第十七話 凶賊、野に放たれる
ゲルシダは夜襲が成功しなかったので、更に苛立ちを隠せなくなっていた。
「どうもおかしい。戦闘慣れし過ぎている。やはり、あの中に盗賊どもがいるということか。忌々しい盗人どもが!」
成り行きとしては違うのだが、それは間違いではなかった。
だからと言って手をこまねいている訳もいかない。
「仕方ない。付近の町から警ら隊の連中を呼べ。サトスガン司教の命と言えば良い。俺は委任されているのだ。さっさと向かえ!」
配下の者にそう下知すると、程なく応援が否応なしに駆け付けてきた。
「ついでに奴らにほえ面をかかせてやろう。目にもの見せてくれる」
ゲシルダはそう言うと二百人ほどを率いて別動隊として向かった。
目的の場所は村の郊外にある果樹園である。
「よし、ここに付け火しろ! 村の連中め! 俺様に逆らうとどうなるか思い知るが良いわ!」
これには反対する兵士もいたが逆らう者は斬ると脅し、大小の果樹園を次々に火の海へと変えていった。
「何て事だ! 果樹園が燃えているぞ!」
物見櫓にいた元盗賊の兵士が、その方向を指して騒ぐと村民は茫然となった。
端整に作り上げた大小の果樹園が燃えているのである。
果樹園を守ろうと村の外へ出ようとする者もいたが、それはエラプトに遮られた。
今から行っても間に合わないし、出たところで殺されるのが目に見えている。
コルムも出ようとするが、デリックの娘姉妹にやはり泣かれたので留まるしかなかった。
また、周辺にある防備が薄い為に空になることを余儀なくされていた村々も焼き討ちにあった。
その被害は盗賊たちにやられた比ではない。
「これじゃあ、盗賊どもの方がよっぽどマシだ!」
村人達からはそのような声が漏れていた。
フェデルら元盗賊達は少し居た堪れない気持ちになったが、こればかりはどうしようもない。
その日からというもの、遠巻きに討伐隊の嘲笑が昼夜問わず続けられた。
夜には大きな銅鑼などを用意して辺りを響かせた。
眠らせない為にである。
さらには爆発豆というものも投入された。
爆発豆とは一見インゲン豆のような形状であるが、ある一定の高温に達すると爆発する豆である。
食用には適してない上、どういう仕組みか不明である。
しかし、育てるのは容易な為、主に祭りや戦争で使用されているものだ。
殺傷力は無いのだが爆竹のような音を発するので、主に牽制に使用されるのである。
矢や投石などを避ける為、鉄の盾で自身らを守りながら、村の二十メートル先あたりで爆発させると煩くて眠れないので効果的なのだ。
村の中には当然、子供や赤子などもおり、音による恐怖心で泣く子供も多かった。
それがより一層、村人達の神経を逆なでさせるのである。
「これで良い。連中は穴熊しか出来ないから出てくることも出来やしまい。このまま疲れさせてやろう」
ゲルシダはご機嫌であった。
空となっていた村の一つを陣取り、その様子を楽しんでいた。
ゲルシダは更にある事を思いついた。
「そうだ。思い出したぞ。確かあそこにはケデルモ刑務所があった筈だ」
ケデルモ刑務所とは、この村から北北西二十キロメートルにある大型の収容施設である。
この荘園だけでなく、他の荘園の犯罪者を隔離させる為の刑務所だ。
死刑制度は当然あるのだが、免罪符制度があるので直には執行されない。
中には冤罪や税を納めることが出来ない者も数多く収容されていた。
また、酷いことに女性の中には売春を強要され、その金を貯めて出所する女もいるという。
だが、そんな女は極稀で、大概は刑務所の中で死ぬのがほとんどであった。
「あそこには使える連中も随分いる筈だ。免責をチラつかせて奴らに攻めさせよう」
ゲルシダは我ながら名案と思い、自らケデルモ刑務所へと向かった。
「リヒター。俺がいない間、お前に指揮を任す。爆発豆は鳴らし続けろ。くれぐれも頼んだぞ」
「御意・・・」
リヒターと呼ばれた男は恭しく礼をして、ゲルシダを見送った。
