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娯楽都市  作者: 菊日和静
第03話 娯楽屋と怪盗ルピン
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凡人にできるたった一つの冴えないやり方

 久遠も大概チートみたいな人間だと思っていたが、世の中上には上がいるものだと、こんな状況でありながら双六は変に納得してしまった。

 なんかもうここまで来ると逆に笑えてくる。

 久遠に抱いていた劣等感やら情けなさの一欠片すら消えてしまった。

 追いつけないどころか追いつく気すら無くなった。

 どこをどう努力しても、桜子の領域まで辿り着けるとは到底思えない。

 思えないけれど——彼女になりたいとも思えない。

 どうしてだろうか?

 あれだけ久遠に憧れて追いつきたいと思い、その憧れの極致にいるような桜子を目の当たりにしてしまった。なのに、双六の心にあった熱が、スッと心が氷に触れたように冷めていくのを感じた。


 ——あれじゃない、と。

 ——あれにはなりたくないな、と。


 理屈なんかない。感情論ですらない。単なる直感だ。

 だけど、こういった直感に従って失敗だった試しはないので、双六は素直にこの直感に従う事にしている。

 じゃあ、自分はどうなりたいのだろうか?

 ……まぁ、そんなのすぐに答えが出るわけがないし、この状況下でのんびりと考えている暇などない。

 未来を語るのは後でいい。

 何故なら現在進行形でピンチだ。大ピンチなのだ。

 止める暇もなく久遠は桜子に喧嘩を吹っかけるような真似をしてくれたせいで、久遠は銭形に銃で撃たれてしまった。いくら人間離れした久遠であっても銃では怪我を負うようだ。双六の勝手なイメージでは、久遠ならば筋肉で止められると思っていた。思い切り血を吹き出しているので無理だったことがわかった。そりゃさすがに筋肉で銃弾止めるとかあるわけがない。

 とはいえ、脚を撃たれたならば久遠の機動力はガタ落ちだ。

 そんな久遠が桜子と銭形の二人を相手にして無事に切り抜けられるか?

 答えはノーだ。

 久遠が万全な状態ならともかく、相手は銃で武装した銭形に、さらにはルピンを圧倒した自称最強の桜子だ。もう詰んでいる。

 これで勝ち目があると豪語できるとしたら、天音のような本物の天才だけだ。

 もちろん、双六は天才ではないので勝ち目なんて髪の毛一筋たりとも見えないしわからない。

 せいぜい双六はわかることがあるとしたら一つだけだ。



 チートはつまらん。



 これだけは確信を持って言える。

 あれだけの力を持っている側はいいだろうが、やられている側はたまったもんじゃない。

 弱いものイジメにしかならない。

 そんな勝ちが決まっているような勝ちに価値なんてあるか?

 あるわけがない。

 いや、双六にとってはという意味だが。

 勝負というのは勝つか負けるかわからないから面白いのだ。

 じゃあ、この負けしかない戦いに勝ち目を見つけられるか?

