改造人間 VS 最強
パチパチパチ。
奈落の路地に乾いた拍手の音が鳴った。
拍手をしていた桜子は涼しい顔をして目の前にいるルピンを見ている。
対照的に、相対しているルピンは息も絶え絶えに、久遠と戦っていた時よりも多くの傷を負っていた。
「いや〜私相手に結構持った方だと思うぜ。本当に」
「……この化け物めっ!」
呼吸をすることすら辛くなってきたが弱気な顔は見せない。
オセロから名前をもらった日から『人』として生きると決めた。
もうあの頃に戻らないと決めた。
けれど、戦いを始めた時点からこちらの攻撃は一切当たらず、向こう側の攻撃はいいように当てられている。
久遠と同性能を誇るといわれた身体であっても、ダメージは蓄積し体力は大分削られてしまっている。
「ははっ。その様子じゃ『どうして自分の攻撃は当たらない』とか考えてそうだな」
「その通りだよ。くそっ……!」
心の内側を読まれて思わず毒づいた。
悪い兆候だ。思考まで読まれ始めている。どうにかして状況を打破しないといけないのに、かけらもチャンスが見えてこない。
——本当にこんな奴に勝てるのか?
弱気がチラチラと闇の底から手を伸ばしてくる。ダメだ。その手に飲み込まれるな。強気になれ。未来を勝ち取るんだ。
なのに、場を支配している桜子は続けて言う。
「理由は簡単だ。私がお前より強いからだ。具体的には、お前が学んできた一流の戦闘技術は黒式ちゃんが用意した教官から教えられたもんだろ?」
当たっている。
だが、無用な情報は何一つ漏らす気などない。
「んで、その教官はウチが黒式ちゃんとこに派遣した人材だ。当然、私がその技術を知らないわけがないだろ」
「…………っつ!!」
最悪な情報をありがとう!
どおりで自分の攻撃が先々まで読まれるわけだ。ルピンの戦闘技術の元が同じであれば、その対応策まで考慮済みということか。
だとすれば、ルピンがやることは簡単だ。
相手の思惑を越えればいい。
答えは簡単だ。簡単すぎて反吐がでるくらい簡単だ。
けれど、今ルピンが考えている攻撃は相手に通用するのか?
ルピンが思いつきで考えた程度のことは、桜子は想定済みではないのか?
ここにきてルピンは自らの経験の浅さを思い知った。
「ルピン。お前は確かに強いよ。だけど、所詮は超一流止まりだ。わかるか? 超一流っていうのはスタート地点であってゴールじゃないんだよ。そこから更に研鑽してる私に——本当に勝てる気でいるのか?」
遠すぎる。
桜子とルピンにある距離の遠さに愕然として膝を着きたいぐらいだ。
「——勝てるかどうかなんて関係ない……!」
でも、ルピンは屈さない。
なぜなら——
「俺僕はオセロのものだ。オセロと生きるって決めた。『人』になれた瞬間から俺僕の全てはオセロに捧げると誓ったんだ!!」
そのためなら何でもできるし、何でもやってやる。
ここで逃げたりしたらオセロと離れ離れになってしまう。人で無くなってしまう。実験動物に逆戻りになってしまう。
そんなことには耐えられない。
勝てる気でいるのか?
バカを言うな。
勝つしかないのであれば——勝つだけだ!
「そっか。ルピン。格好いいなお前。気に入ったぜ」
「お前なんかに気に入られたくないね」
「んだよー。つれねーなぁ〜。まいっか。お前をボコにした後で、ゆっくりと可愛がってやるよ」
「はっ。そんなことにはならないね。俺僕がお前を倒すからな」
「お〜威勢がいいねぇ〜♪」
その余裕に満ちた顔に吠え面をかかせてやる。
けれど、ルピンと桜子の間にある圧倒的経験差は短時間で埋めようがない。
ならば答えは簡単だ。
さっきのルピンと久遠の戦いにヒントがあった。
圧倒的な身体能力差で戦術など何も関係のない勝負に持ち込めばいい。
要は——真っ直ぐ走って殴るだけだ。
相手が認識できないほど早く。
相手が防御すらできないほど強く。
ルピンならばそれができると確信している。
なぜなら——狂人黒式に改造された改造人間だから。
そのために敢えて構えなんて取らない。
身体のリズムも整えない。下手にリズムを整えてしまえば、呼吸の拍からタイミングを掴まれるかもしれない。
適当に全力でいい。
瞬間、ルピンは足に力を込めて全力で駆けた。
卑怯だろうと何だろうと勝てればいい。
ただ真っ直ぐに桜子の下へ走りぶん殴る。
それだけだ。それだけでいい。
それで全てが終わる。
「んで悪いが——思った通りの攻撃をしてくれてお姉さん嬉しいぜ」
はずだったのに——桜子は半歩ズレてルピンの拳を避けていた。
未来を予知していたかのように。完璧に外していた。
逆に桜子の間合いに入り込んだ形になったルピンの顔を、桜子はガシッと鷲掴みにする。
「超一流の人間は相手の行動を予測できる」
桜子の手を外そうとしてルピンも桜子の手を掴んで力を入れるが、ギリリと万力に締め付けられたかのようにピクリともしない。
ルピンの力をもってしても逃れることは叶わなかった。
「さらに私はそんな超一流の人間を従えて支配する女だぞ。この程度の芸当造作もねーよ」
ようやくルピンは理解できた。
桜子はルピンを超一流だと認めている。
だからこそ——勝てないのだと。
「……まさか今までの会話の全てがっ!?」
「もちろんお前の思考を誘導するための罠だ♪」
つまりは、ルピンが勝つために考えたこの行動全てが、桜子にとっては予測通りではなく、桜子の掌の上のことでしかなかったのだ。
マスターランク——支配する存在。
ルピンは自分が考えた選択肢ではなく、相手に用意された選択肢を自分の考えだと思って選ばされたに過ぎなかった。
「この勝負。私の勝ちだな!!」
フワリと宙に浮いた感覚がした。
桜子がルピンの顔を掴んだまま、ルピンの頭を地面へと叩きつけた。
——ごめん。オセロ。俺僕負けちゃったよ
意識を失う間際、一番大切なオセロの顔を思い描き、ルピンの意識は途絶えた。
それでもルピンは——最後まで桜子の手を離さなかった。
桜子との勝負には負けた。
だけど、人になったルピンの心は最後まで屈することはなかった。




