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娯楽都市  作者: 菊日和静
短編 天才が生まれた理由
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天才の初恋

「——あれから6年か。時が経つのも早いものだね」


 十八先生はしみじみと味わうように言った。

 彼女と出会ってから6年。

 10歳に出会い、常にとは言わないが、それなりに親交は続いていた。

 まだまだ人生の私からすれば、それは十分に長い時間だと思う。

 今もこうしてたまにお茶を飲む程度には——付き合いがある。


「読書好きのあなたが珍しくお茶に誘うから何かと思えば——思い出話ですか?」

「ふふ、楽しいだろ?」


 彼女が好きそうな古めかしい木造の喫茶店で、他愛もない話に興じていた。

 私たちの出会いから始まり、プラチナに至るまでの、そんな思い出話だ。

 ただまぁ、それが私にとって愉快な話かと言われたら全く別の話だ。


「自分の黒歴史を掘り起こされて楽しいとでも?」

「人の人生は本みたいなものだからね。黒歴史とて立派な物語の1ページだ。最高に楽しいじゃないか」


 読者である十八先生(あなた)にとってはそうでしょうよ。

 多感なお年頃である私にとっては『ジーニ』という名前を付けたことは、悶死せんばかりの黒歴史だ。

 本当に、どうしてあのような名前を付けてしまったのか。

 天才幼女失敗するの巻だ。


「はぁもう……話がそれだけなら帰りますよ」

「おやおや、つれないじゃないか。大きくなると恩師に冷たくなるとか思春期か」

「高校1年生は思春期ですよ。多感な年頃なんで気遣ってくれませんか」

「もちろん。可愛い教え子の頼みだ」


 嘘なんて一回もついたことないみたいに十八先生は笑った。

 気遣う気がまるでないのが、手に取るようにわかる。


「じゃあ、私からの気遣いとして面白いことを一つ教えてあげよう」

「あなたの面白いことは私にとっての不愉快だといい加減理解してください」


 十八先生にとっての面白いは、物語のメリハリをつけるための面白いだ。

 いい予感なんて何もしない。


「天音君は<娯楽屋>の賽ノ目双六を知っているかい?」

「……もちろん。よーく存じてますよ」


 彼氏だし。

 隠すつもりはなかったが、どこからか嗅ぎつけたか。

 それとも——読まれてしまったか。

 ほら。やっぱりいい予感なんて何もしない。

 どころか、

 

「私——彼の仲間になったから」

「は?」


 悪い予感の方が的中した。


「双六少年から熱烈な歓迎を受けてね。君に続いて二人目の教え子だ。これからも直々こちらにお邪魔することになりそうだから、君にも挨拶しておこうと思ってね。まぁ、よろしく頼むよ」

「な、な……」


 驚きのせいで声にならない。

 私に隠れてこそこそと双六君を鍛えていると思っていたら、言うに事欠いて今度は仲間になったときたもんだ。

 もうこれ怒っていいよね?

 ていうか、怒った。


「私の彼氏に許可なく何してるんですかっ!?」


 こういった時のお作法としては「この泥棒猫!」が正しいのだろうか?

