第十三話 じゃじゃ馬、空を飛び上がり、はしゃぎ立てる
デリックらが帰った後、ヒューデン候は急ぎ早馬でサトスガン司教が管理する荘園との境にある宿場町テファンとベルトルン伯爵宛に使いを出した。
出張所を作る手配の為である。
ベルトラン伯爵への使いであるが、彼が荘園の臨時の司法を任されている形なので、彼から委任状を取り付けないと越権行為と見なされるかも知れない。
ベルトラン伯爵とは親友であるし、何よりサトスガン司教は共通の敵である。
更にデリックが根回しとしてベルトルン伯爵に陳述書を差し出しているので、二つ返事で引き受けると思われた。
後日、簡易的に了承する旨が書簡で届いている。
宿場町テファンから早馬が戻ると丁度、空き家になっている屋敷があるというので、そこを出張所にすることにした。
ウェスを正式に代官にし、同時に「荘園方臨時代官補」という長い名称の役職を設けて荘園から来る訴状を取次げる形をとった。
同時にテファンの代官の任命をした理由だが、これはあくまで名目上であった。
実際、今までテファンの町長が問題なく統治しているからである。
だが名目上、代官にしておかないと「権威的に問題がある」と思われた上での差配であった。
ヒューデン候はウェスに信用できる腕利きの護衛と、毒味役の者を付けた。
ウェスの暗殺や毒殺をサトスガン司教が狙う恐れもあるからだ。
翌日、早速ウェスは現地のテファンに出向き、旅商人や旅芸人などに触れを出した。
彼らが荘園内で宣伝してくれれば、すぐに訴状が舞い込んでくる、と確信していたからだ。
同時に彼は、ケプナーという男を呼び出して、こう言った。
「君にやってもらうことは他でもない。「サトスガン司教が盗人どもと結託している」という噂を流せ。証拠の捏造でも何でも良い。手段は問わぬ。好きなだけやってくれ」
そう言われたケプナーは含み笑いをしながら、ウェスにこう言った。
「任せてくだせぇ。それに丁度、文書偽造におあつらえ向きの男を知っている。ちょいと金はかかるが、そっちが出してくれるのなら問題はねぇよ。俺もあいつには散々、世話になったから喜んでやってやるぜ」
ケプラーは五十代手前の小男だが、元は山賊であり、バズやクランクと共に逃げてきた者の一人である。
詐欺で捕縛され、牢屋にいた所をバズが仲間を救出に来た際に「一緒に逃げ出したことがきっかけで山賊入りした」という経歴の持ち主だ。
山賊であった時は主に街へ忍び込み、流言飛語を巧みに操って、討伐に来た軍の行軍を遅らせるなどの手柄も挙げている。
ケプラーがサトスガン司教に恨みを持つ理由であるが、これは私怨である。
彼は荘園で山賊時代に稼いだ金で商売を始めた。
その商売とは茶問屋であった。
茶問屋は思いの外、売上が良くて彼自身も羽振りも良かったのだが、十年前のある時に身に覚えのない嫌疑をかけられて、財産没収の憂き目にあったのである。
これは彼を知る元山賊の一人が、彼の情報をサトスガンに売り渡し「元手が盗んだ金だ」と言ったからである。
確かにそうなのだが、その盗んだ金は隣国で稼いだものだし、倫理的には問題ではあるがこの国では問題がない筈であった。
だが、サトスガン司教は「その出所は隣国の荘園であるので、教会が没収し盗んだ家に返すのが妥当である」という難癖をつけて全財産を没収したのである。
ちなみに盗まれた家には現在でも全く支払われていない。
それ以来、ケプラーはサトスガン司教と荘園の役所に対し恨みを抱いている。
ウェスがケプラーと知り合ったのは、ウェスが臨時の顧問として、訴訟問題を片田舎の町で働いていた時である。
ケプラーが詐欺で捕まった際に、ウェスがその罪状を取り仕切る形となった。
些細な額であったのだが、法的には懲役一年とあったので、当初は懲役一年に処するつもりであった。
だが、ケプラーに酒を飲まし酔わせて素性を聞いてみると、ウェスは何か思いつき、詐欺の被害額を被害者に渡した後に無罪放免にしてしまった。
これは被害者にウェスが
「懲役刑にしてしまうと、被害額から手数税という名の税金がとられます。ですが、穏便に片づければ男は無罪放免になりますが、貴方方に全金額が返済されますので、ここは如何でしょう? 訴状を取り下げてみては?」
