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第十話 魔術師、仲間らと共に未知の領域へ参る

 サロンで暫く会話に没頭するアンヘルとブレイズであったが、日も暮れだしたので、そろそろ暇を請おうとした時である。


 ブレイズに一人の青年が声をかけてきた。

 その者はあまり発言せずに笑顔でブレイズを見守っていた者である。


「ブレイズ殿。失礼を承知で、お願いがあります」

「何かね? 私に出来る事があれば手伝いたいが・・・」

「先だってヒューデン侯の申し入れをブレイズ殿は断られたとか、それでしたら私を紹介して貰えませんか?」

「急にそのような事を・・・失礼ですが、私は貴方の事をあまり存じてはいません」

「申し遅れました。私はここから東に三十キロメートルほど離れた街であるパティスの出自でウェスと申します」

「そのウェス殿が何故、私からヒューデン侯に推挙せよと?」

「私は天文学を学んでおり、近い将来、おそらくですが「三年以内に未曾有の大飢饉が再び訪れる」と思っています」

 それにはブレイズよりもアンヘルの方が反応した。

 アンヘルも同じような読みをしていたからである。


 ブレイズはその事を聞くとウェスに質問した。

「で、大飢饉の事は良いとして、ヒューデン侯爵と何の関わりがあるのかね?」

「あの一帯はヒューデン侯爵領とベルトルン伯爵領以外、全て教会の荘園なのは既にご存じかと思います」

「うむ。それで?」

「あの荘園一帯はラージム枢機卿が自身の親族らを使って管理しております。ラージム枢機卿は荘園の管理体制には全くの無関心であり、親族に甘いため「現在も不平不満を持つ領民が多い」と聞き及んでおります」

「・・・うむ」

「特に酷いのがヒューデン侯爵領と接しているサトスガン司教の領内です。あの者は教会のためと偽り、領民に増税を課しております。今はまだ不満ぐらいで収まっているようですが、近い内に問題が発生するでしょう」

「サトスガン司教の噂なら私も耳にしている。ラージム枢機卿の甥ということで司教にはなっているが、俗物の極みのような恥さらし者とね」

「幸い、私は天文学以外にも法学も学んでおります。今日、ブレイズ殿に感銘を受けて、救国の足掛かりとする為、赴きたいのです」

「・・・ううむ」

「いきなり見ず知らずである私が言うのも何ですが、ここはちょっとした投資と思ってください。ブレイズ殿の悪いようにしません」


 いきなり投資するつもりで自分を紹介しろと言う。

 少しブレイズも戸惑い、アンヘルを見た。


 「彼の器量を疑うならば、試してみては如何でしょう?」

 と、アンヘルはブレイズに言った。

 しかし、ブレイズはどう試して良いか分らなかったので、フェゴロフにウェスの人となりを聞くことにした。


「ほう、それは面白い。ウェスはちょっと癖のある男だが、見所はある知恵者だ。その辺の小役人や代官よりも法学が詳しいからな。裁判の際に役人から臨時顧問として役所に呼び出されるほどだ。ただ、ウェスがいなくなると、この辺の役人連中はちと困るだろうがね」

 と、ウェスを見ながらブレイズに笑って話した。


「フェゴロフ殿のお墨付きもあるのであれば、間違いはないでしょう。今すぐ推薦状を書きますのでご安心めされよ」

 ブレイズはそう言うと、紙とペンを出して推薦状を認め、指輪にある印判を押した。


 ブレイズの指輪は彼が青年になった時にエイドから贈られたものだ。

 エイドの家紋が上にあり、その下にブレイズの紋章が彫ってある。

 紋章は左右対称となっており、印判を押しても左右逆さにはならない。

 上の紋章は左右の馬が王冠を守るようにデザインされており、下の紋章は翼を広げた双頭の鷲が左右の爪で二振りの交差された剣を持っている。

 

