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第十四話 佞臣、策を弄し、策士に遣われし詐欺師、暗躍する

 ミドモグは爪を噛んで、事態の収拾を考えていた。

「あの糞デブでめが。気づく前に何とかしないと俺の首が危ういな・・・どうしたものか」

 実は盗賊らを使って暗躍していたのは彼である。


 彼も賄賂などをせしめているが、何もしていないサトスガン司教のほうが、はるかに多いのは大いに不満であった。

 その上、王都の教会からは「北方の荘園への義捐金」と称されたものが、半ば強制的に徴収されたので、彼個人の出費はかなりの額であった。


 彼には妻と四人の子供、そして三人の妾がおり、それがさらに圧迫していた。

 妻はラージム枢機卿の紹介で娶った女であったので、あまり強くは言えないのが不満であった。

 そのせいか、何時の間にか気づいたら三人も妾をとることになってしまっていた。


 盗賊はというと、元々は荘園の私兵であった者が半数おり、人員削減の折りに隊長であった男と討伐隊を出さないことを条件に結託して襲わせ、その利益の一部を自分の懐に入れていた。

 更には奴隷商人とも結託して盗賊に成り下がった私兵らに命令し、村娘をさらって売りさばく斡旋業務も行っていた。


 ミドモグは元孤児であったが才覚が認められて教会に入り、巧みに出世してきた男である。

 彼のことを聞き、サトスガンの伯父であるラージム枢機卿から「共に下向するように」と命ぜられて来たのは、かれこれ十二年前であった。

 共にこの地へやってきたサトスガン司教は、この地への下向を大変不快に思っており、彼の機嫌を損なわないように務める方が財務管理よりも大変なのだ。


 ミドモグは帳簿にも穴をあけて、そこから金を不当に懐にも入れていたが、最近になってヒューデン候領の境にある出張所でウェスという若造が調べ始めたと聞き、それも気が気でならない。


 出張所のことを部下に偵察させると警備は厳重で、毒味役までいるという徹底ぶりであるので、ミドモグはヒューデン候が難癖つけてベルトラン伯爵と結託し、荘園の領地割譲を目論んでいることを薄々勘付いていた。


「あのデブだけが失脚するのはどうでも良いが、俺まで巻沿いを食らったら大変なことになる。かといって、あのヒューデン候に情報を売ったとしても司祭の位を剥奪されるのは必至だろうな」