 凡人の極みである双六にはそんなもの見つけられるわけがない。

 だったら、やる事は一つだけだ。

 このチートでつまらない勝負に——凡人は凡人らしく、面白おかしく笑えるように掻き乱してやる。

 そう決めた。


「はいはーい! お二人ともいい加減にしてくださいね〜!」

「……双六?」


 あーはいはい。わかっていますとも。

 その顔は完全に双六(じぶん)のことなんて頭になかったなんて事は。自分だってそう思っているし、分不相応どころじゃないこともわかっている。

 この舞台に上がれるだけの役者じゃない。

 見ているだけの観劇者だ。

 だから、思う存分野次ってやる。


「もう久遠さんダメですよ。依頼人の上司にそんな態度取ったら。これから先のお仕事無くなっちゃいますよ。お金なくなっちゃいますよ〜?」

「いや、就職活動は終わったから金は特に入り用じゃ——」

「シャラーップ!! お金は天下の回りもの! そーれーとーもー。久遠さんは狐島さんにお金まで頼るようなヒモ男になりたいんですか?」

「ぐっ……!」


 久遠が怯んだ。

 なんだかんだで自尊心は高い方の人だから、このネタは意外と効くのかもしれない。良い事を知ったので、今後もこのネタでからかっていこう。

 それはさておき、本題で本命はこっちだ。


「あ、そうだ。桜子さん」

「くくく。おう、何だ?」


 楽しそうにこっちを見る桜子。

 もう明らかに双六が何をするのかを楽しみにしている感じだ。

 上から目線で子供が戯れるのを許している感がバシバシ出ている。

 おっかなくてチビりそうだ。

 こんなのと今から相対するとか普段ならビビってどうにかなってしまいそうだ。

 なのに、今日は色々なことがありすぎて心がフワフワしている感じだ。

 足た地に着いていない感じで空だって飛べそうなぐらい気分が高揚している。

 うんいけるいける。男は度胸。男は愛嬌。

 なんかおかしいのがあった気もするが大丈夫だ。

 というわけで、男双六一世一代の凡人なりの冴えない一つのやり方ってやつをお見せしましょう。


「お願いがあります。ここで手を引いてくれませんか?」


 礼儀正しい四十五度のお辞儀をする。

 誠心誠意が伝わるように相手が返答するまで頭は下げたままでいる。

 返答なんてわかりきっていたとしてもだ。


「もちろん却下だ☆」

「ですよねー♪」


 知ってた。

 何しろ管音の友人で最強とか言っている(ひと)だ。

 一度決めた事を、他人が頭を下げて曲げるようなちょろい人間なわけがない。


「それで終わりか双六ちゃ〜ん? なんなら久遠健太のようにルピンを助けるために私に歯向かってもいいんだぜ?」

「ご冗談を。僕はこんなナラクズを助ける義理なんて一つもありませんよ」


 本当に冗談じゃない。

 歯向かったところで殺されるだけなら、ただの自殺じゃないか。

 それに今の言葉の通り、自分がオセロやルピンを助けるみたいな流れになっているのも勘弁してほしい。久遠が桜子に立ち向かって変な流れになっているが、双六にとって二人は本当にどうでもいい存在なのだ。