リヒターは三十台前半で青い鎧に身を包み、主に北方の戦場で活躍してきた。
メイスの二刀流という珍しい武術を取得している者である。
かなりの豪の者として知られ、ゲルシダの副官として任命されていた。
リヒターがゲルシダの副官となった理由は金の為である。
五歳の娘が病で失明し、その治療のために「神の奇跡の術」を持つ者を探している。
しかし、失明を治す「神の奇跡の術」を持つ者は報酬が高額で手も足も出ない。
そこでゲルシダの実家を頼った訳だが、その代償として今回の任務にあたっていた。
リヒターは村にエラプトがいると聞くと心の中で「すまない」と一言、謝った。
エラプトには北方での借りがあり、命の恩人であるからだ。
「こんなに馬鹿げたことはない。この仕事が北方での給金の倍だと。あんな奴のお守りがそんなに大事なことか?」
リヒターはその矛盾に苦悩したが、愚痴を言う訳にもいかない。
ゲルシダへのささやかな抵抗として、爆発豆をなるべく遠くから鳴らすことだけを命令した。
ゲルシダは数人の連れと共にケデルモ刑務所へ到着すると刑務所長と面会した。
ゲルシダもかつて一時的にここに収容されていたことがある。
あまり懐かしいとは言えないが、見知った場所には違いない。
「久しぶりだな。ここでの生活は慣れたかね?」
「これはどうもゲルシダ様。お元気そうでなによりでございます」
頭が薄い髭面の刑務所長は作り笑顔で応対する。
「また賄賂が貰える」と思っているからだ。
「俺も今じゃあ忙しい身でね。反乱を起こした不届きな連中を懲らしめに来ている所だよ」
ゲルシダはそう言って自慢した。
教会からの命令という肩書で堂々と自慢できるのは、実に気分が良いものである。
「それは素晴らしい。しかし何だって、そんなご多忙なお方がこのような場所にお出でになられたのです?」
刑務所長は「賄賂はないのか?」と思い、少しガッカリした。
「俺はサトスガン司教様から委任されているのだ。そこで、刑務所にいる連中から免責を餌に義勇兵を募りたい」
「ええっ!?」
「ちと面倒な事に連中の防備が堅い。そこで刑務所にいる奴らの中から使えるのを百人ほど選んでくれ」
「し、しかし。それは・・・」
「安心しろ。終わったら全員殺してやるから。そうすれば、ここの経費も浮いてお前の懐も潤うだろ?」
「成程、そういうことでしたか。しかし、書類上にちと不備があると・・・」
「相変わらず強欲な奴だな。例のモノなら、あとで届けてやるよ」
「そういうことでしたら、お任せください」
刑務所長は満面の笑みを浮かべ、配下の者に選定を急がせた。
死刑囚にとっては当然、何よりも有難い餌である。
免責という餌に釣られた囚人は「我も我も」と希望者が名乗り出た。
戦い慣れしているというよりは寧ろ、人を殺すことに躊躇しない連中が真っ先に選ばれた。
その中にはデリックがいる村の出身者もいた。
名をジラヒスと言い、事もあろうにデリックの下の娘に悪戯しようとした者である。
裸にされ、泣き叫ぶデリックの娘を殺そうとした所でガドウィンに見つかり、半殺しにされた過去を持つ男だ。
「まずはあいつを殺してやる。そして、あの娘を俺のものにするんだ・・・そうだ、逃げないように足の腱を切ろう。毎晩、愉しむんだ。きっとあの娘も愉しんでくれるに違いない。そうだ、姉のほうも仲間に入れてあげよう。これで寂しくないからね・・・」
ジラヒスは心の中でガドウィンを殺し、デリックの娘姉妹と愉しむ妄想を常に抱いている。
ジラヒスは戦いには不慣れであったが、村の出身者ということで選ばれていた。
村のことを良く知っているのであれば役に立つと思われたからである。
義勇兵には連続殺人犯や強姦魔、放火魔など、物騒な連中が次々に選ばれていった。
「村の連中は驚くことだろうな。これ程、愉快なこともない」
ゲルシダは上機嫌で刑務所を後にした。
ゲルシダが陣地に戻ると副官のリヒターがゲルシダに詰め寄った。