 そんな憂いを持つ彼ではあるが毎晩、妾の宅で情事にふけるのである。


 それから二週間後したある日のこと、ミドモグに寝耳に水の知らせが届いた。

「そんな馬鹿な! 何かの間違いだろう!?」

 ミドモグは流石に慌てふためいた。

 何者かに荘園への税を徴収した輸送隊が襲われて金品が全て強奪されたというのである。

 当然ながらその知らせはサトスガン司教の耳にも届いた。


「おのれ、盗賊どもめ! 神を恐れぬ不届き者どもめ! 必ずや成敗してくれようぞ!」

 サトスガン司教は配下にそう怒鳴り散らしながらミドモグを呼ぶように命じた。 ミドモグは心の内は穏やかでなかったが、表情では落ち着き払ってサトスガン司教に謁見した。


「貴様! この事態をどうする気じゃ! お前の差配が不行き届きだから、このようなことになったのじゃぞ!」


 頭ごなしに怒鳴り散らすサトスガンに心の中で侮蔑しながら、暫く大人しく聞いた後に、静かに諭すようにミドモグは言った。


「責めは確かに私にあります。ですが、この神聖な教会に巣食う「不届きな虫が潜んでいる」とのことです。まずはそれを見つけ出しますので、ご安心の程を」


 ミドモグは頭で「誰を不届きな虫にしよう」と考えながらそう述べた。

 何とかサトスガンの機嫌を治させた後、自身の部屋へ急ぎ戻った。


「一気に打開するには、これしかないか・・・うむ」

 ミドモグはそう呟くと一人の私兵を呼んだ。

 彼はサトスガン司教らと共に下向してきた古参の私兵で、盗賊と化した連中へのつなぎ役である。


「此度の件ですが我々は一向に知りませぬ! 徴税輸送隊を襲うなど滅相もない!」

 私兵はそう釈明しだしたので、ミドモグはこう言い返した。

「君たちでないのは重々承知の上だ。安心しろ。俺には秘策がある。だが、誰が聞いているか分らぬので、もう少し顔を寄せよ。今からその策を授ける」


 私兵が恐る恐る耳を近づけた瞬間である。

 ミドモグは短剣を取り出して彼の脇腹に突き刺した。

「ぎゃっ! な、何を!?」

 私兵はミドモグを突き放したが、激痛が襲い反撃が出来ない。

 するとミドモグの容赦ない一撃がまた私兵に襲いかかった。


「策とはこれだ。許せ。他にやりようがないからな。後で祈っておいてやるから、迷わず死ぬがいい」

 そう静かに呟くと同時に私兵の息は絶えた。

 そして、次の瞬間に彼は自身の短剣で、自らの太腿を刺して大声をあげ、扉を開けて救けを呼んだ。

 何事かと教会の者達が駆け付けてくるとミドモグは太腿を押えながらこう叫んだ。


「この者が、盗賊に通じておったのだ! いきなり私を襲いかかってきたので、無我夢中で短剣を奪い合っていたら、彼を殺してしまった! 何という事だ! 神聖な教会を、私は血で汚してしまったのだ! 死んで詫びるしかない!」


 彼はそう狂言を発すると短剣を喉元に突き付けたので、周りの者が急いで取り押えた。


 狂言なので当然、大人しく短剣を取り上げられると、彼は泣いたふりしてうずくまった。

 その知らせは、サトスガン司教の耳にも直に入った。


 ミドモグはサトスガン司教に、全ての任を外すように懇願すると、サトスガン司教は一時的な謹慎を命じた。

 ミドモグに職務を全て放棄されたら困るのは、サトスガン司教も同じであることをミドモグは良く理解していたのである。


 その日の夜のことである。

 ある荒れた空き家でケプラーは一人の初老の男と酒を酌み交わして笑っていた。

 初老の男は名をレイファーと言い、元は山賊でケプラーと一緒に行動していた男である。

「しかし、上手くいったな。今頃、教会は蜂の巣を突ついたような大騒ぎらしいぜ」

 ケプラーがそう言うとレイファーも笑いながらこう切り返す。


「お前さんが情報を持ってきてくれたから、容易いことだったまでよ。ところで次の輸送隊の情報はもう届いたのかい?」

「いや、お前さんは手下どもと早くここからトンズラするんだ。ヒューデン候の領内なら安心だ。くれぐれも二匹目のどじょうは探るんじゃねぇぞ」

「久々の仕事だってのに、これで終わりかい。もうちょっと、稼がしてもらってもバチはあたらねぇと思うがね」

「お前さんに捕まってもらっちゃあ困るんだよ。バズやクランクがいれば少し話は違うがね。奴ら何処に行ったものやら」

「あいつらは最近、魔術師の子分になったらしいからな。若造の時には手下は少ないながら、いっぱしの親分だったのによ。齢食ったら子分とはおかしなもんだ」


 ケプラーは「違いない」と笑いながら翌朝、旅商人に化けて去るように念を押して言った。


 レイファーが去ると、一人の若く派手な化粧をした美女が姿を現した。

「それで父ちゃん。私はどうすればいいんだい?」

 美女はケプラーの一人娘で名をシェルという。


 母は家財を没収された十年程前に風邪をこじらせて、既にこの世にはいない。  そして、父ケプラーから母が亡くなったのは「サトスガン司教一味せいだ」と以来、教えられてきたのだ。