 というか、オセロに至っては見捨てようとした分恨みがあるくらいだ。


「ただ、娯楽屋として依頼を完遂できないのも癪なので——はい、これどうぞ」


 そう言って双六は懐にしまっていた、とあるものを取り出した。

 それは真っ赤に輝く人の眼球大の宝石——真紅の瞳であった。それを、双六は桜子に傷つけないようにそっと手渡す。


「おいおい。これ真紅の瞳じゃねーかっ!?」

「もちろん本物ですよ」

「割ったんじゃねーのか?」

「赤いビー玉の偽物の方をね。はは。あんなクズたちに本物を割る必要どこにもないじゃないですか」


 もしもの時のために『真紅の瞳』の偽物を用意していたのが役に立った。

 もちろん、適当にスプレーで塗ったものなので間近で見られたらすぐに見破れる程度の代物だが——遠目からすぐに割ってしまえば偽物とはバレなかった。

 しかも、桜子の目も欺けたとあっては、少しばかりいい気分だ。


「お前悪いやつだなー」

「えぇ、とても愉快でしたよ」


 今思い出しても笑えてくるぐらい愉快だ。

 奈落で輝く思い出として、宝物に入れておきたいぐらいに。

 ともあれ。


「これで僕たち娯楽屋としてのお仕事は終わりです」


 ルピンを捕らえて、真紅の瞳も取り返した。

 パーフェクトだ。

 過程は色々とグダグダな気もしなくはないが、結果良ければ全て良しとしようじゃないか。細かい事は気にしないのが、ストレスに苛まないコツだ。

 これにて依頼は完了。

 つまりは——依頼人との関係は消えたことになる。


「そしてここから先は——僕の楽しい時間です」


 気合を入れ直せ。

 ここから先はどうなるのか全くわからない。

 楽しくあれ。面白くあれ。愉快であれ。

 思い込め。頭から信じろ。鰯の頭も信心から。

 よし、それじゃあスタートだ。


「ルピンさんを普通に罪を贖わせて——面白いですか? ちなみに僕はちっとも面白くありません。だって、そうでしょう? あんな久遠さんとやり合えて怪盗を名乗る稀有な人物ですよ。失うには惜しすぎます。実にもったいないですよ! もったいないの代表である日本人がこんなもったいことをしていいんですか!? いいわけがないでしょう!!」


 強く、熱く、もったいないと叫ぶ。

 それが普通に警察に捕まるなんてとんでもない。あんなに面白いことができるのであれば今後も活かすべきだ。

 他人の命を奪う連中なら問答無用で、強制労働でも何でもさせろと言うところだが、ルピンは盗むのに予告状まで使うようなアホなのだ。

 なので、桜子の判断に逆らおうとも何度でも言おう。

 もったいないと。


「ほう。じゃあ、双六ちゃんはもっと面白いことを提供できるって言うんだろうな?」


 釣れた!

 こちらの言葉に興味を抱かせるところまでは成功した。

 だが焦るな。落ち着け。問題はここからだ。

 びーくーる。男はびーくーるだ。


「もちろんです。ただまぁ——僕は提案をするだけですけどね」

「どういうこった?」

「ま、見ててくださいな」


 予想では成功する確率は高い。高いはずだ。

 だが、相手はこちらを悉くこの短い期間で裏切り続けた少女だ。

 今度は裏切るなよ。

 内心ビクビクしながら、双六はオセロの元へと歩み寄る。

 桜子に心をボコボコにされて放心している様子だ。さすがにこの状態では話にならない。さてどうしようかと1秒ほど迷って——にんまりと笑った。

 数々の恨み今ここで晴らしてくれる!

 双六は手を振り上げて、オセロの頬を目掛けて振り抜いた。パァーンと快音が鳴った。我ながら良い音だと自画自賛しよう。

 おかげで、オセロは放心状態から目が覚めたかのように、こっちを睨んできた。


「てめっ! 何しやがる!?」

 

 目が覚めて早々睨んで胸ぐらを掴んできた。タイムラグがなさすぎる。条件反射的にメンチ切るとか女としてどうなの? これが天音だったら——もっと容赦のない結果が待ってそうなので、想像するのをやめた。


「あ、少しは頭はっきりしました? もうダメですよ。ただでさえ奈落なんて所にいるんですから頭ぐらい働かせないと」


 とりあえず、これで話し合いはできそうだ。

 激昂して悪感情たっぷりであるが——それはそれで好都合だ。

 何しろこれからする話は、オセロを救うためのものなんかじゃ——決してないからだ。


「さてオセロさん。絶賛絶望中のあなたに一つ提案があります」

「何だ?」

「あなたルピンさんを助けたいですか?」

「助けたいに決まってんだろっ!」

「ですよね」


 ここまでは当然の意思確認。

 さて、本題はこれから。


「そんなあなたに提案があります。あなた僕と同じ<モニター>になりませんか?」

「……何だそりゃ?」


 オセロがわけのわからない顔をしている。

 無理もない。娯楽都市の人間ですら、知っている人間は限られているのだから。双六もモニターになるまで、そんなものがあると知らなかった。


「観察者ですよ。例えば僕で言うと、久遠さんが出遭う面白おかしいイベントを観察しサポートしてする人間の事です」


 よく観て、報告する。

 かいつまんで言えば、モニターのすることなんてそれだけだ。


「それとルピンを助けることが何の関係があるんだよ?」

「簡単です。娯楽都市のモットーは差別。一芸に特化した天才や怪物たちがより面白おかしく生きるようにするために、僕たちモニターは彼らの行動を観察し報告する事で、娯楽都市の今後の運営の在り方を左右するわけです。結果、ルピンさんが娯楽都市のプレイヤーになれば、おおよそ行動の自由は保障されるようになるってわけです」


