第十六話 盗賊、再び村へと舞い戻る
「今なら丁度、ロットン隊長がベルトルン伯爵領にまだいると思います。急いでこの事を伝えては如何でしょう?」
元茶問屋の提案が的を少し外れているような気もしたので、デリックはその真意を聞くことにした。
「しかし、ロットン隊長は捕えた盗賊を護衛する任でしょう? 彼に関係あることとは思えないんですが」
するとケプラーは少し頷いてからこう返してきた。
「いえいえ。これはここの荘園だけの問題ってだけじゃありません。お隣のベルトルン伯爵にも関わってくる問題なんですよ。ですからロットン隊長にこの事を言って、ベルトルン伯爵様に言伝してもらうんです。もう既に事態は最悪だし、これ以上悪くはなりようもないでしょう」
確かに特にこれといって手立ては既にない。
デリックが大人しく捕まろうとしても、皆が止めるのは目に見えている。
「確かにそれもそうですね。では、ガドウィンさんに使いを出してもらいましょう。まだロットンさん達がいれば良いですが」
デリックはそう言うと、ガドウィン宅へコルムを使いにやった。
ガドウィンは息子兄弟に命じてベルトルン伯爵領にいるロットン隊長の元へと向かった。
「何という事を。」
ロットン隊長は兄弟からその事実を聞くと、部下には伝書鳩でヒューデン候の元へ知らせを送り、ベルトルン伯爵へ謁見をして事の次第を申し述べた。
ベルトルン伯もデリックの祖父とは親しい間柄であったので、寝耳に水のこの事態に頭を悩ませた。
「困ったな。あの司教がそれほどの愚者とは思わなかった。さて、どうしてくれよう?」
暫く考えた後に、ベルトルン伯はフェデルを呼ぶように家臣に仰せつけた。
元盗賊の者達はベルトルン伯爵邸のはなれにある寮にいた。
宿賃などもないので一時的であるが長屋のような住まいである。
やや不満ではあるが「屋根があるだけまし」と思うしかない。
そんな折、手下から暇つぶしに洗濯をしていたフェデルの元にベルトルン伯への謁見の報せが届いた。
「急な呼び出しとは何事であろう?」
フェデルはサトスガン司教が統治する荘園内にて動きがあったのは察したが、どのような事であるかまでは把握していなかった。
「良く来たな。実は折り入って頼みがある。この仕事がすめば君らを全員雇うつもりだ。どうであろうか?」
いきなりの申し出にフェデルは小躍りしたいところだが、その仕事内容がわからないので判断しようがない。
仕事内容とは今まで襲っていた村への救援であった。
流石にこれにはフェデルも耳を疑った。
覆面をしていたとはいえ「つい最近まで対峙していた村に出向き、共に討伐隊と相対せよ」とのことなのだ。
「お言葉ですが・・・その任を『我らに任せるのは如何なものか』と思いますが」
フェデルの疑問は当然である。
だが、ベルトルン伯が言うには地理を見知っている者のほうがやりやすいであろうし「すぐに兵をかき集める」といっても事態は急を要するということであった。
フェデルもある程度のことは予想していたが、まさか「デリックを犯人扱いして召し捕る」というサトスガンのやり方は思いつかなかった。
フェデルは村人を殺害するのは反対だった。
もし、それがデリックとなれば「自分たちの命が危うい」と思っていたからである。
「恐らくミドモグの讒言であろうな。奴ならやりかねん」
フェデルはミドモグについて元団長から色々と聞いていた。
既に元団長は取り押えているので彼に自供させれば良いのだが、こうなってはその余裕は既にない。
フェデルは寮に戻ると全員に仔細を話した。
するとやはり様々などよめきが起こった。
「何の因果でまた戻るんだ? しかも、今度は村の連中と協力して討伐隊を蹴散らせだと?」
「その討伐隊っていうのは元々、俺らを討伐しに来る連中だったんだろ? 皮肉としか言えないな」
その中には教会の私兵として働いていた者もいた。
だが、これが終われば「正式にベルトルン伯爵領で雇用される」と聞いたので、全員が一致して向かうことをフェデルに申し出た。
一方で家臣の一人がベルトルン伯に兵を進めさせないように助言をする者がいた。