 輸送隊の情報を持ち帰ったのは彼女の手柄であった。

 輸送隊任務を取り仕切る副司祭を色気で誑かし、巧みに酒を飲ませて、酔わせたところを聞き出したのである。


「お前はベルトルン伯爵の領内に行くんだ。明朝、尼僧に化け、巡礼者のふりして行くと良い」

「なんで私はヒューデン候のところじゃないんだい? おかしいじゃないか」

「いいから、俺の言う通りにしろ。俺の言う通りにして間違っていたことは、これまでもないだろ?」

「分ったよ。仕方ないねぇ」


 彼女は不満げに答えた。

 というのも、彼女はウェスに好意を持っていたからである。

 一方、父であるケプラーもそれに気づいていたのだが、ウェスと彼女がくっつくことに不満であった。


「ウェスは油断がならねぇ。娘をあいつの元に行かせたら「人質にしてください」と言わんばかりだ」

 こう思っていたからである。

 しかし、親の心子知らずとは良く言うもので、父に反対されると増々、ウェスに好意を抱くのは皮肉なものである。


 翌朝、親子二人は出立した。

 自分の娘をベルトラン伯爵領まで見送るために、ケプラー自身は旅商人に変装して尾行したが、幸い娘は言う事を聞いてくれたので一安心である。


 その後、踵を反して今度はコルムらがいる村へと足を向けた。

 教会の私兵どもが化けた盗賊団の中に以前、共に山賊仲間であったフェデルという男がいるからである。

 実はフェデルもこの件に誘おうとしたが、フェデルは自分の部下であった者に嘆願されて彼らの仲間となっていた。


 フェデルはベルトルン伯爵領内で、飾り付け職人をしていたのだが、数年程前から左目を患って最近、職を失っていた。

 フェデルも実は、バズとクランクに盗賊の手伝いを申し出ようとしたのだが、彼らがアンヘルの元で手伝っていることを知り、やめたのだ。


 フェデルは老齢であったが、山賊であった頃は「親父さん」と仇名されて、人望が厚かった者の一人である。

 中々の知恵者でもあり、ランヴィルの参謀としても辣腕を振るっていたのだ。


「フェデルの親父さんのところに教会の噂が行くのも少し時間がかかるだろう。グズグズしてちゃいらんねぇ」

 ケプラーはフェデルにも恩義があった。

 このままフェデルの立場まで危うくなることも容易に想像できたし「教会が本腰を入れて討伐する」となれば、臨時に傭兵を雇ってくるからである。


 一方、コルムがいる山村周辺でも、教会の税を輸送していた部隊が襲われて、強奪されたという知らせは既に届いていた。

 その知らせに妙な不信感を持っていた人物の一人がデリックである。


「おかしいな。コルム君が言っていた教会のマークがある荷馬車が、つい最近襲われたとなるとは・・・」

 流石に二週間前となると時系列が合わないのである。

 教会が、その事実を隠していたのかも知れないが、そうなると今度は今更、それが表面化したのか説明がつきにくい。


「君はどう思う? 少し奇妙だと思わないか?」

 デリックは相談役でもあるエラプトに意見を聞いた。

「確かに妙ですな。しかし、盗賊があそこにいる連中以外にもいるのでしたら説明がつくと思いますがね」

 デリックはそう聞くと静かに頷いた。

 別に盗賊団は他にいないとも限らない。


「どちらにせよ。「教会のシンボルマークがある荷馬車が連中の手の内にある」ということを既に届けております。討伐隊が編成されれば、間違いなくこちらへ向かうことでしょうな」

