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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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鉄砲汁の鉄砲って一体なんだ?

 年越しも近くなってきたこの季節。

 自らの将来も決めて迷いもなく過ごしていて、大学の単位も既に全部取得しているにも関わらず、未だにこうして大学まで毎日足繁く通っている。

 習慣となっているせいでもあるが通っている目的がないわけではない。

 娯楽屋として生きると決めた以上、狐島管音の元に赴くのは新たな情報と仕事を得る上で必要なことなのだ。それと、1日でも管音から目を離すだけで部屋が大分散らかってしまうせいもあり、彼女の世話も兼ねているのであった。


「昼飯どうすっかな」


 久遠健太は息をフゥと吐くと煙草の煙のように白く消えていった。

 こうもわかりやすく視覚的に寒さを体感するとぶるりとますます寒くなったように感じる。すると食べたくなってくるのがあったかい汁物料理だ。幸いにして楽々大学では丁度冬物フェアをやるようになってきたので、メニューの充実に事欠かない。

 やはり、寒い季節に食べる温かいものは良い。


「ハ~イ。クドケン! 元気ですか? 寒くなってきてオレの懐も寒くて凍えそうデース。一緒に乾布暗殺しませんかー?」

「懐が寂しくて暗殺するとかどこの仕事人だお前は。素直に仕事して温かいものを食えよ。なんか久しぶりだなマーク」


 何となく現れる気がしていたが、やはり現れたか。

 最近は大学の4回生は講義にも現れることが少なくなり、マークともこうして顔を合わせるのは結構久しぶりだ。去年は1週間の間に何回も顔を見ていたはずなのに、時の流れによる互いの立場の変化というものを感じさせる。

 来年になれば更に会う回数は少なくなるに違いない。


「俺はこれから昼飯だけど一緒にどうだ?」

「イエス。もちろん付き合わせてもらいマース!」


 そう思った途端に、この限りある時間を大切にするために昼飯に誘った。

 在学中はマークからもたらされる情報には何度も助けられた。彼との関係を言い表すのならばやはり友人が正しいのだろう。

 双六は相棒であり弟分なところがあるが、マークは色々な意味で対等なのだ。正しい日本語の使い方を教える傍ら、ふとしたことから仕事のことまで何となく彼の前では話が弾んでしまう。

 それがマークの処世術なのか天然なものなのかは知らないが、当の久遠から友人という関係に変わりはないのでどちらでもよかった。


「お、今日は鉄砲汁を出しているのか」

「ファッツ!? ガンスープってクドケンそんなもの飲むですか!?」


 鉄砲汁をそのまま英語に直せば確かに「Gun Soup」になるが、どうして英語にする必要があるのか不明だ。しかも英語にした途端に物騒な度合いが高くなるのも不思議だ。


「おいおい、鉄砲が入っているスープじゃねーよ。カニが入っている味噌汁のことを北海道の方では鉄砲汁って言うんだよ」

「そうなんデスか。てっきりオレは鉄砲(ガン)でスープを撃ち出すか、鉄砲(ガン)を具にするスープを思い浮かべてしまいました」

「そんなものを出す店は潰れてしまえ」


 どんな食事のサービスだ。

 斬新すぎて物珍しさで人が集まっても短期間で終わる一発屋の未来しか見えない。

 そもそも、鉄砲汁の画面自体は食券の販売機のディスプレイに映っているのだから見ればわかるだろうに。銃など具のどこにもない。


「でもどうして鉄砲汁って言うデスかー?」

「……何でだろな?」


 何となくそういうものだと覚えていたが、改めて問われると名前の由来がわからない。カニのどこらへんに鉄砲の要素があるのだろうか。


「カニだったらシザーズスープとかの方が日本っぽくないデスか?」

「後は兜汁とかか?」

「謎デスね」

「謎だな」


 カニのハサミ、カブトガニに対する兜など鉄砲以外の要素の方が強いはずなのに鉄砲汁。何かに例えるのを得意とする日本の言葉遊びの深さを垣間見た気がした。

 携帯電話で検索して調べてもいいのだが、さすがに無粋だろう。何となくこういう時はわからないままでいた方が想像の広がりと遊びの余地があって面白い。


「マークは何にするんだ?」

「オーデーンデス!」


 どうして北欧神話の主神みたいに言う。

 おでんはそこまで偉大ではない。

 いや、冬の季節ではかなり偉大な食べ物かもしれないが。


「おでんか。悪くないな。具は5品選べるけどどうすんだ?」

「牛スジと大根は外せませーん」

「つくづくお前って外国育ちなのか疑わしくなるな」


 日系アメリカ人のはずなのに、今となっては自分よりも日本人らしいと久遠はついつい思ってしまう。むしろ、日本人が外国人の真似をしている的な。

 とはいえ、マークのチョイスは悪くない。久遠であればそれに白滝、たまご、ちくわを選ぶだろうが、マークはさらに選んだのは玉ねぎ、こんにゃく、トマトであった。なぜそこで変わり種をチョイスするのか。単純に外国人故なのか、または通常のおでんを知り尽くしたが故の変化球なのか。