義勇兵とは名ばかりの物騒な連中がやってきたからである。
「どういうつもりですか!? 貴殿は何をしているのか分っているのか!?」
いきなりの副官リヒターの出迎えにゲルシダは憮然とした。
「貴様は俺の言う通り動けば良いのだ! 娘が可愛いのならな!」
ゲルシダはそう吐き捨てて仮住まいの屋敷に引っ込んでしまった。
「・・・すまない。エラプト。某は臆病者よ・・・」
リヒターはそう心の中で呟くしか出来なかった。
仮住まいの屋敷でゲルシダが、おべっか使いの連中と一緒に酒を飲んでいると一人の兵士がやってきた。
「あの村の出身であるという義勇兵が面会を申し出ております。如何しましょう?」
「どういう用件でだ?」
「はい。重要な情報があるというのですが、『隊長殿に直に言う』と一点張りでして」
「そうか。まぁ、いい。俺の酒宴を邪魔するほどの情報じゃなければ、そいつを切り刻んで余興とするまでだ」
兵士に伴われてきた男はジラヒスであった。
「で、重要な情報とは何だ? 有体に申せ」
ゲルシダの高圧的な態度に臆しながらジラヒスは話しはじめる。
「え? ああ、はい。実はその・・・ですね。あの村にはいざという時に逃亡する為の避難通路がですね・・・」
「避難通路だと? で、それは何処にある?」
「いや、それが・・・その・・・」
「ハッキリ言え! 『何処にあるか?』と聞いている!」
「それが・・・その・・・」
そのままジラヒスは黙ってしまった。
ゲルシダは「殺してしまおうか」と思ったが、もし隠し通路のことが事実であれば有力な情報を失うことになる。
だが、その情報を得ようにも埒があかないので、ジラヒスを屋敷から一先ず追い返した。
項垂れて屋敷を出てきたジラヒスであったが、そこである者に呼び止められた。
「おい、そこの。お前は義勇兵だな。何しにゲルシダ隊長の所へ出張ったんだ?」
声をかけた者はサオッキと言い、野心的な歩兵隊長であった。
「いえ・・・つまらないことです。気にしないで下さい」
ジラヒスは何とか誤魔化そうと必死だった。
自分だけの手柄にして「デリックの娘姉妹」という褒美を独占したいのである。
村から出る避難通路は確かに存在する。
だが、問題は村から出た場所が何処だか分らないのである。
そこでゲルシダに避難通路の出口の捜索隊を申し込もうとしたのだが、緊張して上手く言いだせなかったのだ。
ジラヒスは内向的で、自分より強いと思う相手には極端に憶病になる性格であったのである。
「つまらない事だったら貴様は既に滅多刺しにされているだろうよ。いい加減な嘘を言うんじゃねぇ!」
サオッキは無理やりにでもジラヒスに吐かせるつもりだ。
嫌がるジラヒスは数発ほど殴られると、泣き出して口を割った。
「は、白状します! あの村には数百年前に造られた秘密の隠し通路があるんです!」
「何だと!? で、何処にあるんだ! さっさと言え!」
「村の中のことは分かるんです! けど、外の出口が何処に隠されているのか分らないんです!」
「方角の検討はつくのか!?」
「そ・・・それは・・・大体は・・・」
「じゃあ、案内しろ! ここで殺されたくなければな!」
サオッキは思わず手柄が舞い込んでくると思い、素直に喜んだ。
既に夕暮れ時となっていたが、配下の者を数人選んで出発しようとすると誰かに呼び止められた。
それは副官のリヒターであった。
「待て。何処に行く気だ? 『持ち場から離れて良い』と誰が申した?」
「あ、これはリヒター副官殿。実はちょいと野暮用でして・・・」
「このような時刻に野暮用とはおかしいな。野暮用とやらの用件を言え」
誤魔化そうにもリヒターはサオッキのことが嫌いなので追求が厳しい。
このままでは軍律違反で降格されてしまう畏れもあった。
仕方ないのでサオッキはリヒターに告白せざるを得なかった。
「何故、そのような大事なことを上司の某に言わず、勝手な行動をしようとした!」
