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第二十話 じゃじゃ馬、芸術の都を闊歩する


 コルムはデリック親子らが心配ながらも、生まれて初めて訪れる芸術の都に思いを寄せていた。

 それに絶世の美人大魔道士にも会えるかも知れないのである。


「会ったら占ってもらおうかな? やっぱり恋愛運かな? 金運はもういいし」


 呑気にそんな事を考えていると、途中で物乞いの老人が騎馬隊の行列の前を横切った。

 コルムはその老人を見て驚いた。

 ウェンゼン元枢機卿と思われる人物だったからである。


「一体、こんな所で何をしているの?」


 騎馬隊の兵士に僅かな金をせびりながら、その老人はコルムの方に近づいた。

 物乞いの老人はコルムに近づくなり、小声でこう述べた。


「お前さんは何をしておるのじゃ?」

「しょうがないでしょ……。成り行きでそうなっちゃったのよ」

「お前さん……禁忌の術まで会得したのか……予想以上であったわい」


 コルムには何のことか分らない。

 そもそも、神の奇跡の術について分らないことだらけである。


「禁忌の術って何? 教えてよ」

「知らないで使ったと申すか? 憑依の術のことだぞ」

「憑依の術ですって?」

「お前さん、自分以上の力を使ったような心当たりがないのか?」

「あるけど……けど、それが憑依の術なの?」

「くれぐれも申しておくが滅多に使うでない。でなければ、お前さんの精神が破たんをきたす」

「ええっ!? でも、今の所…そんな事ないみたいだけど…」

「しかも、お前さんが呼び出したのは……」


 物乞いの老人は静かに目を瞑り、間をおいて溜息をついた。


「何という事だ。とんでもないお人がついておる」

「……誰なの?」

「どうやらゲドルズ将軍のようだ。彼女も神の奇跡の術を持つ人物だったらしいな」

「……ええっ!?


 コルムは思わず驚いたが、心当たりがない訳ではない。

 あの時に聞こえた低い女の声を持つ者は、村人にいなかったからである。

 伝説の女将軍が近くで見守ってくれている、と思えば力強い。

 だが、それでは次第にコルムがコルムで無くなってしまう、かも知れないのである。


 物乞いの老人はそれだけを伝えると、そそくさと立ち去ってしまった。

 コルムはもっと聞きたい事があったが、無視されてしまったのである。


「あの老人がどうかしたのかね?」


 近くにいたジェスター准男爵がコルムに声をかけてきた。

 コルムは笑って誤魔化し、心残りではあるがその場を後にした。


 騎馬隊とコルムは数日かけて行軍した後、目的の地サフェンベルへと辿りついた。

 城下町は整然とされ、人々の表情も豊かである。

 大きな商店には綺麗な陶磁器なども並んでいたが、あまりコルムには珍しくない。

 それもその筈で、古代文明時代の見事な彫刻などを、コルムは既に見ていたからだ。

 