 続けてエラプトがそう発言すると、デリックは複雑な表情となった。


「本来ならば、喜ぶべきところなのであろうが・・・素直に喜んで良いものかどうか・・・」

 彼は、何かひっかかっていた。

 だが、その理由は少し説明がつかないので、様子を見ることにした。

 熱気球があがってからというものの、向こうは用心して、こちらへの被害は皆無だったからである。


 それから数日後のこと、ある男がデリックの元へとやって来た。

 ケプラーである。

 デリックは、ケプラーが偽名を使って茶問屋をしていた時のお得意さんであったので、既に見知っていた同士である。


「久しぶりですね。あれ以来ですか。御嬢さんはお元気にされていますか?」

 デリックはそう言って挨拶をした。

 だが、ケプラーに会うと懐かしさもあるのだが、十年前の家財没収以来、初めて会うので、少し違和感を抱いていた。


「いやぁ、本当に懐かしい限りですな。あれ以来、こちらには足を向けてはいなかったんですが、何とか薬売りで細々と食いつないでおります」

 ケプラーは柔和な作り、笑顔でそう答えた。


 既に討伐隊が編成されつつあるのは、この村でも充分噂になっていたので、それに関しては情報収集する必要はない。

 問題なのは、この一帯の事実上統治者であるデリックの思惑である。

 ケプラーは薬売りになった理由を「妻が風邪で他界したから」という理由をつけ、他の雑談を交えて話し出した。


 そして、頃合いを見てからこう切り出した。

「ところで「ここいらでも盗賊どもが出張っている」とか聞き及んでおりますが、どんな塩梅なんです?」

 するとデリックは、少し間をとってからこう答えた。


「幸い、死者は出ておりません。ですが、いつまた村民に危害が及ぶとなると、気が気でなりません。討伐隊が待ち遠しい限りですよ」

「その盗賊なんですがね。居場所をご存じじゃありませんか?」

「何で、そんな事を聞きたがるのです?」

「実はちと、お恥ずかしい限りなんですがね。薬売りをやるにあたって、恩人の義理を通さなくてはならないんで」

「盗賊と、その恩人殿の関係性が分りませんが・・・」

「いやぁ、その恩人の息子っていうのが、どうしようもないドラ息子でしてね。勘当されて「今、何やっているか」と方々で聞いて周っていたら、どうも山賊だっていうじゃありませんか。で、その恩人に頼まれて、私が連れ戻しに来た訳でして」

「成程。で、討伐隊に出くわす前にどうにかしたいと・・・」

「そういう事でして。あの十年前に「私が山賊であった」という疑いなんですが、「山賊と知らずに取引をしたことがあった」ってだけなんですよ。それほど大したことじゃなかったんですけどね。ですが、山賊一味の中にその時に取引していた奴もいるらしいんで、ちと交渉次第でどうにかなるかと思いましてね」