リヒターはサオッキを怒鳴りつけ、待機するように命じた。
そして、今度はジラヒスに話しかけた。
「お前に責めはない。だからお前は許してやる」
「あ・・・有難うございます」
「だが、このままゲルシダ隊長の元に行っても意味はない。そこで捜索隊を出すよう俺からゲルシダ隊長に伝える。異論はないな?」
「は・・・はい。必ずやお役に立ちます!」
リヒターはゲルシダに会うために屋敷に向かった。許可を得るためである。
既にゲルシダは上機嫌で酔っ払っていた。
「おお! リヒターか! 堅物のお前もやはり酒は好きなようだな! さぁ、一杯やりたまえ!」
「これは有難い。ですが、今はゲルシダ隊長殿に申し上げたき儀がございます」
「なんだぁ? 相変わらず酒を不味くする言葉使いしよってからに」
「これはしたり。ですが、隊長殿に一刻も早く、手柄を取って頂きたくご報告に参ったまで」
「ええい! じゃあ、さっさと申せ!」
リヒターは酔っ払っているゲルシダに避難通路への捜索隊の編成を要請すると、面倒くさそうにゲルシダは了承した。
「問題はこの後だ。どうすれば良いであろう?」
リヒターは編成を部下に命じ、一人になったところを見計らい急いで紙に殴り書きをした。
捜索隊の編成が終わり、ジラヒスを先頭に隠された避難通路を見つけるべく、近くの丘にある雑木林へと向かった。
リヒターは捜索隊が見つからないための措置として、部下に「いつも以上に爆発豆を使え」と命じている。
これは自身が怪しまれないようにするための布石でもあった。
自身の裏切り行為が発覚すれば、娘の治療どころか荘園内にいる家族の命が危ういのである。
雑木林に入ると月の光が遮られるのでかなり暗い。
「リヒター副長。これじゃあ、見つけられませんよ。松明を灯しては如何でしょう?」
兵士の一人がそう言って松明に火をつけようとする。
「それはいかん。相手に見抜かれては奇襲にならぬ。我慢して探せ」
リヒターとしては当然、発見されたくない。
そこで見つからなかったことにして、事なきを得ようと考えていた。
三時間ほど僅かな光でくまなく探すと古井戸らしくものを兵士の一人が発見した。
「これじゃあ、ないんですかね? 村への抜け道ってのは?」
古井戸の奥を照らそうにもあまりに暗い。
そこで松明をつけてリヒターと二人の兵士がロープを使って古井戸の中へと入っていった。
古井戸は枯れ果てていた。
五メートル辺りで底となっており、一メートルほどの横穴がポッカリと開いている。
「やりましたね。恐らく、この穴が抜け道でしょう」
兵士の一人が横穴に入ろうとするが、リヒターはそれを静止した。
「待て。見張りがいるかも知れん。見つかったら折角の発見が台無しだ。一旦引き揚げるぞ」
リヒターは尤もらしい事を言って兵士を下がらせた。
そして、横穴の具合を確かめるようにしながら、拳大の石を三個ほど拾った。
古井戸から出た後にリヒターは印をつけて、その場を後にしようとするとジラヒスが話しかけてきた。
「こ、これでお手柄間違いなしですね。お、俺がいたからですよ。ゲルシダ隊長にその辺のこと・・・一つ」
ジラヒスはお褒めの言葉を貰えると思ったが違っていた。
「褒美は作戦が成功した後だ。浮かれるんじゃない。ただ、報告はしておいてやるから安心せい」
リヒターはそう言ってジラヒスを一瞥すると、陣地となっている村へと歩き出した。
それと同時に手には石を持っていた。
「この狂言が上手くいくかどうかだな。失敗したら某だけでなく、家族の命も・・・か」
リヒターは北方での戦場以上に緊張していた。
自身の命が危険に会うことは何度もあるが、家族の命となるとこれが初めてだからである。
百メートルほど進んだ所で、誰も自分を見ていないのを確認し石を軽く脇へと投げた。
「ガサッ」という音に全員が反応した。
リヒターは反応したフリである。
「今、音がしたな。敵の斥候か、獣か・・・」
