第十二話 じゃじゃ馬、咆哮をあげ周囲を驚かし、猛禽に推挙された策士、暗躍しだす
コルムが無理やり怒号で周囲を鎮静化させると、暫くは静寂が訪れていたのだが、デリックがその静寂を打ち破った。
「ええと・・・。今日、集まってもらったのは他でもない、自警団発足の為です。このままだと盗賊たちに何時までも悩まされる日々が続くのは皆、同じ思いの筈です。そこで一時的に、一番大きい倉庫を保有するガドウィン氏に預かってもらい、そこから荷馬車隊で街まで移動するやり方であれば、警備をする人員を減らせると思うのですが、如何でしょう?」
異論は出なかった。出る雰囲気ではなかったからだ。
コルムの怒号は当人の思惑とは違って議論の芽を摘み取ってしまっていたのである。
それに、このような恐ろしい咆哮をする小娘が番人ならば「盗賊たちも迂闊に手を出さない」と皆が思ってしまっていた。
会議を終えようとしたその時である。
一人の体格が良い若者が発言した。
彼はコルムの怒号には驚いたものの、特に恐れもせず、涼しい顔で見守っていた唯一の者であった。
「警備の責任者は、そこの女性になると思いますが声は立派なのは分りました。が、どのような武術を身に着けているか分りませんので是非、披露をして頂きたい」
若者は北方の戦場から帰ったばかりのエラプトという者であった。
この村一番の豪の者と知られており、当初は「彼が警備の責任者になる」と思われていた人物である。
武術に優れているが特に槍の腕前はこの周辺では並ぶ者がいないと言われていた。
「いいわよ。そんなに見たいのなら見せてあげる。外に出ましょう」
コルムは二つ返事で引き受けて、スタスタと外に出てしまうと、石を持ってエラプトにこう述べた。
「あの月明かりに照らされている案山子が見えるわよね。あれに当ててみせるわ。それなら納得いくでしょう?」
案山子までの距離は五十メートルほどあるので、常人ならまず当てることなど至難である。
しかし、彼女は容易に出来ると自信を持って言うので、エラプトだけでなく村人も目を見張った。
「確かにそれは面白い。君の腕前を拝見いたそう」
エラプトはそう言うと腕組みをしてコルムの動向を注意深く見守る。
「じゃ、いくわよ。そりゃっ!!」
コルムの腕は若干光ったが、轟音と同時に放たれた石は見事に案山子に命中し、案山子は木端微塵となってしまった。
辺りは驚きの歓声に包まれ「正しくゲドルズの再来」と誰もが言おうとしたが、案山子みたくはなりたくないので、その声は皆、潜めてしまった。
「これは見事。投石を得意にしている者を俺は随分見てきたが、稀に見る投擲術だ。いやいや、恐れ入った」
と、笑いながら言った。
そして、ついでにこう付け加えてきた。
「これなら盗賊たちも恐れるのは必至だ。安心して君に警備の責任者を任すことが出来る」
コルムはそう言われると、照れ隠しに笑いながらこう反論した。
「けど、私じゃナメられそうだから、ここは貴方に責任者になってもらったほうが村人の皆さんも安心なんじゃないかな? ほら、私もここに来てまだ間もないし、さっきの怒鳴り声で皆は怖がってしまったみたいだし・・・」
コルムがそう言うのでエラプトは村の衆にこう述べた。
「コルム君がそう言うので私が隊長に任になろうと思うが、異論ある者がいれば前に出てくれ」
無論、村人の誰も文句は言わなかった。
次の日から続々とガドウィンが保有する倉庫へと酪農物や肉、農作物が運ばれてきた。
ちゃんと区分けされるものの多すぎたので、一部はガドウィンの家に保管されることになってしまうと、コルムの部屋が物置にされてしまった。
コルムは近所のデリックの家に居候することになり、当番制でエラプトと番人を務めることになった。
