だが、同じ人間じゃ。決してゴブリンと同じと思うなよ」

 

 翁はそういうと、また大声で笑った。

 アンヘルだけは理解したようで、思わず釣られて笑った。

 残りの三人は首をかしげるだけである。

 

 そして、また歩き始めたのだが、その直後のことだった。

 バズが背中のナップザックから、ある物を落としたのである。

 それは洞窟で作り上げた雲雀の木像であった。

 

 すると、それまで四人を遠巻きに見ていたオボサ族の童が集まってきた。

 そして、雲雀の木像を拾い上げ、皆で騒いでいるのである。

 だが、その言葉がバズに理解出来ない。

 

「褒められているんですよ。バズ。君が作った彫刻をね」

 

 困惑していたバズにアンヘルが答えた。


「アンヘル。お前さん、言葉が分かるのか?」

「ええ。ここの言葉は、古代文明時代に使用されていた言語ですので」

「……なんでまた?」

「私も詳しくは知りません。ただ、我々の言語も元々、古代文明時代の言語が崩れた代物ですよ」

「何でそんな事が分かる?」

「私は古代言語学についての知識があります。共通点を見つければ造作もないことです」

 

 傍から聞いていたブレイズは、この時に心の中で驚きの声をあげていた。

 教会では「言葉は神の贈り物」と教えられている。

 そして、これもまた教会が古代文明を研究する者達への排斥運動にも繋がっていた。

 

 更にアンヘルはバズが困惑している様子を見ると、こう切り出した。

 

「君とクランク君はここで童と一緒に遊んでいるといい」

「おいおい。急にそんな」

「大丈夫だろうさ。言葉の通じる者もいるんだし」

 

 最初は戸惑いを隠せないバズとクランクであったが、オボサ族の女も加わったので、みるみる機嫌が良くなった。

 クランクは熊の毛皮を取り出すと、バズに負けじと自慢話を始める。

 すると、今度はバズが近くにあった薪を手に取って、彫刻を彫りだした。

 

「彼らはアレで良いでしょう。互いの自己顕示欲に満足出来れば問題ありません」

 

 アンヘルはその光景を見るとニコッと笑って、そう翁とブレイズに言った。

 二人は苦笑するしかなかった。

 

 バズとクランクを除いた二人は、また翁の後を追って歩き始めた。

 次第に集落で一番であろう大きな建物が見えてくる。

 建物は外見からして、古代文明時代からのものであろう。

 

「恐らく、ジュレリス皇帝時代のものですね。そうなると、随分経つなぁ…」

 

 アンヘルはそう独り言を呟くと、翁は驚嘆の声をあげた。

 

「こりゃ、驚いた。君は一体、何者かね?」

「一介の魔術師です。それが何か?」

「……いやいや。最近の大学では、ここまで教えているのかね?」

「大学なぞというものには、一度も行ったことはありません」

「では、師匠は誰だね?」

「名も無き一魔術師です」

「隠す必要はないのだぞ?」

「隠すも何も、わが師は私に名を教えずに、この世を去ったもので……」

 

 そこで、アンヘルは翁に今までのことを話した。

 グザヴィス導師から「ザムレン導師ではなかろうか?」ということも含めてである。(第二章参照)

 すると、翁は納得したらしく、乾いた笑いをした後にこう述べた。

 

「君の恩師がザムレン導師であれば、確かに納得できる」

「そして、ここにいるブレイズ君と共に、知識の探究をしているのです」

「ふむ。しかし、君の求めている答えは……」

「そうです。飢饉に強いと思われる『神に滅ぼされた麦』について、です」

「悪いがそのような代物は存在せんよ」

「やはり種も存在していないのですか?」

「そうではない。元々ないのだ。君のいうような麦はな」

「しかし、ゾフス古代史書の三巻には……」

「ああ。それはある。正確にはあった。だが、君が求めている代物ではない」

 

 アンヘルは目をパチクリさせて、冷静に考えようとした。

 しかし、幾ら目をパチクリさせても答えが浮かんでこない。

 そこで翁に説明を求めることにした。

 

 翁から言い渡された事実はアンヘルにとって衝撃的なものだった。

 実はアンヘルとは逆の作物だったのである。

 というのも、あまりに味を探究しすぎた為、他がおろそかになり滅んだというのだ。

 つまり「神が与えた高慢なラギフ人への罰」とは、品種改良で味だけをこだわった結果なのである。

 その結果、冷害や害虫、日照りに弱い麦を繁殖させ、自ら飢饉を招いたというのだ。

 

「……困ったことになった。すぐそこまで飢饉は押し寄せているのに」

 

 アンヘルは頭を抱えた。

 しかし、幾ら頭を抱えたところで意味はない。

 

「飢饉に強い代物ならある。ついて来るが良い」

 

 翁はそういうと、また他の場所へと歩き出した。

 今度は小さい畑であった。

 翁は着いた早々、ある植物を根っこから抜いた。

 その瞬間、辺りを悪臭が漂ったのである。


「これじゃよ。アンヘル君。コボヴィド芋という穀物じゃ」

「酷い臭いですね……食べ物とは思えない」

「まぁ、このまま一応、食える。食べてみなさい」

 

 アンヘルは言われるがまま、その芋を食べた。

 するとあまりにも不味く、吐き気を催すほどであった。

 翁はまた乾いた笑い声をあげて、アンヘルにこう言った。

 

「これは飢饉に強いぞ。どんな所でも生きていく生命力の強い芋じゃ。これで問題なかろう?」

「しかし……これは確かゴブリンどもの」

「そうじゃ。連中の餌でもある。連中はこの芋が主食じゃからな」

 

 アンヘルは少し押し黙った。

 そして、翁におもむろに切り出した。


「これは持って行っても無駄です。他の手段を講じようと思います」

「何故、そう言い切れるのかね?」

「臭いも味も、これでは話になりません」

「しかし、飢饉においては問題ない筈であろう?」

「人間というのは兎角、合理的な種族ではありません」

「……ほう?」

「それに飢饉が去れば、また同じ過ちを繰り返すでしょう。この芋も捨てられる筈です。となれば、真の解決法にはなりません」

 

 翁はアンヘルの答えを聞いて、愉快そうに大笑いした。

 翁自身も同じ答えであったからである。


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