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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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終わらせる者

 久遠が監視カメラの映像を見る時間から遡ること数時間前。

 賽ノ目双六は後輩の指導も終えて、そろそろ帰ろうかと思っていた。

 今日は娯楽屋の仕事もないので娯楽研究会の部室に行く用も特にない。

 彼女である天野天音もデレたとはいえ四六時中一緒にいるわけではない。天音も楽々高校の頂点に君臨する存在いっても過言ではないが、イコール自由に振る舞って良いわけでもない。

 プラチナランクのジーニの表の顔として過ごす高校生としての側面を持っているので、天才ゆえに社会的な役割を全うするために先生または生徒から頼みごとが毎日山のようにあるのだ。ただ山のような以来ごとも天才の前では塵芥に過ぎず、天音曰く普通の凡人が持ちかける依頼なんて片手間で終わる程度に過ぎない作業らしい。

 そんなところでも早さの天才を誇る天音は流石の一言に過ぎた。

 普通の高校生として過ごす日。

 なんて当たり前のことが、愉快で痛快な娯楽屋稼業とモニターをしている双六にとって久方ぶりのように思えた。

 ――このまま帰るのも面白くないな。

 そう思った双六は携帯電話を取り出した。

 電話をかける先は、もちろん親友であるアツシだ。


「あ、もしもしアツシ今暇? っていうか、暇でしかないよね?」

『のっけから俺を暇だと断定するんじゃねーよ!?』

「何を言っているんだい。プチハも未だに作れない君が暇でなかったら、世の中の暇人に失礼じゃないか。よっ、この名暇人!」

『名だたる暇人の称号をもらって喜ぶ人間がいてたまるか!』

「はっはー! 甘いねアツシ! いいかいよく考えてご覧よ。この労働社会における暇を弄べるってことは、つまり――経済的に豊かな証拠だと思わないか?」

『なるほど。一理あるな』

「君がプチハを作りたいと思うなら『俺寝てないぐらい忙しい』アピールじゃなくて『俺暇すぎて海外旅行行ってきちゃったよ』アピールする方が効果的だと僕は思う」

『おぉ……。忙しくて時間がないじゃなくて、仕事もこなせて余裕があるアピールをするのか。た、確かに一段上の男に思えてくるな!』

「まぁ、高校生で暇だって 言ってる人間は大体一段下の男だけどね」

『お前はつくづく俺のやる気を奪っていくな!?』


 失礼な。ウィットに富んだジョークで一段上の男になるためのアドバイスをしているというのに何をこの親友は怒っているのだろうか。

 むしろアドバイス料をもらいたいぐらいだ。

 

「まぁ、というわけで今日暇? 暇なら遊ばない?」

『……ったくそれが本題かよ。つか、珍しいな。お前から誘ってくるなんて』

「いやー最近バイト関連で忙しかったけど、久々の完全オフなんだよね」

『そういうことか。つーかオフだったら彼女の天野さんでも誘ってデートしたらどうよ?』

「今日は天音さんも用事があるんだ。てか、君を誘っている時点で天音さんに用があるってわからないのバカなの?」

『うわーやべーこいつ殺してー』

「多分、僕を殺したら天音さんがアツシを殺すと思うよ」

『ふっ、美少女に殺されるなら本望だ』

「君はつくづくブレないねー」


 殺される時でも美少女を求めるその姿勢。流石である。

 どんなに馬鹿げたことでも、突き通せばそれは本物だ

 本物の大馬鹿であるが。


『まっ、お前にゃ悪いが今日は俺も用事があって遊ぶの無理なんだわ』

「あれ、そうなの?」

『そうなんだよ』

「もしかして彼女でもできた?」

『……お、おう。よくわかったな!』

「虚勢が見え見えなんだけど?」

『うっせうっせ! これからバイトなんだよ!』

「アツシってバイトなんてしてたっけ?」


 バイトなんて面倒だからやらないと以前言っていたはずなのに、心変わりでもしたのだろうか?


『短期のやつを入れたんだよ。クリスマスに年末。何かと金が入用だろ?』

「なるほどね。そういうことなら仕方がないね」


 自分も娯楽屋の仕事を理由に何度か誘いを断っている身だ。

 無理強いはできない。


『そーいうこった。ま、俺のバイトが終わったらなんか奢ってやんよ』

「だから、どうして君はそういうところを女の子に見せないんだ」


 さらりと自分に対して自然に格好つけてどうするのだ。

 さりとて、いざ女性に対して格好つけようとしても、下心ありありの言動で女の子は引いてしまうのだろう。

 残念男子。

 アツシにぴったりな言葉だった。


『んじゃまた今度な』

「うん。またね」


 携帯電話を通話を切ってポケットにしまう。

 