デリックには可愛らしい娘が二人いる。
まだあどけない少女達は不思議とコルムに懐いた。
コルムは七人兄弟の末なので思いがけずに妹が出来たと思い、草笛を教えたり、人形をこしらえたりして彼女らを可愛がった。
コルムは元々、優しい性格ではあるが、勝気で正義感が強いので誤解されやすい点がある。
さらに野山で遊びたい放題だったからガサツという表現が正しいのだが、意味もなく動物を殺めるようなことはしなかった。
害獣であるカラスや猪も追い払う際には力を加減し、怪我させないようにして石をぶつけていたのである。
噂が広まったのであろうか、盗賊たちは見る影もなくなった。
近隣の村々は多少の被害にあっているようだが、幸いこの村は平穏である。
たまに街への行商でエラプトが行商隊の隊長として出向くのだが、留守番中でも襲っては来ない。
倉庫の留守番は暇ではあるが、デリックの娘達の話し相手となっていると不思議と時を忘れるのである。
そんな折、奇妙な来訪者が来た。人ではない。
彼女が娘達と雑談していると、カラスのような鳥が不意にコルムの肩に舞い降りてきた。
そして
「コニチワー! コニチワー!」
と、鳴き始めた。鳥は九官鳥というこの地域では珍しい鳥であった。
娘達は思いもよらないその来訪者に興奮して色々話しかけた。
すると今度は
「ヨロシクー! ヨロシクー!」
と鳴くので娘達は大喜びである。
コルムは不思議そうに肩に止まった九官鳥を見ていると、頭の中に声が響いてきた。
「何やってんだよ。こんな所で」
聞いた声である。声の主はワヴェングであった。
「あれ? ワヴェちゃん? 何処にいるの?」
「何処って、お前さんの肩にいるだろう」
「え? オオサンショウウオじゃないの?」
「俺は多少の動物ぐらいなら姿を変えるぐらいのことは出来るんだよ。暇で外に出てみたら、こんな所で油売っていやがって」
「へぇ? 寂しかったんだ」
「からかう相手がいないと面白くないんだよ。相方はあの爺と一緒に何処かにいっちまったしよ」
「え? どういうこと?」
「あの爺、野良犬を連れていたろ? あれは俺の女房だ。といっても、俺もあいつも両性具有だから、その表現が正しいかどうかは分らないけどな」
「へぇ。ねぇ、他にどんなものになれるの?」
「ドラゴンとか、そういうのを期待しているならハズレだぞ。大体、俺は危なくなったらモグラにでもなって逃げるからな」
「なんだぁ。いざとなったら助けてもらおうと思ったのに」
「お前さんは充分強いだろう? あの化け物クラゲだって追い返したらしいじゃないか」
「あれは偶々よ。毎回あんなに上手くいくとは思えないわ」
そんな会話を心中で行っているのだが、娘達にはただコルムが九官鳥と見つめ合っているぐらいしか分らないのである。
「ねぇ。その鳥ってお姉ちゃんのペットなの?」
長女が不思議そうに聞いてきたので、慌てて頷いた。
「会話出来る友人」と紹介する訳にはいかないからだ。
「勝手に俺をペット扱いしやがって。まぁ、いいさ。久しぶりに外に出たんだから暇つぶしに付き合ってやるよ」
「何よ。本当は一人ぼっちで寂しいから出てきたのに」
そうやって無言の会話をするのだが、コルムはワヴェングのことを気にかけていたので嬉しかった。
何より、もし盗賊が襲ってきたとして、事前に報告してもらえるだけでも助かるのである。
デリックの家に戻るとデリックは鳥を見た瞬間に声をあげた。
「これは珍しいな。九官鳥じゃないか。何処かの貴族の家から逃げてきたのかな?」
「違うのよ。その子、お姉ちゃんのペットだって」
長女がそう言うと、コルムは続けざまに