と巧みに被害者に唆したので、無事にケプラーは無罪放免となった。
幸運なことに訴人は金にがめつい男だったので、二つ返事で了承したのだ。
以来、ケプラーとウェスは昵懇の間柄となった。
ウェスもブレイズも根は同じで「盗人であろうが使える者は使う」という主義である。
体面を重んじる者にとっては鼻もちならぬ行為であるが、彼らから言わせてみれば「下らぬプライド」と鼻で笑うのだ。
ウェスはブレイズに自分と同じようなシンパシーを感じたこともある上に「自分が出世する良い機会だ」とも思ったので、ブレイズに推薦状を書かせたのである。
一方のデリックとコルムは上機嫌で村へ戻ってきた。
思いがけない援軍が来るのだ。
彼らが村へ着いた五時間ほど後に早速、五名の旅商人風体の男達がやってきた。 男達の代表と思える人物は、デリックやガドウィンに会うとこう述べた。
「私はヒューデン候の配下で、歩兵隊長のロットンという者です。早速ですが、盗賊どもの根城について伺いたいのですが如何でしょう」
デリックはロットンに根城と思えるルロフォス砦跡を説明したのだが、陰でそれを聞いていた者がいた。
コルムに言われて聞き耳を立てていた九官鳥姿のワヴェングである。
「しかと聞いたぜ。追加の駄賃は何を強請ろうかな」
そう心の中で呟くと、急ぎコルムの元へ戻ってきた。
コルムはデリックの娘姉妹と遊んでいたが、ワヴェングがコルムの肩に止まると直に無言で聞いてきた。
「どう? 場所はわかった?」
「造作もないことさ。で、様子を見るだけでいいんだな?」
「そうね。あくまで一番、怪しい場所だから。いない可能性もあるだろうけどさ」
「ハズれたらハズれたでまた探るってことか? ハズれても、ちゃんと約束は守ってもらうぜ」
「そんな事、分っているわよ。じゃあ、明日頼むわよ」
既に日は傾いていたので、今すぐという訳にはいかなかった。
それに堂々と九官鳥を飛ばすのも、目立ちすぎるということもあり、皆が寝ている早朝の隙にワヴェングに偵察をしてきてもらうのだ。
翌朝、ワヴァングはコルムに言われた通りに飛び立つと、途中で鷹に変化して向かった。
鷹であれば遥か上空からでも問題なく見えるし、他の鳥に襲われる心配がないからである。
砦跡には十分程で行ける距離であった。
とはいっても、鷹の速さで十分程なので、距離にすれば二十キロメートルほどはあると思われる。
標高五百メートル程の山の中腹部に砦跡はあり、所々補強していたり、新しく木材で屋根を作ってあるようだ。
「思ったよりも多そうだな。下手すりゃ百人以上いるぞ。二十人ほどの増援じゃ自殺行為も良い所だ」
ワヴェングは冷静にそう判断した。
コルムとは違い、彼には人に対する義務感はない。
ただ、コルムが死ぬと折角の話し相手がいなくなるので、それはちと寂しい。
暫く様子を窺ってから、コルムが居候しているデリックの家へと帰っていった。
コルムは九官鳥姿のワヴェングが、一時間もしないで帰ってきたので驚いた。
「本当に、ちゃんと見てきてくれたの?」
「疑うのかよ。大体、鳥になれば余裕で行ける距離さ。少し疲れるけどな」
「そう。で、どうだった? 盗賊はいた?」
「いたってもんじゃない。百人以上いると思うぜ。悪い事は言わない。とっとと、この村から逃げちまおう。そこまでの義理はないだろ?」
「駄目よ! 駄目! 絶対に逃げないわよ! 逃げるもんですか!」
「化け物クラゲの時は逃げたっていうのによ。何で駄目なのさ?」
「駄目に決まっているでしょ! 私だけじゃないのよ! ガドウィンさんやデリックさん一家に申し訳ないわ。逃げるぐらいなら死んだ方がマシよ!」
「おいおい。お前さんがそうカッカしなくても、実情知れば村の連中だって攻め込むのを思い直すさ」
「けど、それならどうすればいいの?」
「俺に聞くなよ。俺が知る訳ないだろ」
「わかった。じゃあ、もう少しだけ協力して」
「命に関わることだけは真っ平御免だからな」
コルムは少し考えてから、ワヴェングにある提案をした。
午前八時あたりに偵察に関する会議が行われた。
偵察に行ってくるだけでも一日がかりなので、早朝から行わなければならないからだ。
そこでコルムは九官鳥姿のワヴェングを伴い、砦跡の実情を話した。
「タクサンイタ! タクサンイタ!」