「必ずや、ブレイズ殿の選択が間違っていなかった事を証明させて頂きます」

 ウェスは胸を張ってそう言った。

 自信と希望が満ちているのがその表情でわかる。

「ついでに「フェゴロフ殿の意見もあり」と書いておいた。私だけでなくフェゴロフ殿の名前もあったほうが話は通じるだろうからね」

 ブレイズがそう言うと

「ハハハ。私まで巻き込んだか。ブレイズ君は流石に食えない男だな。だが、大望抱くのであれば、それぐらいの機知は必要だ」

 と、笑いながらフェゴロフは言った。


 帰り際、フェゴロフはアンヘルとブレイズにここに来た理由を聞いてきたので、アンヘルは

「オボサ族に会うためです」

 と、正直に言った。

 フェゴロフは納得したようだが同時に怪訝な表情になった。

「オボサ族に会うのかね?」

「はい。既に王都から追われた数人の魔術師達が逃げ込んだとか。会って「真偽を確かめたい」と思いまして」

 アンヘルがそう言うと増々、怪訝そうな面持ちである。


「確かに・・・逃れたのには間違いないが・・・会ってどうするのかね?」

 フェゴロフのその言葉にアンヘルは上機嫌となった。

 噂が真実であったからである。

 だが、ブレイズはフェゴロフの表情を見るに、不安になってきたので

「何か問題でもあるのでしょうか?」

 と、フェゴロフに聞いた。

 

