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娯楽都市  作者: 菊日和静
短編 天才が生まれた理由
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読書をなめるな

「さてさて。私は君の家庭教師になったことだが先に宣言しておく。私は君に物を教える気はなど1ページたりとてない」


 家庭教師をつけた瞬間、いきなりそう言われた。

 清々しいまでの職務放棄だ。

 しかも、人の家だというのに優雅にコーヒーを飲みながら本を読んでいる。

 この人は本当に何しに来たんだ?

 とりあえず、京都風にお茶漬けでも用意した方が良いのだろうか。


「だったら、あなたは何しに来たんですか? 私は私の目的のために1秒たりとて無駄にするつもりはないんですが?」

「はは。そうカリカリするもんじゃないよ。天才少女ちゃん」


 カリカリしてんのはあんたのせいだよ。

 お茶漬けを出してさっさとお帰り願おう。


「誤解させてしまったようだね。話に聞いた限りだと君の天才性を聞く限りでは、私が物を教えるのは単純に効率が悪いんだ。だから——私から君に何かを教えることはしない」


 確かに——と、私は思った。

 私の場合は学校で授業で先生が何かを教えることを理解するよりも先に、教科書を読んだ方が遥かに効率的に理解ができる。ある意味、これほど教えがいのない生徒も珍しいだろう。


「じゃあ、結局あなたは何の家庭教師なんですか?」


 教える気もない。

 教えると効率が悪いことを知っている。

 ……それは、もはや家庭教師としての意味がないのではなかろうか。


「強いて言うならば読書の家庭教師かな」

「読書?」

「うん。その通りだ」

「そんな家庭教師聞いたことないんですが?」

「それはそうだろう。私が今勝手に言っただけなのだから」


 自称かよ。

 しかも、読書の家庭教師とか意味が全くわからない。

 あれか。単純に本を読めばいいとか、そういうことか?


「うん。その通りだ。さすがは天才少女だ。理解が早くて助かるよ」


 当たっていた。

 本当に本を読むためだけの家庭教師らしい。


「君は私が指定する本を全て読むこと。君の頭脳を考えれば間違いなくその方が効率的だ。そして、私も本を読む時間を割かなくて済む。素晴らしい提案だろう?」

「後半はともかく前半は納得ですね」


 下手に教えられるかよりは納得できる言い分だ。

 元々、養父からは知識を増やすために家庭教師を勧められたのだ。

 まさか、それがこんな人間だとは夢にも思わなかったが。


「わかりました。あなた——十八さんを私の家庭教師として認めます」

「ふふ。ありがとう。それでは契約成立だね。では、これを君に渡そう」


 そう言って十八さんが私に渡してきたものはタブレットだった。


「これは?」

「電子書籍専用のタブレットだよ。読書は紙に限るのだが——さすがに量が量でね。まぁ、私が読むわけじゃないし、その中に君が読むべき本を入れておいた」

「なるほど。確かに効率的ですね」


 このご時世に一々本を読みに図書館に行くのも手間だ。

 電子書籍ならどこでも読めるから効率的で良い——って、ちょっと待て。

 量が量ならって、この人何冊ぐらい本を持ってくるつもりだったんだ?


「十八先生。ひとつお聞きしたいのですが、私は何冊ぐらい本を読めばいいのですか? 100冊程度ですか?」

「おいおい天才少女ちゃん。読書をなめるんじゃないよ」


 ピシャリと窘められた。

 読書をなめるなというと、千冊ぐらいだろうか?

 そう思っていた私の予想を次の瞬間、あっさりと超えてきた。


「とりあえず——1万冊程度は読んでもらおうか」

「いちまんって……」


 頭おかしいんじゃねーのか、この人。

 一冊あたり2時間と考えても、全てを読み終わるのに睡眠休憩なしで約830日掛かる分量だぞ。

 

「期間は大体3ヶ月ぐらいにしておこうか。あぁ、一応毎週テストも行う予定だから、内容も理解しておかないと駄目だよ。はは。そう考えると私も家庭教師らしいこともするじゃないか」


 830日が90日に短縮されてしまった。

 しかも、読む部分は全て私に丸投げだ。

 どこが家庭教師なんだこの人は。


「安心したまえ。全てが技術や専門書というわけではない。きちんと小説やエッセイも混ぜてあるし、ページ数も本によってまちまちだ。君ぐらいの天才ならば、この程度乗り越えられると思っているよ」