だが九官鳥なので、これが精いっぱいである。
九官鳥の姿なので話せるとしてもこれでやっとだ。
万が一話せたとしても、今度はワヴェングの正体が露見してしまう恐れもある。
「しかし、それだけの情報では不足だ。沢山では数の検討もつかないではないか」
エラプトが頭を掻きながらそう言った。当然である。
しかし、ルロフォス砦跡が根城だという事が分っただけでも有難い事であった。
「それならば、私に良い案があります。あくまで試作品ですので保障出来ないのが心残りですけどね」
デリックはそう言うとガドウィン宅から飛び出し、暫くしてから大きな布袋を持ってやって来た。
「ぼっちゃん。何ですかそれは?」
ガドウィンが訝しげにその布を見ると、デリックは胸をはってこう答えた。
「熱気球という代物です。古代文明時代に魔法で空を飛ぶ前は、これを代用していたという記述があり、試しに資料通りに作ってみたんですよ。これで絶好の位置から見ることが出来るでしょう。それに私には望遠鏡もありますから」
近くに行かなくても様子がわかるのであれば問題はない。
問題は誰が乗り込むかである。
「それじゃあ、私が乗るわよ。私が一番、体重が軽い筈だしね」
コルムは真っ先に立候補した。
好奇心旺盛でもある彼女は、そのような面白そうなものに目がない。
それに自分には「神の奇跡の術」があるので「落ちたとしてもどうにかなる」という根拠のない自信もある。
作成者のデリック以外に希望者はいなかったので、彼女が乗ることになった。
デリックは自分が責任をとるつもりでいたのだが、彼は村の象徴のような男なので、ガドウィンを始めとする村長らが乗ることを許さなかった。
砦跡から十キロメートルほどの平原で、熱気球の実験が行われることになった。 コルムは手順を憶え、ランプに火をつけると次第に布が膨らみ始めた。
布はイダモス産であるカドコアという植物の繊維で作られたものだ。
これは非常に燃えにくく、丈夫で軽い。
難点としてはこれも高価なものであったが、祖父の代に購入された物なので問題はなかった。
「よーし、あがれー!」
コルムは火を焚き続けると次第に地上から離れるのが実感してきた。
「わー! 本当に浮いた! 凄い凄い!」
はしゃぐコルムであるが、デリックに大声で注意される。
「気をつけて! あと、砦の様子をちゃんと望遠鏡で確認して!」
「わかってますって! でも、本当にこれ凄い!」
デリックを無視するかのように興奮するコルムであるが責任は重い。
しかし、どんどん上空へと昇る熱気球はそんな事を忘れさせてくれる興奮を提供してくれる。
流されないようにロープが地上から繋がれているが、切られたとしてもコルムは慌てるどころか、寧ろ喜びそうなものだ。
地上から百メートルまで昇ると、様々な風景が見てとれる。
デリックから借りた望遠鏡はさらにコルムの好奇心を燻らせる。
様々な他の場所を見てみたいが我慢して砦跡を見ると、ワヴェングが言った通り、盗賊らしい者達が屯しているのが分かった。
そして、こちらを見て騒ぎ始めていた。
砦跡からでも当然、丸見えだからだ。
屋内からもどんどん人が出てくる。
ワヴェングが言っていた「百人以上」というのも満更、嘘ではなさそうである。
それ以上に驚いたのは、彼らが隠そうとしていた荷馬車であった。
何故なら、その荷馬車には教会のシンボルマークがはっきりと描かれているからである。
「教会の荷馬車まで盗んだっていうの!?」
もっと良く観察したいところであるが、盗賊達は厩舎から馬を引っ張って来ている。
どうやら、こちらへ来るようだ。
「デリックさーん! 降りるからね!!」
百メートル離れた場所からでもコルムの大声は良く響く。
元々声は大きい方だし、通りやすい声質だからだ。
コルムが火力を弱めると高度はどんどん下がっていく。
良く出来た代物だと感心するも盗賊達が迫ってくるので、急いで降りないといけない。
幸い、風も穏やかであったので、ロープを手繰り寄せながら、無事着地することに成功した。
そして、それと同時にコルムは叫んだ。
「急いで! ここから逃げるわよ! 連中、馬でこっちに来るわ!」
念のために二十名ほど防備を固めたヒューデン候の兵がいるのにも関わらず、彼女が慌てた様子なので、ロットンは事態を把握し、部下に撤収を急がせる。