「以前、翼を怪我していたのを拾って家で育てていたんだけど、私についてきたみたいなんです」
と、言って誤魔化した。
九官鳥は高価な鳥で、普通は貴族にしか飼えない鳥だからである。
「そうか。恐らく、逃げ出した所を鷹にでも出くわしたんだろうな。ただ、盗まれるといけないから、気をつけないといけないよ」
デリックはそう言うと自分の部屋に篭った。
何でも最近は水車小屋の改良について研究しているらしい。
暫くデリックの妻や娘達と雑談していると、ガドウィンが慌ててやってきた。
「どうしたの? 盗賊が出た?」
コルムはガドウィンにそう聞くと、ガドウィンはデリックの妻が出した水を一気に飲み干してからこう言った。
「ああ、幸いこの村ではないんだがね。隣の村で出たんだよ。しかも、大挙して襲ってきたんだ」
隣の村とは親密な関係でもあるし、流石に大勢で乗り込んできたとなると一大事である。
酷いことに「数件の家を焼き討ちまでした」とのことである。
怪我人はいるものの、死人は出ていないのが不幸中の幸いであった。
「酷い! 何でそこまでするの! それでも荘園の役所って何もしてくれない訳!?」
コルムが憤っても、こればかりは仕方がない。
役所は「税をとるだけとって知らんぷり」が最近の暗黙の了解である。
あまりのコルムの大声にデリックも部屋から出てきて、事の詳細を聞くとすぐに塞ぎ込んでしまった。
「もうデリックさんまで頼りないわね! こんな時に頼りになる人って他に心当たりいないの!?」
エラプトが街から戻れば一人はいることになるが、エラプトとコルムだけでは心許ない。
他の村々も自警団はいるが流石に数十人単位の集団となると数が違い過ぎる。
それにこちらから出向こうにも盗賊たちの根城が分らない。
「根城は恐らくだが、廃棄されたルロフォス砦だろうな。あそこなら攻めにくいし、修復さえすれば雨露はしのげる」
デリックは冷静にそう言うと、コルムは即座にこう言った。
「じゃあ、まずはそのルロフォス砦を見に行きましょうよ。で、連中がいたら改めて攻め込んでやればいいわ」
「無茶なことを言わないでくれよ。季節はもうすぐ冬だ。連中はたんまり食糧を稼いだようだし、暫くは大人しくしているかも知れない」
デリックはそう嗜めるとコルムは増々、持ち前の勝気と正義感が仇になってくる。
「分ったわ。じゃあ、私一人で見てくるから。何処にあるか場所を教えて頂戴」
これには流石に全員が止めた。
姉妹達も泣きながら必死になって止めたので、コルムも渋々引き下がった。
エラプトは明日には帰還する。
そこで改めてエラプトを交えて話すことになったので、コルムは部屋に引き下がった。
そして、九官鳥姿のワヴェングに無言の問いかけをした。
「そのままの姿で空からルロフォス砦を見てきてくんないかな?」
「俺がか? 俺はあいつらにそんな義理はないぞ」
「冷たいわね。さっき美味しそうにクッキーを啄んでいたじゃないの」
「あれだけでかよ。割が合わねぇよ。もうちょい何か上乗せして欲しい所だな」
「じゃあ、どうすれば良いのよ?」
「そうだなぁ。ここいらで上等の酒でも飲ませてくれないか? 千年以上も美味い酒を飲んでいないからさ」
「そんな事ならお安い御用よ。それでいいのね?」
「あと、イクラとかいう鮭の卵だ。あれは美味い。それで手をうつよ」
「随分とグルメなのね。オオサンショウウオなのに」
「あれもこれも仮の姿だよ。本当の姿はまだ見せていないだけだ」
「へぇ。じゃあ、本当の姿ってどんなのよ」
「それがなぁ。「これだ」って見せてやりたい所だけどよ。もう数千年以上もオオサンショウウオでいたから忘れちまった」
「何よ、それ。まぁ、いいわ。兎に角、手を打つから砦の様子を探ってきてね」