「この辺りは確かに温暖だが、冬のオボサ山地となれば厳しい登山になると思うのでな。「何故、この時期に?」と思ったまでのことだよ」

「しかし、ガデラスズメバチを避けるためには止むを得ないことだと思いますが」

「ガデラスズメバチならば魔術師であれば「避ける為の魔法」とやらがあるのではないのかね?」

 ブレイズはその言葉に反応しアンヘルを見た。そして

「どういうことだ? 君は一言も「そんな魔法がある」なんて言ってなかったじゃないか」

 と立腹して言ったので、アンヘルは

「いえ、知っております。ですが、私が寄せ付けない昆虫のサイズではないのです。私の場合せいぜい、やぶ蚊や虻の類ぐらいまでしか効果はないと思います」

 と、素直に言った。

 嘘偽りは全くないので、堂々としたものである。

 ブレイズは飽きれ果てたが、魔術の知識はバズやクランク同様にズブの素人なので言い返すことは出来ない。


「そういう事なのであればこの時期に行くのも仕方ないか。それはそうと、役に立つか分らぬが、これを持っていくと良い」

 フェゴロフはそう言うと一枚の割符を持って来た。

「これは二十年ほど前に魔術師シュリンケルが私宛に置いていったものだ。オボサ族は温厚である筈だが、警戒心も強いと聞く。少しは役に立つであろう」

 フェゴロフはアンヘルに、そう言って割符を手渡した。


 アンヘルは礼を述べて出て行こうとしたが、一つ気になる事があったので、フェゴロフに聞いてみることにした。

「異端派の魔術師達は「見つけ次第縛り首にせよ」と当時お達しがあったと聞き及んでおりますが、何故このようなものをお持ちなのです?」

 あまりにも不躾な質問であったが、フェゴロフは笑いながら

「君はあまりにもご時世に無頓着のようだな。だが、野に隠れた魔術師っぽくて私は気にいったぞ」

 そう言ってアンヘルに事情を説明した。


 この街は本来ならば「ケンディル」と言うのだが、トルバン一世が最後に陥落させた街として「トルバノス」という名前に変えられた歴史がある。

 元々独立心が旺盛で、五百年経った今でも度々、独立の気運が高まることがある地域だ。

 二百年前の王位継承戦争の折りにも一時的に独立したのだが、双方の和平がなった後にまた攻略された苦い思い出もある。


 それ故、中央から迫害された者を匿うのは珍しくないという。

 近くには元はケンディル国であった領地を没収され、教会の荘園になっている地域も多い。

 その為、教会への不満を抱いている者も少なくない。


 ただ神への信仰心が篤い者は多く「教会が神の名を利用している」という考えが多数を占めている。

 その為、原理派の司祭なども多く流れてきたが、何人かは摘発されて火刑に処せられたという。

 だが、未だにこの地では原理派を名乗り、隠れて信仰している者もいるのもまた事実なのだ。


 その為、この一帯付近にはヴォドスという有能ではあるが、無慈悲な司教が目を光らせている。

 この地は本来、司教の権力は及ばない筈なのだが、例外として認められており、異端派狩りと称しては乱暴に摘発を行っているという。

 ヴォドスは漁色家としても知られており、気にいった町娘を異端派呼ばわりして強引に摘発し、自分の慰み者にすることもある。


「呆れ果てたものですな。教会の司教ともあろう者がそのような行為に及ぶとは」

 ブレイズは怒った。これは本心である。

 彼の野心は冷徹なものであるが、それは「彼の功績こそが世のためになるという」勝手な思い込みもあるからだ。


 元々、教会に対しては不満もあったので、火に油を注いだようなものであった。

「今は致し方あるまい。だが何れ、目に物を言わせる者が出てくる、と信じておる。ウェスもその一人だろうな」

 フェゴロフは、そう言うと続けざまに

「ブレイズ君。君もそういうつもりではないのかね? 君も義士であるならばの話だがね」

 フェゴロフに、そう言われたブレイズは

「ええ、何れ機会が来れば必ず・・・」

 そう言って押し黙った。流石に

「例え、誰が相手でも容赦はせぬ。それが教皇や国王であっても違わず誅する」

 と、までは言わなかった。

 心中で呟いたのである。

 そして、アンヘルは「何の事か分らない」という表情で、そのやりとりを窺っていた。


 それにしても、アンヘルは呑気なものである。

 町娘が「拉致されて慰み者になる」と言われても平然としている。

 それも仕方ないことで、彼は意味を全く理解していない。

 あまりにも性に対し無頓着なのだ。


 倫理観というものは成長していく過程において生成されていくものである。

 だが彼の場合は成長する過程において、その事を学ぶ機会は全くなかった。

 その点は「老魔術師が全く教えていない」ということあるのだが、彼自身も性というものに対し、あまりにも鈍感ということもある。

 別段、彼には女性に興味はないし、奇妙な達観をしている。