撤収作業中にロットンはコルムに盗賊達の数を聞くと「百人以上」というので、思わず舌うちをしてしまった。
根城に半分残すとしても、五十名なのだから現時点においてこちらの倍以上いる計算になるのである。
辛くも逃げたコルム達であったが表情は暗かった。
「数が多すぎる。増援を頼むしかあるまい」
そう言ってからロットンは肩を落とした。
ヒューデン候も「兵を出す打ち出の小槌」がある訳ではないし、これ以上の増援は、事が露見する可能性が高くなるので現状は厳しい。
「まずは伝書鳩で窮状を伝えましょう」
部下の一人がそう言ったので、無言でロットンは頷いた。
「仕方ありません。ここは防備を固めて様子を窺うことにしましょう。各村に狼煙台と見張り台を設けて、村々の連携を図るのです。相手が百人以上だとしても、こちらも数では負けていません。防衛戦ならば持ちこたえることも出来ましょう」
エラプトはそう進言し、デリックもそれに同意した。
「幸い今は農閑期だ。農業に従事している非戦闘員は放牧の手伝いを行うよう、各村長らに指示してくれ。持久戦を覚悟せねばならないからね」
デリックはガドウィンを呼び出し、実情を話した上で、ため息交じりにそう命じた。
盗賊達との争いが長期化されるということで、村々には取り囲む壁などがどんどん補強されていった。
空堀などは当初からあるのだが、それだけでは不安だからである。
問題は連中が、教会のシンボルマークのついた荷馬車を持っていたことである。 考えられることは以下の通りだった。
1、教会の荷馬車を強奪し、根城に隠している。
2、サトスガン司教の命令で、盗賊達が動いている。
3、司教とは別の者が、独自の判断で盗賊に指図をしている。
1の件についてだが、もし、そうだとしたならば、サトスガン司教のことだ。
血眼になって討伐隊を編成してくるだろう。
だが、その傾向は見えないので、デリックは除外することにした。
2の件であるが、サトスガンは強欲であり、最近「税の収入が落ちていると部下に怒鳴り散らしている」という噂は耳にしている。
だが、彼の伯父ラージム枢機卿にはドフォルズ枢機卿という政敵がおり、このような事が露見したらタダでは済まない筈である。
となると、3の件が一番、怪しいということになる。
だが、もし3の件だとしても、体面を重んじることだけはご立派な役所が認める訳がない。
「困ったな。どうにも八方ふさがりだ」
デリックはつい愚痴をこぼしてしまった。
「まずは待ちましょう。ぼっちゃん。貴方はいつも「急いては事を仕損じる」と私にもおっしゃっているじゃないですか」
ガドウィンにそうデリックは諭されると、寂しそうに苦笑いするしかなかった。
コルムはというと、村の窮状にも憤りを感じていた。
だがそれ以上に、何よりも楽しい熱気球の体験を瞬時に終わらされたのが許せなかった。
「あ~、もうイライラする! あいつら絶対許さないんだからね!」
「そう怒るなよ。クッキーでも馬鹿食いして、少しは落ち着けって」
ワヴェングは無言の会話でそう言って、またコルムをからかう。
「もう! そんな事しないわよ!」
コルムは思わず声に出して怒鳴ってしまった。
姉妹はいきなり怒鳴ったコルムに驚き、泣いてしまったので、急いでコルムは謝り、自分の分のクッキーを姉妹に分け与えた。
夜になり、また会議があるというので、コルムはガドウィン宅へ出かけると、既に皆が集まっていた。
そこでは何やら、おかしな噂話が持ち上がっていた。
「隣のベルトルン伯爵領に凄い魔術師がいるという噂だ。金さえ積めばどんな難題も解決してくれるというじゃないか」
「ああ、ヒューデン侯爵のところの動く死人も退治したということだ。嘘じゃない。ロットン隊長が言っていたんだから間違いない」
ロットンは雑談の折り、つい村人達にアンヘルらが動く死人を退治したことを話していた。
特に口止めされた訳ではなかったし、全くの別件であったので「問題はない」と思ったからだ。
だが、藁にもしがみつきたい村人達は「驚異的な魔術師を呼べばこの盗賊団を簡単に対処してくれる」という勝手な誤解をしていた。
「ふぅん。魔術師かぁ。どんなお婆さんなんだろ? あ、お爺さんかな?」
