第十九話 じゃじゃ馬、女将軍となり凶賊を蹴散らす
コルムも次第に多くなる敵兵の頭に石をぶつけながらも応戦するのだが、次第に手持ちの石がなくなっていった。
仕方ないので瓦礫まで相手にぶつける有様である。
しかし、それでも当てるコルムの投擲は実に見事としか言い様がない。
「あのクソアマを殺せ!」
敵兵の誰かがそう叫んだ。
振り向くと剣を手にした二人の敵兵がコルムに襲いかかって来た。
「貴様らも死にたいか!!」
必死の形相で猛獣の咆哮を繰り出すと、その声に動転したのか二人とも転倒してしまった。
「こ、この化け物! 地獄へ落ちろ!」
一人の兵が叫んでショートスピアという短槍をコルムに投げつけた。
一メートル強ほどの槍がコルムの顔を目がけて飛んできたのである。
その時、コルムは思わず「死ぬ」と思った。
「ダメ! ここで私が死んだらあの娘達は・・・」
そう思った瞬間、顔から寸でのところで飛んできた槍を片手で掴んでいた。
「ひっ! ひぃぃぃぃ!!」
短槍を投げた敵兵は悲鳴をあげた。
その敵兵に投げ返そうとしたその時である。
百メートルほど離れた所から女性の悲鳴が聞こえた。
その方角を見ると燃え盛るデリックの家であった。
そして、家の中にいたデリックの妻と娘姉妹は、外に出た時に討伐隊の兵士と出くわしたのである。
その兵士とはジラヒスであった。
「やっと会えたね。怖くないからぼ・・・僕と一緒においで・・・さぁ、愉しいことをしようよ」
ジラヒスはいやらしい笑みを浮かべて姉妹達に近づこうとしていた。
デリックの妻は止めようとするも脚を怪我したらしく、思うように動けない。
それでも懸命になって棒を持ち、娘姉妹を後ろに匿っていた。
「このド変態め!! 娘達に指一本触れたら承知しないよ!」
気丈にもデリックの妻はジラヒスに立ち向かっている。
「し・・・仕方ないよね。ぼ・・・僕のせいじゃないからね」
ジラヒスはそう言ってデリックの妻に襲いかかろうとした。
「させるか! 外道めが!!」
コルムは今まで以上の猛獣の咆哮をあげながら短槍を投げた。
その声は既に女性ではなかった。
いや、形相ですらコルムのものではないと思えるほどであった。
目は大きく見開いて、瞳は黄金色で爛々と輝き、体からは異様な熱気で包まれていた。
コルムとジラヒスの距離は百メートル前後ある。
その間には敵味方が入り乱れて剣戟の音が鳴り響いている。
しかし、コルムの投げた短槍は、ほぼ一直線にその間を猛スピードで抜けていった。
「うぎゃああ!!!」
短槍はジラヒスの右肩口から若干斜めに刺さり、左腹部まで貫いた。
「許さん!! 許さんぞ!!! 貴様ら!!! 皆殺しにしてくれる!!!」
コルムはそう叫ぶと村に侵入してきた討伐隊の兵士に片っ端から、ありとあらゆる物を投げつけた。
投げる度に断末魔が辺り中に木霊する。
今までは加減していたかは分らないが、その投擲の速さは時速三百キロメートルを優に超えていた。
一人の兵士がそれでもコルムに立ち向かってきた。
投げるものを探している間に、斬りつけようと剣を振り下ろしたその刹那。
「丁度良い物があったわ・・・」
そう呟くとコルムはその一太刀を躱し、兵士の後ろに回り込むと頭を片手で鷲掴みにした。
そして、捻るとその兵士は断末魔をあげることもなく、胴体から首がとれてしまった。
「うわぁあああ!!! 逃げろ! こいつは悪魔だ!!」
それを見ていた兵士の一人がそう叫ぶと、気味の悪い笑みをコルムは浮かべた。
「ほらよ!!」