 それは悟りというには少し稚拙であるのだが、同時にその稚拙な所には不思議な魅力がある。

 ブレイズはアンヘルのそんな所は決して嫌いではなかったが、同時にあまりにも世間とはかけ離れている為に疎ましく思うこともあった。


 アンヘルとブレイズはサロンを後にして宿屋へと戻った。

 バズとクランクは既に帰ってきており、賭場で負けこんだので酒を使って憂さ晴らしをしていた。

 バズは二人を見るや

「ちと、遅いじゃねぇか。明日は早朝から出るんじゃねぇのか?」

 と酒も入っているので、少し声を荒げて言った。


「賭場で勝っていれば丁度良い時間だと思ったんですが、どうもそうではなかったようですね」

 とアンヘルが爽やかに言うので、ブレイズは少し吹き出しそうになった。

 しかし、あまり雰囲気を荒らしたくないので

「ここは私の奢りで良いですよ。命の洗濯は大事なことですから」

 とブレイズが言ったので、バズとクランクは急にご機嫌となった。


 翌日の早朝、四人は宿を離れ、まずは山麓の村へと向かった。

 既に標高も高いようで温暖な気候といえど、少し寒さが身に染みる。

 幸い晴天だったので雪は積もっていないが、遠くの山々の尾根を見ると既に真っ白になっている。


「少し骨が折れるなぁ。こりゃあよ。何とかなるだろうけどさ」

 クランクはそう言うと、クチャクチャという音をたてて何かを噛んでいた。

 茶色い唾液が少し垂れているので、お世辞にも見栄えが良いとは言い難い。


「何ですか? それは?」

 ブレイズはあまりにも奇妙にしか見えなかったので、クランクに問いかけた。  するとクランクは

「噛みタバコというやつさ。寒いときはこいつを噛んで、気を紛らわすと丁度いいんだ。お前さんもやるかい?」

 そう言って香料のついた葉をポケットから取り出した。

 良い匂いとはあまり思えないので、ブレイズは素直に断った。


 クランクを先頭に一向は警戒しながら山道を登って行く。

 時折、遠目に鹿など見えるが、それらはこちらに気づくとすぐに逃げ出す。

 この辺りでも猟師が縄張りにしているのか、麓の山道は登るには然程難しくない。

 未だに雪は積もってはいないが、枯葉や霜柱を踏む度に鳴るザクザクという音が周辺の寒さを物語っていた。


 食糧の心配をしたくはないので、一向はドライフルーツ、堅いビスケット、塩漬けの干し肉などを買い込んできたので、その点では安心である。

 水は途中の雪を溶かせば簡単に手に入るし、途中に沢でもあれば調達は可能だ。


「まずは第一の峠を越えよう。そこを過ぎればオボサ族の集落がある里も見えてくるだろう」

 アンヘルがそう言うと、クランクは少し気難しそうに

「この辺の気候とやらにはあまり詳しくはないが、地元の猟師連中が言うには地吹雪が多いって話だ。楽観は出来ないぜ」

 と、念を押すようにアンヘルに言った。

 幸い、昼ごろまでに地元猟師が使う小道を踏破することが出来た。

 しかし、先のほうは獣道もまばらで、途中には低い崖などもあり、少々難航し出した。


「こんな所に何万もの軍勢送り込んだ国王ってどんな大馬鹿野郎だったのかね?」

 クランクは低いながらも、急な崖を登りつめた際に笑って言い放った。

 ブレイズは、その問いに

「それでは、どうすれば攻略出来たと思いますか?」

 と聞いたのでクランクは、さも自慢げに

「俺は元山賊だから分かるんだがよ。無闇に大勢で押しかけたところで、すぐには攻略なんて出来やしねぇよ。まずは時間をかけて、砦を造りながら攻略するしかねぇだろうな」

 ブレイズもその答えは尤もだと思った。それと同時に

「戦術や戦略など、全く教わっていない筈のこの男は経験からそう言っているのだろう。「いざ挙兵」という時はこの男は使えるかも知れない」

 と、クランクについて勝手に心中で評していた。


 ブレイズは近い将来、いつ来るかもしれないという飢饉を待ち望んでいた。

 登山の最中にその事について色々思案していた。

 昨晩、酒の席であるがアンヘルにふと飢饉の前触れについて聞いてみたら「その傾向はある」と言われたので、その思いは一層強くなっていた。


「教会や国府がここまで怠惰で腐っていれば、飢饉のための備蓄などあまりしていないだろう。大量の流民が出るだろうし、中には賊となって、騒がす連中もいる筈だ。問題はどっちに就くかだが・・・」

 どちらに就くにしても、まずは名声を勝ち取っておくことが先決である。

 そんな事は出奔する前から常にブレイズの頭の中に離れずにある。


「まだ手駒が少ない。少なすぎる。サロンにいた奴にも中には有望そうなのは幾人かいたが、ほとんどは机上の空論しか言わない、言う事だけは立派な連中ばかりだ。それに俺も大規模な戦場はまだ経験していない。現時点において生兵法にしか過ぎないのは、大いに懸念するところではある。故に、使える連中を探さねばならぬ」