 最初から完成されたシステムなんて存在しない。

 というか、そんなものはその時々の情勢によって変化するのが常だ。

 そして、娯楽都市は異端者が大好きな都市だ。そんな彼らを優遇するために、モニターはプラチナまでの権力の使用が認められている。

 無論、あくまでサポートする限りにおいてはであるが。

 だが、オセロとルピンの二人にとっては十分であろう。


「つまり、アタシたちに娯楽都市の狗になれってことじゃねぇか!?」

「はは。ナラクズからゴラクソへ出世できてよかったですねぇ〜」

「お前は! 私たちが! 奈落(ここ)で! どんな気持ちで今まで過ごしてきたかわかって言ってんのかっ!?」

「知りませんよそんなこと。興味もないし楽しくもない。それにいいんですか? そんなに反抗的な態度をしていて」


 勘違いしてもらっては困る。

 ナラクズがどんな生活をして、どれだけ娯楽都市の人間たちを恨んでいようが知ったことではない。不平等と差別をウリにしているようなところだ。娯楽都市に住んでいる人間は誰しもナラクズになるリスクを孕んでいるのだ。

 だから、人は誰しも努力をするし、欲望を叶えたいと必死になる。

 それがどれだけ差別的で醜いことであっても——双六は奈落へと堕ちる気などない。

 だから、これは気まぐれみたいなものだ。

 奈落にいる少女へ——娯楽からもたらされた一本の細い蜘蛛の糸なのだ。

 ただし、その糸の先が救いだと保障はしていないのがミソだ。


「僕はあくまで提案しているだけです。別にオセロさんはこの提案を蹴ってもいいんですよ。そしたら二人は別れ離れになるっと。はは。ルピンさんも救われないですね〜。せっかく好きな女を守ったのに、その女の子がルピンさんを救うチャンスを不意にするわけですから。さてさて〜オセロさん。あなたはどうします?」


 煽る煽る。煽りまくりだ。

 炎は激しくなればなるほど燃え上がるが——燃えるものが無くなれば鎮火する。逡巡と葛藤。今まさにオセロの中で決断が行ったり来たりしている。

 そして、一周して頭の冷えたオセロは言う。


「アタシは——お前が大嫌いだ」

「奇遇ですね。僕も君が大嫌いだよ」


 初めて会った時からずっと嫌いという一点で気が合っていた。

 本当に嫌な気の合い方だ。

 これから先も仲良くすることなんてないだろう。

 それだけは絶対にわかる。

 そして、これから彼女がすることも——双六にはわかっていた。


「……モニターの件よろしくお願いします——先輩」

「はいはーい。任せておきなよ——後輩」


 色々なものを呑み込んでオセロは頭を下げて言った。

 手は屈辱に震えているし、声は怒りに震えている。

 ——わかるよ。その気持ち。

 嫌なことがあっても、辛いことがあっても、グッと心の中に押し込んでおかなければいけないのだ。

 モニターになったら、この先いくらでもそんな機会は山程ある。

 だから、まぁ、がんばれよ。後輩。

 あとは先輩に任せておけ。

 本当の頭の下げ方ってやつを見せてあげよう。


「というわけで、桜子さん。これが僕が提供できる最大限の娯楽です。つきましては、この二人をプレイヤーとモニターにすることのお許しをいただけますか?」


 これが——凡人にできるたった一つの冴えないやり方だ。

 頭を下げて偉いに人にお願いする。

 紆余曲折、頭を下げるために色々と演出したのはそのためだ。お願いを聞きやすくするために、即興劇(アドリブ)を組み立て、演出し、自分で道化師(ばか)を演じる。

 本当にこれだけなのだ。双六にできることなんて。

 何もできないから、何かできる人に頭を下げてお願いする。

 それしかできないから——悔しかったのだ。

 だけど今は、それが少しだけ誇らしく感じた。


「くく。あはは! あっはっはっはっは————!」


 腹の底から桜子は笑っている。

 笑って、笑って、目から涙が出るほど笑っていた。

 ——さてどっちだ?