持っていた兵士の頭を叫んだ兵士に投げつけると、その兵士もまた断末魔をあげた。
「やっぱりゲドルズ将軍だ!! ゲドルズ将軍の生まれ変わりだ!!」
その光景を見ていた民兵となって戦っていた村人はそう叫んだ。
逸話の多いゲドルズ将軍だが、その一つに「逃げる敵将の首を掴んで脊椎ごと引き抜いた」という逸話もあったからだ。
「俺たちにはゲドルズ将軍がついているぞ! 無敵の女将軍がついているぞ!!」
村の民兵たちは劣勢であったが、コルムのそんな所業を見て逆に高揚しだした。
元山賊の兵士達はこの村を襲わなかったことを感謝した。
「あ・・・あいつを撃て! 殺せ!!」
討伐隊の兵たちはコルムを慌ててクロスボウで撃った。
「そんなものが効くものか!! たわけ!!」
コルムは片手で首がない敵兵の遺体を持ち上げて、それを利用して矢盾とした。
「うわぁああ!! た、退却しろ!」
慌てて崩れた防壁に殺到する兵士たちだが、そこに容赦ない矢の雨が降り注いだ。
フェデルの指揮で動いている元山賊の兵士達によるものであった。
「何をもたついている! 防壁が崩れている今しかないぞ! さっさと行け!!」
ゲルシダは村での出来事が理解出来ていなかった。
村を阿鼻叫喚にするために義勇兵を送り込んだ筈だが、逆に義勇兵たちが阿鼻叫喚となっていた。
「ええい! 我が軍の数は二千だぞ! 何をやっている! モタモタしてないで突撃せよ!」
ゲルシダはそう叫んで鎧を身に着けようとした。
それに異を唱えた者がいた。副官のリヒターである。
「いけません! 隊長が自ら赴くなどもっての外です! ここで自重してください!」
しかし、ゲルシダは早く嫌がる女どもに会いたくて仕方がない。
泣き叫ぶ女を見たくてどうしようもない。
彼の性癖はそういうものである。
「無礼者! 長であるこの俺が行かなくては兵どもに嗤われるわ! そこをどけっ! 下郎っ!」
しかし、頑としてリヒターは動かない。
彼が戦死してしまっては娘の病を治すツテがなくなるからである。
「敵はまだ他にいるかも知れません! 貴殿の守ることが拙者の役目!」
「ええい! やかましい! そこをどかぬかっ!!」
押し問答をするゲルシダとリヒターであるが、討伐隊の兵は数の多さを頼りに村へと殺到する。
村から逃げようとする兵は逃亡兵と見なされ、敵味方諸とも射殺される。
最初に村へ侵入してきた兵は名ばかりの義勇兵であったので、問題はないという判断からである。
その中には、微罪や冤罪で刑務所に入れられた者も数多くいたのだが、容赦はなかった。
「蟻の子一匹も容赦するな! どんどん矢を放て!」
情け容赦ない下知をする者はサオッキであった。
彼も村の中に押し入って、金品を略奪しようと頃合いを見ている者であった。
味方が死んでも「取り分が増えるだけで問題ない」そう算段しているのである。
しかし、攻めても攻めても阿鼻叫喚の悲鳴はあがるが、一向に敵の反抗は収まらない。
「おかしいな。こいつぁ一体、どういうことだ?」
崩れかけの防壁には徐々にフェデルの指示の下、今ではベルトルン伯の兵となっている元山賊たちが、弓や槍で応戦している。
エラプトやガドウィンらも民兵を引き連れ、村の中に押し入ってきた敵兵を駆逐している。
その中にあって、コルムだけは異様な形相で大立ち回りをしているのである。
咆哮をあげながら石を投げては、また拾う。
それを繰り返すだけで遺体が増えていくのである。
サオッキは何とか守りの薄い箇所を見つけた。
よじ登り、村の中へと侵入し、辺りを見回したその時である。