「どうです? 中々の良い壺があるでしょう。何せ、伯爵のお墨付きの職人たちがおりますからな」


 ジェスター准男爵は自慢げにコルムにそう語った。

 コルムは少し返答に困ったが、また笑顔で誤魔化すしかなかった。


「ところでジェスターさんって、美人大魔道士さんにお会いしたことがある?」


 コルムは返答に困ったついでにジェスター准男爵に聞いてみた。

 話題を変えたいからでもあるが、元々気になっていた事柄でもある。


「美人大魔道士……はて? 聞いたことがないな」

「そんな訳ないでしょう? この街にいるって聞いたわよ。会ったら色々と占ってもらいたいし」

「私もそんなにこの街にいる訳ではないからね。普段は領地でくすぶっている訳だしな」

「そうなの? でも、噂ぐらいは聞かない? だって、大魔道士なんて滅多にいる人じゃないんだし」


 ジェスター准男爵は会ったことはないが、アンヘルの噂は聞いている。

 だが、アンヘルはまず男だし、占いなんぞ見てもらった人物など皆無である。

 コルムも困った表情を浮かべるジェスターを見ると、嘘をついているように思えない。

 気まずいまま街を進んで行くと、途中にある酒場をジェスターは見つけた。


「あの酒場は確か『魔術師が入り浸っている』と聞いています。聞いてみたらどうかね?」


 ジェスターが指で指した酒場は、アンヘルがよくバズとクランクと一緒にやってくる酒場であった。

 あまり綺麗といえない場末の酒場だが、飯は中々の評判の店である。


「じゃあ、あそこに行けば何か分かるかもしれないのね? ちょっと行ってくる」


 コルムはジェスターを尻目に酒場に入っていった。

 ジェスターは呆れたが、苦笑するしかない。

 ベルトルン伯爵に報告するほうが先なので、部下を一人おいてその場を去ることにした。


 既に夕暮れに差し掛かった頃であったので、酒場はそれなりに賑わっている。

 コルムは丁度、空いていた席に座り、まずは注文をするために店員の女に声をかけた。


「ええっと……ここのオススメの料理って何?」

「そうですねぇ…それなら時期的に鮭のムニエルってどうです?」

「鮭の……あ、それよりもお野菜ないかしら? それか卵料理。肉と魚はダメなの」

「それならばございますよ。野菜シチューとスクランブルエッグぐらいになりますけど」

「じゃあ、それでお願い」

「かしこまりました」

「あ、それとここに『美人の大魔道士さんが来る』って噂を聞いたんだけど」

「……え? 今、なんとおっしゃいました?」

「だからぁ…『美人の大魔道士さんが来る』が来るって…」


 女の店員は思わず声をあげて笑ってしまった。

 女の店員はエイリン(第二話参照)で、アンヘルの素性を知っている者だったのである。

 

「貴方、アンヘルさん目当てでこの街に来たの?」

「美人魔道士さんのお名前はアンヘルさんっていうの?」

「違うのよ。アンヘルさんは確かに綺麗な顔立ちしているけど、れっきとした男性なのよ」

「ええっ!? でも、世間じゃ美人大魔道士だって……」

「どこからそんな噂が流れたのかしらね。けど、その噂は初めて聞いたわ」


 エイリンは笑いが止まらなかった。

 確かに綺麗な顔立ちはしているが、恰好は汚くてもどこ吹く風のアンヘルが美人呼ばわりされていたからだ。

 コルムはガックリと肩を落とした。

 人の噂ほど当てにならないものはない。

 