 デリックは、また少し間を置いてからこう答えた。

「すまないですが、即答出来かねます。少し猶予を下さい」

「いやぁ、当然のことです。私は宿をとっておりますんで、用がありましたら遠慮なく呼んでください」

 ケプラーは、そう言って出て行った。

 それと同時にデリックは、エラプトとヒューデン候から遣わされてきたロットン隊長を呼び出して意見を聞いた。


「恐らく、その男は盗賊の仲間でしょうな。どうも、うさん臭すぎる」

 エラプトがそう言ったので、デリックもそれには素直に頷いた。

「しかし、連中の仲間というのであれば、わざわざここに居場所を聞きに来たりはしないでしょう。その理由は分りかねますが」

 ロットン隊長は、そう言って首を捻った。

 確かにその通りである。


 残念ながらこの時点において、ロットンにはケプラーがウェスの命令で動いていることを知らされていなかったのである。

 当然、素直に場所を教えて良いかどうかの判断材料には不足であった。


 悩んだ末に出したデリックの決断は、ケプラーに居場所を教えるとことであった。

 元茶問屋という男は当然、信用ならない。

 だからといって討伐隊も信用出来るものじゃないのである。

 デリックはケプラーのいる宿屋に出向き、盗賊団の居場所を教えると彼は喜んで明朝、出立すると言った。


 翌朝、ケプラーは日が昇らないうちに村を出た。

 齢の割には健脚なので、歩くことには自信があるし、元山賊であるだけに山道もさほど苦にはならない。

 砦跡付近まで行くと周囲を警戒していた者に発見されたので、大人しく投降し、連行された。

 ここまでは予定通りである。


 砦跡に連行されると筋骨隆々の団長を名乗る男が、侮蔑しながら跪くように言ってきたので、何食わぬ顔をして大人しく跪いた。

「俺はフェデルの旦那に会いに来たんだがね。旦那はいるんだろ? 「ケプラーが来た」と言えば直に分るさ」

 ケプラーがそう言うと、男は鼻で笑ってからこう答えた。


「黙れ! 俺がここを仕切っているんだ! お前はフェデルの何だ!?」

「俺を斬ったところで後悔するのはアンタだぜ。折角、飛びっきりの情報を持ってきてやったのによ」

「何だ? 飛びっきりの情報とは?」

「アンタら、つなぎ役とは連絡ついてないんだろ? だから呑気に身構えていられるんだ。少しはおかしいと思わないのか?」

「な、何? どういう事だ?」

「理由はフェデルの旦那が来てから話してやるよ。縄はこのままでいいから、とっとと呼んでくれ」


 男は配下の者に命じてフェデルを呼ぶとフェデルは急ぎ足でやって来た。

 フェデルはケプラーを見ると同時にこう言った。


「これは驚いた。本当にケプラーじゃないか。どうしてここに来たのかね?」

「理由かい? ここが危ういからさ。山賊の仁義をフェデルの旦那に果たさなきゃ、どうにもあの世で居た堪れないからね」


 ケプラーはそう言うと、教会が討伐隊の用意をしていることを逐一述べた。

 筋骨隆々の男は聞くにつれ、どんどん青ざめていく。


「知らん! 俺はやってはいないぞ! 輸送隊を襲ったのは別の者の筈だ!」

 男はそう言うが、討伐の命を下しているのは、実情を知らないサトスガン司教なのでどうにもならない。


「どうでも良いが縄をいい加減、解いてくれねぇか? 俺のことを分ってくれたんならよ」

 ケプラーはそう言って鼻を鳴らした。その後、男にこう述べた。


「ここには盗んだ家畜やら、農作物があるんだろ? どうだい? いっそ村の連中に返してやっちゃあ」

「馬鹿なことを言うな! それではタダ働きも良い所ではないか!」


 男は青ざめた顔から今度は顔を真っ赤にして怒った。

 どうやら顔の色使いが激しいようである。


「しかし、考えてもみなよ。家畜やら荷物を何処に運ぶんだい? 今は冬だし、峠を越えるのはちと無理だろうぜ。だからといって、平地で運ぶには村の連中の所を通るしかないじゃないか。奴らがすんなり通してくれると思うのか?」

