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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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デスクワークってどうしてこうも申請が面倒なんだろうか

「っだぁー! 何でこんな面倒な真似しなきゃならねーんだ!?」

「はいはい。文句言ってないで手を動かす」


 頭を抱えて悩むオセロをスルーして、双六はそれを淡々と注意する。

 二人は今パソコンを前にしている。操作しているのはオセロであり、双六は横から彼女が入力している内容を逐一チェックしていた。

 オセロが双六を呼び出した目的。

 それは、モニターのデスクワークでわからないところがあったので、先輩に教えてもらいに来たのであった。


「まったくもう。前に一度教えたでしょ? シルバーランクの権利を使ったら、ここでランクを選択して、権利の種類を決定。次に権利の詳細内容と目的を記載して、いつ使ったのかわからなかったら履歴機能を使って時間帯を入力する。あぁ、自分の手持ちのお金を使っていたらこっちの金額欄にも入れるから。支払いは電子マネーが主流だけど、現金だった場合は領収書が必要だからもらっておいてね」

「こんなの一回で覚えられるか!?」

「覚えないとモニターから降ろされるんだから、ちゃんと覚えないとダメでしょ」

「うぅ〜ちくしょう。モニターがこんなに大変だったなんてぇ……」


 その気持ちは大変よくわかると双六は内心同意していた。

 オセロが今入力しているのは、モニターとしての事務処理の一部である。

 娯楽都市に住まう特異的な能力を有するプレイヤーを補佐し観察するために、モニターは限定的とはいえプラチナランクと同程度の権利を使用することが許されている。

 しかし、その使用はあくまでもプレイヤーを補佐するためのものに限られる。

 双六の場合でいえば、過去にプレイヤーである久遠健太といくつかの事件に当たっている間に、シルバーランクの優先的に知る権利、ゴールドランクの有料道路の使用する権利、プラチナランクに天野天音がジーニであるかの確認するなどに使用したことがあった。

 もちろん、これらのことは久遠を補佐する目的があったので、後日双六は今のオセロと同じように地道に一つずつ使用目的やら何やらの書類を作成していたのであった。

 面倒なことであったが、これらのことを疎かにすると冗談でも何でもなくモニターの役目を降ろされる可能性がある。

 何でかといえば理由は前述したとおりであるが、モニターであるのにかの権利を私的に濫用した場合、補佐目的でもないのに使用して利益を不当に得たことになってしまう。そういった悪用するモニターもいることもあるので、使用履歴は細かいぐらいチェックされてしまうのであった。


「大体さー桜子さんがこんな報告見るの?」

「バカか君は? この程度の事務仕事を偉い人が目を通すわけないじゃない」


 あの狐島管音と同じような高みにいると思われる碧井桜子。

 双六はマスターランクという存在自体は知らないし知る地位にいない。

 けれど、彼女たちと近くに接していれば嫌が応にも、彼女たちはまず間違いなく娯楽都市における重要な地位にいることは薄々分かっている。

 そんな彼女たちが、こんな事務処理の一つ一つを見るわけがない。


「僕達が直接報告しているのは娯楽都市の『ポイント管理委員会』っていう組織。そこで、各ランクで使用されているポイントに応じた権利を運用管理しているんだよ」

「あ、そうなんだ。まぁ、確かに言われてみれば桜子さんがこんなの見るわけないかー」

「そうそう」


 関係のない第三者に報告しなければならないからこそ、詳細な報告が求められ、きっちりと監査されているわけでもある。それもこれも、全てはプレイヤーが些事に捕らわれることなく思うがままに振舞って欲しいためだ。

 高校生でありながら、社会の一端に触れていて世知辛い気持ちにもなるが、ある程度は仕方がないと双六はもう割り切っている。


「終わったぁぁー!!」

「はい、お疲れ様。オセロ後輩、これ飲むかい?」

「飲む。サンキュー双六先輩」


 喉が渇いたので自販機でジュースを買ってきたのをオセロに渡す。後輩にジュースを渡すというシチュエーション。よくできた先輩感を演出するものであるが、実際やってみると良い感じな気がする。

 ジュースをグイッと一息で飲んだオセロは、グーっと手を天井に向けて体を伸ばす。デスクワークが終わって気が抜けている。

 何とは無しに双六は口を開いた。


「最近は学校の方も慣れたかい?」

「なんだよいきなり?」

「ただの雑談だよ。モニターに誘った先輩としては、後輩がうまく馴染めているか少しは心配してるんじゃないか」

「あーはいはい。そりゃ大きなお世話ってやつだ。でも、そうだな。……んー何て言ったらいいのかわかんねーんだけど、やっぱ色々と違うよなーとは思う」

「ふーん?」


 確かに奈落と娯楽では色々と違うだろう。

 そもそも同じ娯楽都市内でありながら、治外法権みたいな扱いの奈落だ。双六が仕事でしか遭遇しないような荒事が、あそこでは日常茶飯事で起きているのだ。

 そこで生きてきたオセロにとっては、外国に行ったみたいなカルチャーショックを受けているのだろうと解釈した。


「アタシはさ。学校に通うのなんて初めてなんだけどさ、奈落にいたから度胸とかはクソみたいにあるわけよ。けどさ、ここってその度胸が全くいらねーんだよな。男は襲ってこねーし、金目のものを盗むような奴もいないし。それどころか、昼飯に誘う女達とか、仲良くなりたいって言う奴とかがいるんだよな。だから、何か戸惑うことが多いかな」