異様な小娘がサオッキの目の前にいた。
「なんだ・・・こいつは・・・」
サオッキは息を飲み、剣を抜いて小娘に襲いかかった。
サオッキも剣の腕には自信があった。
北方での戦場も経験し、倒したゴブリンの数はそれなりに自慢出来る数であった。
しかし、小娘はそれらの比ではなかった。
「うぐおっ!」
小娘が腕を振り下ろした瞬間、サオッキは自らの腹に異変を感じた。
「な・・・何だ?」
腹を見ると大量の血が噴き出していた。
信じられない状況だが、次第に激しい痛みが実感してくる。
「な・・・何をしやがった?」
サオッキは小娘に問いかける。
「いいから・・・とっとと死ね」
小娘は不気味な笑みを浮かべ、女性とは思えぬ声でそう言った。
「ゲドルズ将軍が敵の歩兵隊長を討ちとったぞ!!」
何処かで民兵がそう叫び、歓声が沸く。
「ゲドルズ将軍・・・?」
サオッキはそう呟くと急に目の前が暗くなり、倒れた。
そして、二度と立ち上がることはなかった。
サオッキが討ち取られたとの報告にゲルシダは色を失った。
「そんな馬鹿な! 何かの間違いであろう!」
サオッキは討伐軍の中でも、手練れとして知られている剣の使い手であった。
それが一瞬にして討ち取られたというのは、俄かには信じられなかったのである。
「敵はゲドルズ将軍を名乗る女がいるとの報告です!」
ゲルシダはその報告に耳を疑った。
ゲドルズ将軍といえば前王国時代「一度も一騎討ちで負けたことはない」という逸話もある女性である。
醜女であることが全面に押し出されている人物であるが、それだけではない畏怖の存在でもあった。
「ええい! そんなデマを信じるな! 偶々サオッキを討ち取ったから流したデマだ! 俺がそいつを倒してやる!」
ゲルシダはまた鎧を着けようとするが、リヒターがそれを許さない。
「いけません! それでしたら某がその者を討ち取ります故、隊長殿はこの場にて指揮をなさって下され!」
リヒターはゲルシダにそう言って割って入るが、伝令が次々に悪い報せを伝えてくる。
「ローバー弓兵隊長討ち死! 討ち取った者はゲドルズ将軍!」
「ケンティス歩兵隊長討ち死! 同じく、討ち取りし者はゲドルズ!」
ゲルシダは思わず
「本当にゲドルズ将軍がいるのか? あの伝説の女武者がいるのか? そんな馬鹿な」
と呟いた。
北方の戦場で馴らした隊長らが、次々と討ち取られていく報告に唖然とするしかない。
「リヒターよ。確かにお前の言う通りだ。ゲドルズ将軍の名を騙る者はお前に任す。行ってこい!」
ゲルシダは恐れおののいたので、リヒターに命じてゲドルズ討伐の命を下した。
「お任せあれ! 必ずや討ち取って参りまする!」
リヒターはそう言うと馬に跨り、二本のメイスを得物に持ち、伴の者と村へと向かった。
「本当にゲドルズ将軍の再来ですかね?」
伴の者がリヒターにそう言うとリヒターは
「分らぬ。だが、聞いた分では某も覚悟を決めなくてはならんな」
そう言って、後は黙り込んだ。
そして、リヒターが村に向かいだした直後である。
「向こうからも敵影! なんてこった!」
村の民兵の誰かが物見櫓からそう叫んだ。
こちらへ向かってくる騎馬武者達である。
進軍ラッパを鳴らしながら、猛進してくるその有様に、壊れた塀にて防戦をしていた元盗賊の兵士は愕然とした。
「何? 騎馬隊だと? 何処の誰かは知らぬが今頃ノコノコ来やがって。まぁ、いい。これで時間の問題だな」
ゲルシダはそう言うと豪快に笑った。