コルムは呑気にそんな事を考えていると、デリックが「静粛に」と一同に注意したのでコルムも黙る。
だが、どこの世界にも陰で雑談をする者は何処にでもいるらしい。
少し酒に酔った中年の、頭が少し薄い一村長の代理と言う者がコルムに囁いた。
「だがよ。その魔術師なんだけど、ヒューデン候が凄い額で雇おうとしても断ったって話だぜ。それぐらいの大物だから「王都から逃げて来た大魔道士じゃないか」と俺は思うね」
「本当に? でも、何でまた、こんな所まで来たの?」
「それなんだよ。見た目は凄い美女らしいから、助平野郎の教皇様が妾にしようとしたので落ち延びたって話だぜ」
「嘘でしょ? 大体教皇様って、そんなに助平なの?」
「そらぁ、教皇様だって男さ。囲っている女なんぞ、両手両足の指で数えても足りないって話だよ。全く、教会ってのは「男は皆、助平たれ」なんて、裏で教えているんじゃないのかね」
「でも、王都の位の高い魔術師なら、お婆さんの筈じゃない?」
「魔法ってのは便利なもんで、シワだの弛みだの、なんてもんを無くす魔法もあるって話だぜ」
「うわぁ。じゃあ、お婆ちゃんになっても綺麗なままでいられるの? いいなぁ、私も魔法使いになってみたい」
「しかも、何でも「若い男と駆け落ちしてきたらしい」って言うじゃねぇか。だから、ヒューデン候の誘いに乗らなかったらしいぜ」
思わずコルムは「神の奇跡の術」にも同じ効果のあるものを期待していた。
しかし、世の中はそう甘くはない。大体、そんな魔法はないのである。
他にも色々と中年男はコルムに吹き込むのだが、聞いた話と違う内容がほとんどで、どれも真実から歪曲された上に肥大化されているものであった。
「そこ! 静粛に!」
デリックに気づかれてしまい、コルムと中年男は黙った。
しかし、コルムの好奇心は今となっては盗賊達よりも「ド助平教皇から駆け落ちして逃れて来た絶世の美人大魔道士」のほうに興味があった。
無論、そんな者などいない。
会議のほうだが結局、特に名案がなかったので「暫く警戒をしながら見守ることになる」ということで落ち着いた。
ただ、ベルトルン伯爵領いる魔術師に使いの者をやり、連絡をとってみることになった。
残念ながらそれは空振りに終わるのだが、もしアンヘルが居たとしても、盗賊討伐などに興味を示す筈もないので、結果は同様であったであろう。
それから数日後のことである。
ベルトルン伯爵領の魔術師は既に旅立ったらしく、もぬけの殻であった。
だが、それ以上に村人達は、様々な旅商人から「教会が盗賊達と裏で繋がっている」という噂を耳にしていた。
この村からもロットンから助言されたデリックが出張所に訴状を出していたし、ケプラーも暗躍していたのだが、サトスガン司教への不満をほとんどの民衆が持っていたので、当然の成り行きである。
噂というのは早い上に勝手に付け加えられることも多い。
「噂を流している者どもをひっ捕らえよ! 教会の沽券に関わる大事じゃ!」
最近、教会ではサトスガン司教は配下の者にそう怒鳴るのが日課である。
サトスガン司教は四十台半ばのでっぷりと肥え太った男で、部下の司祭に説法は任せて、自身は金勘定とグルメ、女遊びにうつつをぬかす男だ。
彼の伯父が枢機卿であったので、縁故で登用されたのに過ぎないのだが、神学校の入学試験では主席で卒業している自負があった。
首席とはいっても実は根回しがあり、試験の問題内容をこっそり教えられていた不正によるものである。
「努力はしておりますが何分、人の口というものは戸を立てられないものでして・・・」
右腕の司祭はそう言って弁明をする。
司祭の名はミドモグという男で、五十代前半の顎髭だけは立派な男だ。
彼はサトスガンと共に王都から下向してきた者で、財務管理や治安維持など一切を任されていた。
悪知恵にも長けており、ケプラーの財産没収もこの男の発案であった。
「あまり旅商人らを摘発しますと関所の通行税などにも響きます。ここは今しばらく、ご辛抱ください」
ミドモグがそう言ってからサトスガンの機嫌を取るために、サトスガンが好みそうな女性を数人用意して接待させる。
これらの女性は増税で払えなかった村人の家から「教会への奉仕」と称し、連れて来られた娘達であった。




