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娯楽都市  作者: 菊日和静
第04話 娯楽屋と奈落王
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普通と天才の色恋事情

 付き合っている彼女(てんさい)がデレた。

 もう一度言おう、付き合っている彼女(てんさい)がデレた。

 天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたこの現象に、誰よりも衝撃を受けたのは他ならぬ付き合っている彼氏である賽ノ目双六であった。

 彼女である天野天音は天才だ。

 テストの点数で満点など当たり前であるし、人前では見せないが合気道などの武術も納めているし文武両道の天は二物を与えたというのは彼女のためにあるような言葉だ。

 さらには、娯楽都市における最高身分のプラチナランクに属しており、最年少で彼女はそのプラチナランクになったほどだ。プラチナランクでは《ジーニ》という名前で活動しており、幼少期に彼女は自身の天才性故に父を亡くしたことで、天音は大好きだった父のことを理解すべく『普通の人』を理解すべく、持てる権力の全てを使って父のことを理解しようとし――失敗に終わった。理屈では父が死んだことがわかっていても、感情面で彼女は普通の人間の心の機微が何もわからなかったのだ。

 そんな彼女が父の死を理解するために、そして双六は天才という普通の人間とはかけ離れた異常性に惹かれ、双六自身がどのような顛末に至ろうと構わないという気持ちで付き合い始めた――娯楽的な彼氏彼女の関係性であったはずだ。

 なのに、今眼の前で繰り広げられている光景は何だ?

 楽々高校の昼休み。

 奈落での戦いでの傷も癒え、学校内の中庭が見えるガラス張りになっているテラスで天音と横並びにベンチに腰掛けている。外はすっかりと肌寒い季節となっていて、天音の装いもまた冬仕様の制服に変わっていて、楽々高校指定の白いカーディガンを羽織っていた。

 そんな彼女の太ももの上に置かれた赤い弁当箱の中には色とりどりのおかずが並んでいる。昼休みなのでこうして『彼氏と彼女』でお昼ご飯を食べるのは珍しい光景ではない。かくいう双六も付き合い始めた当時から天音が弁当を作ってきて、それを食べてはいたのですっかり慣れたものだ。

 しかし、その行為は決して恋をしている者のそれではなく、『普通の彼女』とはこういうことをするという天音の義務的な行為であった。引いては『普通の人間であった父』を理解するために行っていたのだ。

 双六もまたそれを理解しており、笑ってそのお弁当を受け取り「美味しいですよ!」と感想を言って彼氏という役割を果たしていた。実際、彼女の料理は素晴らしく、料理が爆発するなんてオチもなく、文武両道の天才性を見せつけられる結果となっていた。

 無論、そこには甘酸っぱい彼氏彼女の行為なんて何もなかったはず――

 

「はい、双六君。あ〜ん」

「あ、あ〜ん」


 なのに、今こうして天野天音はお弁当からおかずを選び、甲斐甲斐しく双六の口に運んでいく、いわゆる「あーん」をしていたのであった。

 だし巻き卵が口に入りモグモグと咀嚼する。ほんのりとしたダシの甘みが口に広がり上品な味わいになっている。何というか漫画にありがちな天才だけど料理下手な女の子みたいな像など鼻で笑うレベルだ。むしろ、最近では双六好みの味付けを覚えてきている気さえする。

 そんな天音のデレた様子に、双六は背筋が凍えるように震え、額からは汗がじっとりと滲むのを感じる。

 考えろ。考えるんだ。

 自分は一体何を失敗した?

 奈落での一件では天音(かのじょ)を放置して怒られ、彼女とのデートをすっぽかしてまで奈落へと赴いて、完全に呆れられたかと思っていたぐらいだ。

 それがどうだ。


「おいしい?」

「えっ、えぇ。もちろんですよ!」

「そう。なら良かったわ」


 優しく微笑む天音がそこにいた。

 ラノベによくある鈍感主人公であっても「あれ? もしかして惚れられてる!?」と自惚れではなく確信を抱くような笑顔だ。

 今まで恐ろしくて聞けずじまいであったが、ようやく勇気を出して聞こう。


「あの……天音さん?」

「なあに?」

「一体全体どうしたんですか!?」

「どうしたの。藪から棒に? 変な双六君ね」

 