しかし、ベルトルン伯は笑いながらこう言ってはねつけた。
「確かにこれは越権行為かも知れん。だが、こちらには証人がおるのだ。荘園司法臨時顧問としては黙っているほうがまずい。それに何といっても『サトスガンのたわけ者に一矢報いてやる』というまたとない機会だ。逃すことはあるまい」
残念なのは息子兄弟が、二人とも未だに北方にいることであった。
どちらか一人いれば「兵を持たせて暴れさせることが出来る」と思ったからである。
それと同時にベルトルン伯は、既に犯人を取り押さえていることをサトスガンがいる教会へ書面に認めて伝令に持たせた。
こうしておけば自身の行為が正当化されるからである。
ロットンが配下に命じて飛ばせた伝書鳩はその日の夕暮近くについた。
その報せを読んだヒューデン候は直ちにウェスを呼びつけた。
ウェスもまたその事について配下の者から聞いており、早馬で急ぎバンクロス城へと向かったので夜にはお互い会うことが出来た。
「どうするのだ? このままではデリックの身が危ういが・・・」
ヒューデン候はそうウェスに言うと、ウェスは暫く間をおいた後にこう答えた。
「抗議文を送りましょう。それだけで充分です」
ヒューデン候はウェスから、そんな答えが来ると思わなかったので改めて訊ねた。
「抗議文だけだと? それでどうにかなるものか?」
「この際です。デリック殿は亡き者にしても宜しいかと思います」
その答えにヒューデン候は色を失った。
そして、暫く間をおいた後にウェスに怒鳴りつけた。
「馬鹿なことを申すな! それで何とするつもりだ!」
冷静なウェスは何処を吹く風である。
そして、それにはこう答えた。
「デリック殿がサトスガンに殺されたとなれば、荘園中の者の怒りがサトスガンに向かうでしょう。現在でも鬱憤が溜まっている状態ですから尚更です。そこで反乱が起きた後に兵をお進めなさい。そうすれば大義名分の元に荘園の割譲が見えてきます」
ウェスの冷徹なその言葉にヒューデン候は思わず息を飲んだ。
そして、落ち着きを払いながらこう述べた。
「君の言いたいことは良く分った。確かにその通りだな。だが、荘園の者達にわしが『あまりに不人情』と思われるのも忍び難い。そこで一応、出陣の触れは出しておこうと思う。異存はあるかね?」
「それならばございません。では、私は明朝、出張所に戻ります」
ウェスが部屋から去った後、ヒューデン候はもどかしさに頭を抱えた。
そして、己の不甲斐なさに嘆いた。
「このままではあの世で申し訳が立たぬ。どうにかせねば・・・」
デリックの祖父が司教の座を追われ平民になった時に、あまり自分の力が及ばなかったことをヒューデン候は恥じていた。
教会のゴリ押しに負けたのだが、彼自身の政局音痴が響いた結果でもある。
ヒューデン候は名君と評判の人物である。
しかしながら、それは彼自身、政治のことをあまり詳しくないので、有望な庶民からも政治通と思われる人材を登用してきた結果に過ぎない。
本来ならば充分「名君の器量」と言えるであるのだが、大局を見渡した視野となると心許ないのだ。
性格的にも根回しといったものがあまりに不得意であるので、誤解されやすい点もある。
そして、それが元で国王との仲にも亀裂が生じていた。
徹夜してまで悩んだヒューデン候であったが、翌日の昼頃、また伝書鳩が届いた。
「ベルトルン伯が兵を動かす」という報せである。
その報せを受けたヒューデン候は小躍りするぐらいに喜んだ。
「それならば遠慮することはないな。グッデン男爵を呼べ」
グッデン男爵はヒューデン候の「荘園に攻め入る準備を整えよ」という命を受けると嬉しそうに快諾した。
グッデンは二十代半ばの若武者である。
武勇に秀でており、本来ならば北方のゴブリン族への防衛に派遣される予定であったが、母親が病気がちということで辞退していた者だった。
また、教会を非常に嫌っていたのでヒューデン候はこの者を登用したのである。
グッデン男爵が教会を嫌っている理由は個人的なものである。
それは彼の父親が病気になった際に教会から多額のお布施を要求された時だ。