 オセロの転校してきた当初のことだ。

 楽々高校では珍しい転校生に、男女問わずクラスメイトがワイワイと彼女を質問攻めにしていた。奈落で育った彼女は警戒心バリバリであったが、残念ながらここは楽々高校。転校生という面白い生き物を放っておくような連中は少なく、オセロの猫っぽい「懐きそうで懐かない感じが堪らない」という一定層がいるのだ。

 もちろん、双六はもちろん同じクラスであるが直接コンタクトを取ることを控えていた。ただし、オセロが狼狽える様子をニヤニヤと見てはいたが。

 そんなオセロに近づいたのは、何も同じクラスではない。双六の親友と言って憚らないアツシも最近では言い寄ってる人間の一人である。「オセロちゃん今度一緒に遊ばない!」とフレンドリーに誘う友人を見て、放置して振られて落ち込むまでを楽しもうとも考えたが、娯楽屋の仕事の関係上忠告しておくことにした。オセロには怖い彼氏がいると脅した途端「彼氏持ちだったの!?」とショックを受けて今ではすっかりと手を引いている。アツシには「いつかきっとプチハができるよ!」と適当に元気付けておいた。

 あれやこれやと友好的に振る舞う同い年の人間。それは今まで彼女が出会ったことのない人たちで、戸惑うのも仕方のないことだろう。


「逆にルピンと一緒に変な奴とっちめに行く方が安心することもある。奈落でもこんな卑怯でずるそうな奴いたなーとか。当然、その後はぶちのめして豚箱に入れてやるけどな!」

「怪盗ルピンが今では警察のお手伝いって……」


 今ではすっかりと櫻子さんの下で仕事に励んでいるようだ。

 とはいえ、オセロの言う通り、彼女にとっての日常とは荒事であり、非日常が平和なのだろう。それは丁度双六にとって逆のことであり、つくづくオセロが鏡に映った自分のように思えると錯覚しそうになる。


「まぁ、少しはこっちの生活にも馴染んでいるようで安心したよ。でも、娯楽でも危ない人間だっているんだから気を抜かないようにね」

「はっ、こっちの連中なんて奈落に比べたら何も怖くねーよ」

「油断は禁物だって。そりゃ確かに久遠さんやルピンには及ばないかもだけど、それでも危険な奴は危険なんだから」

「はあ? 双六先輩何言ってんだ――ってそうか。おい双六先輩。あんたやっぱり奈落について何にもわかっちゃいねーよ」


 わかっていないとオセロは言う。

 調子に乗ってはいけないという話だったはずなのに、オセロの聞き捨てならないそのセリフに「どういうことだい?」と双六は聞いた。

 

「そのまんまの意味だよ。双六先輩さ。あんた奈落がどういう構造になってるか知ってるか?」


 オセロの言った意味を図りかねた。

 構造と言われても、奈落は無秩序で混沌としていて、暴力が蔓延っている最低最悪な場所としか双六は認識していない。


「娯楽とは逆さ。娯楽はプラチナが上り詰めた最高位だとするなら、奈落は堕ちれば堕ちるほどヤバイ奴がうようよいるんだよ。しかも、堕ちるってのは何も比喩じゃない。物理的に地下世界が広がってんだよ。ちなみに、私がいたのは一番上の表層。こないだ出逢ったチンピラ達も表層。これで意味わかったか?」

「んなっ!?」


 あんな武器を持って人をカモにしているような連中がうろついている所が、奈落ではまだ全然平和な所だと言われて驚嘆した。

 しかも、奈落の構造なんてこっちでは情報一つも出てきていない。モニターとして権限を使って情報蒐集したのにだ。双六が知っていた奈落が、実は非常に浅いものでしかなかったことに今更ながら鳥肌が立ってしまった。


「正直、アタシも度胸試しに地下に踏み入れたことがあったけどさ……おっかなくてもう二度と行く気にはなれなかった。信じられるか? 明日食えるものがないから自分の胃を差し出す奴とか、絶望して世界を見たくないからってだけで目をくり抜く奴とか、そんなのが普通にいやがるんだ。そんで、そんな連中を食い物にして儲けてる奴らまでいる始末さ。あんなのに比べたら、アタシがやってきたことなんて可愛いもんさ」

「嘘だろ……」


 さすがに絶句した。

 双六といえど娯楽都市では殺人現場なども見ているし、殺人クラブのような頭のおかしい連中を相手取ったこともある。けれど、それはあくまでも娯楽都市の中における特異的な出来事としてだ。

 それが日常的に、恒常的に、継続的に行われているなど――本当の地獄ではないか。


「嘘か真かアタシも知らねーんだけど、奈落に足を踏み入れた人間は元の世界に帰れないって言われてるぐらいだ。双六先輩。アタシもアンタも十分気をつけたほうがいいかもな」

「肝に命じておくよ」


 まったく教えたつもりが教わることになろうとは。

 怪談話を聞いたみたいに、双六は背筋が少し寒くなるのを感じた。

 というか、教室の扉から隙間風が入り込んでいた。

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