 絶対に変なのはあなたの方だ。

 今までならばクスッと笑いもせずジー二モードになってゲラゲラと笑っていたりするはずなのに、それすらもない。

 なんというか、もうこれ完璧な彼女すぎる。

 全世界のモテない男子高校生に向かって自慢したいぐらいに。


「僕が聞きたいのは、なぜ急にそんな僕にデレたのかを教えて欲しいんです」

「そんなに、おかしいことかしら?」

「おかしいです」

「私の初めてをあげたのに?」

「ぶふっ!!」


 突然のぶっ込みに吹き出してしまった。

 キョロキョロと辺りを見回して「しーっ!」と言って黙らす。

 ただでさえ最近は、天音のあまりのデレように付き合っていることを知らなかった一般高校生にまで知られ、学校の中の目が厳しくなってきているのだ。

 天音にはファンクラブを自称している集団までいて、男女問わず参加しているその集団から陰からチクチクと嫌がらせまでされているのだ。双六自身も側から見れば釣り合わない関係だということはわかっているので特になにも言わず、むしろ、ファンクラブの人たちの行動がどうなるのか面白がってさえいる。

 だが、さすがに嫉妬の炎に向かってガソリンをぶち撒けて焼身自殺する趣味などない。あんなカルト教団一歩手前みたいな人間に、天音の初めてをもらったなど言おうものなら、闇討ちなども考えられる。

 助かったことに、丁度周りに人がいなくなっていたようなので聞かれずに済んだ。


「それとも、こんな私は嫌かしら?」

「いえ全然。むしろエッチなこと大好きですよ」


 忘れてもらっては困るが、双六は健全な男子高校生だ。

 健全な男子高校はスケべであり、日夜エッチなことに興味があるのだ。

 奈落から帰ってきたら獣のように云々というのは、やる気を出させるためのご褒美だとばかり思っていたら、この天才彼女様は有言実行してくれたのだ。

 本当にもう何か色々とありがとうございました。


「そうね。双六君は私のこと好き?」

「はい。好きです」


 ――あなたのゲームの駒として使ってもらってもいいぐらいに。

 かつて付き合う直前に言った通り、それは今でも変わっていない。

 天音の方からは好きという言葉は一度も聞いてないが、それでいい。

 天音はファザコンで天才で、その異常性に惚れたのだ。

 だけど、今はどうなっているのだろう?

 その答えを彼女は言葉にした。



「私も双六君のことが好きよ――お父さんと同じくらいに」



 多分、この殺し文句は双六にしか通じない。

 天音がジーニとして活動してきて、彼女は父を理解するためというだけに、数多くの人間を観察してきた。免罪符(プラチナランク)という名の下に。

 そのことを知っている双六からすれば、お父さんと同じくらいにというのは最上級の愛の囁きを意味しているのがわかる。一般人が聞いたら、すごくドン引きする萎える言葉であるのは一先ず置いておくが。

 正直、そこまで想われているとは思わなかった。

 いきなりの彼女の愛の告白に、キスも一線も超えたはずの双六の顔が赤く染まった。何か言おうとしても言葉にならない。


「それじゃ私はもう行くわね。また放課後会いましょう」

「あ、はい」

 

 弁当箱を持って天音はパタパタと教室へと戻って行く。

 未だに心臓の鼓動がドキドキと鳴り止まない双六は、ペットボトルのお茶をグイッと一口飲んで心を落ち着けた。


「あーもう本当、やばいなー」


 この気持ちを全世界に、いや、友達のアツシに向かって自慢したい。

 僕の彼女は世界一可愛いと。

 そうしたらアツシはどんな嫌そうな顔をしてくれるのか楽しみだ。

 奈落の件以来成長したと言っても所詮は高校生。異常というものが大好きな双六といえど、あれだけの好意を示されたら素直に嬉しい。

 なので、今日の夜はアツシの部屋にでも止まって一晩中語り明かすことにしようと決めたら、一人の女子生徒が双六の前にいることに気づいた。


「おい、面を貸しな。双六先輩」

「学校では同い年なんだから先輩って呼ぶのはやめろっていつも言ってるでしょ。オセロ後輩」


 やれやれと双六は立ち上がり、キーンコーンカーンコーンと昼休みの終了を告げるチャイムが鳴ったのが聞こえた。

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