「ちょっと! エイリン! 何時まで立ち話しているさ! 注文あがったよ!」

「あ、はい! ただいま!」


 中年の太った女将がエイリンを叱りつけた。

 エイリンは「詳しいことはまた後で」とコルムに言ってその場を離れる。


「折角、占ってもらおうと思ったのに……あ、でも男でも占いは出来るか」


 コルムはアンヘルが美人魔道士でなかったことにガッカリしたが「占いはまた別だ」と思い直すことにした。

 大体、美人魔道士に会う目的は占いであるのだ。


 暫くして、料理が運ばれてきた。

 持ってきたのはエイリンでなく、女将のダリアだった。

 ダリアはエイリンからアンヘルの噂を聞いたので、自らコルムに料理を運んできたのである。


「はい、料理出来たよ。アンタがアンヘルさん目的で来たお嬢ちゃんかい?」

「ええ、まぁ……アンヘルさんってどんな人なんです?」

「変人としか言いようがないねぇ…魔術師なんて皆、そんなもんかも知れないけどね」

「でも、占いの腕とかは凄いんでしょ?」

「あの人は占いなんてしないよ。小難しい話をして、古代文明の本を読み漁るぐらいさ」

「ええっ!? そんな人なんですか!?」

「確かに見た目は良いかもしれないけどねぇ。古代文明とやらの知識とやらは凄いみたいだけどさ」


 コルムは予想外の答えに茫然となった。

 頭が真っ白になった。

 だが、冷静に考えてみれば、確かに矛盾点が多かったのも事実である。


 そして、冷静に聞いてみると、古代文明の知識に関しては豊富であるという。

 それならば「神の奇跡の術」についての知識があるかもしれない。

 そう考えてみると、改めて会ってみるのも悪くない気がしてきた。


「で、そのアンヘルさんでしたっけ? 今、何処にいらっしゃるんです?」


 ダリアに聞くとダリアも困った顔をして、こう答えた。


「なんでも南になんとか山脈に行くとかでねぇ……」

「御帰りは何時頃なんでしょう?」

「さぁねぇ…。春以降みたいな事を言っていたわねぇ…」

「春以降…ですか…」


 コルムは軽くため息をついた。

 だが、ずっとデリック一家が住む村に滞在すれば良いし、時間はタップリとあるのだ。

 それに今は何といっても、ワヴェングを取り戻すことが先決である。

 そこで今度はベルトルン伯爵について、ダリアに聞くことにしてみた。


「ここの領主の伯爵様ってどんな方なんです?」


 今度はいきなり領主である伯爵について聞いてきたので、ダリア少し怪訝けげんそうな表情を浮かべた。

 だが、話してみると悪い娘とは思えない。

 少し変わった娘であるが、そんな所はあの奇人魔術師と少し似ている。

 そこでダリアも、思ったことを素直に言うことにした。


「良い領主様よ。絵ばっかり描いているみたいだけどねぇ」

「絵ばっかり…ですか?」

「そうねぇ。でも、悪い人じゃないと思うわ。気さくな方と評判よ」

「そうですか。安心しました」

「けど、何でそんな事を聞くわけ?」

「いや、色々とあって…謁見することになっちゃって……」


 コルムは、自身が飼っている九官鳥を伯爵が気にいってしまい「取り返すために来た」と素直に言った。

 九官鳥とはワヴェングの事であるが、そんな事は口が裂けても言えない。

 大体、言ったところで嗤われるのがオチである。


 次第に酒場の注文も落ち着いてきたのでエイリンもやってきた。

 そして、エイリンはコルムにこんな事を言った。


「よければ明日、街を案内するわよ? どうかしら?」

「いいの? 大丈夫?」

「いいわよ。どうせ、お昼前なら暇だもの」

「嬉しいわ。じゃあ、明日ね。約束よ」


 コルムは街を案内してもらえるよりも、同世代の女の子と歩き回れるのが嬉しかった。

 初めて同世代の友達が出来た、と素直に喜んだのだ。


 そんな矢先、一人の兵士がコルムに話しかけてきた。

 誰であろう、ジェスターに命じられ、コルムを待ちぼうけしていた兵士である。


「あの、コルムさん。ジェスター准男爵殿からのご伝言です」

「ああっ!? ごめんなさい! すっかり忘れていた!」

「ハハハ。いいんですよ。ですが、謁見の件なんですが」

「あ、はいはい。明日でいいですか?」

「こちらの宿をおとりしましょうか? コルムさんもここが気に入ったようですし」

「いいんですか!?」

「いいですよ。ツケは城のほうに回しておきますね。謁見のほうは何時でも宜しいので」

「有難うございます! 助かります!」

「では、私はこれにて失礼させて頂きます」


 コルムはその場で兵士を見送ると、エイリンと明日の街での探索のことを話しあった。

 そして、この宿屋で一泊し、コルムは久々に楽しい夢を見たのである。


 翌日となり、起きてくると既に朝食の用意が出来ていた。

 コルムは、肉や魚を食べられないと知っていたので、食事にそのようなものはない。

 コルムはその心遣いに感謝しながら、朝食に舌鼓をうった。

 久しくこのような朝食はとっていなかったので、嬉しい限りである。


 そして朝食後に、エイリンと伯爵に会うための礼服を探しに散歩がてら出かけた。

 コルムもやはり女性である。

 色々な服を見ると目移りするのは当然なのだ。

 色やデザイン、値段を見ながら葛藤しながら会話する。

 そして、結局また「別の店に行く」ということの繰り返しである。

 ああでもない、こうでもないと言いながら、時間だけが過ぎていく。

 だが、その時間が何より楽しいのである。


 しかし流石に昼近くになってくると、エイリンも仕事のことがある。

 結局、最初に来た店に戻り、最初に選んだ服を買った。

 そんな彼女達は笑顔で別れたのである。


 コルムはエイリンに「後で昼食を食べに行く」と言ってから、正午前の散歩を楽しむことにした。

 しかし、散歩を始めて数分で思わぬ人物を見かけた。


「あの人…確か、ロットン隊長さんよね?」


 ロットンはコルムに気づいていないらしく、その場を立ち去ろうとしていたので、慌ててコルムは人混みを掻き分けて近づいた。


「やっぱりロットンさんだ! お久しぶりです!」


 いきなりコルムが現れたので、ロットンも思わず「あっ」という声をあげてしまった。

 片田舎のゲドルズ将軍が目の前にいるからである。

 