彼は男爵ではあるが、あまり裕福ではなかったので、借金をしてまでお布施をした。
お布施さえすれば「父親の病状が回復する」と言われたからである。
だが、その一か月後に父親は他界した。
意味のない借金だけが残った。
それ以来、グッデン男爵は神というものを信じていない。
グッデン男爵は早速一日かけて騎馬隊を編成すると、荘園領内を通らないようにベルトルン伯爵領を目指した。
迂回してデリックのいる村へ行く必要があるからだ。
あくまで名目上はデリックとその村々を守るためである。
謀反の疑いがかけられないようにする為の最低限の措置であった。
その数日後である。
何も知らない捕吏がデリックを捕えに村へやって来ると、村人達は捕吏を取り囲んだ。
その中にはコルムもいる。
「これはどういうことだ!? 貴様らは何をしているのか分っているのか!?」
捕吏の一人がそう叫ぶと村人の中から猛獣の咆哮のような怒号が返ってきた。
「やかましい! 死にたくないならさっさと出て行け! 二度と来るな! サトスガンにそう伝えておけ!!」
猛獣の咆哮の正体はコルムである。
村人達も全員殺気立ており、その咆哮は逆に村人達の怨嗟の炎に油を注いだ。
「出て行け! 出て行け!! 出て行け!!!」
武装した村人達にそう連呼されると、捕吏二人ではどうしようもない。
慌ててその場から逃げ去るしかなかった。
捕吏の一人は近くの町で用意してあった伝書鳩を使い教会へと実情を知らせた。
「おのれ! 愚民の分際で! 急ぎ討伐隊を送れ! 邪魔する者は皆殺しにして構わぬ!!」
サトスガンは伝書鳩の書状を読み終えると破り捨て、畏まっていたミドモグにそう下知した。
内心笑いが止まらないミドモグは一応、形だけ諌めたのだが当然無視されたので編成の旨を伝えた。
終日までかかり編成を終えたと同時に、今度はベルトルン伯からの伝令が来た。
伝令がサトスガン司教に盗賊達を押えている旨を言った途端、ミドモグは気が気ではなかった。
「どういうことだ? 金はデリックの所にある筈であろう?」
伝令から書状を受け取り、追い返した後にミドモグにサトスガンはそう詰め寄った。
「ベルトルン伯はデリックの祖父やヒューデン候とも旧知の仲です。恐らくデリック殿を庇うための時間稼ぎでしょう。時間を稼いで別の者を仕立て上げるつもりかと思います。そうでなければ何故、ベルトルン伯が犯人を捕らえているのか説明しかねます」
苦しい言い訳であったが、サトスガンは既にデリックが共犯と思い込んでいたので「如何にも」と頷いた。
さらにミドモグはこう囁いた。
「ベルトルン伯やヒューデン候はデリック殿を使ってこの荘園の割譲を狙っております。もし、割譲ということになればラージム枢機卿様に申し開きが出来ません」
冷静に考えれば諌めていたミドモグが、デリックを殺すようなことを囁くのはおかしい筈であるが、サトスガンはその事を聞くと増々、冷静でいられなくなっていた。
「皮肉なものだな。盗賊たちとの戦いで用意していたものが役に立つとは」
そう呟いたエラプトは討伐隊との戦いの為に防壁の補強の指示をしていた。
だが、彼もまたサトスガンに対して怒っている者の一人だ。
「討伐隊と戦いになれば死者も出ましょう。やはり私が教会に出向き、申し開きをしたほうが穏便にすむと思うのですが」
防壁補強を指示するエラプトにデリックはそう話しかけた。
ガドウィンやコルムなどに言ったら間違いなく怒鳴られるからである。
「事はデリックさんだけの問題ではないでしょう。我らには徴税輸送隊の金品はないのです。貴方が拷問受けたとしても、その場所も分らない以上、同じようにまた討伐隊を繰り出して来るでしょう。貴方は無駄死にしに行くようなものです」
エラプトは冷静にそうデリックに諭した。
「参ったな。私が居たばかりにこのような事になるとは」
デリックはそう漏らすと居た堪れないので大人しく邸に戻った。
「おーい! 向こうから兵隊がやって来るぞ!」
物見櫓の者がそう叫んだ。
「すわ、討伐隊か」と皆は思ったが違っていた。