「それは、これから考える! お前の指図は受けん! 斬られたくないならば大人しく口を閉じていろ!」


 男はそうケプラーに怒鳴ると、腰に着けた剣を抜いた。

 フェデルがそれを何とか宥めると、唾を地面に吐いてから奥へと引っ込んだ。


「フェデルの旦那も大変だね。あんなのをお守しなくちゃならねぇんじゃ」

 フェデルはケプラーにそう言われると、フェデルは苦笑するしかない。

「だが、タダ働きではな。あいつは兎も角、他の者も賛成しかねるだろう。何か名案はあるのか? お前のことだから何か他に持ってきたと思うが」

 そう小さな声でフェデルはケプラーに問いかけると、ケプラーはにやりと笑った。

 そして耳元でフェデルに囁いた。

 フェデルは一瞬、顔が強張ったがすぐに表情を直した。


 団長を名乗る男は暫くしてから不貞寝するように昼寝をした。

 昼寝は彼の日課である。

 腕力は強いが部下に命令ばかりしているだけなので、人望があるとはお世辞にも言えない男である。

 一方のフェデルは信用出来る者達を呼び寄せていた。


「やるなら今しかない。時間が惜しい。良いか。ここで犬死したくないのであれば、俺の言う通りにするんだ」

 フェデルは呼び寄せた者達にそう言うとある指図をした。

 一同は驚いたが、互いに顔を見合わせた後、覚悟を決めた。


 そして、事件が起こった。

 団長の部屋を数人の男達が忍び込むと、一斉に団長を取り押さえた。

「貴様ら何をする! ええい離せ! 何をしているのか、分っているのか!?」

 団長は力自慢であるが、流石に数人の男に取り押さえられると、どうしようもない。

 あまりに暴れるので、一人は掴んだ石で思い切り団長の鼻を殴った。


「ぐうっ! 貴様・・・」

 ドバッと鼻血が吹き出し、目は涙で曇る。

 鼻骨が粉砕されれば自ずとそうなるのは明白だ。

 なおも暴れる団長であったが、流石に鼻骨が粉砕されているので、呼吸が苦しくなり、最後は取り押さえられてしまった。


 その騒ぎを聞きつけた手下は各々が武器を持ってきたのだが、団長は取り押さえられているし、どうするか判断に困った。


「よく聞け。こいつをこれからベルトルン伯爵に引き渡す。安心しろ。お前らは免責の上でだ。盗んだものは大人しく村に返さないといけねぇが、こいつが金になる。嘘だと思うのなら、手向いするが良いさ。その分、分け前が増えることだしな」


 ケプラーがそう言うと、更に動揺が走る。

 元は私兵の一人であった者が間を置いた後にこう叫んだ。

「そんな事、信じられるものか!」

 それと同時にケプラーに斬りかかった。

 しかし、それと同時に私兵ではなかった男が後ろからその男を切り裂いた。

 砦跡は互いの斬り合いの場所と化した。


 戦闘は十分ほど続いたが、フェデルやケプラーを支持する者のほうが数で勝っていたので、どうにか事態を収拾するのに成功した。

「これでいい。後はフェデルの旦那ちと馬を借りるぜ。グズグズしていらんねぇ」

 ケプラーはそう言うと、早馬を飛ばして村へと駆け下りて行った。


 夕暮れにはまだ日が高い時刻にケプラーは村に辿りつくことが出来た。

 そして、急ぎデリックの家へと向かった。

 デリックの家の居間には、コルムと彼の娘姉妹が遊んでいた。


「今日は、お嬢ちゃん。デリックさんはいるかい?」

 コルムはいきなり訪ねてきた男を少し怪しんだが、いざとなれば石をぶつければ良いので、素直に頷いてからこう言った。

「書斎にいるわよ。呼んでくるわね」

 コルムは姉妹を引き連れて書斎に向かった。

 盗賊の手下であれば「姉妹が人質にされかねない」という判断からである。


 コルムが書斎をノックして開けると、デリックは腕を組んでウトウトと船を漕いでいた。

「デリックさん! お客さんよ!」

 いきなりコルムの良く通る大声でそう叫ばれたので一瞬、頭が傾く。

 何とか体勢を立て直し、口を拭いて振り返るとコルムが立っている。


「知らないお客さんよ。居間にいるわ。早く来て」

「わ、分かったよ。今、行くから」

 デリックは目を擦りながら居間に行くと、ケプラーがニヤついた顔で勝手に椅子に腰かけていた。


「昼寝中、お邪魔しちまってすいません。早い所、良い知らせを届けさせたくてね」

 ケプラーは得意げにそう言った。

「良い知らせとは何でしょう?」

 眠気が醒めやらぬ頭を仕切りに働かせて、出た言葉はそれしかなかった。


「盗賊どもを追い出した挙句「ほとんどの作物や家畜、金品を盗賊どもから取り戻せる」って言ったら、悪い知らせではないでしょう」

 またもケプラーはそう得意げにそう言った。


「どういうことです!? 本当にそんなことが可能なんですか!?」

 流石にデリックは目が醒めた。

 思わぬ知らせが突如、舞い込んできたからである。


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