「随分とワヴェング扱いが悪いが仕方ないな。酒とイクラの為だもの」
ただ、この日は既に日も暮れているので、後日ということになった。
ワヴェングは梟にもなれるのだが、問題の場所をデリックに聞かなければならないからである。
翌日の昼ごろにエラプトが荷馬車隊を引き連れて戻ってきた。
幸い、途中で襲われたこともない。
エラプトは前日の隣の村での出来事を知ると驚き、不機嫌となった。
コルムのような大声は出さなかったが、表情からして怒っているのは誰が見ても明らかであった。
早速、ガドウィンの家で緊急の会議が開かれた。
この村で会議が開かれることを聞き、襲われた村の村長や近隣の村長も駆け付けてきた。
ガドウィンが一応、この村の村長ということになるのだが、ガドウィン自身は「この村長ではない」と言う。
それはデリックに対しての遠慮からであった。
デリックはそのような事は気にしていないが、ガドウィンだけでなく、他の村の村長も同じ見解なのだ。
それ程「以前の荘園時代のデリックの祖父が慕われていた」という証拠でもある。
デリックは何か思い当たるフシがあり「まずはその事を皆に言おう」と決意を固めていたので、冒頭にこう述べた。
「陳述書を作ろうと思う。それには皆の署名が必要です。如何でしょう?」
村長の一人がそれにこう反論した。
「それは良いが役所に届けてもどうせ見て見ぬフリをするのは目に見えています。あまり意味はないでしょう」
すると、デリックはニヤリと笑ってこう答えた。
「陳述書は二通必要です。一つはベルトルン伯爵に、もう一つはヒューデン侯爵にですよ」
この近辺の荘園の管理は本来、教会の役所が受け持つのであるが、緊急の時にのみ、司法はベルトルン伯が、治安はヒューデン侯爵が代理で行うことが出来るということをデリックは知っていた。
更には両者とも、ここの荘園を管理するサトスガン司教とは犬猿の仲である。
問題は両者が「この件で介入してくるかどうか」である。
ベルトルン伯爵の方は一応「陳述書を出した」という証拠になれば良いのである。
というのも「陳述書が出された」という行為が大事になってくるからだ。
問題はヒューデン侯爵である。
彼は臨時治安担当なので陳述書を受け取った場合、まずは荘園の役所に届けなければならない。
勝手に兵を進めたら謀反の疑いがかけられるのである。
幸い、両者とも祖父の代に知り合っているので、門前払いにはならないであろうが、色よい返事が来るという保証はなかった。
そこでデリックはヒューデン候に自ら出向いて説得するつもりである。
お供にはコルムを命じた。
何故ならば、置いていけば勝手に盗賊たちの根城探しをしかねないからである。
コルムは渋々、了承すると九官鳥姿のワヴェングを娘達に預けてデリックと共に旅立った。
バンクロス城の城下町は歩いて四日ほどかかる所にあった。
渋々お供を言い渡されたコルムであったが、久々に歩き回れるのも悪くはない。
元々、野山で散々走り回った彼女である。
遠出が楽しくない訳がないのだ。
だが、歩いているだけでは暇なので、ちょいとデリックに質問を投げかけてみた。
「ところで、どうやってヒューデン候って人に説得するの? 因業司教とは違って評判は良い人みたいだけど」
「どうでも良いが君は大人しく黙っていてくれよ。君が割って入るとこじれてしまう可能性が高いからね」
「失礼ね。一応、お偉いさんの前では大人しくしているわよ」
「ハハハ。けど、こうやって歩きながらその事をずっと考えているんだ。何分、難題だからね」
「そうかぁ。でも、良い領主さんってことは本当みたいだから手伝って欲しいけどなぁ」
彼女は実のところ、ヒューデン侯爵の領民である。