 ロットンは昨日のうちにグッデン男爵と再会し、村の状況を聞いたばかりである。

 その時のコルムの働きぶりを、惜しみもなくグッデンはロットンに語っていたのだ。


「あの小娘が一騎打ちの相手だったら、私は尻尾を巻いて逃げるね。命あっての物種だ」


 と笑いながら酒の肴にしていたのである。


「何だって君がここにいるのかね? 確かに村は平和になったとは思うが……」


 コルムは田舎娘らしい、あどけない笑顔を見せてからこう言った。


「ここの伯爵様に用事があってですよ。ロットンさん」

「用事? それはベルトルン伯爵殿への礼とかかね?」

「それもありますが、大事な友達が伯爵様のところにいるので」

「大事な友達?」

「あ、友達といってもペットですけどね。九官鳥の」


 ロットンは「ああ」と思わず答えた。

 ベルトルン伯爵が「思わぬものを手に入れた」と喜んでいたことを思い出したのである。

 同時に村での九官鳥の働きぶりも思い出していた。

 盗賊達の根城を直に確認したのは九官鳥のお手柄でもあったのである。


「しかし何だって、あの九官鳥がベルトルン伯爵の元にいるのかね?」

「伝書鳩の代わりに使ったんですよ。そうしたら伯爵様がお気に召したらしくて…」

「九官鳥を伝書鳩代わりに? まさか、そんな事が……?」

「あの子は特別で、凄く頭の良い子なんですよ。信じられないかも知れませんけど」


 九官鳥に関してロットンはあまり良く知らないが、確かに「タクサンイタ!」と連呼していたのは驚きだった。

 大体、人がいたことを認知出来る事自体、普通の鳥には不可能である。

 九官鳥は貴族の中でも、一部の者にしか飼っていない。

 その中でも間違いなく、ずば抜けていることは必定である。


「あの九官鳥がベルトルン伯爵殿の元にいるのか。しかし、伯爵殿が簡単に手放すであろうか?」


 ロットンはそう考えていたが、一方のベルトルン伯爵は少し事情が変わりつつあった。

 何故かといえば、ワヴェングの言動がはなはだ困り果てたものだからである。


 ベルトルン伯爵は嬉しさの余り、まずは家臣達に見せて自慢した。

 すると九官鳥姿のワヴェングは家臣達にこう叫んだ。


「やぁ! これは謀反を企む輩と、賄賂をとることしか能がない連中が来たぞ!」


 他にもこんな事を言った。


「そこの中央のスケコマシ野郎は両隣の奴の女房とデキているぞ! 両隣の奴は何せタダでさえ役立たずなのに、夜には更に役立たずだからな!」


 最初は伯爵も家臣達も苦笑いしていたが、あまりの悪口雑言を並べたてるので、ほとほと参っていた。

 しかも伯爵は手紙にワヴェングのことを自慢していたので、遠方からも客がワヴェング見たさに来訪してきた。

 その度にワヴェングは「これでもか」とばかり、悪口雑言を並べ立てる。

 嫌われたい一心なので、全く遠慮というものはない。


「ケバいババァが止せばいいのに、臭い香水までつけやがってよぉ!」

「それでカツラを誤魔化せているつもりか!? このウスラ禿め!」

「わざわざ来るなんてご苦労なこった! 余程、退屈だと見える! 領民から搾り取るだけが仕事だから楽なもんだしな!」


 事あるごとに、このような言葉が並べ立てるのである。

 中にはカンカンになって「二度と来るものか!」と捨て台詞を残し、帰ってしまった者もいた。

 

「なんという九官鳥だ……。飼い主の顔が見てみたいものだ」


 ベルトルン伯爵はそんなワヴェングを見ながら、次第にそう思うようになっていた。

 自身だけならまだしも、親友まで悪口雑言の餌食にされるのである。

 更にその悪口雑言は伯爵自身も、薄々思っていた暗黙の了解に等しいものが多い。


 ため息交じりに、試にベルトルン伯爵は九官鳥に飼い主のことを聞いてみた。

 すると九官鳥姿のワヴェングは、伯爵にこう告げてきた。


「ブスだが、ここに来るババアどもよりはよっぽどマシだ! この唐変木とうへんぼく!」

 