劣勢になりかねたのは何処吹く風で笑い飛ばそうとした。
そして、望遠鏡でその騎馬武者達の出で立ちを見た。
「ややっ!? どういうことだ!? 教会の軍装ではないではないか!?」
それもその筈である。
彼らはグッデン男爵を筆頭に編成された赤備えの騎馬隊であった。
そして、その勢いのまま村に群がる討伐隊へと次々に突撃してきたのである。
思わぬ敵の出現に討伐隊は混乱した。
文字通りの横槍である。
槍で突き殺されたり、馬に踏みつぶされたりして次々に陣が崩壊していく。
「あの軍旗はヒューデン候の!? 何故ヒューデン候が!? 奴め! 謀反を起こす気か!?」
ゲルシダがそう叫ぶとさらに周りの兵達は動揺した。
ヒューデン候が謀反を起こしたとなれば、荘園内にどれほどの兵が来襲してくるか想像に難くないからである。
「見つけたぞ! 今日だけは神に感謝してやる!」
そう言って単騎で猛進して来た者がいる。
グッデン男爵であった。
狼狽するゲルシダを見つけ、喜び勇んで単騎で向かってきた。
「ゲエッ! グッデン! なんで貴様がここにいる!」
ゲルシダは座っていた椅子から飛び上がり、急ぎ馬に這うようにして慌てて乗る有様だ。
「貴様の首を貰い受けに来た! 大人しくその首を置いていけ! 大人しくしていれば痛みは感じないであろうよ!」
グッデン男爵はそう叫びながらどんどん距離を縮めてくる。
グッデン男爵の得物はグレイブという薙刀に似た形状のものだ。
妨害しようとする敵兵を、それで薙ぎ払いながら迫って来る。
「ひいっ! た、退却だ! 退却!!」
ゲルシダは悲鳴を上げて逃げ出した。
ゲルシダは事もあろうに鎧を全て脱いでいた。
だが、それが幸いした。
軽い方が馬にとって走りやすいからである。
「待てっ! 逃げるかこの卑怯者! いざ、尋常に勝負しろ!」
しかし、馬の速さでは敵わない。
相手は防具を着けてない上に、名馬として知られる馬なのだ。
だが、別方向から今度は黒備えの騎馬隊が現れた。
ジェスター准男爵が率いるベルトルン伯領の騎馬隊である。
ジェスター准男爵は逃げるゲルシダを見つけ武者震いをした。
「そこにいるのがゲルシダだな! 悪いが俺が貴様の首を頂戴する! 覚悟っ!!」
「ひいぃぃ!!! だ、誰か助けろ!」
ゲルシダは情けない悲鳴を上げながら助けを請うた。
その様子を見たジェスター准男爵は、あまりに不甲斐ない敵将の姿に思わず舌うちをする。
どれ程の手合いの者か期待していたからである。
だが、ゲルシダに近づくジェスター准男爵の前に立ちはだかった者がいた。
二本のメイスを持ったリヒターである。
「某がお相手致す! 見れば中々の良き若武者。相手にとって不足なし!」
ジェスターの得物はコルセスカと呼ばれる三つ又の槍である。
形としては十文字槍に近いが千鳥の足のような形が特徴だ。
「邪魔をするな!! 雑魚めっ!!」
ジェスターはリヒターに襲いかかるが、リヒターは巧みに二本のメイスで受けながら、逆に押し返した。
「さぁ、早く! 隊長殿! お逃げなされ!!」
リヒターはそう叫んだが、既にゲルシダの姿はない。
「あんな愚物を守るとは貴様も憐れなもんだ! せめて楽に逝かせてやる!」
「言うな! 小童! 貴様に何が分かる!!」
ジェスターも中々の強者であるが、実践にはまだ不慣れであるらしくリヒターのほうに分がある。
「助太刀致す! せめて貴殿の首を貰い受ける!!」
ゲルシダを追っていたグッデン男爵もリヒターに襲いかかる。
流石に二人に挟まれると、リヒターも防戦一方とならざるを得ない。
