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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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動画で見る映像はどこか現実感が薄い

 こうしてこの部屋を訪れるのは何度目になるだろうか?

 なんて感傷に浸りながら、数えることすらもバカバカしくなるぐらい訪れているのに、本当に今更みたいな話だ。

 こんなことを思うのはきっと大学を卒業するからに違いない――久遠は扉の前でふと立ち止まりながら思った。

 卒業したら管音はどうするのだろう?

 彼女は大学構内にある部室棟を占領しているといっても過言ではない。

 何の因果か管音はいつもずっと久遠の側にいてくれて、娯楽屋をやる以上これからもずっと近くにいるに違いない。

 そうするとどこに拠点を構えるのか。

 今度聞いてみようかなと思いつつ、いつもの通りノックをしないで部屋に入った。

 入ってもいいか?

 ではなく。

 今からそっちへ行くからな。

 この関係性はこれからもずっと変わりはない。


「よう。管音」

「はろはろケンケン。久しぶりーりー」

「ったく昨日も来たばかりだろうが」

「むふふ〜。だったら、やっぱり『久しぶりー』だよだよ?」

「……そうかよ」


 恥ずかしいことを恥ずかしげもなく言う管音に、プイッと顔を横に向けた。


「また部屋が散らかってんじゃねーか。ちゃんと片付けろよ」

「え〜いつもより綺麗にしているじゃんかよー。るらー!」

「いつもよりはな」


 普段であれば久遠もうるさく言わない程度には綺麗にされていた。

 というか、昨日訪れた久遠が片付けておいたのだ。

 感傷的になっていたことに加え、さっきの一言で何となくバツが悪くなったので悪態混じりに言ってみただけだ。


「そういや管音。お前俺が卒業したらこの部屋どうすんだ?」

「ほよーどうするって?」

「引き払うのかって意味だ」

「らー。そういう意味かー」


 久遠が大学に入学したと同時に、管音は部室棟を建てて住むようになった。

 あともう少しすれば久遠は卒業する。

 であれば管音がどこに住むのかが気になった。


「れー。ケンケンの近くにいたかったら借りた部屋だからねー。うーん。他の部屋に移ってもいーんだけど色々とめんどっちーよね〜」

「面倒なだけで大学に居座り続けるつもりかお前は」


 引っ越しは確かに面倒な作業だけれども。

 卒業してまでも大学に居座り続けたいとは思わない。

 大学職員や教授になるならともかく、こっちは娯楽屋稼業でやっていくと決めたのだ。


「むむーん。ケンケンが毎日来てくれるなら別にここでもいいじゃんよー」

「卒業して1〜2年ならともかく、それ以上はさすがに嫌だぞ……」


 近所に住むならともかく、大学構内だと毎年新入生が入学してくるのだ。

 顔見知りもいないわけでもないので、延々と通い続けるのは精神的にくるものがある。


「らー。じゃあいっそのこと私様と同棲しようぜい〜。そしたら、ケンケンの気になっている部屋の片付けも気にならなくなるしねー」

「部屋の片付けのためだけに誰が同棲なんかするか」


 どんな家政婦だ。

 そもそも片付けに関しては自分でやれと、いつも口を酸っぱくして言っているのに、管音は未だに言うことを聞くそぶりさえ見せない。

 ……教育を間違ってしまったのだろうか?


「るるー。同棲がダメなら結婚ならどさどさー?」

「女から結婚の申し込みを軽々しく口にするな」

「えー結婚したらお金には困らせないよー」

「それをヒモっていうんだよ!」


 ただでさえ相棒の双六からはそういう目で見られることがあるのだ。

 あくまでも自分の生活費は自分で稼ぐ。

 金の出所は管音からだとしても、決して自分はヒモではないと言い聞かせた。

 なんて他愛のない話をしていたら、管音のパソコンからポコンと通知のメッセージ音が聞こえた。


「おっ、ケンケン。ごめんにー。メールきちゃったよー」

「ほら。依頼人かもしれないんだから早く見ろ」

「うぃー。さんくすくす」


 対外的には娯楽研究会会長という役職にある管音は、こうして依頼人からメールを受け取り、娯楽屋の自分たちに仕事を回してくる。

 仕事を受ける基準はただ一つで管音が「面白い」と思ったものが、久遠と双六の娯楽屋二人の仕事となる。ちなみに、それから漏れた仕事は、管音の人脈を駆使して適当に割り振っていると聞いたことがある。

 はたして今回はどっちなのか。

 メールを読んでいる管音を見ていたら、



「らーりーるーれーろーろーろーろーろーろー」



 いきなり奇矯な言葉を発した。

 他人が見たら陽気に見えかねない光景であるが、管音と長い付き合いの久遠はすぐに察した。何かのっぴきならないことが起きていると。


「……何かあったのか?」


 久遠の言葉に管音はすぐに返答しなかった。

 反射的に返答する管音にしてみれば本当に珍しい。

 それだけに久遠は事態の重さを実感する。


「らー。ケンケン。お願いだから落ち着いて聞いてねー」

「わかった。早く教えろ」

「悪いニュースと怒るニュースがの2つあって――」

「お前の判断に任せる。好きな方から話してくれ」

「じゃあ悪いニュースからねー」


 管音がこんな風に前置きするからには、よほど胸糞悪い情報なのだろう。

 彼女が言う前に、一度息を大きく吸って吐いて心を落ち着ける。

 コクリと首を縦振り、管音に話しても良い状態にした。


「奈落のとってもやべー奴が娯楽都市に現れて暴れてるんだよねー。情報屋の一人もそいつに殺されたっぽいのさー」

「まさか――マークじゃないよな?」

「ううん。マー君じゃなくて、しょぼい情報屋の一人なんだよね〜」

「そうか」


 少しホッとした。

 情報屋と聞いて真っ先に思い浮かんだのはマークだが、殺されてないと聞いて安心した。殺された奴がいることに関しては気分が悪いが、見知っている人間ではないので、どこか実感が薄い。