ただ、彼女の実家は辺境の山麓にある為、あまり馴染みがない。
それでも「自分の所にいる領主が名君」と聞くと何故かやっぱり気分は良い。
別に自分が偉くなった訳ではないがそんなもんである。
ただ、若干ではあるが、デリックには自信があった。
というのも、彼の祖父とヒューデン候は親友であり、没落して平民になった際は自身の領内に来るように勧めたのである。
だが、彼の祖父は固辞して荘園内に留まった。民のことを案じた為だ。
その後、祖父と父が相次いで死去すると自ら葬式に来て、成人前のデリックに「困ったことがあれば頼るように」と言ったのだ。
そんな事もあり、何とかなるとデリックは思っていた。
問題なのはヒューデン候に良い案が浮かぶかどうかである。
その為にも、自身で良い案を思いつかないとならない。
歩いている間にもブツブツと言いながら仕切りに考え込んでいた。
デリックは頭の切れる男だが、こういう事に関しては名案が思い浮かばない。
彼は機械や道具などの発明をしたり、改良することに関しては秀でていたが、それとこれとは分野が違うので仕方ないことである。
道中では何の問題もなく、バンクロス城の城下町に着いたのであるが、デリックは正直、あまり気分が優れなかった。
だが、自身が「名案が浮かばない」といって、問題を先送りにする訳にもいかない。
「運を天に任せよう。それしかあるまい」
彼は決心してコルムを伴い、城へと足を運んだ。
「何? デリックがやって来た?」
ヒューデン候は不意の来客に少し戸惑っていた。
以前「困ったことがあれば訪ねるように」と言ったものの、十年以上もの間、特に音沙汰なしだったので無理もない話であった。
「まずは会ってみよう。どのような事で来たのか興味がない訳でもないしな」
自分に言い聞かせるようにして、配下の者に面会の準備を整えさせる。
そして、ついでに配下の者にこう告げた。
「ウェスを呼べ。デリックがやって来るとなるとほぼ間違いあるまい」
程なくして、ウェスと呼ばれる若い青年が呼ばれた。
彼は書状においてであるが、ブレイズが推挙した人物である。
一週間ほど前の話である。
ヒューデン候はブレイズの書状を見るとウェスにこう尋ねた。
「君は法律などに詳しいようだが、どの程度なのかね?」
すると、笑顔でウェスはこう述べた。
「いやぁ「どの程度」と言われましても困ります。何せ、量りがある訳ではありませんので」
ヒューデン候はそんな答えをしてきたウェスに「少し意地悪をしてやろう」と思ったので、訴状をため込んだ町へ代官補佐という名目で送り込んだ。
すると、驚いたことに一週間以内に全て片づけてしまったのである。
驚いたヒューデン候は彼を呼び戻し訊ねた。
するとウェスは笑いながら、こう述べた。
「代官殿が過去の事例を知らなさ過ぎただけですよ。なに、過去の事例を憶えておけば造作もないことでした」
呆気にとられるヒューデン候にウェスは更にこう言った。
「ただ、私が全て解決したとなると代官殿の御立場がないでしょう。それ故、一応功績は代官殿にしておきました。ですが仕事は私がほぼ請け負ったので、給金はその分、私にはずんで下さい」
これにはヒューデン候も笑うしかなかった。そして、こう思った。
「これは実に良い人材が来てくれたものだ。ブレイズめ。こんな株の上げ方をするとは、中々やりおるわ」
と増々、ブレイズを配下にしてみたくなった。
ヒューデン候はウェスを伴って会うとまだ幼げが残るような田舎娘がデリックと一緒にいた。
「久しぶりだな。デリック君。君もすっかり見違えた。ところで、その娘は君の何かね?」
「彼女は世話役です。意外と力も強いので頼りになります」
とデリックは笑って答えた。