「勝負は預けたっ! 今度はそうはいかんぞ!」
リヒターは隙を見て逃げ出した。
そのまま続けていれば、確実に死が待っている、と感じたからだ。
「今だ! 一気に押し出せ! 防壁は全て焼け落ちても構わん!」
そうフェデルが号令すると、元盗賊の兵達と村の民兵らは討伐隊に次々と襲いかかった。
討伐隊の兵士達は「我先に」とこぞって逃げる有様だ。
「俺に続け! 一気に片づけるぞ!」
エラプトはそう叫びながら槍を繰り出していく。
どんどん屍が増える一方で、中には死んだふりしていた者がいた。
そして、その者はゆっくりと起きだして、背後からエラプトを襲おうとした。
「危ない! エラプト!」
コルムはそう叫ぶと同時に石を投げつけた。
石はエラプトの背後にいた兵士の頭に当り、どうっと崩れ落ちた。
かくして、討伐隊は総崩れとなった。
我先にと逃げ出した。
中には投降する者もいて許し請う者もいた。
恨みを晴らそうと危害を加えようとする村人もいたが、それにはデリックが割って入った。
命令されて止む無く行ったことだし、中には無理やり討伐隊に編入された者がいることを知っていたからである。
「助かったぁ・・・死ぬかと思ったわぁ・・・」
コルムは勝鬨を聞いた瞬間、体を大の字にしてその場に寝ころんだ。
「私、どうなっていたんだろ? 他に誰かが一緒にいたみたいな」
コルムはそう思ったその瞬間、不意に頭の中に声が聞こえた。
「え? 誰? ワヴェちゃん?」
声はワヴェングではなく、低い女性のような声であった。
「私も一応女だし、そこまでブスじゃないわ。だから、あまり嫌がらないで頂戴な」
そんな声が一瞬、聞こえたが直に消えてしまった。
「逃げられたか。運の良い奴め」
グッデン男爵はゲルシダを逃がしたことを悔やんだがこればかりは仕方がない。
あくまで村の救援が目的であるのだし、後を追えばヒューデン候に迷惑がかかる。
そして、何より討伐隊のほうが人数は多いので深追いは禁物であった。
「勝った! 俺たちは勝ったんだ!!」
村人の一人がそう叫ぶと村に歓喜の渦が湧いた。
村人と元盗賊の兵士は互いに抱き合い喜びあった。
久しく戦いらしい戦いはしていなかったが、何とか勝てたのだ。
村人には死者は出なかったものの、元盗賊であった兵士達には少なからず犠牲者が出ていた。
歓喜の渦で湧き上がる村の中で、グッデン男爵はデリックに会うとこう述べた。
「我々は一旦サフェンベルまで戻ります。駐屯するには食糧の問題もありますし、ヒューデン候に謀反の疑いがかけられるとまずいですから」
その言葉にデリックは笑みを浮かべながらこう答えた。
「有難うございました。ヒューデン候に宜しくお伝えください」
するとグッデン男爵は意外なことを申し出た。
「いや、暫くサフェンベルにて駐屯している予定です。あのゲルシダとサトスガンのことだ。もう来ないとは思えませんからな。何かありましたら直に使いを寄越してください」
グッデン男爵はそう言って去ろうとした時、共に去ろうとしたジェスター准男爵が何かを思い出した。
「そうそう。あの九官鳥ですが、あれはデリック殿の持ち物ですか?」
「いえ、それはコルムという、ここにいる女性のペットです」
そう言ってデリックは、コルムをジェスター准男爵に紹介した。
「そうでしたか。実はベルトルン伯は、あの九官鳥を非常に気にいっているようです。ベルトルン伯はお譲りしてくれるのなら、礼をはずむと申しているのですが」
「ダメよ! ダメ! あれは大切な友達なのよ!」