リヒターは全員に囁くように、そう話しかけた。
「念のためだ。散会して探すぞ」
更にそう言って、周囲をくまなく警戒しながら歩く。
リヒターの狂言なので当然、何もない訳だがジラヒスや兵士達は緊張で汗が出る。
「いたぞっ! 向こうだ!」
リヒターはまた狂言を使って走り出した。
手には弓を携えている。
「何処だ!? 何処にいやがる! クソッ! 暗くて見分けがつかねぇ!」
兵士の一人がそう言いながら松明をつける。
「あ、あそこだ! 野郎っ!」
兵士の一人がそう言って矢を放った。
しかし、矢は枯れ木に当っただけである。
「バカッ! 動揺するな! あっちに行ったぞ!」
リヒターはそう言って、村の方へ我先に走り出した。
「副官殿! 危険です! お待ちを!」
兵士の一人がそう叫んだが、リヒターは聞く耳を持たない。
ある程度、走った後に矢に紙を括りつけ、ひょうっと矢を村の方角へ放った。
「出来るだけのことはやった。エラプト・・・いや、誰でもいい。頼む。気づいてくれ」
リヒターはそう願った。
紙には抜け穴の存在がジラヒスによって知れたことが書かれている。
その情報が届かなければ、村はとんでもないことになってしまう。
「副官殿! 敵は何処へ!?」
一分ほどしてジラヒスと兵士達がやってきた。
「すまない。逃がしたようだ。ただ、人にしては小柄すぎたから鹿かも知れん。気づかれる前に引き上げよう」
そう言って狂言を終わらせた。
陣地に着くとリヒターは、捜索隊の兵士達とジラヒスに酒を振る舞いながらこう述べた。
「もし、発覚したとしても某の責任だ。お前たちに責任はない」
その発言にジラヒスは不満そうにこう言った。
「お、俺の手柄はどうなるんですか? 折角、役に立てたと思ったのに」
心の中で舌打ちしながら、リヒターはジラヒスに返答した。
「ああ、ちゃんと報告しておいてやる。お前は義勇兵の連中の所へ戻れ。明日は恐らく夜襲をかけるだろうからな」
翌朝、リヒターはゲルシダの所へと向かった。
ゲルシダは豪勢な朝食に舌鼓をうっていたが、リヒターの姿を見て邪魔された不満からか不機嫌となった。
「何の用だ? 俺の食事の邪魔をするとは、それなりの用だろうな?」
ゲルシダのその言葉に、わざと朝食の邪魔をしたリヒターは笑顔を作りながら報告した。
「吉報です。村の抜け穴の場所を突き止めました」
「なにっ!? 本当か!? で、何処なのだ!」
「間違いありません。ですが、些か気になる事がございまして・・・」
「気になる事だと? どんな事だ」
「あのジラヒスという者がどうも気づかれたかも知れません。ですので、奇襲は賭けになると思われます」
リヒターは奇襲が失敗したときの理由としてジラヒスを利用した。
あのような者であれば自分の責任で殺されても良心の呵責がない。
それどころか清々するのである。
一方でゲルシダは失敗することは全く気にしていなかった。
「ハハハ。そんな事か。安心しろ。奇襲を行わせるのは義勇兵の奴らよ」
「えっ? 我らではないのですか?」
「当然だ。お前の武勇は俺ほどではないが、傍にいないと困るからな。奴らなら全滅しても『殺す手間が省ける』というものよ」
「・・・成程」
「早速、今晩にでも奇襲させよう。義勇兵の中には強姦好きな連中も多い。成功したら、さぞかし面白いであろうよ」
「・・・・・・」
リヒターは矢文が届いていない可能性もあるので、自身が奇襲隊の隊長となり、乗り込むつもりであった。
そして、途中で騒ぎを起こして村の連中に気づかせるつもりだったのだ。
「頼む。気づいてくれ。誰でも良い。矢文を拾ってくれ・・・」
リヒターは心の中で願った。
最早、自分が出来ることは全てやった。
これ以上はやりたくても家族の命との天秤にかけることは出来ない。
夜になり、義勇兵は集められた。
その中には当然、ジラヒスもいる。
そして、義勇兵とは名ばかりの連中は暗い雑木林の中へと入っていった。