兵らが掲げる軍旗はベルトルン伯のものだったからである。
「開門されよ! 我らはベルトルン伯により遣わされた歩兵隊である! 此度のサトスガン司教の暴挙とも言える行動に対し、この惣村への援軍として参った次第!」
そう叫んだのは片目が白い老兵士隊長であった。
フェデルである。
討伐隊が来る方向と真逆であったし、何より討伐隊が来るには早すぎたので、防衛隊長のエラプトは警戒しながらも開門を命じた。
「早速の受け入れのほど有難い限り。わしはこの隊を率いるフェデルと申す者。デリック殿は何処におられますかな?」
フェデルがそう言うと、ガドウィンがエラプトを遮り割って入った。
「デリック様は邸におられる。ベルトルン伯の援軍とか。そうであれば盗賊討伐でなく何故、今更援軍に来られたのか理由をまず聞きたい」
フェデルは少し歯がゆいのだがこう答えた。
「ベルトルン伯はこうおっしゃっていました。『盗賊討伐に関しては司法臨時顧問という役目故、繰り出すことが出来なかった。その点では非常に申し訳ないと思う。だが、此度盗賊の頭目が投獄されたというのに、デリック殿を捕えるというのは甚だ遺憾である』よって、此度の件については役目として、我らを遣わされた次第です」
元山賊であるので堅苦しい言い訳はフェデルも得意ではないのだが何とか様になっていた。
ガドウィンはまだ疑っていたがベルトルン伯からの援軍ということもあり、村人達も活気づいたので、それ以上ガドウィンは言おうとしなかった。
逆に士気を下げることはしたくなかったのである。
そして、元盗賊の兵達には食事が出され、歓待された。
「今まで対峙してきたのに本当に皮肉としか言いようがないな。だが、こっちの方が気分は良い。思う存分、働くとしよう。最後になるかも知れぬが」
フェデルは心の中でそう呟いた。
元はしがない飾り職人である。
何の因果か山賊になり、逃亡生活の挙句、最近では片目が不自由となって飾り職を廃業し、請われてまた山賊となったまでの事なのだ。
兵には「くれぐれも不用意な発言や行動をしないように」とフェデルは注意していたので、特に問題になることはなかった。
折角、職にありつけるのに投獄なんぞは皆、真っ平なのである。
そんな折である。
不意に一匹の仔山羊が兵に近づいてきて餌を強請りだした。
「おかしいわね。見ず知らずの人に餌を強請るなんて。この子、人見知りな筈なのに」
その元盗賊は根城に居た際に家畜の餌を担当して者だった。
若い女性にそう言われた若い元盗賊は慌ててこう言った。
「おいらも牧場で働いていたクチなんでね。まだ臭いがついたまんまなんじゃないかな?」
「そうなの? それが何でまた兵隊さんになったの?」
「おいらもこの荘園の牧場で育ったんだが税の取り立てが酷くてね。牧場潰して逃げてからベルトルン伯爵様のところで雇って貰えたって訳さ」
半分は嘘で半分は本当であった。
本当のところは牧場での税が払いきれず「山賊の真似事をしろ」と命令された教会の元私兵なのである。
その後、彼はこの女性と結婚し、この村で平穏に暮らすのだが、それはまた別の話だ。
それから数日後のこと、討伐隊がやって来た。
「こいつぁマズいな。数から言って千人はくだるまい」
物見櫓からエラプトがそう呟いた。
フェデルの援軍を合わせても村は二百人ほどである。
女性や子供などは屋内に避難していた。
ただ一人、コルムを除いて・・・。
「あんな数を揃えることが出来るんなら『盗賊が巣食っている時に来い』ってんだ。ふざけやがって」
ガドウィンはそうコルムに漏らした。
コルムは拳大の石を握りしめながら小さく頷いた。
「さっさとデリックを出せ! さもなければ全員ひっ捕らえる! 邪魔する者は殺しても構わぬという御触れだぞ!」
隊長と思える人物が大声でそう叫んだ。
「あいつは!? サトスガンの野郎! あんな奴をよこしやがって!!」
ガドウィンは思わず叫んだ。
「どういう奴なの?」
コルムがそう聞くと、ガドウィンは苦虫を噛むようにこう答えた。
「あいつは数人の町娘を強姦して殺したゲシルダって野郎だ。全く何てこった」