「うーん。まさかアツシまでも捕まらないとは」


 さてさてどうしたものか。

 アツシ以外にも友人と呼べる間柄の人間はいるが、性格が合っていつも連んでいるアツシが断られた以上、他の友達と遊ぶ気が削がれてしまった。

 遊ぶ気満々だったのに、当てにしていた人間に断られると、そこはかとなく寂しい気持ちになってしまうのは何故だろうか。それもこれもアツシのせいなので、バイト代が入ったらすごい高いご飯でも奢らせようと決めた。

 とはいえ、手持ち無沙汰なことには変わりなく「うーん」と双六は悩んだ。


「ここは一つ十八先生でも見習って図書館へ行って読書でもするとしますか」


 遊ぶのがダメなら読書をすればいいじゃない。

 持つべきものは図書屋と呼ばれる師だ。

 本人が聞いたならば「私は本を読む人間で合って貸す側の人間ではない」と抗議されそうだが、弟子は師を真似るともいうし別に構わないだろう。

 せっかくの休みに何もしないのは勿体無い。

 何せこちとら旬は短し青春時代を駆け抜ける男子高校生だ。

 何かしらの楽しみを享受しないと嘘だ。

 ならば、たまには動的な活動だけではなく静的な活動をするのもオツというものである。


「何の本を読もうかな〜♪」

 

 小説を読んで日々の無聊をを慰めるのも手だ。

 はたまた何らかの専門書でも読んで知識を深めるべきか。

 奈落での一件で久遠から相棒として男として認めてもらってからというもの、知識関連の方も積極的に学ぶようにしている。

 何に役立つかはわからないが、知識は仕入れておいて損となるものはない。

 次の仕事でもどんなことが起きるかわからない。

 ならば日々是精進あるのみ。

 だからだろうか。

 双六はこれからもきっと何があっても乗り越えられるものだと信じていた。

 信じてきっていた。

 無垢な赤ん坊が親の愛情を一身に受けるのが当たり前のように。

 未来なんて。

 希望なんて。

 奇跡なんて。


 

 見も知らない誰かの手で終わらせることもあるというのに。



 そして――<終わらせる者>が目の前に現れた。


「お前が娯楽屋の賽ノ目双六で間違いないな?」

「えぇ、そうですけど……?」


 第一印象は『強そうだな』だった。

 双六とて娯楽屋稼業を営んでから短く無い期間経っている。

 その経験から強者の見分け方も何となくだができる。

 男は間違いなく『強者』に分類される。

 鋭い目つき。長身でガタイのよい体格。どこを見ているかわからせない視点など、いくつかの判断から、少なくとも戦えば負ける程度に双六は判断した。


「俺の名はイチロー。奈落王の命でお前を半殺しにきた」

「いや、意味がわからないんですが」


 唐突に現れて半殺しにすると言われてどうすればいいのだ。対応に困る。

 しかも殺すじゃなくて半殺しだ。

 本気かどうか相手の意図を図りかねるが――まぁ、少なくとも相手は本気のようだ。

 双六が娯楽屋であることを掴んでいるだけでも相当なものだ。

 娯楽屋は裏稼業であり、狐島の力をもって情報は規制されているはずなのに、確実な情報を手に入れて声をかけている。

 だめ押しは奈落というキーワードだ。

 奈落王というのがどんな人間かはわからないが、奈落関連の言葉が出れば十中八九ルピンの一件で奈落で暴れたことが原因だろう。

 オセロからも奈落はかなり危険な場所であると忠告を受けたばかりであり、この時点で双六の危機察知能力は最大値に設定された。

 結論。逃げるが勝ちだ。


「でも半殺しというのは怖いので――さようなら!」


 相手に主導権を握らせることなく、双六はくるりと振り返って駆け出した。

 今いる場所は楽々高校から少し離れている。

 通学路の範疇であり、人気は多くはないがまだらには人がいる。

 うまく紛れれば久遠のいる楽々大学の方まで逃げることも可能だろう。

 その間に久遠か狐島に連絡を取ればこちらの勝ちだ。

 そう算段をつけたところで、


「お前、人間が獅子に足の速さで勝てると思っているのか?」

「なっ!!?」


 ぞっとした。

 背後から耳元に息を吹きかけられるほどの距離で声が聞こえた。

 男に足払いをかけられ無様に転がる双六。

 相手の虚を付いて逃げたのに、あっさりと捕まってしまった。奈落では大勢のチンピラ達からも追われても逃げおおせたのに、この男はいとも容易く捕まってしまった。

 

「安心しろ。半殺しにするだけだ。命だけは助けてやるから、大人しく半分殺されろ」

「ははは……面白くないジョークですね」


 まずいなと思った。

 たった一度の数秒の逃走劇で双六は悟ってしまった。

 自分は今日半殺しにされると。

 本当にジョークであればいいのにと願った。

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