 何一つ安心できない保証を、初対面の人間にされてしまった。

 だが、私はその保証をあっさりと否定できる。できてしまうのだ。

 ——私は自分の天才性を知っている。

 それは、いわゆる『早さ』に秀でた天才性だ。

 学習速度は常人に比べれば遥かに早いし、答えに辿り着くのも早い。

 それ故に私はこの課題が無理なことを——既に計算して出してしまっている。

 いくら限界までやったとしても、物理的にも身体的にも読み終わらないと告げているのであった。


「いえ、さすがにこの量で3ヶ月とか無理ですから」

「おやおや。早々にギブアップ宣言とは。天才少女ちゃんは計算がお早いことで」


 小さい子を見るような目で、十八は私を見る。

 軽い挑発だ。

 でもイラっとすることに変わりはない。


「えぇ、天才なものですから。ちなみに後学のために一つお尋ねしますが、あなたはこの量を3ヶ月で読み終えることができるのですか?」


 できると言い切ったら法螺吹き決定だがな。

 できないと言ったならば「自分ができないことを押し付けるな」とでも言おう。


「もちろん私には無理だ。当たり前じゃないか?」


 やれやれと小馬鹿にしたように十八は言う。

 開き直りかと一瞬思ったが、それとも違うようだ。

 それこそまさに大人が聞き分けない子供を見るかのような目だった。


「君と私では読書をする目的が違う。私は本に込められた意味を一言一句味わうことに至上の喜びと幸せを感じる。だが、君は違うだろう? 君の読書は、ただ知識を蓄えるためだけの手段にすぎない。だったら、一言一句読む必要なんてどこにもない。必要最小限の箇所だけを抜き出し——理解すればいいだけだ」


 それが君の読書だと締めくくった。

 読書の目的の違い。

 十八が読書と言うから、一冊一冊きちんと読み込む方で考えてしまっていた。タネを明かしてしまえば簡単なことだ。

 まともに読めば2年も掛かる量ならば、まともに読まなければいい。

 言ってしまえば私がやることは超速読だ。 


「一応君の事情はある程度聞いているよ。父の死を理解したいんだってね。とても殊勝な心掛けだと思うよ。だったら、もっと努力しないと駄目じゃないか。天才性に頼りきりじゃいけないよ。そんな素晴らしい動機があるならばもっと泥にまみれるべきだ。小綺麗にまとまっているだけで父の死を理解できるとでも思っているのか? だとしたら、それは少々ふざけているね。ただお家にこもって考えているだけで父の死を理解できてしまったら——物語が物語でなくなるじゃないか」


 背筋がぞっとし、同時に頭がカッとなった。

 十八がふざけて言ったことだと思っていたことは全てが嘘でもなんでもなく、彼女にとってはとても真剣に考えて言ったことであった。

 彼女が読書にかける熱は——本物だ。

 本物の読書バカだ。

 なのに、私は父の死を理解するためにやろうとしていたことに「無理」だと思ってしまった。自分の頭脳が出した答えをそのまま信じてしまっていた。

 恥ずかしい。

 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!

 そんな答えなんて真っ先に否定しなければならなかったのに、そんな当たり前のことを他人に指摘されてしまった!!


「さて君に課す一万冊の読書だけど——3ヶ月以内に達成は可能かい?」


 楽しそうに笑う十八。

 そんな彼女を私は屈辱と恥辱に塗れた顔で見た。

 可能かどうかなんてもはや関係ない。

 やるのだ。


「——簡単すぎてあくびが出そうですね。天才に不可能なんてありませんから」


 大言壮語もここに極まれり。

 正直、まだ達成可能かどうかの計算はできていない。

 現時点の私ではできない。

 だが、目的を達成するために成長した私ならば——可能性がある。


「うん。やはり子供は夢を語るぐらいが丁度いいね」

「それはどうも」


 こんなの夢でもなんでもない。

 十八の言葉を借りれば、所詮は目的を達成するための過程にすぎない。


「あぁ、一つ言い忘れたことがあった。この読書が終わった後に、君にはちょっとした資格試験を受験してもらうつもりだから、そのつもりでね」

「資格ですか?」


 まさか資格試験があるとは思わなかった。

 父を理解するための知識でなんの資格を取れというのだ。


「そうだ。君にはこの娯楽都市の『プラチナ』ランクにまで上がってもらうつもりだから、きちんと努力したまえよ」


 1万冊を3ヶ月で読む。

 その上でプラチナランクになる。

 ……この家庭教師はどこまでハードルを上げるつもりなんだろうか?

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