 いやしかし、まだ仲間になったということだけしか聞いていない。

 この気持ちの高ぶりならぬ苛立ちをどこにぶつければいいのか。

 決まっている——彼氏の双六君だ。

 私は彼のことが好きだが、決して甘いわけではない。

 おいたをすればお仕置きだってする。

 それができる彼女だというものだ。

 さて、先生と仰いだ人であるが——敵になるなら話は別だ。

 やるならとことんやってやる。

 天才(ジーニ)と図書屋のキャットファイトだ。

 どこからでもかかってこいと構えていると、それに反して十八先生が、逆に驚いた顔をして私を見ている。


「……は? 彼氏?」

「えぇ、そうです! 双六君は私の彼氏ですよ!!」


 今更知らぬとは言わせない。

 ここぞとばかりに彼氏とアクセントを強めておく。

 彼との時間奪わないでもらえませんかと威嚇の意味を込めて。


「えーと、誰と誰が?」

「私と双六君ですよ」

「本当に?」

「何で嘘をつく必要があるんですか」

「ファザコンの君が?」

「ファザコンの私がです」

「……何で?」

「好きだからです。ラブです。ぞっこんです」

「どこに惚れたの?」

「どこって——そうですね。普通なところとか結構好きです。あと、最近知ったんですが、意外と彼ってベロチューが上手——」

「あぁ、ごめん。教え子の同士のそういうのはいいや。うん」


 むぅ、ここからが良いところなのに。

 こんな話するのは初めてだから、存分に惚気てやりたい。

 そうか。女子高生がよく「彼が〜」とか言ってくるのは、こういう気持ちだったのか。特に理由はないが、双六君との仲を言いたくてたまらない気持ちになる。

 というか、このやりとりで確信したが、十八先生は私と双六君が付き合っていたの知らなかったのか。

 まあ、驚くのも仕方がないか。

 何せ十八先生とはプラチナになる前からの付き合いなのだから。


「くく。あはは。あっはっはっは!」


 目尻に涙を浮かべながら十八先生が笑った。

 こうまで笑った姿を見るのは初めてだ。

 いつもはお澄まし顔で微笑してばかりなのに。実に珍しい。


「事実は小説より奇なりというが、この展開は予想もしてなかったなぁ」

「本当に知らなかったんですか?」


 てっきり、知っていて嫌がらせしていたのかと思っていた。


「全然。私は彼らの物語は文芸のアクションだと思っていたのに、まさか恋愛ものが展開されていたとは思ってもみなかった」

「読書が足りていませんね」

「くく、いやはや。面目ない限りだよ」


 ジーニの頃ならいざしらず、今の私は青春恋愛ものだ。

 もしかしたら、これから18禁展開になるかもしれないけれど、そこまで明かすつもりなど毛頭ない。

 私と双六君だけ知っていればいいのだ。

 それはともかくとして——


「まったく。それで双六君の仲間になるとか、今度は何を考えてるんですか?」

「おいおい。私がいつも何かを企んでいる性悪みたいじゃないか」

「違うとでも?」

「否定はできないな」


 少女時代の私の物語を読みたいがために、1万冊の本を読ませ、プラチナに導いたのだ。性悪というより純粋であるぶん余計タチが悪い。


「だけど、今回は私の思惑は何もないよ。むしろ、双六少年の方から頼まれたんだ。本当に面白い子だよ」

「私の彼氏ですからね」


 面白さはお墨付きだ。

 出会った時からずっと面白そうに笑って、私を面白くさせた男なのだから。


「それで、十八先生は見返りに何を望んだんですか?」

「彼がこの先生み出すであろう——物語だよ」

「はぁ、あなたらしいですね」


 ここまで来ると欲というより信念だと思う。

 いっそ宗教に近いかもしれない。


「なぁ、天音君。君に一つ聞きたいことがある」

「なんですか?」


 今更、質問の一つや二つすることに気を回すような間柄ではない。

 ——が、こういう時の十八先生の質問は、多分、私のデリケートな部分に触れるのだろう。

 そして、それは当たっていた。


「君はプラチナになって——お父さんを理解できたかい?」

「……そうですね」


 6年間。

 お父さんを理解するための努力を続けてきた。

 私が死なせた父。

 私が大好きな父。

 父の心と行動の結果を結びつけるために——努力したのだ。

 結果は——



「結局、わからないままでしたよ」


 

 その一言に尽きた。


「行動と気持ちが今でも繋がりません。どうして父が死を選んだのかわかりません」


 私が天才だから。

 父が普通だから。

 遠すぎて、平行線すぎて、近づきすらしなかった。


「プラチナになって、ジーニになって、父のことを知ろうとして、たくさんの人を見てきました」


 欲丸出しな奴。

 いかれた奴。

 ヤンデレな奴。

 エリートな奴。

 ギャルっぽい奴。

 たくさん。たくさん——忘れそうになるほど見てきた。


「奪い、与え、本当に色々なことをしました。免罪(プラチナ)の名の下に」


 罪の数で言ったら、本当にどれだけになるのか。

 まったくわからないけれど、それは罪にならなかった。

 だって私は——罪を赦された存在なのだから。


「そうしてたら——彼氏ができました」


 その結果得たのは——彼氏だ。

 小学生だった頃の私に、そのことを教えても信じてもらえないだろう。

 それどころか——恨まれるかもしれない。

 けど、それで良かったと思える今がある。


「その結末は予想外だった」


 私もそれについては同意見だ。


「双六少年という彼氏ができても、これからもお父さんの影を追うのかい?」

「はい。それは変わりません——ただ、目的が少し変わりましたけど」


 父を理解できたら死んでもいいと思っていた。

 だけど、今はその少し先を見たくなった。


「怖いんです。またお父さんのように、双六君も同じ目に合わせることが」


 これが今の私の素直な心情。

 お父さんは今でも大好きで特別で、双六君は今大好きで特別なのだ。

 それ故に——怖い。怖くなってしまった。


「私は天才で、彼は普通の人間です。だから、双六君に愛想つかされないよう、今後もお父さんのことを理解したいと思ってます」

「ふふ。彼もここまで君に想われているとは思ってないだろうね」


 別にそれで構わない。

 見返りを求めているわけではないのだから。

 愛は——見返りを求めない。

 そういえばと、質問されたついでに、私からも十八先生に質問する。


「十八先生は、私と同じプラチナですが、私のお父さんの気持ちがわかったりするんですか?」

「もちろん。読者である私はわかっているよ」


 少なからず、ショックを受けてしまった。

 同じプラチナといえど、こうも違いがあるのかと。

 いや、読書に特化した彼女と比べるのも、おこがましいのかもしれない。


「ただね。それは、私にとっての真実というだけであって、故人である君の父の気持ちなんて——真の意味でわからないよ。人が人を全て理解し合うなんてことは不可能だよ」

「それは……」


 その通りだ。

 わかっている。

 それでもなお——理解したいのだ。

 天才とか、普通とか、そんなの関係なく。

 好きな人のことをわかりたいと思うこの気持ちを——止められない。


「だけど、読むことはできる」


 言い澱んでいた私に、十八先生は言う。教えてくれる。


「人の地の文を読み、心に想像を巡らせ、その人が何を思っていたのか、これから何をしたいのかを——考え続けることができる」


 小さい頃の私ではきっと教えても無駄だったことを、教えてくれる。


「そこには、誤解もある、誤読もある、曲解もある、間違いもある、正解もある」


 読書のなんたるかを、教えてくれる。 


「だから、読書は楽しいんだ」


 道を示してくれる。


「そして、そうやって双六少年(かれし)のために考え続ける君の本は、とても尊く、美しいものだと——私はそう思う」


 あぁ、本当にこの人はまったく。

 読書バカのくせに。ひどい人のくせに。

 (ものがたり)を大切にしてくれる。


「まるで先生みたいですね」

「おいおい。一応は君たちの先生だよ。私は」


 知ってますよ。

 小さい頃からの付き合いですから。


「十八先生にとって、私の物語はどうでした?」


 冗談交じりにそんなことを聞いてみた。


「もちろん面白かったよ。実に起伏に富んでいた」


 ただしと十八先生は言った。


「君の物語のジャンルが未だにわからないままだけどね」


 だから、青春恋愛ものでいいじゃないか。

 タイトルは天才の初恋かな。

これにて天音の短編は終了です。

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