 まぁ、自分は鉄砲汁を頼んでいるのでとやかく言うまいと注文する。

 出てきたのは大きなお椀に入った鉄砲汁。カニも身がぎっしりと詰まった足が2本ほど入っていて、湯気がほくほくと上がり見るからに美味しそうである。

 久遠は鉄砲汁をマークはおでんを食べて人心地をついた。


「ところで、クドケンはどうして大学に来てるデスか? 確か卒業単位はもう取り終えてませんでしたか?」

「ん? いや、特に用事はないんだが習慣でな。一応講義はあるから受講しているのと、後は管音から仕事の情報の確認と世話焼きだよ」

「お〜うフォックスちゃんのお世話デスか! とっても羨ましいデース!!」

「羨ましいなら喜んで代わってやるよ」


 できることなら、管音の片付けさせることを習慣させるぐらいまで世話を焼いて欲しいと思っている。冗談抜きで割と真面目に。


「え、じゃ、じゃあクドケン一緒に付いて来てくれますか? オレ一人じゃ恥ずかしてく顔も見られないデース」

「告白の時に友達に連れ添いを頼む高校生女子かお前は」


 好き好き言っているくせに土壇場で尻込み友達を誘うところが特に。アメリカ育ちのはずなのだから面と向かって本人に言えば良いのにと思わずにいられない。

 やれやれとコップに入った水を飲み干す。

 そして、改めてマークの目を見て久遠は言う。


「んで、マークは俺に何言いたいんだ?」

「ホワッツ? 何のことデス?」


 マークと飯を食うのなんて回数を覚えていない程度には食っている。

 その度に仕事の話をしているわけではないが、マークが何らかの重要を話す場合のほんのちょっとした変化がわかる程度には親しくなっているつもりだ。

 だから、飯を食った後にマークが何かを言いたげにしているのがわかった。


「とぼけんな。お前が久しぶりに顔を出したってことは、情報収集か忠告しに来たってことじゃねーのか?」

「クドケンも鋭くなってきましたねー。デモ、オレは友達と飯を食いたかったのも本当デスよ?」

「当たり前だ。俺もだよ」


 それに関しては嘘だとは何一つ思っていない。

 だから、こっちも飯を食っている最中は友達の他愛もない話を優先させた。

 それが終わった今ここからは仕事の時間だ。

 そして、マークはふざけた空気を取り去り仕事用の顔に変わる。


「――クドケンはルピンの一件で奈落行きましたネ?」

「あぁ、まぁな」


 丁度ルピンについての情報をマークから聞いて以来会っていないことを思い出した。あの時は奈落に行くとは思っていなかったし、以降は会う機会もなく話すことがなかった。

 それでも情報を扱っているマークの仕事柄、久遠が奈落に足を踏み入れたことはどうやら知っているようであった。


「最近、奈落で胡散臭い動きがありマース」

「どういうことだ?」

「細かいことはオレもわかりまセーン。奈落は基本娯楽の方には不可侵になっているはずですが、こないだ奈落で騒ぎがあった一件で娯楽の方に攻め入るみたいな噂を入手したデース」

「あーなるほどな。確かに、奈落のチンピラ達をぶっ飛ばした記憶があるわ」


 奈落に足を踏み入れて速攻で絡まれて大人数に追われ、そのせいで結構な人数を相手取っていた。それで終わりかと思いきや、まさか報復活動まで打って出るとは思っていなかった。


「でも、あの程度の連中なら何人来ても大丈夫だろ」

「ノンノン。クドケンの言っているのは表層のチンピラだと思いますが、奈落は地下に行けば行くほどデンジャラスなんでーす。それに、クドケンは大丈夫かもですがゴローやフォックスちゃんにも手が及ぶかもでデース」


 なるほど。ようやくマークの真意がわかった。

 そのことを言うために大学に来てくれたのか。

 だが、その心配はもはや不要である。 


「双六なら大丈夫だ。あいつはもう一端の男で俺の相棒だからな。それに、管音には俺が付いている。指一本触れさせやしねーよ」


 碧井桜子との対決で双六が守られてばかりの存在ではないことを久遠は知った。それに娯楽都市で活動している限りは、モニターとしての力を使える双六は奈落よりも自由に動けるはずである。

 管音に至っては自分が日中は付いているし、それにあの部室棟の主となっている管音は好き勝手に改造しているのでセキュリティ対策も普通のそれを遥かに超えているし、外には全く出歩かないので襲われる心配などまずない。


「そうでしたね。さすがはクドケンデース」

「だが、お前の情報ありがたく受け取っとくよ。双六や管音にも注意しておくよう言っておくよ。わざわざありがとうな」

「いえいえどういたしましてデース。日本ではこう言う時、備えあればカレーなしと言うデース」

「備えてもカレーがなしなのかよ……そりゃ、憂いはなくならんな」


 そして、マークは話が終わると仕事があると言って、食堂で久遠とは別れた。

 これから管音の元に向かい、マークから聞いたことを管音とも情報共有しようと思った時、ヒューと首元を撫でるように風が流れて行った。


「あぁ、チクショウ。今日は本当に冷えやがるな」


 今日の夜には雪が降ると天気予報では言っていた。

 さっさと部室棟に行こうと駆け出し、久遠の吐く息が白く消えた。

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