 これで笑って「却下」とか言われたら、格好つけた先輩の甲斐がまるで無くなってしまう。


「合格。合格だよ双六ちゃ〜ん! うんうん、いいぜ。その方が面白そうだ。お姉さん全然許しちゃうよ〜。おい銭形ちゃん! 今からルピンはプレイヤーとして登録するから、これにて手打ちな!!」

「はーい、わかりましたよ。まったく、上司のわがままだけじゃなく、頼りある若人が出てくるようになるとは。おっさんも本当に歳をとったんもんだ」


 ありがとうございますと一言添えて、さらに深々と頭を下げた。

 すぐにでも地面にへたり込みたいところだが、まだ我慢だ。


「よし。それじゃオセロちゃん。私に付いて来な。これからルピンと二人で暮らせるように手配してあげるから」

「え、あ、はい!」


 そう言って、ルピンを担いだ桜子は銭形とオセロを連れて去って行った。

 来る時も突然なら帰る時も突然だ。

 嵐よりも荒々しい女性である。


「だぁ〜疲れたぁ……。もう立てない。死ねる……」


 疲労が限界を超えた。

 腰が抜けたかのようにヘロヘロ〜と座り込んだ。

 するとそこへ、


「おい双六。肩貸してやるから立て」

「あー、ありがとうございます」


 久遠がグッと力を入れて、双六の腕を肩に回した。


「久遠さん。脚大丈夫なんですか?」 

「お前みたく動けないほどじゃねーよ」

「……撃たれてるのに本当すごいですね」


 タフすぎる。どんな人体構造をしているんだ。

 とてもじゃないが、双六なら撃たれたら悲鳴を上げて泣き叫ぶ自信がある。やっぱり、久遠はすごい。

 そう思っていたら、


「アホか。すげーのはお前だよ」

「え?」


 思いがけない一言が聞こえた。


「あんな解決方法、俺には思いつきもしなかったよ」

「あはは。頭下げただけですけどね」


 泥臭くて、格好が悪い。

 スマートでも何でもないやり方だ。

 それに解決したのではなく、許してもらっただけだ。

 もっと良いやり方とかあったかもしれないけど、あれが双六の限界だ。


「拳で殴るよりマシだろ」

「そうですかね?」

「そうだよ」


 だけど、そう久遠は言ってくれる。

 それから少しの間沈黙が続いた。

 久遠は脚の痛みを感じさせない速度で奈落の道を歩きながら、娯楽都市との境がもう少しになったところで、双六は口を開いた。


「久遠さん。一個聞いていいですか?」

「何だ?」


 今日は色々なことがあった。

 汗もかいたし、血も流したし、恥もかいた。

 だったら、今更だ。聞いてしまえ。


「僕——少しは格好良くなれましたかね?」

「アホかお前は」


 いや、本当にアホみたいな質問だ。

 口に開くような質問じゃない。格好悪いったら仕方がない。

 やっぱりいいですと言おうとしたところで、久遠は言った。


「格好良さ勝負みたいのがあるんだったら——今回は俺の負けだよ」

「——そう、ですか」


 久遠の不意な一言で言葉が詰まった。

 勝ちたいと願った憧れから——ちゃんと認められた気がした。

 相棒として。片割れとして。

 隣にいても良いんだと。


「次は負けねーからな」

「はい——はい……!」


 双六のした努力なんて努力じゃなかったのかもしれない。

 天才とか異常の側から見たら一笑にふすものかもしれない。

 だけど、双六が欲しかったものは今——手に入った。


「だから、男がそう簡単に泣くんじゃねーよ」

「はいっ……!」


 それでもとめどなく溢れる涙を——双六は止める術を知らない。

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