 一方コルムはというと、呑気に軽い昼食をすませて伯爵の居城、サフェンベル城へと向かっていた。

 ガドウィン家からの報酬を貯めたお金で、購入した礼服を既に着こなしていた。

 服を選ぶセンスは中々である、エイリンの見立てだから問題はない、と思っている。

 少し地味ではあるが、元々が田舎娘なんだから気負いもあまりない。


 さて、サフェンベル城に到着すると衛兵がコルムを止めた。

 何処の素性か分らない平民の娘を止めるのは、衛兵にとっては当然である。

 コルムもその事ぐらいは把握していたので、こう切り出した。


「衛兵さん。『コルムが来た』とジェスター准男爵様に、お伝え願えるかしら?」

「ジェスター准男爵殿にか? 少々、待つが良い」


 一人の衛兵が城内に赴き、暫くするとジェスターがやってきた。


「やぁ、コルム君か。見違えたようだな。案内するから付いてきなさい」

「はい! 准男爵様!」


 コルムは初めて入る城に緊張しながらも、楽しんでいた。

 ジェスター准男爵は齢も近い上に、中々のハンサムである。

 そんな彼にエスコートされて、彼女自身は少し貴族の令嬢になった気分だ。

 

 ジェスターはというと、未だにこの田舎娘が「ゲドルズ将軍の再来」とうたわれているのに、少し疑問を持っていた。

 彼自身が、その現場を見ていなかったのである。


「本当にこんな田舎娘が、投石だけで追い返していたとは…やはり、まだ信じられん」


 少し緊張しながらも、好奇心で城内をジロジロ見るゲドルズ将軍には苦笑せざるを得ない。

 一見、小動物のようにも思えるこの者を「おかしな娘だ」と思っているだけにしか過ぎなかった。


 謁見の間に到着したので、衛兵に扉を開けさせて室内に入る。

 既にそこにはベルトルン伯爵が少し呆れた顔で待っていた。


「この九官鳥の主とは君かね?」


 ベルトルン伯爵は不意に訪れたコルムに向かい、そう切り出した。


「はい! ああ、やっぱりワヴェちゃんだ! 良かった! 無事で!」


 伯爵は九官鳥を見ると、九官鳥はいきなり騒ぎ出した。


「コルム! 早く助けろ! この城にこれ以上居たらバカになっちまう! この城にはバカしかいねぇぞ!」


 いきなりのワヴェングの罵りぶりに、少し唖然とするコルム。

 しかし、気を取り直し伯爵にこう告げた。


「申し訳ありません! この子、凄く口が悪いので……」


 伯爵は苦笑して軽く手を振った。

 そして、既にワヴェングに愛着もないことをコルムに告げ、解き放つことを約束したのである。

 ついでに聞きたいことがあったので、喜ぶコルムに伺うことにした。


「君は『ゲドルズ将軍の再来』とちまたでは噂されているようだね」

「あ、はい! いや、その…お恥ずかしい限りなんですが…」

「気にする事はないだろう。まぁ、確かに醜女で有名な女性と同じに扱われるというのは、いささか面白くないかも知れぬがね」

「別にそんな事はないです。ただ、畏れ多いので……」

「ハハハ。その九官鳥を飼っていれば、そのような事を言われても動じない、ということかな」


 コルムはこれには思わず笑ってしまった。

 同時に気さくな伯爵に少し好意を寄せた。

 ベルトルンもワヴェングのおかげで来客が減ったこともあり、暇なのでコルムと暫く話すことにした。


 コルムは出されたスコーンをかぶり付きながら、アンヘルの噂話を伯爵に申した。

 すると、やはり伯爵は大笑いをした。

 アンヘルの噂話はアンヘルの実物を知る人々にとって、恰好の肴であるのだ。

 

「実物はもっと違うがね」と前置きした上で、伯爵は噂話のお礼として、コルムにアンヘルが描かれた絵を見せた。

 コルムは一見、少女のように描かれたアンヘルを見ると、増々会いたい気分になった。

 

 その後、コルムは「アンヘルが帰ってきた際に必ず立ち寄る」と伯爵に告げて、ワヴェングを連れて帰路についた。


「さぁ、帰りましょう。ワヴェちゃん」

「洞窟にか?」

「違うわよ! デリックさんの所に決まっているでしょ!」


 そんなやりとりを無言の会話でする帰路は、コルムにとって捨て難いものである。


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