 ブレイズがそう思っているとバズが声をかけてきた。


「おいおい。いきなり、さっきから小難しい顔をしているが大丈夫かよ? こんな所でバテてたら冬眠前の熊の餌になるぜ」

「いや、ちょっとね。オボサ族にはどんな美人がいるのだろう、と思っていた次第でして」

「ワハハハ。それは良いな。お前さんはアンヘルとは違って、実に素直でいい」

 ブレイズはそう誤魔化した後に、バズに少し質問をした。


「そういえば、貴方方は元山賊と聞き及んでいますが」

「おう。それが、どうかしたのかい?」

「元同僚達とは既に連絡は取り合っていないのですか?」

「いきなり、何を言いだすかと思ったら・・・何故そんな事を?」

「アンヘル君が言うには「近いうちに大飢饉がある」というのですが、お聞き及びではないと?」

「いやぁ、初耳だ。で、それに乗じて俺っちやクランクが「また山賊になりはしないか」とでも言いたいのかい?」

「ええ。乱れれば可能性は無くもないでしょう?」

「音頭をとる奴がいれば、そうなるかもしれねぇなぁ。まさか、お前さんがその音頭をとるとでも言うのかい?」

「私はまだまだ若輩者ですから、その可能性はないでしょう。ですが、民衆の求めがあるのならば、私も一兵卒として戦う所存です」

「おいおい、穏やかじゃねぇなぁ。大体、お前さんはこの国に恩義があるんじゃねぇのかい?」

「恩義がある故に、獅子身中の虫を共に駆除しようと思います」

「よく分らないねぇが、教会やら威張っている役人なんぞは俺っちも虫が好かないのは同じだがなぁ」


 ブレイズとバズがお互い話し込みながら歩いていると峠についた。

 見晴しが良く、運も良いことに晴天である。


 ただ、標高は千メートルを超えており、強風が吹き荒れていたので、寒さが身に堪える。

 既に気温は氷点下を大分、下回っている。

 日は傾き始めており、降りなければ命に係わるかもしれないので、一向は急ぎ野営が出来そうな山林へと下りだした。


 二時間ほど下へ降りていくと、運よく風雨をある程度避けられる松林を見つけたので、そこで野営をすることにした。

 幸いアンヘルは火をおこす為の魔法を心得ていたので、乾いた枯れ枝を集めて暖をとる。

 さらに牛の肉を鍋に入れて食べると正しく生き返ったような気分だ。

 食べ終わり、落ち着くとバズは思い出したようにアンヘルに質問した。


「ブレイズが「あと三年以内に大飢饉とやらが来る」と言っていたが本当かい?」

「可能性は非常に高いと思います。九割九分、間違いはないでしょう」

 すると今度は、クランクがアンヘルに質問した。

「あと三年と言えば、飢饉対策の為の作物を探した所であまり間に合わないんじゃねぇのか? 何だって行くんだよ」

「その後があるでしょう。それに局地的にかもしれませんが、ないよりはマシかと思います」


 そこで今度は、ブレイズがアンヘルに少し意地悪な質問をした。

「飢饉となれば、必ずや食糧は高騰するでしょう。そうなればかなり儲かる筈です。アンヘル君はその金で更に古代文明の文献を買い漁るのはないのですかね?」

 アンヘルはブレイズのその問いかけに少し押し黙った後、にこやかに述べた。


「確かに、それも一理ありますね。良い案だと思います。帰ったら直に実行してみましょう」

 この答えにバズとクランクは唖然としたが、ブレイズは当然の反応と思っていた。

 ブレイズはアンヘルのことを「徹底した合理主義者」と考えていた。

 商売の仕組みの飲み込みも早かったし、酒場での反応もまた然りであったからだ。


 ある時、アンヘルとブレイズが酒場で飲んでいた時のことである。

 女将のダリアが花を花瓶にいけていたので、アンヘルは不思議そうにそれを見ていた。

 そして、アンヘルはダリアに不意にこう質問した。

「その花を何故、そのようなことに使うのですか? 干しておけば非常食となるでしょう」

 ダリアはアンヘルの妙な質問に「またか」という表情を浮かべながらこう言った。


「アンタねぇ。その考え少しはどうにかならんのかね? 物事は損得だけじゃないんだよ。それに心に「ゆとり」ってもんも必要なのよ」

「花をそのように扱うと「ゆとり」というものが発生するのですか?」

「発生って何だい? これは気持ちの問題だよ。美しいものを愛でる気持ちってやつさ。アンタは凄くお利口みたいだけど、こういう所はあまりにも鈍感過ぎる」

「美しいものを愛でる・・・ですか? 花は道端に随分と咲いていますし、わざわざ、このような場所で飾らなくとも宜しいと思いますが」

「アンタには何言っても無駄みたいだね」

 ダリアは呆れて苦笑し、それ以上は何も言わなかった。


 そこでブレイズはアンヘルに

「音楽や絵画といったものは無駄と思いますか?」

 と、訊ねてみた。

 すると、アンヘルは屈託のない笑顔でこう述べた。


「音楽に関してなら、川のせせらぎや草木の擦れる音、虫の音や鳥のさえずりで充分でしょう。わざわざ楽器を作ることもない。絵画に至っては、四季によって自然に風景は変わります。雲は同じ形にはなりません。挙げればキリがありませんが、それらを楽しめば良いだけで、私にとってはあまり意味のある行為とは思えませんね」

 アンヘルは女性に全く興味はなく、恋愛を愉しむということも皆無なのはブレイズも良く知っていたので、それ以上は聞くことはしなかった。


 ブレイズはそんな事をふと思い出したが、気を取り直してクランクに「以前の仲間と連絡がとれるか?」と改めて聞いた。

 

「本当に飢饉がやってきて世が乱れるなら、もう一丁暴れてみるのも面白いかもしれねぇな。けど、勝算がないといけねぇぜ」

「それは時の運もありましょうが、この国の南部の荘園は既に怨嗟の声があがっております。平時でもそんな具合ですから飢饉になったら猶更でしょう」

「違いねぇや。けど、バズも言っていたが音頭とる奴のアテがあるのかい?」

「ない訳ではありません。ですが、出来るだけ選択肢を広げたいと思います」

「選択肢を広げる? ってことは、候補とやらをこれからも見つけていくってことか?」

「左様。あまり多くては船頭が山を登ってしまいますので、そこは慎重に選ばなくてはなりますまい」

「今の所、頭になりそうな奴は誰だい?」

「ヒューデン候などが宜しいでしょう。荘園を囲う教会ともあまり仲は宜しいとは言えませんし、民衆の人望も厚い」

「ヒューデン候が音頭とるなら問題はねぇなぁ。他にはあるのか?」

「いえ。それをこれから精査していくのです。ヒューデン候よりも大物が該当するなら、そちらを立てれば宜しいでしょうからね」

「ヒューデン候よりも大物ねぇ・・・。あまりピンとこねぇな。ま、その辺はお前さんのほうが詳しいだろうから、特には聞かないことにするよ」


 そんなやり取りをしつつ、オボサ山地での一日目を終えた。

 アンヘルはオボサ族に会うことを待ち望み、バズやクランクはブレイズの誘いに耳を貸して、期待に胸を膨らませていった。


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