思わぬ申し出に、コルムはジェスター准男爵に詰め寄った。
「困りましたな。では、サフェンベルまで同行してもらいましょう。私はあくまで、ベルトルン伯の言伝でそう申したまでですから」
と、高笑いしてコルムを宥めた。
コルムを連れて行かれるのは村にとって不安であった。
だが、フェデル率いるベルトルン伯の兵は駐屯すると言うし、またゲルシダが襲ってきても既に増援の兵を待機させているというので、村人達は渋々コルムを見送ることにした。
「大丈夫。直に帰って来るから。こっちの村の方が居心地良いのは分っているしね」
コルムはガドウィンやデリックの娘姉妹にそう言うと、騎馬隊や投降した荘園の兵らと一緒にサフェンベルへと歩き出した。
ジェスター准男爵は後ろに乗るように勧めたがコルムは断った。
歩いたほうが気は楽だったからである。
その晩、村は祝宴となった。
元盗賊の兵もしこたま酒を浴びるように飲んだ。
すると、よりによって元盗賊であった兵が酔った勢いでとんでもないことを言いだした。
「いやぁ俺、実は盗賊だったんだよ。まさか一緒になって連中を追い払うなんて思いもしなかったぜ」
するとそれを聞いたガドウィンの息子兄弟はこう切り返した。
「おいおい。幾らなんでも冗談がきついぜ。冗談ならもっとマシなものを言ってくれよ」
兄がそう言うと弟は笑いながらこう言った。
「全くだ。だが、もしお前さんが元盗賊だったとしても恨みっこなしだ。大体、教会の連中は盗賊なんかよりもっと酷ぇ連中なんだからな。だからと言って盗むんじゃねぇぞ。特にあの娘だけはダメだ!」
そう言って弟は酌をして周るこの村で美人と評判の娘を指した。
「ああ、あの娘なら盗みてぇな。気立ても良いし、嫁さんにするには最高だろうな」
「だからダメだってっ言ってんだろ! どうせ盗むならコルムちゃんを盗んでいけよ」
「冗談じゃねぇ! 確かにあの娘は可愛らしいかもしれねぇが、命が幾つあっても足りやしねぇや!」
「違いねぇ! ハハハハ!」
そんな祝宴の最中、フェデルとエラプトは村の外にいた。
元盗賊であった兵士達の亡骸を葬る為にである。
「やれやれ。また、生き残ってしまったわい。この老いぼれは相変わらず悪運だけは強いな」
フェデルはそう呟くと、エラプトはこう言った。
「そんな事、言わないで下さい。貴方がいたおかげで被害はこれだけで済んだんですから」
そして、更にこう付け加えてきた。
「私も防衛戦では、それなりに名を馳せたつもりですが、貴方の差配は見事としか言い様がなかった。何処で学ばれたのか存じませんが、私は未だ若輩者ですので、是非学ばせて欲しいものです」
その言葉にフェデルは苦笑した。
「山賊をやっていて身に着けた」とは流石に言いづらい。
「こればかりは言葉で言ったところで、どうなるもんじゃないさ。失敗を繰り返しながら覚えるもんだ。まぁ、アンタは頭良さそうだから、あまり失敗せんかもしれんがね」
そう言うと、元盗賊の亡骸の一つに目を向けた。
その元盗賊とは少年だった頃に山賊となって、フェデルに付き従っていた者であった。
後に教会に雇われ私兵となり、この村を襲うように懇願してきた者だったのだ。
そんな彼は、村を守った英霊の一人としてこの村で葬られた。
「実に皮肉なものだ」とフェデルは思わずにはいられなかった。
遠くを見ると男女が祝宴で踊っていた。
束の間の平和かもしれないが、今は楽しむのが一番である。
そして、彼らの傍には、それを眺める一匹の仔山羊がその二人を見守っていた。




