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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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道を決めて歩かなければ目的地に着かない

 いつもは入ることに何の気兼ねもない部屋。

 なのに、今日は少しだけ扉の前で佇んでしまった。

 理由はわかっている。

 何となく今の自分の姿を管音には見せたくなかったからだ。

 だけど、ここで引き返すのはもっとダサいと思い直し、部屋に入る。

 もちろんノックはしない。


「入るぞ」

「はろはろケンケンやっほほーい」


 いつもと同じやり取りだ。

 自分が入って管音が迎える。

 ルーティンのような日常に少しだけホッとした。


「ったく、毎回言っていると思うが少しは部屋を片付けろ」


 と言いつつも本気に怒ってるわけじゃない。

 いやまぁ、部屋は片付けてほしいのだが、今更そんなことを管音に期待しているわけじゃない。

 ただいつものように悪態をついただけだ。

 そう、いつものようにだ。


「ぶーいいじゃんか別にー。私様はこれで使いやすいんだもんもん〜」

「散らかってると落ち着かねーんだよ」

「じゃあ、ケンケンが片付けてくりーりー」

「自分のことは自分でやれよ」

「ぶーぶー」


 文句をたれつつも片づけを始める管音。

 玩具を隅に寄せているだけだがまだマシだろう。

 自分も片づけた後の机を付近で水拭きして汚れを綺麗にする。

 そして、お茶を注いでようやく落ち着いて話ができる。


「今回の顛末は聞いたか?」

「うん。さっきゴロ君から聞いたよーん。ゴロ君もがんばったみたいだにー」

「そうだな。あいつは——がんばった。格好良かったよ」


 一時は落ち込んでいたようだが、双六は今回頑張っていた。

 自分が負けたと思わせるぐらいに——泥臭くて格好良かった。


「るらー。ケンケンだってルピンを倒したって聞いたよ〜」

「倒しちゃいねーよ。あれは、まぁ、無効試合みたいなもんだ。決着は次回に持ち越しだな」

「そかそかー」


 双六に比べて自分はどうだったのだろうか?

 虎徹正義みたいに格好良くなりたかったのに、まるでうまくいった気がしない。この依頼でやったことといえば、ルピンと引き分けたぐらいだ。

 それに戦うことすら許してくれなかった——自らを最強と称する碧井桜子。

 ルピンですら何もできずに終わった相手に、自分は勝てるのだろうか?

 わからない。


「れー。それでケンケンは何を悩んでいるんだい〜ん?」

「……悩んでいる風に見えたか?」

「うん〜。ケンケンは悩んでると眉間にシワがみょ〜んって寄るからわかりやすいよ〜」

「マジか」

「マジマジーマジカルー♪」


 自分では気づいていなかった。

 本当にシワが寄っているか確かめるが、よくわからない。

 けど、悩みはある。

 帰ってからずっと胸に刺さっている悩みを打ち明けた。


「——俺さ、自分では結構強い方だって思ってたんだ」


 小さい頃からずっと、この異常な力によって他人を傷つけていた。

 娯楽屋をやっていた時も荒事はしょっちゅうだったし、その度に敵を返り討ちにしてきた。

 自惚れでも何でもなく自分は強い。

 そう思っていた。思い上がっていた。


「そだねー。ケンケンはつおいよー」

「でも違ったんだ。上には上がいてさ。ルピンはもちろん強かったし、もっと強い女性(ひと)もいたんだ」


 強さとはきっと肉体の強さだけじゃない。

 いわゆる心の強さが、彼らにはあったように思えた。

 それは、生き様とでも言えばいいのだろうか。

 一本の芯がある、人としてのブレない強さがあった。


「——俺は弱い」


 それが久遠健太(じぶん)に足りない強さだ。

 異常な力を疎っていながら、生まれ持った力に胡座をかいていた。

 彼らのように、目的を達成するために何か努力をしていたか?

 答えは『努力をしていなかった』だ。

 本当にふざけている。世の中を舐めきっている。

 こんなんで——自分は強いと胸を張れるわけがない。


「弱いままだったんだ。道を選べば強く格好良くなれるんだって思っていた。でも、違ったんだ。そうじゃなかったんだ」


 就職活動をやめて、管音の下で娯楽屋として生きると決めた。

 続けていけば、虎徹正義にも追いつけると思っていたのに、それは違った。

 道を決めるだけじゃなかった。


目的(ゴール)を見定めて、歩いていなかった」


 道を決めることは、スタートラインに立つことだったのだ。

 そこから先を歩まなければならない。走らなければならない。

 なのに、自分はそこを怠ってしまった。


「ねぇ、ケンケン。ケンケンは、じゃあどう格好良くありたいの?」


 管音に問われた。

 どう在りたいのか。

 虎徹正義だったら、弟に恥じない兄として。

 ルピンだったら、(オセロ)を守れる男として。

 格好良くありたいと答えただろう。

 なら、自分はこう答えるだけだ。



「俺は、この世の中の理不尽を自分の拳一つで何もかも解決できるような——そんな格好良い奴になりたい」



 思い返すのは碧井桜子の一言だ。

 人一人の力じゃ不足する。人間の最大の力は群れとしての力だという言葉。

 真理だと思う。

 常識だと思う。

 真っ当だと思っている。

 けれど、久遠が望むのは『個』の力であった。

 そう宣言した後、久遠の頭をそっと暖かな何かに包み込まれた。

 甘く優しいミルクのような匂いが香る。

 そして、


「ケンケンならなれるよ。そんな格好良い奴に」

 

 管音が微笑を浮かべてそう言ってくれた。

 久遠の心に灯火が宿る。

 

「あぁ、なってみせるよ。必ずな」


 虎徹正義にも。

 虎徹真理にも。

 ルピンにも。

 碧井桜子にも。

 賽ノ目双六にも。

 今度は負けないと絶対に決めた。


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