そして、着席すると同時に本題へと話題を移した。
ヒューデン候は聞いているうちに胸がムカムカしてきた。
サトスガン司教の荘園の管理の仕事は税と賄賂をとることだけだからだ。
「あのロクデナシは金をとる事以外の仕事は全く出来ないのか。呆れ果てたものよ」
ヒューデン候は武辺者であり、伊達者でもある。
そして、気骨のある人物だったので、サトスガンのような輩は我慢ならない。
だが幾ら我慢ならぬとはいえ、勝手に兵を進めたら咎を受けることになる。
「相分かった。部屋を用意する故、明日返事を致すことにしよう。ゆっくりしていくと良い」
そう言ってデリックとコルムを引き下がらせた。
ヒューデン候は二人を下がらせた後、ウェスにどうすれば良いかを尋ねた。 ウェスは少し間を置いてから、こう助言してきた。
「まず一つ目ですが、サトスガン司教の荘園の境付近に役場の出張所をお造り下さい。私が赴任いたしますのでご安心の程を」
いきなり「境に出張所を造る」と言い出したので、ヒューデン候は目を丸くし、こう述べた。
「何故、出張所を作るのかね? それが打開策になるというのか?」
ウェスは少し笑ってから、こう述べた。
「ええ、なります。それはこういう事です」
ウェスは出張所を作る上にあたりベルトルン伯爵に荘園の臨時管理委任状を催促するという。
臨時管理委任状があれば、荘園内の訴訟を出張所でも取り仕切ることが出来るので、まずは訴訟を受けるのだ。
これだけでは荘園の役所への効力はないが「荘園内の役所が仕事をしていない」という証明になるという。
更には不正の数々を民衆が自ら持ってきてくれるのだ。
サトスガン司教の後ろ盾はラージム枢機卿であるが、そのラージム枢機卿と対立している「ドフォルズ枢機卿に渡す」と言い、脅すというのである。
ドフォルズ枢機卿も金に卑しく、権力欲に取りつかれた男であるが、一応敵の敵は味方という訳となる。
「あくまで「ドフォルズ枢機卿に渡す」と脅すだけで良いのです。ドフォルズ枢機卿の手打ちの道具にされませんからね」
「全くだ。あの男も食えぬからな。しかし、それでは盗賊征伐にちと時間がかかるな」
「ええ。それでは二つ目をお教え致しましょう」
ウェスの二つ目とは、信用出来る腕の確かな者を二十人ほど用意し、旅商人などに化けさせた上で、デリックの住む村に行かせると言うのだ。
そこで、その者達に村民と協力して盗賊たちを退治するというのである。
ウェスはこれだけではなく「なるべく盗賊を生け捕りにして確保する事が大事」だと言う。
「生け捕りにして、どうしようと言うのだ?」
ヒューデン候はウェスに問いかけた。
するとウェスはまた少し笑って答える。
「私の知り合いに口の上手い者がございます。その者も旅商人に仕立て上げて「盗賊達とサトスガン司教が裏で組んでいる」とその者に噂を流布させるのです。サトスガン司教のことですから、組んでいる可能性も大いにあると思いますが、組んでいなければ「仕立て上げてやれば良いだけの話」ですからね。捕えた盗賊達は、死罪免除という餌をぶら下げてやれば良い。それでこちらの言う事を聞くでしょう。そして、これが「公になればどうなるか」ヒューデン候もご存じの筈・・・」
「成程、面白い。実に面白い。私は良い部下に恵まれた。早速、実行に移すとしよう」
ヒューデン候はこの件において既に荘園の領地割譲を狙っていた。
自身の手柄で荘園の不正を暴き、功を挙げたとなれば名目が立つからである。
翌朝、デリックとコルムは公には派兵できないが「旅商人などに扮した腕利きの兵二十名を遣わせる」と聞いたので、上機嫌で村へ帰った。
そして、事の真相は隠されたままであった。




