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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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本を手に入れるための方法

 こうしてこの人と話し合うのは何回目だろうか。

 ブックカバーに覆われた本を傍らに置いている。何の本なのだろうか。雑多に読んでいる彼女の本を当てる事はとても難しい。前に何の本を読んでいるか予想して聞いてみたことがあった。雰囲気通りだとしたら推理小説とかですかと尋ねたら、実際に読んでいた本は4コマ漫画だった。わかるかそんなもん。

 なので、毎度会うたびに何を読んでいるのかを当てるのかが一時マイブームになり、色々なジャンルの本を挙げてみたが当たった事は一度もない。経済書、エッセイ、小説、料理本、ライトノベル、漫画などなどジャンルだけでも挙げたらキリがないほど読んでいる。雑多にもほどがある読書家だ。

 そんな彼女——双六にとっての師匠と言っても過言ではない十八一が、本を読むのをやめて、双六の話を聞き入っていた。否、読み入っていた。

 そして、双六の話を読み終えて一言。


「なるほど。奈落での一件は波乱万丈に満ちていたようだね」

「もう本当に大変でしたよ」


 集約してしまえば大変という一言でしか言い表せない。

 走って、殴られて、叫んで、笑って——泣いた。

 勝って泣いたんだ。

 勝ちたいと願ってやまなかった男に勝てた。

 それを思っただけで、ぐっと拳に力が入った。


「それにしても、双六君がまさか久遠健太に勝つことになるとはね」

「意外でしたか?」

「もちろん」

「はは、僕もですよ」

「しかも、勝負内容が格好良さ勝負だ。さすがの私もこれは読めなかった」


 十八でもこの展開は読めなかったのか。この本狂いの予想を超えたことに、ちょっとばかし優越感を覚えた。とはいえ、展開を読むどころか場当たり的に対処をしていた双六にとっては、大体命がけだったので予想通りとか言われたらたまらないものがある。


「さて、これで私の役目も終わりなようだね」

「どういうことですか?」

「言っただろ。君が久遠健太に勝つ手伝いをする代わりに、私の仲間になって欲しいと。君が勝ってしまったらお役御免さ」

「まぁ、それもそうですね」


 意外ととあっさりしている。

 あれだけ仲間にすることに執着しているから、あれやこれやと恩着せがましくこれからも力を貸せとか言ってもおかしくはない。なのに、彼女は役割さえ終ればそれまでといっている。引き際が良すぎる。読み終えた本を本棚にしまうように、あっさりと本を閉じている感じだ。

 だが、それでも短い期間ではあるがお世話になったのは間違いない。

 なので、双六はすっと頭を下げた。


「十八先生(・・)。今までご指導ご鞭撻ありがとうございました」


 先生ということを強調した。

 師匠でもよかった気もするが、やはり、しっくりきたのは先生だった。


「全て君の力によるものだよ。私はほんの後押しをしたに過ぎない」

「いえ、少なくとも十八さんのお力がなかったら、奈落で僕は早々に終わってました。お礼については——僕に何かできることがあれば言ってください」

「はは。高校生ながら律儀な奴だな。君は。礼については既に受け取っているから気にしなくて良いよ。私は十分君の『物語』を堪能させてもらった」

「そうですか」


 図書屋の名に恥じない物言いだ。

 とはいえ図書屋という名前は不本意らしいので、その名では呼ばないように気をつけている。前に興味本位で『図書屋』と呼んだら、とんでもない威圧を放つ笑顔で、如何に図書屋と呼ばれたくないかを滔々と語られたことがあった。以降、絶対に呼ばないように気をつけている。


「じゃあ、今の僕と十八さんは貸し借りゼロの仲ってことでいいですか?」

「うん。そういうことになるが——それがどうかしたのかい?」


 今回の依頼では十八の力はかなり大きかった。

 基礎体力作りやアクロバティックな動き、双六の現状を踏まえた上での的確な助言などなど挙げればキリがない。

 これを手放すほど——双六は甘くない。


「えぇ、これでまともな商談に入れます」

「なに?」


 商談なのか相談なのか。

 まぁ、それはどちらでもいいだろう。

 問題はこれからのことだ。

 十八的に言うならば、プロット作りだ。


「十八さん。今度は——僕の仲間になってくれませんか?」

「は?」


 そう彼女に提示する。

 十八はわけがわからない顔をしている。ならば何度でも言おうではないか。


「ですから、仲間になってください。今回のことでもそうですが、僕はやっぱり全然力が足りませんでした。全力でどうにかしようとして、ようやくギリギリ舞台に登れる程度の端役にすぎません。だから、僕には十八さんの助けが必要なんです」

「……ふむ、なるほど。君の言いたい事はわかったが、私が君の仲間になるメリットはなんだい? 君は私に何を提供できる?」


 物事には何であれリスクとリターンがある。

 彼女にとって少なくない時間をもらうわけだ。読書が何よりも好きな彼女に対して、それを上回る価値があるものを提示する必要がある。

 今回の依頼では、双六が奈落で体験した事件を綴った『物語』を彼女に贈った。その見返りとして、双六は奈落での事件を切り抜け、あまつ、久遠健太に勝利を収めるまでに至った。

 ならば、彼女に提示できるものなど一つしかない。



「これから先——僕が経験するだろう『物語』。それら全てをあなたに提供します」



 それが、賽ノ目双六が十八に提示できるメリットだ。

 物語を贈ること。

 それを安いと見るか、高いと見るかは人次第だ。

 興味のない人間ならば一笑してしまうことだろう。

 けれど、相手は図書屋とまで称される十八一だ。

 答えなんて——本を最後まで読む必要がないぐらい分かりきっていた。


「ふふ。あはは。あははははははは! 愉快だ! 私は本を読む以外で久方ぶりに愉快な気持ちになったよ双六君!!」


 目尻に涙が浮かんでいる。

 ここまで笑ってくれるとは思わなかったが、これで安心できた。

 双六はすっと右手を差し伸べ、十八はその手を握った。


「合格だ。この十八一は今この時より君の仲間だ。どうぞよろしく頼むよ」

「えぇ。こちらこそよろしくお願いします」


 ギュッと知らず知らずのうちに力がこもった。

 答えはわかっていたとしても、少しは緊張していたようだ。


「ただし、私が読むからには傑作をぜひとも頼むよ」

「もちろん。わかってますよ」


 あっさりと双六は請け負う。

 どうせ自分が何をしてもしなくても、久遠を取り巻く(ものがたり)傑作になるのだ。

 今までの自分は、それを遠巻きに眺めて羨ましそうにしている人間だった。

 けれど、これからは違う。

 端役でも何でもいいから舞台に上がって、久遠と共にありたいのだ。

 弱くて、滑稽で、空回りすることばかりかもしれない。

 それでも双六は——観客に戻りたいとは思えなかった。

 だって、その方が面白そうだから。

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