 しかし、管音が言う『やばい奴』が来たということは、もしかしたら、そいつを捕まえろという話なのだろうか。


「それが悪いニュースか?」

「うん。そだよー」

「怒るニュースってのは何だ?」

「ろー。んとねー、ケンケン絶対にここで怒っちゃダメだよ」

「……わかった。絶対に怒らん」


 さすがにここまで念を押されると呆れを通り越してイラっとする。

 いけないいけない。

 怒らないと宣言した舌の根も乾かずに怒るところだった。

 何があっても起こるまいと自分に言い聞かせる。

 そして、管音はその怒る情報を告げた。



「そいつに――ゴロ君がやられた。今病院で手術中だってー」



 意味がわからなかった。

 耳が悪くなったわけでもないし、言葉の内容が理解できないわけではない。

 言葉が心に届かない。

 だから、


「………………はあ?」


 バカみたいに聞き返してしまった。

 管音は「双六がやられて現在手術中」と言った。

 それが本当なら確かに怒ってしかるべき内容だ。


「いや、管音お前何言ってんだ? 冗談にしても趣味が悪いぞ」


 だが、相手はあの双六なのだ。

 奈落で飛躍的な成長を遂げ、自分が相棒というだけに足ると認めた少年。

 争いごとには向かない男だが、あいつはモニターとしての権限を使用できるし、最近ではパルクールも覚え逃げることに関しては申し分ない能力がある。

 ただでやられるわけがないし、危なければ即座に久遠(じぶん)に助けを呼ぶ分別ぐらいある。

 そんな呆気にとられて情報を信じていない久遠を見て、管音は少し迷いながらもパソコンの画面を久遠に見せた。


「らー。はいこれ監視カメラの動画」


 映し出された動画は街角の監視カメラの画像のようで画素数は決して良くない。

 けれど、これだけテクノロジーが発達した世の中のため、個人が認識できないということはまるでない。

 動画に映し出されていた少年は間違いなく双六であった。

 動画は双六が見知らぬ男に引きずられてカメラの範囲内に入るところから始まっている。

 男は顔を隠す気はないのかバッチリと映し出されている。

 黒髪で長身の険しい目をした男。

 年頃は40歳を過ぎた頃だとは思うが、実際のところはわからない。

 この時点ではまだ双六は怪我を負っている様子はないが――次の瞬間には男の膝が双六の腹部をえぐるように入った。

 吐瀉物を吐き出す双六は、地面に倒れ込み苦しそうに呼吸をしている。

 男は監視カメラの存在に気づいたのか、ちらりと目線をこちらに向けた。

 今更カメラの監視区域が出るつもりかと思ったが――それは思い違いであると久遠は気づいた。

 あいつは、その男は監視カメラにきちんとこれからの行為が記録されるように確認したのだ。

 その後は凄惨な光景が続いた。


 双六の顎が蹴り上げられた。

 双六の手が踏みにじられた。

 双六の足が折り曲げられた。

 双六の肉が叩かれた。

 双六の骨が砕かれてた。

 執拗に。

 何度も。

 何度も何度も。


 永遠とも思えるような地獄のようなの光景が映し出されていた。

 その暴力を行なっている男は、何も感じてないように、ただひたすら面倒だというように、双六を壊していった。

 作業を終えた男は、双六を壊し終えてようやく監視カメラを破壊し、そこで動画は終わっていた。

 しばらくの間、久遠と管音の間に沈黙が訪れる。

 シーンとした室内で、久遠はようやくポツリと漏らすように聞いた。


「……これ本物なんだな?」

「うん。そだよー」


 管音が肯定した。

 ならば、これは本物なのだ。

 本物で、本当で、事実で、現実なのだ。

 一度漏れてしまえば後は止まらなかった。


双六(あいつ)をやったのはどこのどいつだ?」

「ケンケン。怒っちゃダメだよー」

「どこのどいつだ」

「ケンケン。顔怖いよー」

「こいつが誰だって聞いてんだよっ!!!!!!」


 久遠の怒声がビリビリと部室内に響く。

 怒り過ぎて自分の頭がどうかしてしまいそうなぐらい頭が怒っている。

 未だ自分の中にある『獣』が時は慣れてないことの方が不思議なぐらいに。

 もしもこの場に双六がいれば、怯えて一目散に距離を取るだろうが、その当人は今はいない。

 なのに、管音は距離を取るどころか、久遠に近づいて行った。


「ケンケン。怒っちゃメッだよー」


 痛いぐらいに握られた久遠の拳を包むように、管音は自らの手を重ねた。

 少し冷たい管音の手が久遠の拳の熱を奪う。

 まるで怒りの炎を鎮める水のように。そっと。

 フッと久遠の拳から力が抜けた。


「管音――すまん」

「らー。別に良いってことさささー」


 怒らないでと言った管音の意味がようやくわかった。

 今も決して怒っていないわけではないが、制御できないほどではない。

 もっとも、今これをやった男が目の前に現れたら話は別であるが。

 自分の相棒をここまで痛めつけた奴を――決して許さない。

 久遠は必ず仇を打つと心の中で定めた。

 そのためには必要なことがある。


「らりー。じゃあ、ケンケンにこの男が何者かを教えるね」


 管音はやはりこの男が何者かを知っていたようだ。

 久遠としても話が早くて助かる。

 相手が何者だろうと構うものか。

 例え誰であろうと相手になってやる。



「こいつの名前は久遠一郎。ケンケンの遺伝子上の父親だよだよー」

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