「ちょっと!? 何でそんな奴が教会の隊長なんてやっているのよ!?」
「免罪符さ。あいつの実家は金持ちだからな。ただ、それだけじゃ足りないってんで教会の奉仕とかで兵隊長になっているのさ。野郎の強さはそれなりらしいからな」
「許せないわ! 絶対にここで食い止めてやる!」
コルムの心中にある怒りの炎にさらに油が注がれた。
自然に手の中にある石にも力が入る。
「断る! 既に盗賊は捕え、既にベルトルン伯に引き渡し済の筈だ! 嘘だと思うのならベルトルン伯に聞けばよい!」
そう答えたのは防衛隊長のエラプトだった。
しかし、「はいそうですか」とゲシルダが引き下がる訳はない。
ゲシルダはサトスガンに「何をしても構わぬ」と言われているので村に押し入り、どんな女がいるのか既に楽しみで仕方がない。
「ならば早々に徴税輸送隊から奪った金をよこせ! 捕えているのであればある筈だ!」
一応、逸る気持ちを押えてゲシルダはエラプトにそう叫んだ。
「そんなもんは知らん! 捕えた盗賊の頭目に聞けばよかろう!」
エラプトは弓兵へ何時でも下知を下せるように右手を挙げながらこう叫んだ。
「盗人猛々しいとはこの事だ! 構うことはない! 総攻撃しろ!」
ゲシルダの下知で火矢が村へと降りかかった。
だが防壁や櫓は泥でコーティングされているので燃えることはない。
一方、エラプトは全員に物陰に隠れるよう指示した。
敵を引き付けてから弓を斉射する為である。
ゲシルダは敵が隠れたのを見計らい、破城槌を前に押し出してきた。
破城槌とは門を壊す為のもので、矢避けの屋根や車輪がついているものだ。
「今だ! 火矢を射かけよ!」
エラプトがそう号令をかけるとその破城槌を目がけて火矢が乱れ飛んできた。
ただ、破城槌の屋根などにも泥が擦り付けられており燃えることはない。
「喰らえ!」
防壁にしがみついたコルムがそう叫ぶと、石が凄い勢いで破城槌に襲いかかった。
「うわぁ!!」
石は破城槌の木造の屋根を突き破り、破城槌を押していた者に命中した。
「そら、もう一丁!!」
さらにコルムは石を投げつける。
彼女が投げる度に屋根は崩れ出す。
流石にこれには堪らぬので破城槌を押していた兵達は一斉に逃げ出した。
空堀を渡ろうとする者、空堀に橋をかけようとする者らは矢や投石により骸を築いていく。
運良く防壁に辿りついても泥は滑るし、上からは熱湯が注がれるので登ることが出来ない。
「くそっ! 一旦ひけぇ!!」
ゲシルダは不利と見て兵を退かせる。
予想していたよりも敵の数が多いので被害も甚大であった。
それよりも敵の射撃がそれなりに良く訓練されているのに驚いた。
狩人もいるには違いないが、それにしては数が多すぎる。
それもその筈で射撃を繰り出しているのは、ほとんど元盗賊であった兵達だからだ。
「くそっ! 聞いていたのと違うではないか!? 何が「簡単に落とせる」だ!」
ゲシルダは苛立っていた。
直に嫌がる女を「無理やり合法的に犯せる」という思惑が挫かれたからである。
斉射にはエラプトの采配もあるのだが、フェデルの巧みな指示もある。
フェデルは百戦錬磨の男で、山賊時代は山岳戦や砦の防衛戦に長けていた者だ。
それがエラプトとコンビを組んでいるのだから、兵が少ないと言っても容易に落ちる訳はなかった。
一番厄介なのはコルムの投石である。
破城槌を近づけても穴だらけにされては、中で押している者も堪ったものではない。
しかも狙いも正確で、門に近づこうとすると車輪を破壊されてしまうのである。
「こうなれば仕方ない。夜を待って忍び込ませよう」
ゲシルダは夜を待った。
そして、腕の良い何人かに命じて夜陰に紛れさせ防壁を登らせた。
「ぐわっ!」
不意に石が轟音と共にその者達に襲いかかった。
夜陰に紛れている筈なのに狙いが正確である。
理由はコルムの肩にいる梟姿のワヴェングであった。
ワヴェングがコルムに指示しているのだ。
梟にかかっては夜陰の意味はない。
翌朝となり、村の士気は盛り上がりを見せる一方、討伐隊の士気は下がっていた。




